攻撃開始と突入と~古砦戦
夜明け前の未だ濃い闇の中、33名の隊員達は、静かにその配置を完了しようとしていた。
最初に配置が完了したのは、A分隊だった。彼らは軽便とは言え、重量のある60mm迫撃砲とその砲弾を背に担ぎ、街道越しに砦と天幕軍を一望できる場所に陣取った。
周辺の検索を実施し、脅威の存在を確認してから砲の据え付けを開始する。
三門の迫撃砲を一列に並べ、砲口を設定してゆく。
レーザーにより正確に角度や方向が定められ、弾薬箱の蓋が開けられる。
程なくIR(赤外線)シグナルが、右手から発光し始めた。
B分隊が配置に就いたと一拍遅れて無線から連絡が聞こえてきた。
それに呼応するように、C分隊からも配置完了が報告される。
全ては静寂の中で執り行われ、炊事場から昇る僅かな煙と炎のゆらめきだけが、彼らの暗視装置越しに観測されていた。
『全部署、配置完了…… 』
無線の音が耳に押し込んだイヤホンから響き、すべての準備が整う。
アトレアからの話では、今朝には諸行軍は解散すると言い、それに向け出発準備を進めているとの事だった。
だが、リタから諸侯軍が仕入れた物資の数量は、明らかに帰還に使用するよりも多かった。
馬車を検めた第一軍団は、直ちにその物資の大半を接収し、その意図と内訳を明確にしなければ、物資は明け渡せないとして通告を行う。
この動きによって物資が困窮している諸侯軍……いや、反乱軍の行動半径は絞られ、王都までは届かないだろう。
しかし王国より嫌疑が懸けられているザトレフ・カルミネが、偵察活動によって陣中にその存在が確認されている。
嫌疑の疑いのある人物が、王命に背き兵を集めている。
この世界では、それだけで明確な叛意があり、それを滅する十分な根拠となり得る事態だ。
そしてその反乱軍を滅するべく遣わされた尖兵として、白山は武力を行使する。
自衛軍の一員としては無駄な殺生や、視点を変えれば虐殺とも見えるこの状況に、違和感や葛藤を感じない訳ではない。
それでもこの作戦を遂行し、王国を纏めなければ今後の未来はない。
個人の感情を押し殺し、白山は感情を切り離すと仕事だと割り切った。
白み始めた空は、物の輪郭がハッキリと分かるほどに明るくなり、間もなく夜が明ける。
今朝は、血塗られた朝になるだろう……
支援射撃を実施する予定のB分隊の横で、静かに白山は古い砦に、揺るぎない視線を向けていた。
『HQより……レイブンコントロール掌握、これよりHQによる統制を実施……』
先ほど夜明け前の空に放たれた無人偵察機は、バードアイで構成された戦術ネットを介し、ドリーがそのコントロールを握る。
『作戦開始 一分前…… A分隊、射撃準備……』
冷徹なドリーの統制が、小隊指揮ネットを通じて響く。
B分隊の隊員達も弾薬の装填具合や安全装置の位置を確認し、射撃姿勢を固めていた。
『S-1、D分隊進行経路上に障害なし…… 』
『S-2、入口周辺及び城壁上に複数の見張りを確認、排除命令を待つ……』
B分隊から選抜された射手が、応急的な狙撃手として白山達、D分隊の移動を支援している。
彼らは先行して、移動経路が見渡せる位置と、正門を射程に収める場所に陣取ってスコープを覗きこんでいた。
『Dリーダー、了解 Dが城壁に到達後、S-2は射撃を開始せよ』
『S2、了……』
白山が指揮するD分隊は、AB両分隊による攻撃実施と同時に、移動を開始する。
視線を分隊員達に向けると、全員が鋭い表情で周囲を怠りなく警戒している。
『D、移動開始する……』
無線の切り替えスイッチを操作して、ドリーにそう報告する。
簡潔に『了解』と返ってきた返事を聞き、白山は左手を軽く目標の方向へ振った。
その手信号だけで、D分隊の隊員達は移動を開始する。
『全部署、攻撃開始10秒前…… 8,7,6,5,4,3,2,1…… A分隊、射撃開始 攻撃開始……』
冷酷なカウントダウンの後、僅かに飛翔音が響き、その音に無線の音が重なる。
『効力射、初弾発射、弾着30秒前……』
分隊員と共に、砦と天幕軍から死角になる位置を移動しながら報告を聞き、茂みの側から様子をうかがう。
長方形の形をした横幅が百メートルほどの砦の正面入口には、槍を持った兵が二名立ち周囲を警戒している。
定まらない視線を周囲に向けながら、眠そうに立っている兵達は、まったくこちらに気づいている気配はない……
次の瞬間、音もなくその内の一人が崩れ落ち、それに気づいたもう一方が慌てて駆け出し、近づこうとした瞬間。
その兵士も近寄ろうとしたその勢いのまま、前のめりに倒れ込んだ。
一拍遅れて、パシンとサプレッサー<減音器>に抑制された銃声が僅かに聞こえ、再び静寂が戻る。
