合流と怒りと魔法の威力
早朝の店先に馬の嘶きが響き渡り、乱暴に蹴り開けられた扉から、きらびやかな鎧に身を包んだ騎士達が雪崩れ込んでくる。
「信仰騎士団である!異教徒である亜人の民を匿った咎により、店を検める!」
朝の掃除で掃き清められた店の床に、土埃を撒き散らしながら騎士達は店子や小僧をひっ捕らえてゆく。
「店の中には信徒のみでございます!店の中をお改め下されば潔白は証明されます!」
毅然とした様子で商人は騎士達に訴えるが、その言葉も虚しく縄を打たれ、店先に店子共々晒し者のごとく並べられた。
家探しをしてた騎士の誰かが声を上げる。
「あったぞ!ご禁制の霊薬だ!」
掲げられた小袋の中には、以前小僧が病に罹った時に、カレンが融通してくれた霊薬の残りだった。
まるで鬼の首を取ったように勝ち誇る騎士は、店主の前に袋を突きつけ憤然とした表情で睨みを利かす。
「教会の印可のない薬だ!これが大罪である事は商人ならば判らぬ筈はない!」
事実霊薬はその旨味に気づいた新光教団が、その販売権利を独占しその富を享受していた。
しかし販売価格の暴利に庶民は手が出せず、皇国の民が多く犠牲になっている。
霊薬が比較的手に入りやすいレイカットにおいては、水面下で霊薬の取引が成されていた。
それはこの商人も例外ではないが、その取引の狙いは高騰する食料品への購入が目当てなのだ。
それを知っている街の住人達は、一様に信仰騎士団に反感を抱くが、それを口に出せば自分だけではなく家族まで累が及ぶ。
誰もが光のない眼で表情と感情を押し殺し、捕縛された商人達を眺めている。
そんな群衆に混じり、カレンは渋い表情を頭巾で隠しながらその光景を眺めている。
自分が今出て行けば彼らと共に捕縛されるのは目に見えていた。
さりとてこの場で暴れるのは、無辜の民を傷つけてしまうだろう。
今は我慢の時だった……
商人と妻、そして小僧に見習いと幾人かの店子が、首にかけられた縄を馬に繋がれ、連行されてゆく。
その行く先は、代官の住む街の中心部ではなく、町の入口の方向だ
おそらく、騎士団の宿営地に連行されるのだろう。
カレンにとって街から遠ざかってくれるのは、むしろ好都合だった。周囲に巻き込む人間がいなければ存分に力を振るうことが出来る。
そう考えたカレンは、一旦群衆から距離を置き、姿を隠した。
「里への便りや連絡は、今の段階では難しかろうな」
これから一族の禁を破り、人間達相手に魔法を振るわねばならない。
親しき者達への別れや里に警戒を伝える意味でも、何かしらの連絡を取りたいところだが、街からだとエルフの足でも森を踏破するには二日かかる。
その余裕はないだろう。
唯一生き残っている仕入れ担当の番頭に、会えれば便りを託すことも可能かもしれないが、街が封鎖されている以上それも望めない。
遅々として進まぬ一縄の連なりが、ゆっくりと町の入口に遠ざかってゆく。
十分に距離を取った事を確認し、カレンは一行の後ろをひた歩いた。
小声で文言を詠唱し、幻惑の魔法を唱えながら。
カレンの姿は朧気になり、いつしか砂塵とともに消えていった……
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DAY7 2235 地点 5410 4035
白山達を乗せたCRRC<ゾディアック>が湖面で静かに静止している。
IR<不可視赤外線>の発光信号が暗い森の際から発せられており、その方向に向け出力を絞ったエンジンの低い唸りが響く中、密かに上陸を果たした。
背嚢と偵察分隊への増強火力や予備の糧食などを運んできた白山達のゾディアックは、山城一曹率いるB-1の支援を受け、陸に引き上げられる。
その中で一際小柄なリオンも、体と比較して大きな背嚢を背負い、周囲の警戒に目を光らせていた。
白山もゾディアックを森の中に引っ張り込むと、山城一曹達の案内で潜在拠点へと向かう。
