公爵とアトレアと出発と
明くる日、白山は朝から王城に赴いていた。
どうやら、昨日のうちに白山と一緒にオースランドへ同行する貴族が到着したらしく、顔合わせと相成ったのだ。
白山が城内の応接室に入るとやや遅れて、身長は180を超えスラリとした体躯の男が、控えめなノックの音とともに現れる。
なかなかの美男子であった事を思わせる優男で、加齢による僅かな目元のシワが、彼の表情の柔和さに一役買っている用に思えた。
「はじめまして、ホワイト公。私はリンブルグ領主のベランジェ・リンブルグ公爵と申します。
陛下より此度のオースランドへの使者を命ぜられ、領地より慌てて馳せ参じました」
互いに握手を交わしながら笑顔を見せるリンブルグ公爵は、およそ貴族とは思えない柔和さで白山に語りかける。
「いえ、こちらこそ私が元凶で彼の国から招聘を受けることになり、お手を煩わせてしまい申し訳ない」
着席を促しながらそう切り返した白山に小さく微笑み気にしていないというジェスチャーを織り交ぜる。
どうやら気さくな人物の様子で白山はひと安心していた。
これがいかにも傲慢な貴族然とした人物であったなら、道中気が休まらなかっただろうと思い、胸を撫で下ろす。
「それから、本題に入る前に一言お礼を言わせて下さい」
確か、リンブルグ公爵とは初対面だった筈。はて?と思いながら白山は言葉の続きを待つ。
「いやはや、アトレアがいつもお世話になっております。
我が娘ながらお転婆で、ご迷惑をお掛けしているかと思いますが……」
そこまで口にした時、先程より大きなノックの音が響き、話に上っていたアトレアが飛び込んでくる。
「父上! 私邸にも立ち寄らず直接王城に出向かれるとは、聞いておりません!」
第一軍団の訓練途中だったのだろう。鎧姿のまま応接室へ飛び込んできたアトレアは、開口一番まくしたてて、それから白山の存在に気づく。
「いや、ホワイト殿、あの……これは……」
何を言い淀んでいるのか、モゴモゴと口を動かすアトレアを尻目にリンブルグ公が言葉を続ける。
「いや~、これまで見合いや縁談を尽く断ってきたアトレアが、この方ならと手紙を寄越したのには驚いたが、この血相を見るにどうやら本気のようだねぇ」
どこか嬉しそうにアトレアと白山を交互に見ながら、リンブルグ公は、一人満足そうに頷いている。
一方アトレアは口をパクパクさせたまま、顔が真っ赤に染まり入口付近で硬直していた。
もう一人の白山に至っては、状況が読めず不思議そうな顔を浮かべるしか無い。
「リンブルグ公、申し訳ないが話が見えないのですが……」
白山がとりあえず情況を把握しようと尋ねると意外と言った表情のリンブルグ公が、それに答える。
「いや、アトレアからの手紙でホワイト公との婚姻であれば、認めて欲しいと言う旨と、各貴族からホワイト公への横槍を公爵家の伝手で抑えこみをと……」
「うわーっ、ちっ父上!親書の内容をこのような場所でっっっ!」
それまで硬直していたアトレアが、再起動して脱兎のごとく走り寄ると、父親の口を塞ぎにかかる。
「いやいや、娘の婚姻は親の務めだろう。それにその様子じゃ、ホワイト公へは何も言っていないんじゃないかな?」
どうやら図星だった様子で、ビクッとアトレアは動きを止めてしまう。
そしてギギギッ っと音が聞こえそうな様子で、白山の方に首を向けた。
なんとなく情況を察した白山としては、この場をどうしたものかと頭を悩ませる。
確かに執事兼家相のフォウルが巧く処理してくれてはいたが、白山が公爵へ叙任された頃から、大小問わず貴族からの縁談や行儀見習いについて、山のように届けられたのだ。
それが、二月ほど経った頃から数が減り、今ではすっかり来なくなっていた。
流石に脈が無いと諦めたのかと思っていたが、どうやら原因は別の所にあったようだった。
「正直言って、アトレア殿からもそう言った話は聞いておりませんでしたし、どう言ったものか」
少々困惑しつつもそう言った白山に対して、リンブルグ公はニヤリと笑って、この言葉に食いついてくる。