今度は城壁上の兵が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちると、鎧がガシャリと金属音を立てた。
それによって少し離れた兵がそれに気づくが、数歩も進まぬうちに頭を仰け反らせ、後ろに倒れる。
既に、スナイパーとしての基礎訓練過程に入っている選抜射手達は、確かな腕を持っていた。
『脅威排除、D接近経路はオールクリア……』
無線の声を聞き、茂みから飛び出した白山達は、足早に城壁にたどり着くと、それに沿って歩き出す。
正面に達する城壁の角まで来た所で、また無線が鳴り響く。
『初弾、弾ちゃーく……今!』
その声と同時に、僅かに地面が震えて、空気の圧力と振動が肌に感じられた。
迫撃砲の砲弾は、PRXモードに設定されたM734マルチオプション信管によって、頭上で破裂した砲弾は、その破片を容赦なく天幕群へ降らせてゆく。
対人効果を最大限に狙ったその砲撃は連続して落下し、動き始めていた天幕の兵士達から、悲鳴が連鎖的に木霊した。
『最終弾、弾着10秒前……』
迫撃砲による蹂躙が間もなく終わろうとする頃、次の協奏曲がその音色を奏で始めた。
B分隊が射撃を開始し、盛大な銃声が周囲に響き渡った。
顔を出し始めた太陽が、眩しい光線を大地へと浴びせかけていた。
それによって土埃が際立ち、大きな影や鎧や剣に反射した光が、そこかしこでギラギラと反射している。
機関銃による絶え間ない射撃と、天幕を出てきた兵達には、小銃による精緻な射撃で忽ち撃ち倒されてゆく。
射撃開始を合図として、スルリと動き出したD分隊は音もなく角を曲がり、入口へ接近していった。
ポイントマンが前方を警戒しつつ、静かに進んでゆく。
不意に天幕群の方向から、逃げ延びてきた兵士が飛び出してくる。
慌てず騒がず、ポイントマンは銃を向けると照準を重ね、安全装置を切り引き金に力を加える。
タン!タン!と、小気味良い発射音が響くと同時に、動きを止めた兵士は、白山達と自分の胸元を交互に見て、やがて膝をつくように倒れこむ。
倒れ込んだ兵に警戒を向けながらも、門に向けて進んでゆくD分隊は、程なくして侵入口である城門にたどり着く。
分隊の半分がそのまま城門を通り過ぎ、ポイントマンを先頭に天幕方向を警戒する。
そしてもう半分は、後方を警戒しながらも城壁にシェープチャージ爆薬を貼り付けてゆく。
特徴的な切断面を持つこの爆薬は、爆発で砕くというよりも爆風を集中させて、対象物を切るという爆破効果をもたらす。
爆破薬の設置を手早く行った隊員達は、やや後方に下がり突入のタイミングを図る。
ガチン!と鉄が打ち合わされる音が響き、プライマーを使った点火装置によって起爆された導爆線は、瞬時にその熱量を伝え、シェープチャージに取り付けられた信管を起爆させた。
その瞬間、鋭い爆発音と粉々になった木片が後方に飛び散り、強固なはずの城門は斜めに切り裂かれる。
大ぶりな蝶番から切り離された、城門の一部だった木板がバタンと倒れ、歪な三角形に突入口が開く。
『D、突入開始!』
「GO!GO!GO!GO!」
爆破の衝撃が薄れないうちにと、迅速に突入してゆく。
左右に別れた分隊は、砦の右側と左側をそれぞれ分担して制圧してゆくのだ。
それぞれが、連続してスタングレネードを投擲して周囲には、混乱と怒声が広がってゆく。
砦の内部は、上空からの偵察で東西に長い長方形で周囲に沿って幾つかの部屋があり、それにぶら下がるような格好で、二階建ての建物が北側に存在している。
それを南側から順に攻略してゆく。二名がエントリーし、もう二名が側面や外周を警戒する。
機械的な動作で、次々と部屋をクリアリングするとスタングレネードによって見当識を失った男達が、次々と撃ち倒されてゆく。
白山は左手から回りこむチームの二番手として動いていたが、こうした作戦は白山の最も得意とする所だ。
中程の部屋にスタングレネードを放り込み、爆発を待たずに部屋に飛び込む。
飛び込んだと同時に、猛烈な閃光と音量が圧力となって襲いかかるが、慣れた様子で自分の担当区域<パイ>に居る標的を無力化する。
パシッ!と言う減音された銃声が複数続くと、胸部に二発、ヘッドに一発を喰らった男が倒れこむ。
その姿は、奇襲を想定していなかったのか、簡素な部屋着に手には短剣だけを握りしめていた。
素早くサーチを行い、その他に脅威が無いかを確認するが、スタングレネードの轟音が消え、立ち上る煙の中でもみ合う人影が目に入った。
それを認めると、「クソッ」と独り毒づき、すぐさまそれに近寄ってゆく。
煙越しに見えるもみ合う男達は、白山に続いて突入した隊員と、たまたま横に立っていた反乱軍の士官だった。
