軍議と治安と反乱と
幸いにして、王の周辺はそれほどの騒ぎは起きず、閲兵式から半月ほどで徐々に王都の内部は、落ち着きを取り戻していた。
その裏では、バルザムやサラトナの仲介で極秘裏に、貴族派の中でも穏健派に類する家々が国王派に恭順を示す。
そのせいもあり、リタに集まっていた諸行軍はその数を半数まで減らし、概ね二百名ほどまでその数を減らしていた。
しかし親衛騎士団が各地の街道を巡回して警備を強化しているが、一向にその被害は減っていない。
親衛騎士団はどこかに根城があると考え、街道に程近い隠れ家になりそうな場所を虱潰しに捜索するが、それも不調に終わっている。
そして、リタに集合していた諸行軍もその数の半数以上が減り、未だに大規模な活動を起こせず、リタ周辺を警備するにとどまっていた。
それらの対応を含め、皇国の侵攻以来の軍務総会が催される事となった。
王宮の会議室はすでに諸侯や各軍の軍団長代理が揃い、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
この場にいるのは、大半が既に国王派に恭順しており、以前のような敵愾心に満ちた雰囲気は薄れている。
しかしその分、未だ貴族派に属していると思われる人間は、周囲に殺気にも似た視線を向け、裏切り者を射殺さんばかりに睨んでいる。
白山はドリーを伴い、護衛についてくれた河崎三曹と共に、会場に入った。
これまで常に白山の側に控えていたリオンの姿は、今ここにはない……
これは、ここ暫くの情勢を踏まえて、白山が彼女に新たな任務を与えた為だった。
当初は白山の傍を離れることに反対していたリオンだったが、任務の重要さと相手側の希望によって、暫くは別行動になっていた。
随分と会場の空気が変化したなと感じながらも、案内された席に腰掛ける。
周囲の視線が白山とドリーに集中するが、そうした視線にも随分と慣れてしまったように感じていた。
環境の変化に順応していることを自嘲気味に振り返りつつ、周囲を見回して随分と仲間と呼べる人間が増えたものだと、白山は記憶を振り返る。
ドリーがこれまで纏められた資料を白山に手渡し、それを受け取りつつ白山は周囲に目を向ける。
すると、見たことのある顔が白山と視線を合わせ、僅かに頷いてくれた。
一人は第一軍団の団長代理で、モルガーナに展開しているアトレアに代わって、この総会に出席していた。
それからもう一人は、第三軍団の軍団長代理…… 公金横領で更迭されたラサルに変わって着任した、第三軍団の軍団長代理だった。
彼は現在第三軍団長となったアレックスの腹心で、召喚当初に王都までの移動で見知った顔だ。
各軍団の代理の中で、一人だけ敵愾心をむき出しに白山を無視するように、冷ややかな表情浮かべる人間が居た。
第二軍団の軍団長代理であるカマルクだ……
未だに百名近い兵で王都周辺に駐留しているカマルクの私兵は、軍務卿であるバルザムの命令によって、西の港湾都市であるバレロから、王都までの街道警備を命令されていた。
もっともこの任務は、一月の期間限定でその後、カマルクへの勲章の授与を内々に打診し、軍団への帰還を約束させられている。
程なくして、その命令を下した本人であるバルザムが姿を現す。
会議場に入った軍務卿は、周囲を見回すと、幾人かの敵対的な視線を感じたのか、憂いを感じさせる小さなため息を吐いた。
そしてゆっくりと歩を進めると、白山の横に着席する。
その行動に会場の中から動揺が広がった。
これまで貴族はと国王派の双璧として、王国の首脳部の中でも一定の距離感を保っていた二人が、今回揃って席を並べている。
その光景は驚きと動揺となり室内に広がり、そして確かな時代の変化が訪れていることを参加者に実感させていた……
白山が、黙ってバルザムに資料を手渡した。
現代のコピー用紙にプリントされたそれは、精緻な写真も掲載されており、その内容にバルザムは眉間にしわを寄せチラリと白山に視線を向ける。
それに頷いた白山は、小さく答えた。
「先ほど現地の部隊から届いた、最新の情報です……」
そう言うと一枚の写真を取り出し、白山はバルザムに指し示した。
それを見たバルザムはあからさまに顔を歪め、不快感を露わにしている。
「切り出す頃合いは、そちらに任せよう。