「ほうほう、明確に否定なさらないと言う事は、アトレアの事はそう悪くは思っていらっしゃらない。そういう事ですな?」
「いや……っ!」
喉まで出掛かった『軍人として同僚として信頼している』という言葉を咄嗟に飲み込んだ白山は、チラリと当の本人に視線を向ける。
いくら女心に疎い白山だとしても、ここでアトレアの女性としての存在理由を否定するのは、拙いと感じていた。
見れば普段の凛とした表情はどこかに消え、どこか弱さの見えるアトレアという一人の女声が、父の背中越しにこちらに視線を向けていた。
不意にかち合った二人の視線は、気まずい沈黙を生み出してしまう。
「いやはや、これがお見合いの席であれば、後は若い当人同士に任せて年寄りは退散するのですが……」
クツクツと、肩を揺らしながら愉快そうに微笑むリンブルグ公に初手を制されてしまった白山は、小さく咳払いをすると無理やり意識を切り替える。
「とにかく、その件については後ほど改めて話し合いをするとして、今はオースランドへの訪問について、打ち合わせを……」
「本当か!話を聞いてくれるのか?」
この言葉に食いついたのは、意外にもアトレア本人だった。
どうやら、この場で縁談の件を断られると思っていたアトレアは、驚いたように目を見開きそして華のような笑顔を白山に向けた。
普段はキリリとした表情しか見ていない白山は、アトレアの笑顔に一瞬ドキリとさせられ、勢いに任せて頷いてしまう。
その頷きがアトレアにはどう映ったのかは本人のみぞ知る事柄だが、それによってその場は収まり、アトレアがリンブルグ公の横に座り、ようやく話し合いの環境が整った。
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「では、護衛の兵は此方からは一切出さなくて良いと?」
「直属の護衛と、従者の方は多くても片手程度の人数にて、お願いしたく存じます」
「馬車については、当方で出そうかと思っていたのですが」
「それも、こちらで手配させて頂きます。これは旅程の短縮と警護の都合ですね」
初対面での大混乱が収まると、検討すべき内容について真摯な議論が取り交わされた。
些か礼法からは外れているが先方の望みであるからこそ、白山としては舐められない事を優先していた。
貴族の様式に則った公使の訪問ではなく、どちらかと言えば艦砲外交に近いのだ。
その為にリンブルグ公が、自前の軍勢を出し道中の護衛と移動手段について相談した所、白山はそれを断り自隊で全て賄うと言い切ったのだ。
これには馬車と車両の移動速度の違いもある。
それに警護体制も指揮命令系統や、もとより射程の違う軍が混在していては混乱や同士討ちを招きかねない。
それに万が一、オースランドでトラブルが発生した場合、迅速に離脱するには人数も『お荷物』も少ないに越したことはない。
「ふーむ。まあ、こちらとしては陛下からも言い含められていますし、人数が少なければ、費用も掛からないので問題ないんですがね」
苦笑しながらも白山の条件を呑んでくれたリンブルグ公に、礼を言い白山は言葉を続けた。
「いえ、こちらこそ外交儀礼や正式な礼法には疎いので、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「謙遜や礼節は美徳ですが、オースランドに赴いたならばそうした言動には注意して下さいね」
相変わらず笑顔ではあるが、リンブルグ公の視線にはやや剣呑な雰囲気が見え隠れしている。
どうやら、この御仁は見かけどおりの優男という訳でもないようだ。
「詳しくお伺いしても?」
その視線を受けて、白山は居住まいを正した。
「古の伝承にも登場するオースランドは古くから武の国です。
彼の国では謙遜や曖昧な表現は、侮られるもとになりかねません」
リンブルグ公によれば、オースランドは古くから武芸に秀でており、王位に就く者も武芸で決まるらしい。
何でも始祖を辿れば騎馬民族の流れを汲むらしく、男らしさや勇猛さが何より尊ばれるという。
