24 宇宙開発競争2
日本が宇宙に到達したことは、連合諸国・同盟諸国にとって恐怖するしかない出来事だった。
制空権の重要さは、バトル・オブ・ブリテンで世界的に知られており。そんな空の更に上を押さえるということは、地球を押さえることと同じ意味だったからだ。
それに、軍事的には飛行機を飛ばさず航空偵察出来るようになり。経済的には天気予報の精度を上げられる。無線だって、もっと手軽に世界を繋げるようになるだろう。
軽く考えただけで、これらの大き過ぎる利点がある宇宙開発は、見逃すことの出来ない産業であった。
しかし連合国・同盟の宇宙開発は中々進まなかった。読者の世界では、ナチス政権下のドイツにて、ヴェルナー・フォン・ブラウンという男が弾道ミサイルを開発。このミサイルとこの男がアメリカや連合国のロケット開発の基礎となった。
しかしこの世界のナチスドイツは、ロケットという怪しい玩具に頼らず中毒兵に頼ったため、ヴェルナー・フォン・ブラウンはミサイルを開発出来ず。ベルリンの戦いの最中行方不明になっていた。
なお、読者の世界でソ連の初期ロケット開発を指導したセルゲイ・コロリョフはというと。ソ連にて魔道具を使った宇宙開発グループを率いて、ロケットより安価で確実な有人宇宙機の開発に邁進している。
ともかく。
この世界の連合国・同盟は、それぞれの宇宙開発に四苦八苦していた。しかしほんの少しだけ、同盟の方が進んでいた。
中毒兵に恐慌した同盟は、大量破壊兵器の開発に着手しており。その大量破壊兵器は化学・細菌兵器なのだが、その輸送手段のひとつとしてミサイルを研究・開発していた。
この時はまだイタリアからパリを狙えるかどうかという短距離ミサイルしかなくとも、やはりその開発経験は馬鹿に出来ず。
また、ロケットの製造過程で『隙間なく物体を詰める魔道具』を使うことでの、固体燃料ロケットの製造速度を上げつつ、その精度を上げることに成功。
1959年10月4日、ポルトガル領カーボベルデはプライア島に建設された発射台から、同盟の総力を集めて開発された固体燃料ロケットが打ち上げられ。気象衛星『ユーピテル』が静止軌道に乗った。
連合国はというと、宇宙開発に参入出来る国はアメリカしかなかった。そのアメリカは巨大な資本を背景に、ロケット開発と魔道具型有人宇宙機の双方を同時開発しようとした。
しかしダンジョン探索をあまりやって来なかったため、魔道具を使った宇宙機の開発は早々に頓挫。宇宙までの足をロケットに一本化する。
打ち上げるまでの実験で数多の失敗を繰り返し多くの怪我人を出しつつ、データを積み重ね過労に倒れあと少しで試験機を宇宙に上げられるところまで来た。
そんな矢先、同盟がロケットを打ち上げたことを知った。
「ロケットを打ち上げろ、今、すぐに!」
アメリカ国民は多額の税金を費やしてなおロケットを打ち上げられないこと、地政学的に倒すのが面倒臭いだけでいつでも勝てる(と思っている)同盟に宇宙開発レースで負けていることに激怒。各地でデモが起こり、それらは暴動へと発展した。
一部では州軍が出動する騒ぎになった『10月5日ロケット打ち上げ暴動』は、大統領が『年内のロケット打ち上げ』を約束したことで沈静化する。
急に目の前に期限を決められたロケット開発グループは、キレた。
「無理を言うな」
ロケット開発グループは、他の宇宙開発グループ全てと共にストライキを決行。
無茶なスケジュールで進行し、過労での入院は当たり前、実験で負傷者が出るのも当たり前、なのにもっと働けと言うなら、増員した上でもっと賃金を払え。
宇宙開発グループはアメリカだけでなく、イギリスやフランス、更に日本やイタリアのマスコミも呼んで、そう現実を訴えた。
(ほんの少し誇張された)現実を知ったアメリカ国民は、デモの方向性を政府批判に一本化。ドワイト・アイゼンハワー大統領の支持率は急落し、ホワイトハウスに多数の火炎瓶が投げ込まれる騒ぎ(10月20日ロケット打ち上げ暴動)に至る。
出来ることなら、アメリカ政府だってもっとロケット開発者に報酬を払いたかったし、もっとロケット開発に人員を手配したかった。しかし西に日本という無限に軍備を拡張する仮想敵国がいるせいで、軍事費は常に圧迫されており。ロケット開発の費用は政府が出せる予算ギリギリになっていた。
ここでアイゼンハワー大統領は閃いた。
「ロケットに公告を貼ろう!」
つまり広告費を集め、ロケット開発費に当てようと考えたのだ。
大統領のこの考えをアメリカ議会と国民は強く支持。自分も宇宙開発に、国防に協力したんだと名を残せる、と理解したアメリカ国民は手のひらを返して大統領を支持。
予算が足りたことで宇宙開発グループの要求は満たされ。ストライキの遅れを取り返し追い越すべく、ロケット開発は進行。
1959年12月29日、ケープカナベラル空軍基地から、北欧神話の雷神の名を冠した『ソーⅠ』液体燃料ロケットが、多数の公告に彩られ、宇宙へと出発。
宇宙線計測を目的とした人工衛星『エクスプローラー1号』が、衛星軌道に乗った。




