訓練生達の試練~後編
前話 投稿済み、ご注意下さい。
「敵襲! 敵襲! 敵襲!」
空砲のマズルフラッシュと、怒声が林の中に飛び交い、深夜の静寂は突然破られた。
そして、周囲には発煙弾とともに投擲された催涙ガス弾の煙が、訓練生たちに襲いかかる。
たちまち周囲に、粘膜を焼かれた訓練生達のうめき声や悲鳴が聞こえてくるが、それでも訓練生達は、交代で陣地に入り射撃を継続している。
今回の訓練においては、彼らにガスマスクやNBCスーツなどは支給されていない。
これは、教官達の狙いでもあり、ここから訓練生達は永遠にも思える、地獄の苦しみを味わう事になるのだ。
何とか最初の襲撃を凌いだ彼らだったが、その後も散発的に襲撃が続く。
そして、彼らの任務である村への襲撃に出発する時刻がドンドンと迫ってくる。
散発的な戦闘に対する指揮と平行して、襲撃に対する行動も起こさなければならない状況に、訓練生達は混乱の渦に叩き込まれていく。
それでも学生隊長と班長達は、陣地移動を決定し、火力機動離脱を行って襲撃を振り切ることにする。
班長達は急いで班員達の荷物をまとめさせると、東に向けて離脱を開始した。
偶数班が射撃を継続している間に、奇数班が後方に撤退する。そして、奇数班が射撃を開始してから、偶数班が離脱する。
その繰り返しで火力を継続させつつ、訓練生達は東へ東へと撤退してゆく。
空砲を時折発射しながら、その様子を眺めていた白山は、ガスマスクの内側で微笑むと、彼らの成長を実感していた。
東へ逃げているのは、彼らが考えている証拠だ。
西側は林が途切れて平野になっており、遮蔽物が少ない。それに北に逃げれば、襲撃目標に気づかれ挟撃されてしまうだろう。
その為に一旦東に逃げて、そこから迂回して北を目指すつもりだと、白山は当たりをつけていた。
しかし訓練生達は、またもや良い意味で白山を裏切ってくれる。
徐々に訓練生達の反撃が散漫になってきたと思い、白山達が追撃に移ろうとした瞬間、突然北側から猛烈な銃撃を受けたのだ。
訓練生達は、部隊の半数を徐々に北に迂回させ、残った班で火力を継続して東に注意を惹きつけさせたのだった。
そして、十分に距離をとった所で北側から伏撃を仕掛け、十字砲火で追手を仕留めに反撃を仕掛けてきた。
白山は、それが判ると無線に追撃の中止を指示して、訓練生達を先に行かせるように連絡する。
一緒に仮設敵として襲撃に加わった河崎三曹も驚いており、そして訓練生達の足音が遠ざかってから、満足そうに彼らの進む先を見つめていた。
息を切らせて緊急集合地点に到達した訓練生達は、残り少なくなった水筒の水を融通し合いながら、息を整え人数を確認し、次のアクションに備えていた。
背嚢からバラ弾や予備の弾倉を取り出して再補給しつつ、前方に展開している班長は、追手の遅延を目的として訓練用クレイモア地雷の敷設を行っている。
交代の山城一曹は統裁官を交代してから、彼らの動きに感心しきっていた。
与えられた装備を的確に使いこなし、疲労も限界のはずなのに懸命に動きまわって、仲間同士で助けあっている。
第一線級の部隊でも、ここまでは上手くいかないものだが、訓練生達は見事にそれをやってのけていた。
前川一曹から引き継ぎを受けた時、彼らのショートカットの話を聞いてほくそ笑んでいたが、ここまで能力の高さを見せられると、その話もうなずけると考えていた。
既に弾薬の再分配や体制を整え終わった訓練生達は、早速現在位置から任務目標である仮設の村へのルートと、移動による作戦の変更点を検討している。
地図を片手に方角を確かめ、現在位置の詳細を評定しようと懸命に動いていた。
夜明け前の黎明期、星と青空が入れ替わる、ほんの束の間の朝と夜の会合……
間もなく朝日が昇り一日が始まろうとする時刻に、訓練生達は疲労と睡魔を噛み殺しながら、音もなく簡素な造りの仮設の村を包囲する。
訓練生達の立てた作戦はシンプルなものだった。
