26 凶獣大戦2
中華で勃発した対強化動物戦争とその教訓を、イタリア・イギリス・アメリカの記者達はちゃんと世界へ拡散させた。しかし遅かった。
中華における対強化動物戦争の結果がアメリカにて報じられた1960年8月10日。フロリダ半島とアメリカ西部ロッキー山脈の各地にて、複数の街との連絡が唐突に途絶えた。
「手の込んだイタズラか?」
各州は警察を派遣。そして誰ひとり帰って来なかった。
「まさか」
次は州軍を派遣。州軍は多大な被害を受けるも、何よりも大切な情報を後方へ伝えた。
「トラックよりも巨大なグリズリーの群れだ!」
「ワニだ! ボートみたいなワニの群れだ!」
ロッキー山脈は熊、フロリダ半島はワニの群れが、暴れ回っていたのだ。
フロリダ半島戦線については、早期に住人が全滅したこと、日本の改大和型戦艦に匹敵する改モンタナ級戦艦10隻のうち8隻を早期に投入したこと、強化ワニのいた範囲が改モンタナ級の主砲の射程範囲内だったことで、ワニの群れを鎮圧出来た。
それでも、改モンタナ級は5隻が轟沈、2隻が大破する被害が出てしまった。
しかしロッキー山脈戦線については、ほとんど一方的にやられていた。
重機関銃程度は毛皮で弾かれ。自慢の『現代型戦車』から放たれた、最新の『タングステン合金製APFSDS』の矢が、キャッチされて戦車へとリリースされるのだ。
後退を続けているとはいえ、包囲網を形成出来ているだけマシと言えた。
なお、ロッキー山脈はカナダにも続いているのだが。
カナダ軍は熊軍団を包囲だけして手土産を持たせた外交官を送り込み。外交官を何人も犠牲にしつつも、英語を熊に教え、交渉でなんとかしようと努力していた。
そうして幾人もの外交官が犠牲になっている間に、ロッキー山脈近郊からやって来る熊軍団よりも早く、カナダ軍は住人を強制的に避難させた。
欧州大戦で史実よりもゴリッと人的資源の減って回復していないカナダは、ロッキー山脈で熊軍団と戦えるだけの人的資源と予算と兵器がないと当初から諦めており。その事実がこんな行動を起こさせていた。
ロッキー山脈近郊がアメリカ兵の血肉で彩られていた、同時期10月1日。オーストラリア西部の都市パース郊外にて、強化されたエミューの群れが確認され。またタスマニア島はホバート近郊にて強化されたタスマニアデビルが、ニュージーランド南島はクライストチャーチ近郊にて強化された羊の群れが、それぞれ確認された。
パースとホバートで初動に当たった警察は、アメリカでの惨状を知っていたため恐怖から発砲してしまった。クライストチャーチでは警官よりも先にアメリカの惨状を知ってはいた呑気な羊農家が対応し、彼らを牧場へと連れていった。
この対応が、オーストラリアとニュージーランドの明暗を分けた。
その日から、オーストラリアの都市という都市は、村という村は、家という家は、エミューやカンガルーといった強化動物に襲われるようになった。
元々過疎な上欧州大戦の人的被害から立ち直れていないオーストラリアの全都市が、同時多発的に襲われたのだ。オーストラリア政府と軍は対応する間もなく瓦解、殲滅された。
都市から外れたところに住んでいた一部のアボリジニだけは、歌や演奏と共に、強化動物に食べ物を与えて歓待することで、この虐殺を逃れた。その他のオーストラリア人は皆、強化動物に虐殺され。1960年中に、オーストラリア大陸は人間の管理下から離れた。
ニュージーランドは、羊農家のファインプレーにより、唐突に戦闘に入ることなく、豊富な牧草や差し入れの果物を与えられ喜ぶ強化動物の下へと外交官が派遣され。外交官が羊や犬に猫、カカポやキーウィといった強化動物に英語を教えることで、意思疎通を取ることに成功。
1961年5月3日、ニュージーランドの強化動物と人間の間で『アカロア協定』が締結。ニュージーランドの強化動物はニュージーランド人として、権利と義務が認められた。
ニュージーランドは『オーストラリアの悲劇』に続かず。世界で初めて、人間に管理されていない強化動物と共に生きていく道を選んだのだ。
中華の対強化動物戦争を受けたイタリアは、チャドやニジェールの支援している部族へ、現地のダンジョン管理がどうなっているか、尋ねた。
イギリスとの代理戦争になっているチャドの方は『分からない』という反応しか返って来なかった。分からないなりに、チャドの部族はダンジョン管理を厳密化させた。
しかしイタリア寄りの勢力で統一されかけていたニジェールからは、恐ろしい報告が返ってきた。
「ダチョウ・ハイエナ・チーターといった野生動物が、ダンジョンを出入りしているようだ」
イタリアの担当者は絶望の表情を浮かべながら、ニジェール側へと伝えた。
「それらの野生動物は、ダンジョンで強化されている。強さとしては戦車を上回ると予測されるので、絶対に手を出さないように」
「野生動物の出入りが確認されていないダンジョンについては、動物が出入りするとそのような危険を生む可能性が高いので、出入りだけはちゃんと管理するように」
ニジェールの人々は恐怖し、動物の出入りするダンジョン周辺からは避難。そうでない今まで管理していなかったダンジョンには兵士を派遣しギッチリと封鎖した。




