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待ちぼうけとペットボトル

皇国の侵攻に備えるためにレイスラットの使節団としてオースランド王国に赴いた白山達

無事に入国はしたものの、オース側の護衛と合流するために白山達は国境で待機していた。




白山達は書類手続きを終え、無事にオースランド入国を果たした。

先ほどの国境警備隊長の言葉によれば、護衛隊の到着は昼以降と連絡を受けているそうだ。


時計もなく連絡手段も限られるこの世界では、国同士のやりとりであっても、これが普通と言える。

分単位、場合によっては秒単位まで、精緻に時間を合わせる白山達の方がむしろ異質なのかもしれない。


この世界に来てずいぶんと経ち、そうした時間感覚には慣れたつもりだったが、待たされる方としては若干の焦りが出る。

白山は指定された詰所付近で、時折腕時計に視線を落としながら、いつ来るともしれない護衛隊を待つしかなかった。


実を言えば派遣計画を作成する際も、オース入国後の時定が決められず、頭を悩ませていたのは余談になるのだろうか?



「お迎えは、いつ頃到着するんでしょうね?」



同じように生粋の軍人である前川一曹も、時折双眼鏡で地平線を眺めながら、隣に立つ白山にそう投げかけた。


「気風的には、アラブか東南アジア的な時間感覚だと思っていた方が、良いかもしれないな」



日よけ代わりに展開させたカモフラージュネットの下で、しゃがみこんだ白山はそう言って苦笑する。

それを聞いた前川も、得心が行ったように頷いて砂地にあぐらをかいた。


「砂漠の民というのは、国の左右や世界まで超越して、似たような気風になるんでしょうかね?」


「さあな? しかし、ここの流儀に合わせてのんびりいくしかないだろう。

それに、気候順応の時間が取れたのはありがたいと思って、割り切るしかないな」



そう言いながら、白山はネット越しに差し込んでくる日差しと、腕時計の温度センサーに目を向けた。


「隊員達へ、定期的に水分を摂取するように厳命してくれ」


そう言いながら白山も、各人に配られている飲料水のペットボトルに口をつけた。

砂漠の気候は乾燥の度合いが強く、激動時を除けば、かいた汗もすぐに蒸発してしまう。

その為、知らず知らずのうちに水分が失われている事になる。


気づけば致命的なダメージを受けている場合もあり、定期的な水分摂取は欠かせない。

隊員達は背負式のハイドレーションに加えて、通常の水筒2個、更に飲料水を支給していた。


水分だけでもかなりの量だが、多いに越したことはないのが、砂漠という過酷な環境なのだ。



白山の言葉を聞いて、無線で指示を飛ばした前川も、白山に倣ってゴクリと喉を鳴らし水を飲んだ。



『正面警戒より、HQ 正面から接近の集団、騎馬隊 数200 距離2000』


ようやくオースランドの護衛達が到着したと連絡が飛び込んできたのは、昼を随分と過ぎた頃だった。

無線の一報で、立ち上る砂煙を発見したという連絡で、白山達はその方向に視線を向ける。


双眼鏡の拡大された視野の中に、隊列を組みこちらに向かってくる騎馬隊が確認できた。



前川は、隊員達に防御体制を取らせ、万一に備えエンジンを始動させるように命令を下す。

この距離ならば相手に敵対の意志があったとしても、十分に殲滅が可能だ。

中世では圧倒的な破壊力を持つ騎兵によるチャージ<突撃>も、現代火砲の前では歯が立たない。


白山とリンブルグ公は、今回の派遣に向けて何度か会談を持ち、内容の調整を行っていた。

その席上で、共通の懸念事項を口にしていたのだ。


『もし、この招聘が罠であった場合、どうするか?』 という懸念だった。


例の総火演もどきをオースランドの関係者も見学しており、その一件から今回の派遣につながったのだ。

しかし、それがオースランドに危機感を持たせたとしたならば、可能性は無くはない。


国力の減衰を考慮せず、純粋に軍事力だけで見れば、オースランドだけで皇国に立ち向かうのも不可能ではない。

だがそこには、重要な食料の輸入に関わるレイスラット王国の意向や、3ヶ国の王達が同じ年代で学友であるという事情も絡んでいる。