支援班と突入班に部隊を分け、支援班が射撃を実施した後に、突入班が村を制圧するというものだ。
支援班の後方に背嚢を残置した隊員達は、幾分身軽になってそれぞれの配置につく……
そして、学生隊長の警笛の音で、攻撃は開始された。
支援班が村を見渡せる西側の丘から射撃を開始して、突入を支援する。
M320グレネードランチャーから、発煙弾が射出され、村に白煙が立ち込める中、突入班は林の中から叫び声を上げ、村の中に入っていく。
程なくして村を制圧した突入班は周囲の警戒人員を残して、支援班にも村の中に入ってくるように促していた。
それは、彼らだけでは対処不可能な問題が生じていたからだった……
村に突入した班は、空砲で仮設敵である教官達と交戦状態に入ったが、教官達は強固な陣地を築いておりプラスチック弾頭の訓練弾を容赦なく浴びせてくる。
これによって負傷判定を受けた訓練生達の処置が、間に合わないのだ。
そして、村の建物の中には革で作られた砂の詰まった人形が多数横たわっており、そこには負傷者と書かれた張り紙が貼ってあった。
つまりこれから離脱する必要があるのだが、そこまで仲間の負傷者と村で発見した負傷者を合わせて脱出地点まで搬送しなければならないのだった。
約三十キロの背嚢と装具に銃や弾薬、それらに加えて負傷者を抱えて進まなければならない……
誰かが声を上げる。
「皆で脱出するんだ! 負傷者を搬送するぞ!」
いつしか周囲から賛同の声が上がり、アドレナリンでハイになった訓練生達は、躊躇いと不安を捨てて、背嚢と負傷者を背負い始める。
ずっしりと重い背嚢と負傷者が、疲労困憊している訓練生達へ、重くのしかかりその歩みを遅らせてゆく。
それでも歯を食いしばり、訓練生達は協力しあって一歩一歩前に進んでいった。
下達された脱出地点は、ここから五キロ先だった……
朝日が登り切り、熱い日差しが訓練生達を焦がしてゆく。
喉の渇きにのしかかる荷重、そして疲労と睡魔……
誰かが倒れ、それに誰かが手を差し伸べる。そんな繰り返しで、ゆっくりではあるが、彼らは前に進んでゆく。
突然、どこかで銃声が鳴り響く。
鈍い思考の中では、それが敵の追手であり反撃しなければと考えるが、それが声に出ず動作につながらない。
それでも既に無意識下まで刷り込まれた動作で、地面に倒れるように伏せると、銃声の方向に銃を向ける。
誰かが耳元で大声を上げて、担いでいた負傷者を引っ張ってゆく。
それに合わせて、倒れこんだ訓練生は発砲を開始して、その仲間の後退を支援していった。
既に朦朧とした意識の中でその訓練生は、後退すべき後方からも悲鳴が上がっている事を知る。
退路となる街道に教官達によって催涙ガスが投擲されたのだ……
もうもうと立ち込めた催涙ガスは、訓練生達の汗に混じり皮膚を焼き、視界を奪う。
視界を失い、並行感覚を失った兵達はその場に倒れこみ、そして呼吸器をガスに侵されて、激しく咳き込んでいった。
「進め! 目的地はすぐそこだ!」
いつしか仮設敵を勤め、後方支援に徹していた教官達が、全員出てきて訓練生達を激励している。
「助けあって前に進むんだ! お前達なら出来る!」
これまで散々聞いてきたその叱咤激励に、訓練生達は最後の力を振り絞って、前に進もうと足掻いていた。
すでにその顔は、涙や汗そして鼻水でグシャグシャになっており、充血した目は真っ赤になっている。
やっとの事で、前に進みはじめた彼らは、既に隊列もなくただ街道を前に進んでゆくだけだった……
それでも負傷者を投げ出そうとする者や、背負った仲間を見捨てるような者は誰もいなかった。
太陽が天頂に登りつつある頃に、ようやく脱出地点に到達した彼らは、車両が見えたことに安堵する。
その場にへたり込む者や、涙を浮かべる者も見えた。誰もがこの訓練が、ここで終わりだと考えていた。
仲間を庇い、助け合って車両まで辿り着いた彼らに、白山は喉元まで出掛かった『訓練終了』の言葉を飲み込み、命令を発する。
「よし、負傷者の搬出ご苦労だった!