「それゆえに煮え切らない態度や謙遜は、相手への侮辱や侮りと取られかねないばかりか、自分は相手の格下であると非ぬ誤解を生む事にもなります」
文献では知り得なかったオースランドの詳しい情報に、頷きながら聞き入っていた白山はリンブルグ公が、今回の訪問に同行してくれて助かったと感じていた。
この世界に来てから、色々と新たに知る事は多かったが、まだまだ学ぶべき事は多々あると白山は実感していた。
出来れば情勢が落ち着いたなら、ゆっくり諸国でも巡ってみたい。
柄にもなくそんな考えが、白山の脳裏に浮かんでいた。
諸国をめぐる車の助手席に誰かが座っている画像が、一瞬だけ過るが不鮮明なイメージは、それが誰かを判別する間もなく、思考の奔流に押し流されていった。
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翌日から基地ではオースランド派遣隊が正式に編成され、慌ただしく準備が開始された。
先日のうちに王国の早馬がオースランドに発っており、出発の日が五日後と定められ時定が組まれてゆく。
白山が作成した派遣命令に沿って、営庭に毛布が敷かれ装備品が並べられてゆく。
武器弾薬に携行糧食や燃料が、ドンドンと運ばれてきて小山を築いていった。
使用される車両は教官達によって入念に整備がなされており、ある程度の修理工具や予備部品も積み込まれる。
予定では三トン半に、水タンクを牽引させ高機動車には1tトレーラを牽引させる予定だった。
それでも派遣隊員の個人装具など大量の荷物を運ぶ事になるので、かなりギリギリになる。
これに加えて外交儀礼上の贈答品なども運ぶ必要があり、車両を増やそうかと白山は思案していた。
しかし、これ以上車両を削ると今季の訓練生達の訓練計画に影響が出る恐れがあり、何とか詰め込むしかない。
人選については前川一曹と河崎三曹そしてリオンを同行させる事に決めていた。
これは経験と砂漠地域での任務実績を考慮した結果だった。
リオンについては編成に入れていなかったのだが、本人の強い希望でねじ込まれたのだ。
編成を考えていた白山に真顔で、「私が編成に入っていないのはどうしてですか?」 と、問い詰められたのはご愛嬌だろう。
もし、むこうで部隊の能力や火力について説明を求められた場合は、軽火器に限定した火力を展示する事で決定していた。
これは何も手の内をすべてさらけ出す必要はないという用心だったが、自衛用として対戦車火力もこっそり携行する。
そうしてつつがなく準備は進んでいった。
出発三日前にリンブルグ公が積載する荷を携えて直々に基地を訪問し、車両に仰天するというハプニングはあったが、それ以外は順調に出発の日を迎えた。
早朝、基地を日の出と共に出発した白山達は、まずリンブルグ公の王都私邸へと向かう。
白山達の部隊が設立されてからは、王都の城門を警備する親衛騎士団や住人達にも車両の存在が知れ渡っていた。
朝の早いこの世界では、すでに郊外の畑に農夫が仕事に勤しんでおり、車両に向けて手を振ってくれる。
基地対策の一環として白山達は、彼らから直接農作物の買い付けを行っており、基地の周囲は有効な住人達によって占められている。
フリーパスで門をくぐり、王都の中を徐行しながら車両は進んでいった。
すでに王都に暮らす人々は車両に慣れた様子だが、それでも旅人らしき幾人かは、目をひん剥いて驚いている。
商業区画では朝早くから商人や露天などが賑やかに動き始めていた。
王都の商業活動も先だっての騒乱から復調し、活発な動きがあり、ようやく食料品の価格なども安定してきていると報告があった。
王城にほど近い貴族区画へと車両は進んでゆく。
流石に人通りは少なく、静謐な雰囲気で穏やかな朝を迎えていた。
そこへ低いエンジン音を響かせて車両が通過し、やがて車列は豪華な邸宅の前で停止する。
リンブルグ公の邸宅は、流石に大貴族だけあり開門されて敷地内へ入るにも、余裕のある馬車道が整備されていた。
本来は馬車が横付けするであろう広い玄関前のスペースに、車両を停止させる。