この様子だと、先日の打ち合わせの内容とは、少し今後の動きが変わりそうだな」
資料から目を外して白山にそう訴えかけたバルザムに、「ええ……」と、短く答えた白山は室内へ入ってきた出席者に目を向けた。
そこには財務卿であるトラシェと宰相のサラトナが、何事かを会話しながら入室してくる。
そして着席しようとした両者に白山は挨拶を伝えつつ、ドリーが早速資料を各々にリレーする。
揃って書類をめくった二人が、同様に険しい表情を浮かべ、それを見た周囲の会議参加者が何か深刻な事態が起きている事に気づき始めた。
その瞬間、チリン…… と澄んだ鈴の音が鳴らされて、王の到着が場内に宣言される。
全員が起立し出迎えを受けた王は、警護である親衛騎士団長のブレイズを伴い会議場に姿を見せた。
王はいつもの悠然とした表情ではなく、少し険しい表情を浮かべつつ、ゆっくりと中央の席へ腰を下ろすと進行を務めるバルザムに視線を向けた。
「では、これより軍務総会を開催する」
バルザムのよく響く声が、会場に響き渡り会議が開催される。
「本日の議題は、南部で発生している野盗討伐にかかる対応について、対応策を決めるものである
第一軍団と、親衛騎士団は報告を……」
その言葉に、親衛騎士団の団長代理が口を開いた。
「現在までに、リタから移動を開始しクロエ領、バルム領については街道周辺の根城になりそうな箇所の捜索及び不審者の拘束を実施致しました
しかしながら…… これまでの所、野盗の捕獲や捕捉には、至っておりません」
団長代理は、つい先日までクロエ領で野盗討伐に就いていたが、新任の副官と交代して兵力の半数を入れ替え、王都に戻ってきた所だった。
その言葉の端々には、悔しさがにじみ出ている。
「次に第一軍団の報告を……」
モルガーナから、リタを中心に活動している第一軍団は、難しい舵取りを迫られていた。
野盗の捜索と平行して、諸侯軍の動向にも目を向けなければならない。
その為に、本拠地をリタに移してその周辺の街道を警備するに留まっている。
「むしろ、この問題は諸侯軍が参集の遅れから本格稼働できず、移動が滞っており、それ故にこちらも動きが制限されております」
そう言った第一軍団の団長代理は、あからさまに諸行軍への不満を表明して軍務卿に視線を向ける。
それを見たバルザムがゆっくりと口を開いた。
「報告については分かった。
諸行軍には王名での解散命令を出しておるが、現在までの所、返答は得られていない」
そう言ったバルザムは、隣に座る白山に視線を向けると、その発言を促す。
「これまでの野盗の被害やその行動について、王立戦術研究隊が分析を行った結果を報告する」
それを受けて、白山はゆっくりと語りだした。
「まず、我々は各地で発生している野盗の被害や遭遇情報に関して情報を集めた。
すると、一定の規則性が見られることが判明した」
そう言うと、白山は一枚の地図を取り出し、そこに透明なフィルムを重ね、発生箇所の分布図を全員に示した。
「明らかに、被害の発生している箇所は本来山賊や野盗の発生しやすい、人目につかない箇所ではなく宿場や都市に近い場所で発生している」
その言葉に、これまで何度も煮え湯を飲まされていた、第一軍団と親衛騎士団の団長代理が、ハッとした表情でそれに注視する。
これまで単なる盗賊や野盗だと思い込み、その根城を探すことに注力していたが、それが的外れと気づいた様子だった。
「つまりは、この野盗はどこかに根城を構えているのではなく、定期的に街道を巡り宿場や都市に入り、何くわぬ顔で旅人を装っている……
また、こいつらはこれまで皆が想像しているような野盗や山賊の姿ではなく、かさばる荷物などには目もくれず、金品などに的を絞っている。
これは手軽に持ち運べるように狙いを限定している事と、別の目的があると考えられる」
そう言った白山は、王都の放火事件で使用された魔法陣の燃え残りを全員に示すと、こう切り出した。
「先日、ある商隊の護衛が、野盗の襲撃で炎にまかれて亡くなった。
この魔法陣は、皇国の技術であることが文献などから判明している。
我々は、その手口から王都で発生した殺人及び放火と同様に、この野盗被害についても同じ犯人による、治安の撹乱であると判断した」
ザワザワと騒がしくなった会議場に、バルザムの声が響いた。
「静粛にせよ!
