20.乱入
「ヴェスカ嬢! 大丈夫か。君は、聖魔法を……?」
駆けよったロアン様の腕にもたれ、わたくしは「そうみたいです」と答えた。
それ以外にはっきりしたことは答えようがない。
おそらくは、わたくしにも転生者特典のようなものがあったのだろう。セノリィに本来は使えないはずの闇魔法が与えられたように、わたくしにも聖魔法が与えられていた。
ただ、それは推測にすぎないし、ロアン様に説明できるものでもない。
それにわたくしの魔力はわずかなものだったのだと思う。
「もう、使えません……自分の中に、魔力を感じなくなってしまいました」
それでも即席でセノリィの闇魔法を打ち破ったのだから、上出来と言わなければならない。
そのセノリィは、衛兵や魔導師に取り囲まれていた。
彼らも異変に気づきすぐに駆けつけたものの、セノリィの闇魔法に阻まれて進めなくなっていたらしい。
「放しなさいよっ!! あたしは聖女よ、ヒロインよ!?」
両手両足を鎖につながれ、剣や槍を向けられて、セノリィは喚きながら引きずられていく。
終わった、と思った。
暴れて抵抗しながらも、魔法を使うそぶりがなかったから、わたくしと同じようにセノリィも魔力を使い果たしたのだと思い込んでしまった。
「死ね、クソ女!!」
視界の隅で、真っ黒な何かが膨張した。次の瞬間、破裂したように勢いを増したそれは、ぎゅんと宙を飛ぶ。
闇魔法――それも魔力を最高密度に凝縮した、攻撃魔法だ。
これまでは広範囲に毒のように行き渡っていたそれが、わたくしだけを狙った最後の一撃として放たれた。
「!!」
ロアン様が剣を見た。けれどセノリィに言われ投げた剣はすぐに手の届く距離にはなく、拾えばわたくしを守るのに間に合わない。
「く……っ!」
「ロアン様!!」
わたくしを抱きしめ、ロアン様は攻撃魔法に背を向ける。
自分の身を挺して庇おうというのだ。
でも、それでは、ロアン様が――。
わたくしはなにか叫んだと思う。でもそれは意味をなさない叫びだった。伝わるのはただ、ロアン様の必死なぬくもりだけ。
見開いた目の前に闇が迫る。
――その闇の真ん中に、オレンジ色の閃光が走った。
ロアン様の前にさらに立ちふさがるように、闇を切り裂いたそのシルエットは、尾の長いヒヨコ――。
「クーちゃん!?」
「クアアッ!!」
わたくしの声にクーちゃんが答える。
次の瞬間、クーちゃんの体が数倍にふくらんだ。かと思うと、胸をそらしてクチバシを大きく開く。
「クアッ! クアッ! クアアアアッ!!」
雄叫びをあげながら、クーちゃんはドス黒い闇の魔力をついばむと、飲み込んでしまった。
そして、長い尾を振りまわすと、その回転の勢いを利用して、小さな足でセノリィの頭に蹴りを直撃させた。
「ぎゃ……っ」
短い悲鳴をあげ、ぐらりと体を倒すセノリィ。
「え……?」
わたくしは目を瞬かせた。
目前にあった闇魔法も、死の危機も、消えてしまった。
ふたたびあたりは晴れ空と大通りの景色に戻り、通りの離れた場所では衛兵たちに囲まれたセノリィが、今度こそ意識を失って倒れていた。
クーちゃんはまだわたくしたちを守るように、肩をいからせてセノリィを威嚇していたけれど、わたくしの視線に気づいてのしのしとこちらへ歩いてきた。
「クアア」
「ありがとう、クーちゃん。でも……あなたはいったい?」
わたくしはクーちゃんを抱きあげた。
なんとなく、触っても許されるような気がしたのだ。ふてぶてしい表情と声から、『くるしゅうない、働きを褒めよ』と言われた気がした。
「闇の魔力を……食べた、わよね?」
見間違いではなかったはずと、ロアン様を見る。
ロアン様はめずらしく動揺をあらわにした表情でわたくしを見返した。
「まさか……ヴェスカ嬢が飼おうかと言っていた鳥とは、これ……いや、この方のことか」
「はい、そうですが……」
この方?
鳥に対してとは思えない、妙に畏まった言い方に首をかしげれば、ロアン様は神妙な声で言った。
「この方は、先日王宮から脱走なされた、フェニックスにあらせられる……ヴェスカ嬢が飼うことはできない」
「……え?」
わたくしはクーちゃんを見た。クーちゃんは、わたくしの腕の中で羽づくろいを始めた。
とはいえ、やっぱりオレンジ色のヒヨコにしか見えないクーちゃんは、尾羽以外につくろうほどの羽もなさそうだけれど……。
……フェニックス?
「ええええええ! トウモロコシを餌にやってしまったのですけれど!」
晴れた青空に、わたくしの間の抜けた叫びが響き渡った。