久しぶりのピリピリとした緊張感と、森の中の湿った空気が白山の神経を研ぎ澄ませてゆく。
程なくしてB-1潜在拠点へと到着した白山達は、シートを並べ持参した火器を並べ、点検していった。
偵察分隊は身軽さを主眼に火器を携行していたので、火力が薄い。それを補う分の火力を白山達は持参してた。
偵察分隊は、主に分隊に一丁の分隊支援火器とM320にM72がそれぞれ一門、防御用のクレイモアが数個、あとは小銃が主だった。
そこで白山達はM72を4本と2丁のM240、コンテナに詰められた40mmグレネード弾、爆薬と導爆線を持ち込んでいた。
八名の人員とボートの積載量から持てる火力には限りはあったが、それでも瞬発的に発揮できる火力を用意していた。
赤いライトの下で並べられる無骨な兵器の数々に、レンジャー訓練の想定を思い出し、山城一曹はニヤリと笑みを浮かべる。
敵地において偵察活動を行う上では、存在の秘匿こそが最大の武器なのだが、それでも手元にある武器が増える事は心強い。
員数を点検した上で、防水にシートを掛けた白山達は武器の分配を山城一曹に依頼する。
「明日、S分隊が到着したなら武器を分配してくれ」
小声で耳元に囁いた白山に、山城一曹が力強く頷く。
白山達はこれから隊伍を整えた後、レイカット周辺の戦術偵察に赴くのだ。
潜在拠点からレイカットまでは、およそ八キロの森を踏破しなければならない。
時間を考えれば、急がなければ観測所の構築にかけられる時間が限られてくる。
手早く背嚢を背負い隊員を掌握した白山は、すぐに出発の指示を下した。
ナビゲーションはそれほど難しくない。真っ直ぐに北を目指せば、レイカットに到達する。
足早に動き出した白山達の分隊は、真っ直ぐに北の方向へと消えていった……
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同時刻 レイカット郊外
カレンは幻惑の術を用いて街を脱出し、信仰騎士団の宿営地にほど近い草むらの陰に身を潜めていた。
ここから宿営地までは数百メートルは離れていたが、昼の間に十分にカレンは十分に偵察を行っていた。
優れた視力で見張りの位置を特定し、程なくして連れられて来た商人達の場所も特定するに至る。
如何な強力な魔法を行使できるエルフと言えども、数の利や物理攻撃を完全に無力化出来るわけではない。
今回は、商人達を助け出すことが先決であるので、無闇矢鱈と攻撃魔法を降らせる訳にも行かないのだ。
そこでカレンは、幻惑の術を利用して夜中に忍び込み、商人達を助け出す算段を考えていた。
襲撃に向けて焦れる心と闘いながら、カレンは草むらに潜み夜が更けるのを待っている。
体を休めながらも手は無意識に山刀を兼ねたナイフの柄に手を置き、一向に進まない時と対峙していた。
得てして待つ時間というのは長く感じるものだ。五分を一時間にも感じながら、時折視線を宿営地の方向に向け異常がないかをじっと見つめる。
篝火に照らされた白い幕舎のシルエットが浮かぶだけで、特に変化はない。
そうしてまんじりともせず、じっとしていたカレンは夜更けと言うよりは、夜明け前という頃になってようやく動き出した。
自らの姿を幻惑の術で覆い隠し、ゆっくりと宿営地に接近してゆく。
森の民として獲物に近づく術は、幼少から身についている。
惜しむらくは愛用の短弓が手元にない事だが、忍びこむだけなら容易いだろう。
侵入者を阻む木柵や堀もなく、ただ天幕が立てられているだけの宿営地など、カレンにとっては散歩にも等しく接近ができる。
たまに内部からいびきが聞こえる天幕の横を慎重に通過して行き、篝火に照らされ、見張りが立つ目的の天幕に近づいた。
「精霊よ、我の意を汲みて彼の者に眠りを……」
そう唱えたカレンは、指先を立哨に立つ兵に向け淡い光を放った。
