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庭と影と歯車と


 その後の総会では、具体的な討伐にかかる部隊の動きについて、活発な議論が交わされた。

総会の前に打ち合わせた内容では、本来ならば各都市や宿場町での摘発を、白山達が担当する予定だった。


 しかし、その意見は王の一声で覆され、白山の部隊は反乱軍の鎮圧に向かう事になった。

王がそうした部隊の動きに口を挟むのは珍しいが、王命である以上、抗いようがない。


 いや、戦術的に無理がある内容であれば、白山は異を唱えていただろうが、

対応可能である手前、それ以上の意見を挟まずに、王の意見を受け入れていた。



 そうして十日の準備期間をもって部隊を派遣する事になり、本日中にザトレフ家と諸侯軍に対して、首謀者の出頭命令が出される事に決定する。


 間者の捕縛に関しては、引き続き親衛騎士団が当たる事になり、第一軍団はそのままリタの、領主館を制圧する事で落ち着いていた。

軍の動きが決定した所で、各部隊の担当者などは慌ただしく席を立ち、準備や連絡に動き回る事になる。

それを見越したバルザムの一声で散会となり、ひとまず白山とドリーは解放されたのだった。


 これから、部隊の出発までに事前訓練や準備が山のようにある。

これまで概要を整えていた、間者捕獲の為の作戦を親衛騎士団に伝達し、更には反乱軍の鎮圧に関する、新たな作戦と任務の分析を行わなければならないのだ……


状況によっては、部隊に対する事前訓練も必要になる。


 宰相や軍務卿への報告や打ち合わせに関しては、その旨を伝え明日以降に伸ばしてもらい、白山はドリーを伴って早速基地へ戻ろうと、会議室を出ようとする。


 しかし、白山の元へ王の侍従が歩み寄り、王からの伝言がもたらされ、予定が変更になってしまう。

結局、河崎三曹にドリーと一緒に帰還してもらい、白山は王宮に居残る事になった……



 つい先日、王と宰相を交えて夕食を共にしており、その席ではそれほど変わった様子や、気にしている事柄などは特に見受けられなかったと思うが……

それでも呼び出しとあらば、出向かなければならないだろう。


 伝言を伝えてくれた物腰の柔らかな侍従に案内され、向かった先は後宮の王族の居住区ではなく、王宮の裏手にある庭園だった。

柔らかな陽光が降り注ぎ、汲み上げた地下水を岩肌から流し、それを集めて小さな小川をこしらえてある。


 周囲にはバラのような花と季節の花々が植えられており、目線を北に向ければ、マザーレイクがキラキラと輝いて見える美しい庭だ。

その中央に東屋があり、そこで佇むように花々に目を向ける王の姿があった。



「来たか……」


 そう言った王の顔は未だ厳しい表情をしていたが、白山の顔を見ると少しだけ張り詰めていたものを緩めたように、息を吐き出した。


「失礼致します」


 一礼して勧められた椅子に腰掛けた白山は、王から語りかけてくるのをじっと待っていた。

周囲には草花の香りと僅かに土の匂いが混じり、先程までの淀んだ会議室の空気を肺から追いだすと、ゆっくりと深呼吸をする。


 何かを考えていた王も、そんな白山の様子を見て大きく生きを吸い込むと、空を見上げ息を吐きながら肩の力を抜いた。

幾らか憑き物が落ちたように表情を緩めた王は、ゆっくりと白山に顔を向けると、弱々しく笑った。


「すまんな、突然呼び出してしまって……」


 白山は王の言葉に首を横に振り、まっすぐにその視線を受け止める。

程なくして紅茶が運ばれ、それに手を付けた両者は何も言わず咲き誇る花々に目を向けた。



「王とは…… 難しいものよな……」


 ポツリとそうこぼした王に、白山は何も言わず僅かに顎を引く。

白山には王としての生き方は想像もつかないが、それでも一国を統治し、それを纏めてゆく重責は、どれほどのものかは漠然と感じられる。



「王としては何も産まぬと判っていても、時として歯向かう者を切らねばならない時もある……」



 そう言った王は茶を一口啜り、また遠くに視線を向けていた。

王としての重責に加えて代々王国を支えてくれた名家を取り潰さねばならない。


 それでも、王家への反逆は一族の死罪と財産の没収であり、これを許す訳にはいかないのだ。

悪しき前例を作っては、今後の国家運営に関わる。


 これまで王は、貴族派との力関係から、その伝家の宝刀を抜く事を許されなかった。

また抜いてしまえば、多数の人命が失われる事から、強権を発動する事を、この心優しき王は躊躇った。


 しかし、白山の存在が力関係を切り崩し、伝家の宝刀にかけられた戒めの鎖は既に断ち切られている。

先日来、サラトナが最後通牒として、諸侯軍を解散しなければ反逆と見做すという文章をザトレフ家に送付すべきと、再三に渡り進言した。


だが、王は首を縦には振らなかった……


 どこかでザトレフ家が改心し、王国の発展に力を貸してくれるのではないかという、淡い期待……

そして鎮圧に伴い発生する大きな混乱は、少なからず民へ苦痛や犠牲を強いることになるだろう。


