第10話ー入学式
そして、4月1日が来て、僕は私立浦賀女学校の教師として、正式に採用となった。
僕の名目上の月給は25万円近くになる(実際には、所得税とか、社会保険料とか、で色々と差し引かれていくと、21万円程度になるのは仕方ない。)。
更に、ボーナスも貰える。
奨学金の返済に、月に2万円の支払いは、充分に可能だと、この時点での僕は皮算用をしていた。
(その代り、通勤は自転車頼りで、自分の車やバイクが持てないのは仕方ない。)
就職してから約1週間、新採用の教師として、中等部2年生の学年副担任としての職務を、現場で僕は学んでいき、在学生の始業式を済ませて、と順風満帆の人生を自分は過ごしていると、自分では信じていた。
そして、入学式の日が来た。
「お兄ちゃん」
「その呼び方は、校内では厳禁だ」
岸澪が、僕の姿を見つけ、叫びながら、近づいてくるのを、僕はたしなめた。
気が付けば、僕の周りには、土方鈴やジャンヌ・ダヴーも来ている。
「先生、これからもお世話になります」
「先生、これからもよろしく」
2人が、相次いで、僕を見つけて、声を掛けて、近寄ってきたのだ。
新入生の交通整理役として、僕は駆り出されたのだが、気が付けば、僕が交通整理の障害となっている。
鈴は、出身の小学校では、いわゆるスクールカーストでは最上位を占め続けていたし、ジャンヌは、出身の小学校では、注目の的の存在だった。
鈴とジャンヌを、ある意味では従えている僕は、周囲からもいつの間にか注目を集めていた。
更に、恒例で入学式を中継している地元のケーブルテレビ局の局員らも来ていて、彼らが、僕の方を向いている気配があった。
これはまずい、と僕は思った。
「ちょっと移動しようか」
3人に声を掛けながら、少し離れたところに移動する。
だが、これはこれで、人込みから離れることになり、更に人の注目を集めることにもなった。
そこに、村山愛が駆け込んできた。
「危なかった。板前さんに送ってもらわないと遅刻していた」
彼女は独り言を呟き、後ろに自分の母親、北白川の女将を連れて、入学式場に現れた。
大息をついて、周囲を見渡し、僕とその周りの3人の少女に、愛は気が付いた。
愛は、おもむろに僕達に近寄ってきた。
僕は、愛は、他の3人と同様に僕に挨拶をするのだ、と思い込んでいて、全く警戒していなかった。
「ねえ、あの日のことを覚えています。お互いに初めてで、ぎこちなくて。私は今でも忘れられない」
近づいてきた愛が、僕にそう話しかけたのだが、その口調は、いつもとは一変していた。
僕の記憶の奥底が刺激された。
愛本人としては、ささやいたつもりなのだろうが、地声が大きい愛の声は周囲に響いた。
「ちょっと、私を騙していたの。自分も初めてだ、と言っていたわよね。私は初めてだったのよ」
鈴が、いきなり金切声をあげた。
令嬢の鈴が、こんな声を上げる筈がない。
「うーん。私と関係を持つ前に、本当は2人と関係を持っていたみたいね。私に完全な嘘はついていなかったと言う訳か。でも、もっと私は許せなくなった気がする」
澪が冷たい声を出した。
澪、君まで何を言い出すのだ。
「まあまあ。でも、今更ながら、納得できました。私は少なくとも4人目の女だったのですね。道理で私を抱くのが優しくてうまかった」
ジャンヌが涙をこぼしながら言った。
ちょっと待て、君達は、一体何を言いだしているのだ。
気が付けば、僕の周囲の空気が凍るというか、ヘリウムさえ固体化する程の冷気に包まれていた。
一体何がどうなっているというのだ、いや、原因が僕は分かっている、というか思い出した。
だけど、それは、少なくとも今の僕の責任ではない。
「ちょっと5人共、こちらに来たまえ」
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