死角から放たれたそれは、ピンポン球程度の大きさで、兵士の体に吸い込まれるように消えてゆく。
スルリと近づいたカレンが、ウトウトとし始めた兵士の体を支え、横たえる。
周囲を見回し、侵入がバレていない事を確認したカレンは、徐ろに天幕の中に潜り込んだ。
そこには、猿轡と木の枷で自由を奪われた商人達が……
存在しなかった……
カレンがハッとして、気づいた瞬間には周囲から近づいてくる大勢の足音が、天幕越しに聞こえてくる。
どうやら罠にはめられたらしい……
バサリと天幕の入口を跳ね上げ、外に踊り出たカレンの目に、槍や短杖を構えた兵達が映る。
その手には松明やランプが握られており、この待ち伏せは露見していたようだ。
それならば、ひと暴れするだけだ。そう考えたカレンは、ダラリと下げた両手の掌を正面に向ける。
「火の精霊よ、願わくば眼前の敵に炎の洗礼を……」
小さくそう唱えたカレンの手のひらに、バスケットボール大の火球が粒子を伴って現れ、周囲の闇を圧倒する。
明るく照らし出されたカレンの双眸が怪しく煌めき、その顔は不敵な笑みが浮かんでいる。
「我の襲撃を察知するとは、人間ながら褒めて遣わそう。そぅれ、褒美じゃ!」
そう言って、頭上へと火球を放ったカレンは、続けざまに魔法を練り上げる。
「風の精霊が踊り、草原を駆ける……」
無造作に振るわれた腕に沿い、突然巻き上げられた土埃に、周囲の兵達は咄嗟に身構えるが、時既に遅かった。
土埃はすでにそれが通りすぎた痕跡であり、風によって創り出された鎌鼬は兵士達を切り刻む。
一拍遅れてその事実に気づいた兵士達が、失われた四肢や吹き出す血を見て悲鳴を上げ、そこへ先ほどの火球が落下して周囲に四散する。
鳴り響く爆発音と天幕や物資に引火して、忽ち周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「我が意を汲みて、精霊の力を示せ……<ファントム>」
矢継ぎ早に繰り出された魔法は、周囲にすっかり混乱を引き起こす。
その隙にカレンは霧の幻術を創り出し、囲みを素早く抜け出した。
更に火球の魔法を宿営地の外縁部へと落下させて、更なる混乱と敵襲を演出する。
突然異なる方向で火の手が上がり、外からの襲撃かと兵達は混乱の局地に陥ってしまう。
そうして生み出した混乱の中で、天幕の中を確認しつつカレンは捕らえられている商人達を探して歩く。
天幕内が物資であれば火球を、兵であれば真空の刃を放ち、天幕内を紅く染めていった。
「亜人の魔女よ!この者達が、どうなっても良いのか!」
突然鳴り響いたその大声に、カレンは眉をひそめてその方向を見やった。
すると騎士団の隊長が、鎧姿で剣を片手に周囲を頻りに見回している。
どうやら幻術で姿を隠したカレンの姿は、見えていないようだ。
しかし隊長の膝元に座らせられている人間の影を見て、カレンの表情に怒りがこみ上げてくる。
「我は、ここじゃ……」
怒りを噛み殺しながら、努めて平静にそう言い放ったカレンは、幻術を消さずに、声を隊長に聞かせた。
その声が届いたのか隊長は声の方向を特定しようと、目を細めて周囲を窺っていたが、やがて諦めたように足元に手を伸ばす。
「ええぃ、姿を見せろ!姿を見せねばこの者を切る!」
火災の灯りに照らされたその横顔は、昨夜別れたばかりだと言うのに、カレンをひどく懐かしくさせた。
小僧の顔色は、お世辞にも良いとは言えず、恐怖に引きつっている。
「人質を取らねば、我と対等に会話も出来ぬのか? 斯様に下等な人間には、我の姿を見せるにも値せぬわ」
風の魔法を駆使して、声の発生源をぼかしたカレンが隊長を恫喝すると、罵倒された本人は顔を真っ赤に紅潮させ、剣を振り下ろした。
ジワリと接近しつつ人質を助け出す算段を考えていたカレンにとって、小僧が切られた事は想定外だった。