 そう考え、大鉈を振るいザトレフ家を討伐する事に対して、悩み続けていたのだ。

王は宰相から伝えられていた、最後通牒の送達について最後まで苦悩し、そして本日の軍務総会でその決断を下すつもりでいた。


 そこにもたらされた白山からの方向は、まるで王の背中を押すような、運命めいたものを感じていた。

その姿は死地に向かう名高い貴族が、自ら蜘蛛の糸を断ち切った様にも思えていた。



「儂は、甘すぎたやもしれぬ。 この処置は国を纏める上で必要な事だと判ってはいても、思い悩んでしまう……」



そう言うと、王は視線を白山に向けもう一度口を開く。



「苦しまぬよう…… いや、完膚なきまでに、諸侯軍を叩いて欲しい……

彼等は国に歯向かったのではない。 儂の甘さゆえ、国の礎となる事を選んだのだ……」



 黙ってその言葉を聞いていた白山は、ゆっくり頷く。


 確かに、冷酷に諸侯を制圧し意に沿わぬ者は冷静に処断したほうが、国としては早期に纏まるだろう。


 だが、それよりも人命や話し合いの姿勢を崩さない王の姿勢に、白山は好感を抱いていた。

圧政を敷き、住民の苦労や犠牲を厭わず、権力闘争に邁進する王であれば、自分はここまで王に力を貸す事は無かったと思っている。



「我々軍人や家臣や文官は、それぞれが手足であり耳目です。

その頂点である頭脳は、陛下でいらっしゃいます。


陛下がそう望まれるのであれば、可能な限り善処致します」



 頭を下げそう言い切った白山は、神妙にその言葉を噛みしめる。

王の重責に耐える、眼前の人物の負担を減らすには、話を聞きそしてその意を十分に汲み取らなければならないだろう。


 今この国に必要なのは、国家戦略と情報を取り扱うことのできる人材であり、脅威の芽を早い段階で刈れる手足が必要だと……


 そして白山には、その人材に心当たりがあった。

今はまだ召喚を実施するべきではないが、いずれはあの人の手腕と彗眼が必要になるだろう。



 王と白山の静かな会談は、無言のまま進んでゆく。

何を語る訳ではないが、確かに何かの意思が取り交わされていた。


「そなたは、強いな……」


 遠くの湖面から白山に視線を戻し、白山の視線を見据えながら、自嘲するように笑った王はポツリと呟く。


その言葉に笑いながら首を横に振った白山が、何かを諭すように王へ声をかけた。


「陛下はそのまま変わらず、民に慈しみをお与え下さい。

我々は、その為に存在しているのです」



それを聞いた王は小さく笑い、そして庭に目を向けて茶を楽しむ。



 ふと、誰かが庭に向け、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。

その後ろで目立たないように見慣れた人物が付き従い、更に数名の侍女が続く。


 それは薄い水色のドレスを纏ったグレース王女だった。

そしてその護衛として、リオンが静かに周囲の気配を探っている。



 白山はグレースが近づいてくると、スルリと立ち上がり頭を下げる。

それを見たグレースも優美に会釈を交わし、席に腰を下ろした。


 白山がそれを見届けると、傍らに立つリオンに視線を走らせる。

それに気づいたリオンは、周囲に視線を走らせたまま、指先で肩口をトントンと叩く。


 異常なしのハンドサインを送ってきたリオンに少し微笑み、僅かに頷くと王とグレースの座る東屋に歩み寄る。

二言、三言談笑を交わし、同じように庭の花々に目を向ける横顔は、やはり親子と言うべきか、どこか似た面影が見えた。


 白山が歩み寄った事に気づいたグレースが、白山に席を勧める。


 その席に腰掛けた白山は、グレースが王と白山を交互に眺めて、やがて口を開いた。



「陛下のお気持ちが優れないかと思い、心配していたのですが…… どうやら、杞憂だったようですね」



 そう言って笑ったグレースの表情は、父を気遣う柔らかな表情の中にも、何か淋しげな憂いが、節々に見え隠れしていた。

王はその表情に気づくと、その原因を探りそして思い当たる事柄を言葉にした。



「そう言えばザトレフ家の次女は、グレースも良く知る仲であったな……」



 その言葉に深く頷いたグレースは、紅茶のカップを置くと必死に隠そうとしてたその不安を吐露する。


「はい…… ベアータは中等学園で共に学んでおりました。

仕方のない事とはいえ、不憫でなりません……」



 カップに視線を落として、何かを我慢するように紡がれたグレースの声は、後半の声は小さく消え入るようで、東屋に吹く風に消えてゆく。



「そうか……」



言葉短く答えた王は、それ以上何も答えず湖面を見つめていた……




************




「それでは明朝、我々は兵を引かせて頂く……」



 中堅の貴族領から派遣されていた諸侯軍の部隊長が、そう言うと天幕を後にした。

リタの郊外にある諸侯軍の陣地では、夕方以降、次々と領地からの指示と言う事で、部隊の引き上げを報告してきた。