それでも地政学的に見れば、食料の豊富なレイスラットの土地を手に入れる事は、砂漠が広がるオースランドにしてみれば魅力的に見えるだろう。

さらに外憂を抱える現状ならば、防波堤になり得る『他所の土地』を欲しても不思議はない。


そしてそれを成すには、脅威になる白山の存在は目障りに思うだろう。


それが懸念を口にした、両者の共通の結論だった。



それ故に友好国を訪問するにしては、白山達の武装規模が大きい理由にもなっている。

しかし、この『if』を白山とリンブルグ公が王に伝えると、王は破顔して大声で笑ったのだ。


「なかなか面白い冗談だった!」


ひとしきり笑ってからそう言った王は、表情を戻して再び口を開いた。


「万一にでも、彼奴がそのような野心を持ったならば、遠慮はいらん。叩き潰してよい」


こう言い放ったのだ。更に王はゆっくりと言葉を続ける。


「些か武に頼りすぎる家風はあるが、王族としての感覚は疑う余地はない。

その点を読み誤るような事はあるまい」




……白山は迫り来る騎兵の大軍を前にして、その言葉を思い出していた。



「王国旗を高く掲げて振れ!」



リンブルグ公が、その細身の体躯に似合わない大声で、誰へと無く指示を出した。

それに応えたのは、公の護衛騎士であるニルスだった。

一時は車酔いで半死半生だった彼も、薬が効いたのかいつもの調子で動けるようになったらしく、3トン半に積載してあった大旗を取り出すと、頭上に掲げた。


砂漠の乾いた風にはためく青いレイスラット王国旗は、遠くからでもよく目立つだろう。



騎馬隊も王国旗の存在を見とめたのか、緑色の自国旗を掲げながらこちらに接近してきた。

そして200メートル程の距離をおいて対峙した両軍は、まるで睨み合うように両者ともその動きを止める。


左右に展開した機関銃と中央に配置された車載重機関銃が、その射界に騎馬隊を捉えていた。

万一を考えて、初弾こそ装填されていないが、命令が下達されれば即座に無数の弾丸が、人馬をひき肉に変えるだろう。

油断なく周囲に視線を走らせている隊員達の銃口が加われば、万が一にも騎馬隊に勝ち目はない。



ピリピリとした緊張感の中、数騎の陣馬がオースランド王国軍の旗を掲げてこちらに接近してくる。



「これは、こちらからも出迎えに出なきゃイカンでしょうな。俺が行きますので隊の指揮お願いします」


前川一曹が進み出てきた騎馬に視線を向けながら、横に立つ白山にそう声をかけた。



「判った。Sシエラにカバーさせるが、気をつけてな」



白山も同じように騎馬隊の方へと視線を向けたまま、言葉を返す。

それを聞いた前川は、腰につけたダンプポーチに手に持っていたペットボトルを突っ込むと、小走りで警戒線を越えて単独で砂漠へと向かってゆく。


互いに中間地点まで進んだ前川と騎馬は、そこで初めて邂逅する。

前川の印象としては、中東系とモンゴル系の遊牧民を足して割ったような風貌というのが第一印象だった。


髭面でくすんだ色のハーフメイルを着込んだ馬上の男は、前川の姿を感情の伺えない目で検めてからおもむろに口を開いた。


「オースランド南部軍団千人隊長であるザバラだ。レイスラット王国の御一行とお見受け致すが、護衛は何処に?」


前川はやれやれと内心で思いながらも、ゆっくりと口を開いた。


「ご足労頂き感謝します。今回の使節団の警護を担任しております前川と申します。

護衛も含め、後方で待機している人員が、今回の訪問使節全員ですな」



砂漠の熱気の中でも変わらぬ前川の涼しい表情に、ザバラと名乗った隊長がピクリと表情を動かし、後方に控える部下と思しき騎兵は、あからさまに嘲笑めいた表情を浮かべている。



「レイスラットでは、先般皇国からの侵攻を見事防いだと聞いているが、その戦で随分と消耗されたのかな?」


ザバラが落ち着いた口調でそう尋ねて、前川と後方に見える奇妙な『鉄の馬車』に視線を動かす。


「いや、前回の戦闘ではそれほどの死傷者はでておりません。今回の使節団の規模であれば適性な人数だと思われますが?」


白山が関わった皇国のビネダ砦方面への侵攻に関するレポートは、前川も当然目を通しており、表情も変えずにそう切り返した。


「では何故、護衛の数が少ないのか、その理由を聞かせてもらえないだろうか?