胸を刺し貫かれた小僧は、胸から生えている剣先を、信じられないという表情で見つめ、やがて口から一筋の血を吐き出した。
「この下郎がっ!」
怒りで我を忘れたカレンは、集中が乱れ幻術が解除されている事にも構わずに、隊長へと歩み寄る。
その顔は憤怒の形相であり、それを見た隊長は一瞬気後れするも、すぐに持ち直し周囲に合図を送った。
途端にバラバラと兵士が現れて、カレンを取り囲む。
「寄るな、羽虫共めがぁ!」
怒りに燃えるカレンの周囲には魔素が飛び散り、時折激しい火花を散らしている。
両手から小さな光球を無数に生み出したカレンは、周囲の兵達を無造作に撃ちぬいてゆく。
それでも人垣は増え続け、カレンを中心として真空地帯のように輪が移動していった。
小僧に歩み寄ったカレンは、その体を抱き起こすと、回復魔法をかけようと傷口に目を落とす。
そして、既に手遅れとなった事を知ると、小僧の目を閉じてやり、そっと横たえた。
「うぬら、この場から誰一人生きて帰れると思うなよ……」
ゆっくりと立ち上がったカレンが、周囲の兵達にいるような冷たい視線を向け、両手に光球を発生させた。
それが合図だったように、短杖を構えていた魔法兵や弓兵が、一斉にカレン目掛けて攻撃を放った。
「そんな稚技が通じると思ったか!」
カレンに命中したと思われた光球や弓矢は、どれも届かずに手前で爆発ないし逸れていった。
攻撃の返礼と云わんばかりに、カレンから光球が放たれ兵達がバタバタと倒れ伏してゆく。
「それまでだ!深淵の森の魔女よ!抵抗をやめよ!」
再び響いた隊長の声に、同じ事を繰り返すかとカレンは内心で嘲り、小さな光球を人差し指の先に集める。
狙撃に特化したこの光球ならば、如何に人質を取ろうとも、その顔面を撃ち抜ける。
そう確信していたカレンは、迷わずに隊長にめがけて光球を撃ち放った。
しかし、その光球はガシャリと音を立てた大きな影に命中し、そこで爆発してしまう。
皇国の重装歩兵師団に配備されている、魔導鎧を着込んだ兵が壁のように立ちはだかり、カレンの魔法を阻んだのだ。
「チッ、このデカブツ相手に、正面から当たっては不味いか……」
独り言ちたカレンは、再び死角に回り込もうと幻術を唱え始める。
姿をくらませれば、人質を救い出す機会は必ずある。
そうカレンは判断していたが、その目論見は大きく外れてしまった。
「右に動いた! その天幕の横だ!」
兵の誰かが声を上げ、カレンの正確な位置に光球が飛んでくる。
驚いたカレンは転がってその光球を避けるが、矢継ぎ早に攻撃が飛んできた。
「クソッ」と毒づきながらも、その攻撃を避けたカレンだったが、カレンの姿を捉えている兵の胸には何かの魔法陣が貼り付けられていた。
「くっ、破惑の方陣……」
その方陣を貼った兵が指示を出し、魔法兵の攻撃と魔導鎧の兵が的確にカレンを追い詰めていった。
「大人しく投降せよ!」
再び、今度は商人に刃を向けている隊長が、大声でカレンに叫ぶ。
既に四方を魔導鎧に囲まれ、カレンには逃げ場はない。万事休すだった……
「よかろう。我を捕らえて殊勲を上げるが良い!ただし、その商人達は関係がない開放せよ!」
その声を無視して、囲みの隙間から一人の兵がカレンの背後から忍び寄る。
至近までその接近に気づかなかったカレンは、その兵が只者ではない事を悟り咄嗟に山刀に手を伸ばすが、遅かった。
蝶番のついた首輪がカレンの細い首に巻き付いてバチリと、火花を散らす。
魔封じの首輪がその効力を発揮した瞬間だった。
それに気づいたカレンが、兵を斬り殺そうと山刀を振るうが、軽やかな身のこなしでその兵はそれを避け、魔導鎧の後ろに飛び退く。
そして、四方から槍を突きつけられたカレンは、皇国軍の手に堕ちたのだった…………
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