王国軍においては、この判断に疑いの余地はないと判断し、全力を持ってこの鎮圧にあたる!」
決然としたバルザムの口調に、室内の雰囲気が一変し、同じ方向を向いたような意識の統一が感じられる。
つまりはこれまでは、各軍団にも『たかが野盗風情』といった驕りで真剣味が無かったが、白山の報告によって明確に野盗が敵であると認識したのだ。
これまで、黙って報告を聞いていた王が軽く手を挙げて議場を鎮めると、立ち上がり、静かに厳粛な声を発する。
「まずは南部の野盗…… いや、間者による治安の撹乱を、直ちに鎮圧する。
また、その障害となりうる諸侯軍には、改めて解散命令を出し、これに従わない場合、捕縛ないしこれを討つ」
それを聞いた参加者達は、これまでの王とは異なる決然としたその表情と口調に驚きを隠せず、水を打ったように静まり返る。
間者の捕縛や鎮圧は当然であるが、それと同時に諸行軍の捕縛を打ち出した事は、大きな衝撃をもたらしていた。
諸侯軍の中核となっている南部のリタを収めるザトレフ家は、かなりの名家でこれまではずっとその影響を、のらりくらりと躱しつつ政治を進めていたのだ。
しかし、諸侯軍を討つと言う事は、ザトレフ家と対決する事と同義になる。
これにより皇国との国境の他に、南部に火種を抱える事にもつながりかねない。
周囲が再びざわめき出した時、白山がチラリとバルザムに視線を送り、そして資料に目を落とした。
それに気づいたバルザムは、ゆっくりと頷いて王に何事かを小声で報告する。
それを聞いた王は、白山を見据え、迷いのない視線を送り軽く手を差し出した。
ドリーから書類を受け取った白山は、席を立ち王の近くまで歩み寄ると、片膝を付き王にそれを差し出す。
書類を受け取った王は、その書類をめくりその内容に目を通すと、首脳陣と同じように険しい表情を浮かべ、ゆっくりと口を開く。
「この情報は、間違いないのだな?」
「はい…… 今朝、南部に向かわせた部隊から届いた最新の情報です」
片膝をついたままそう答えた白山に、王は暫し目を閉じると、何かをじっと考えていた……
「ホワイト公よ…… 皆に説明を……」
サラトナからそう促され、席に戻った白山は、バルザムの了解を得て、もう一度会場に顔を向けた。
「この情報は、今朝届いた最新の情報だ!
元第三軍団長で、現在軍の出頭命令を無視して姿を隠している、ザトレフ・カルミネが諸侯軍の本陣で確認された!
これは、ザトレフ家並びに諸侯軍に、明確な反乱の意図があると取れる!」
そう言って、先程バルザムに見せた写真を掲げ、会場に示した白山に会場からは大きなどよめきが起こり騒然となる。
白山は実戦配備以降、二個分隊を南部に向かわせ、野盗の痕跡や被害の聞き取りや偵察活動に従事させていた。
その偵察の目標には当然、諸侯軍も含まれており遠距離から望遠レンズで撮影された画像には、ハッキリとザトレフ・カルミネの姿が写っていた。
これまでも王都に出頭命令が出た一族の人間を、貴族家が匿う事は稀にあった。
だがそれは、本人をどこかに幽閉してもみ消しを図る場合や、名誉の死として服毒させその遺体を王都に運び、家の存続を願い出る場合が多かった。
しかし、写真に写った姿は幕舎から出てくる鎧姿のカルミネを写しており、これでは言い逃れが出来ないだろう。
「静粛に! 静粛にせよ!」
バルザムが、議場のざわめきを治めると王に視線を向ける。
王は、議場が静まった事を確かめるように周囲を見渡し、そして口を開いた。
「諸行軍については、これを明確に反乱軍であると認め、直ちにこれを鎮圧する
ザトレフ家を改易とし、ザトレフ家の当主及びカルミネを王都へ出頭させ、その身柄を差し出すように通達を出せ!」
その一言は、居並ぶ軍務総会の出席者に沈黙をもって向かえられた。
最後の領主による反乱は、約百年前の出来事であり久しく無かった事態だ。
そして、大きな領地と経済規模を誇るザトレフ家を、潰すとなればそれ相応の混乱が伴うだろう。
しかし、王はこれまでの融和や懐柔などではなく、ハッキリとザトレフ家を改易すると明言した。
この決意は参加者達にも明確に伝わっており、沈痛な面持ちではあるが反対意見は出なかった……
「反対意見があれば聞こう……
ただし、その言葉次第では王家に対し、弓引く覚悟であると判断させてもらう」
王のその言葉に、一部の貴族派の軍関係者が何かを言いかけるが、以前の軍務総会と違い主流派ではなくなった彼等は、場の空気に呑まれ言葉を引っ込めた。
「この場での発言及び見聞きした内容は、王国として正式な布告を出すまでは、機密に指定する。
よもやこの中には、機密を漏らすような者はおらぬと思うが、一応そう付け加えさせてもらう……」
これまで聞き役に徹していた宰相であるサラトナが、周囲に鋭い視線を向けてそう告げると、皆の表情が引き締まった。
サラトナは、この情報は早々に諸侯軍…… いや、反乱軍に流れるだろう。
しかし、この中から漏れたとすればそれは丁度いい踏み絵になる。
そう考えたサラトナは、再び聞き役に徹して会議の進行をじっと聞いていた…………
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