慣例では、両国同数程度の兵力を持って、対等な関係を表すとあった筈だが……」


少しだけ視線を鋭くしたザバラに、相変わらず表情を変えずに前川が言葉を発する。


「兵力は、その数だけで決まるものではないと思われますが?」



その言葉に敏感に反応したのは、ザバラではなく周囲の騎兵だった。


「貴様!オースランド軍の精鋭である南部軍団を愚弄する気か!」



頑丈な体躯の馬首を繰り、怒りに顔を染めて今にも剣を抜きそうな勢いで前川に食って掛かる。



ザバラが部下を手で制してから、ゆっくりと口を開く。その目には先程までの無関心な表情ではなく、ほんの少し感情の色が浮かんでいた。


「ほう…… ではレイスラットの護衛隊は、あの寡兵であっても貴殿の眼前に見えるこの騎馬隊と、同等に戦える。そう言いたいのか?」


「5分も頂ければ、現状であれば制圧が可能かと……」



護衛隊の神経を逆撫でするような前川の言葉に、いよいよ我慢の限界を迎えたのか、護衛の一人が剣を抜き放つ。


「貴様、言わせておけばつけ上がりおって!この場で首を撥ねられたいか!」


その激昂した護衛の様子を一瞥しても、前川は意に介さず、横に数歩離れる。

先程の飲みかけのペットボトルを取り出すと中身を一口飲み、フタをしめて地面に置く。


もう一名の護衛は、激昂した同僚を諫めるのに忙しく、ザバラは怪訝そうに前川の行動を目で追っていた。


再びザバラと対峙する位置に戻った前川は、小さくため息をこぼしつつ左腕を頭上に掲げる。

それは、こちらに出向くまで、無線で取り決めておいた合図だった。


「そこに置いた水の容器を、見て頂けますかな?」


そう言いながら、前川は左手を振り下ろす。



……次の瞬間、ペットボトルが破裂し、周囲に水が四散する。


やや遅れてパシンという小さな発射音が響き、馬が嘶くが、さすがによく訓練されている軍馬は、馬上の主が諌めるとすぐに落ち着きを取り戻す。

そうして、再び砂漠を吹き抜ける熱波の風音だけが周囲を支配する。


あっという間に蒸発を始めた水と、表情を変えない前川を交互に見ながら、ザバラは絶句していた。それに構わず前川が口を開く。


「すでにそちらの騎馬隊は、全員がこちらの攻撃範囲に収まっているのですが、まだ信じられませんか?

お望みであれば、こちらと同数になるまで、騎馬隊の数を減らす(・・・・・・・・・)事も可能ですが?」


ザバラは目の前で証明されて、対峙する男の言葉が事実だと、ようやく認識出来た。



南部軍団の司令部で、レイスラットからやって来る使節団の護衛を命令された時に、上官から受けた説明が脳裏に蘇る。


『レイスラットの鉄の勇者が率いる軍は、全員が魔法のような力を備え、一騎当千の実力を持つ。

くれぐれも無用な諍いを起こさず、無事に王都まで連れてくるように』


ザバラに白羽の矢が立ったのは、オースランド人としては冷静沈着で思慮深いとの評価があり、それを買われての抜擢だったのだ。

そんな冷徹な男が、目の前で起こった現象と落ち着き払った前川の表情を見て、改めて使節団の方向を見やる。


地面に伏せたり物陰に潜んでいるため輪郭こそはっきりしないが、全員が身じろぎもせずにこちらへ視線を向けているのが肌で感じられた。


鉄の杖の伝承についてはザバラも聞き及んでいる。それに出発前に見せられた軍事機密扱いの、レイスラットで開催された閲兵式の報告書。

それらが合わさった時、前川の言葉がウソでも誇張でもないとハッキリ確信できた。


「……剣を納めよ」


未だに剣を抜いたままの部下に向かって、ザバラは静かに命じる。

その言葉は低くそれほどの声量ではないが、有無を言わせぬ意志の強さを感じさせた。


「っ、しかし!」


「二度は言わん……」


後方を一瞥したザバラの視線を受けて、射抜かれたように体を硬くした護衛は、言葉を飲み込んで納刀する。



「部下が失礼を致しましたな。確かに優れた力量を備えられた護衛であると納得致しました。

これより、使節団の護衛に就かせて頂きましょう」


馬を降りたザバラが歩み寄り、前川に向けて手を差し出した。

前川もここでようやく右手を銃から外して、握手に応じる。



内心ではハラハラしながらも、無事に合流出来たことに安堵した前川は、力強く握られた相手の手を握り返す。



急ごしらえのプランが上手く通った事に、胸をなでおろしながら手短に実務的な会話を交わして、前川とザバラはそれぞれの部隊へと歩を進めてゆく。


******


 この国への入境で、オースランド人の気質を把握していた前川は、確実にこの合流でも一悶着あると踏んでいた。

そこで何かありそうだった場合に、最低限の実力行使の方法を自分を支援するスナイパー(シエラ)に伝えていたのだった。


本来であれば前川を支援するシエラは、対峙する3名のターゲットから目を離さず、何かあれば即座に支援するのが任務となっている。

そこへ前川から突然の据え物撃ちを命じられて、少々苦笑しながらもそのプランを了承する。


距離は精々100メートル。空気は乾燥していて風は微風……


スナイパーとしてみれば、外す方が難しい条件だ。そして振り下ろされた合図と同時に、苦もなくペットボトルを射抜き、破裂させる。

命中を確認して、再びターゲットにクロスヘアを合わせれば、そこには驚愕に彩られた馬上の男達の表情が目に飛び込んでくる。


シエラはその表情を見て、一瞬だけ薄く笑みを浮かべたが、すぐに気を引き締めてターゲットに集中した。


倍率を落としたスコープ越しの画像に、ファーストターゲットと想定していた護衛の男が、剣を収めるのが目に入った。

そして先頭の指揮官らしき男が、馬を降りて前川と握手をかわすのが鮮明に映しだされる。


どうやら合流は上手く行ったようだ。



スナイパーの教育課程を履修中に、聞いた言葉が脳裏に蘇る。


『スナイパーは、1発の銃弾で最大限の効果を、敵味方にもたらす』


まさに、交渉の主導権を一発の弾丸がひっくり返したのだろうと、クロスヘアを覗き込みながら納得していた。



引き返していくオースランド軍の男達の背中を、スコープから目を外し肉眼で見ながら、スナイパーの隊員はそんな感想を一人抱いていた…………





スローペースになりそうですが、旅団も更新再開しますm(_ _)m

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