銃を向けることが出来ないほどの至近距離で交錯した二人は、もみ合いながら一方は剣を向けようと、そしてもう一方は銃を向けようと必死に体勢を入れ替えようともがいている。
素早く腰にM4を回し、両手を自由にした白山は、素早く二人の間に片手を差し入れると、敵兵の顔を覆うように動かす。
そしてそのまま相手の顔をひねるようにして、隊員から引き剥がし地面に倒した。
相手が持っていた短剣を固定し、そのまま引き倒した白山は、もぎ取った相手の短剣を胸元に突き刺す。
荒い息遣いが詰まるように止められ、相手がビクビクと痙攣する。
「周辺警戒!」
白山は今のバディである、もみ合っていた隊員に檄を飛ばすと、そのまま胸を刺し貫いた男を仕留めに掛かる。
檄を飛ばされた隊員は、必死に呼吸を整えると慌てて周囲に視線を向け、新たな脅威の出現を警戒していた。
白山はそんな様子には構わず、固定した相手の腕をテコの原理で動かし、仰向けだった相手をうつ伏せに向き直させる。
体の向きを入れ替える寸前に、添えていた短剣の柄を持ち引き抜くと、迷わずに首筋に突き立てる。
その感触に、相手はこれから訪れるであろう確実な死に抗うように四肢をバタつかせるが、体重をかけ背中にのしかかる白山によって、それは無駄な動きに終わる。
やがて動かなくなった哀れな兵士から視線を外し、バディである隊員に目を向ける。
「クリア!」
白山が発した大きな声での宣言を受けて、若い隊員も我に返ったように周囲を見回し、そしてクリアを宣言する。
そして白山とアイコンタクトを交わし、戸口へと向かう。
「出るぞ!」
戸口前で警戒するチームメンバーに、自分が出る事を大声で宣言する。
すでに誰もが、アドレナリンと戦場の轟音によって聴覚が麻痺しており、自然と大声での意思疎通となってゆく。
「出ろ!」
その言葉とともに戸口から出た白山は、薄暗い小部屋と明るくなり始めた中庭の光量の変化に目を細めた。
周囲には白煙と硝煙、そして城壁越しには何かの可燃物が燃えているのか、黒煙が昇っているのが目に映った。
白山に続いて、バディの隊員も続いて出てくる。
彼は出る寸前に、さっきまでもみ合っていた男の躯を見て一瞬、ブルリと身を震わせた。
先ほどまで、あそこに横たわる男の、体温や息遣いまでも感じていたのだ。それが、相手は死体に成り果て、そして自分は生きている。
そこにあった生死の差は、ほんの紙一重かもしれない。それに、運の要素もあっただろう。
それでも任務は待ってはくれない……
彼が考える間もなく、隊列は進んでゆく。
そして今度は前のバディが、部屋に突入していった……
若い隊員は外周を警戒しながら、必死に任務という奔流に食らいついている。
「室内検索にはライトを十分に使え! 脅威を見逃すな!」
そこにチームリーダーである白山の怒声が響く。
その言葉に呼応するかのように、スタングレネードが重い炸裂音を響かせ、戸口から埃と煙が流れ出てくる。
不意に戸口の前で、銃声が鳴り響いた。白山が発砲したのだ。
その方向に目を向けた若い隊員は、城壁の上から兵士が一人落下する音と悲鳴を聞く。
そして言われていた注意点を思い起こし、自分の警戒区域の左右だけではなく城壁の上にも目を配り始めた。
やがて順繰りに担当区域の制圧を終えた白山達は、素早く北側にある長い廊下を進み、中央の部屋に到達する。
程なくしてウェポンライトで合図を送りつつ、反対側から制圧作業を行っていたチームも合流し、再び分隊が再合流した。
左右から奥の扉に距離を詰めてゆく分隊員達は、木製の扉が閉まるその前まで到達すると、軽くその扉に触れる。
重厚な左右開きの扉は、さしずめ城門のミニチュア版とでも言うべき堅牢そうな扉だった。
しかし、再び隊員の背中から爆薬が取り出される。
一メートルほどの長さで長方形のそれは、粘着テープでぐるぐる巻きにされ先端から導爆線が飛び出している。
その姿は、手作りの不格好な代物だが、威力は折り紙つきだ……
城門と同じ要領で閂部分と、その横へ斜めに二箇所貼り付けられた爆薬は、隊員達の期待以上にその効果を発揮してくれた。
篭った廊下の中で巻き起こされた爆風は、天井から埃や小石を落とし崩落を予感させ、ヒヤリとさせる程の衝撃で、扉を開放する。
抵抗むなしく吹き飛ばされた扉は、蝶番に辛うじてぶら下がっており、爆発の余韻でキイキイと小刻みに揺れていた。
「行け!行け!」
誰かが、号令をかけている。
その声に突き動かされるまでもなく、隊員達は室内に雪崩れ込んでいった…………
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