 天幕の中で黙って腕を組み、それを聞いていた男は、普段の傲慢な態度を見せる事もなく、ただ黙ってそれを聞いている。

元第三軍団長であるザトレフ・カルミネは、やがてゆっくりと目を開けると重苦しい息を吐き、強い酒精をコップに注いだ。


 それを一息に飲み干すと、燭台に照らされた闇に目を向ける。

思えば自分も、この闇に踊らされていた役者の一人かと自嘲し天幕の隅々に目を向けるがその影が揺らめく事はなかった……


 これまでは気づけば常に横に控えていた影も、昨日からはまったく姿が見えなくなっている。



 ザトレフは、五百余名の兵員を持って野盗退治に出発、そしてその諸侯軍から逃亡する野盗を追いかけ北上。

そこで呼応する貴族派の別働隊と連動して、西回りで王都を制圧するという筋書きを目論んでいた。


 しかし、蓋を開けてみれば自前で用意した二百名の兵以外は、一斉に…… まるで、潮が引くように引き上げていった。


 呼びかけに呼応してくれた兵は四百に達し、間もなく動き出せる所だったが、その心算は脆くも崩れてしまう。


 五百の兵があれば、何とか王都周辺での戦を乗り越え、王宮を制圧出来ると踏んでいたが、現状ではそれも厳しいだろう。



 きっかけは、一人の影だった。

王都へと護送付きで連行される途中、不思議な一団が馬車を襲撃し、ザトレフを逃亡させたのだ。

そしてリタに帰るまでの手段を確保し、無事に送り届けてくれた。


 ザトレフとしては王の前で自分の主張を述べ、それが聞き入れられなければ素直に軍団長の地位を返上して、引退する腹づもりだったのだ。

思えばあの襲撃で自分を救出させた事も、一種の芝居だったのかもしれない。


 巧みな言葉で王国を貶め、ザトレフに甘言を吐き、まるでこの救出が運命であるかのように装った。

そしてリタまでの道すがらに、今回の襲撃計画について、王政の間違いを正すという名目でザトレフを焚き付ける。



 当初は胡散臭く感じていたザトレフだったが、フラリとどこかに消えたその影が、あくる日には書状の束を携え、戻ってくる。

そこには貴族派の主だった諸侯の名が刻まれており、封蝋のどれもが見覚えのある印影で、紛れも無い本物だった。

それを紐解き目を通せば、この計画について協力すると書かれており、ザトレフはその書状が持つ意味と自身の胸の内をじっと省みた。



 その瞬間、心の奥底に何か小さな灯火が燃えはじめ、それはやがて決意となってザトレフの瞳に宿った。



「この国の行末を考えれば、今こそ動くべきか……」



 そこからのザトレフの動きは早かった。

内密に諸派に派兵の段取りを取り付け、兵力を集める事に集中した。


 当初は、王都の治安を乱しそれに乗じて王都へ駆けつけるとの案が出されたが、手練であるはずの影の者共が、鉄の勇者に敗れたという。

それを聞いたザトレフは、忌々しげにテーブルを叩くと怒りを露わにしたが、冷静に使命を思い出すと次の名目を考え始める。


 そして、王都制圧の障害となり得る鉄の勇者と、既存の王国軍を南部に引き付け、その隙に北上する事を発案した。

限られた諸侯の指揮官達にはこの案を伝え、影もそれに同調してくれる。


 そして影達は見事に王国軍を出しぬき、そして翻弄していた。

四百に近い兵を養うのは、多額の経費が必要となるがそれについては、半数を実家から用立て残りの半数は、影が襲撃した商隊からの金が充てられる。



 こうして、刻一刻と決行の日が近づくが、思いもよらぬ情報が飛び込んでくる。

それは鉄の勇者の軍団…… 鉄の軍団が閲兵式を行ったという情報だった……


 それを見たある貴族が知らせてくれた情報は、俄には信じられない話だった。



 曰く、鉄の馬車が走り回り、兵士の眉間を矢よりも遠くの距離から撃ち倒す技量がある。

鉄の雨が降り注ぎ、雷鳴までも操る鬼神のような兵士達



 それから数日が経った日から、ポツポツと諸侯軍の中からの離脱を申し出る者達が出てきた。


 慌てた幹部達は慰留を行うが、それでも主命であるとの理由から離脱者は後を絶たず、見る間に兵は散ってゆく。


ある幹部がザトレフに問いかける。


「このままでは、計画が頓挫します。今のうちに部隊を解散し、機会を待ってはどうですか?」



その言葉に黙って首を横に振り、ザトレフが口を開く。



「貴公は、代々王国を守ってきた貴族としてこの国が誤った方向に向かうのを、座して見ていろと言うのかね?

誰かが旗を掲げ、その主張を訴えねば何も動かん。


例え、その行動が実を結ばなくてもだ……」



「ですが……」



言いかけた幹部の言葉を遮り、再びザトレフが口を開いた。



「振り上げた拳は、どこかに降ろさねばならない……

例え、それが何も産まないとしてもだ……」



 長い時を経て狂った歯車は、それぞれの想いを背中合わせに運び、そして裏と表で対峙させる。

両者の悲壮な決意は、悲しげに…… そして違う形で、噛み合っていった…………


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