さすが公爵家というべきか、停車する頃には一列に使用人達が整列して白山達を出迎えた。
そしてその中央を割るように正面玄関が開き、リンブルグ公が姿を現した。
旅装束とでも言うか、先だって王城で面会した時よりも幾分簡素な衣服に身を包んだ公は、車両を降りて待っていた白山と握手を交わす。
「いやはや、こうして目の前で見ても、こんな鉄の塊が馬車よりも早く走るなど、まるで夢物語のようですな」
「乗り心地はあまり良くありませんが、オースランドまでご辛抱頂ければ幸いです」
笑いながらそう言った二人の横では、この旅に同行する使用人達と隊員達が、車両への荷物の積載を行っている。
それほど量があるわけではないが大きな衣装箱などもあり、容積がかさんでいるようだ。
チラリと横目でそれを見た白山の視線に気づいたのか、苦笑しながらリンブルグ公が答えてくれる。
「ウチの執事が貴族の体面を強硬に主張してね。何とか減らしたんだがね」
そう言ってチラリと視線を後ろに公爵が目配せすると、いかにも執事然とした神経質そうな老人が、憤懣やるかたないと言う表情を浮かべている。
「まったく、公爵家の威厳が……」など、積載の様子を見ながらブツクサと文句を言っているのが白山の耳に届く。
気を取り直そうとして、公爵が努めて明るく口を開いた。
「さて、それじゃ今回の訪問に随行する家人を紹介しよう」
そうして紹介されたのは五名の使用人達だった。
まず紹介されたのは、メイド長のジュリアン。いかにも気配りができそうな少し目つきの鋭い妙齢の女性だった。
やはり公爵家のメイド長というだけあって、きっちりとまとめた髪に一筋の乱れもなくメイド服もピシリと着こなしている。
続いて紹介されたのは副執事のアントンで、少しのんびりとした印象を受ける、優しげなタレ目が特徴的な男だった。
これでもリンブルグ家の副執事だけあってそれなりに有能との事だった。
さらにユーリヤというメイドこちらも優しげな印象だったが、優美なお辞儀はやはり堂に入っている。
「リンブルグ公爵領主軍 団長 兼 親方様の護衛であるアルフと申す」
紹介された中で、一番大きな体躯を金属鎧に包んだ威圧感のある男がズイと手を差し出してきた。
口ひげと目元の刀傷が特徴的な大男は、有事の際には一万人近い公爵軍を指揮する事もあるという。
「ふん、本来であれば今回の使節団には領軍から、二百名の護衛を出す予定であったのだ。
それがたったの二十名に満たない少勢で公爵家の威厳が保てるとお思いか?」
その言葉に列の後ろの方で老執事がウンウンと頷いて、その意見に同調している。
差し出された手をがっしりと握り返しながら、白山は少しだけ視線に込める力を強めた。
「この人数でも、二百名でしたら十分に相手ができますよ?」
白山の言葉に口にこそ出さないが、公爵の名代として総火演もどきを観戦していたアルフは、それ以上何も言わず握手の手を離した。
「すみません。うちの隊長は他国に領主軍の威容を見せるのを楽しみにしていたので、拗ねているんです」
もう一人の護衛である若い騎士が、遠慮がちに口を開く。
ニルスと名乗った騎士は、精悍な顔つきと鎧の上からも良く分かる締まった身体を持つ快活そうな青年だった。
そうこうしているうちに、荷の積載が終わり隊員が白山の傍に報告に訪れる。
答礼をしてその報告を受けた白山は、ゆっくりと敬礼を解きリンブルグ公に語りかける。
「それでは、出発と致しましょう」
王城へは先日のうちに出発の挨拶と先方への贈答品、旅費の金貨などの受け渡しを済ませており、このままオースランドへ出発できる。
こうして、六名の同行者を加えた車列は、一斉にエンジンを始動させ朝の穏やかな陽を受けながら出発して行った…………
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追伸
第2回オーバーラップ文庫WEB小説大賞にて、現在読者投票を行っております。
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