だが負傷者が多く、諸君らを車両に載せる余裕が無い。
残念だが、諸君達はこのまま徒歩で基地に帰隊してもらう……」
白山が、3トン半の荷台から発したその言葉は、呆然とした表情を持って訓練生達に染み込んでいった。
現在地点から基地までは、約六キロの距離を残している。
これで終わりだと思っていた訓練生達は、確実に打ちのめされていた。
白山の当初想定していた以上の能力や体力を叩き出している彼らには、徹底的に挫折と、そこからの任務完遂の達成感を学んでもらう。
これは、この演習を企画した時からの、検討事項だった。
実戦においてはこうした理不尽な場面や、繰り返して襲い掛かってくる非情な命令がよく発生する。
それに対して折れない心を養うには、やはり訓練においても同様の状況を体験する必要があると教官達は判断していた。
「早くしろ!人形を車両に収容したならば、速やかに班ごとに整列!」
追い打ちを掛けるように、教官達が罵声を浴びせ訓練生達を奮い立たせる。
ノロノロと起き上がった訓練生は、やっとの事で整列し足を引きずりながら歩き始めた。
それでも鍛えられた訓練生達は、負傷者の負担から開放されると意識を切り替えて、徐々にその速度が上がり始める。
白山は、彼らのポテンシャルの高さに心の中で賞賛を送りながら、声を掛けて彼等を励まし、ともに街道を歩き続けた。
そうして、あと少しで基地に辿り着く頃、白山は訓練生達に声を枯らして叫ぶ。
「よし、全員駆け足だ! 最後の行程だ!気合を入れろ!」
その声に再び気力を取り戻した訓練生達は、それぞれが雄叫びを上げながら、体を倒すように駆け足に移行してゆく……
決してその速度は早い訳ではないが、それでも確実に基地に向けて駆け出していった。
基地のゲートには、これまで基地の警備に手を借りていた親衛騎士団の一部の兵達や、ドリーとリオン、居残り組になっていた医療スタッフ達が拍手と歓声で出迎えている。
その間を抜けるように、本部前まで駆け抜けた訓練生達は、差し出される水を飲み干し、息を整えると本部前に整列する。
その目には誰もが涙を浮かべており、フラフラになりながらも装具の点検と整列を終え、正面を見据えて報告する。
「第一訓練隊、整列完了しました!」
既に枯れ切った声で、学生隊長は敬礼を行いウルフ准尉に報告した。
ウルフ准尉も、少し潤んだ瞳を真っ直ぐに訓練生達に向けながら答礼を返すと、大きく頷いている。
「これより帰隊報告及び、訓練評価を実施する。 総員、隊長に敬礼!」
壇上に上った白山に向けて全員が敬礼を行い、白山も少し潤んだ目で無事に帰隊した訓練生達を見つめて答礼を返していた。
「諸君らは、この世界のどんな部隊よりも、苛烈で厳しい訓練を、乗り越えた。
これは誇るべき立派な偉業だ!
そして、めでたく諸君達は訓練生を卒業して、我々の仲間となる。
これからも訓練や研鑽を怠らず、自身と仲間のために共に戦っていこう!」
白山は、短くそう訓練生達に告げると目線でリオンに合図を送った。
お盆に並べられたそれを、少し重そうに持ってきたリオンが壇上から降りた白山に歩み寄る。
そこには鈍色に光るメダルが用意されており、訓練終了の証として白山が用意させた品だった。
鋳鉄製のメダルに部隊の印章を押し込んだ簡素なメダルだったが、訓練を終えた彼等にとっては、かけがえのない勲章のように映っているだろう。
白山は、自身がレンジャーバッジを手にした時を思い起こしていた。
そんな自分の過去とダブらせながら、一人ひとりにメダルを首からかけてゆく。
「忘れるな!この鋳鉄のメダルは、磨くことを忘れれば、すぐに錆びついてしまうだろう。
それは、お前達の技量や体力も同じだ!」
そう言って、締めくくった白山は白山に代わり、壇上に登ったウルフ准尉と前川一曹が、声を張り上げる。
「諸君達の訓練課程は修了したが、これから部隊としての作戦能力認定演習の結果を発表する。心して聞け!」
ウルフ准尉のその声を聞くと、それまで浮かれていた訓練生達は、真剣な表情になり再び壇上に注目を向けていった……
学生隊長を経験した者達は、自分の指揮や統率で部隊が上手く動かせたかと緊張した様子で発表を待っている。
徐ろに、前川一曹が口を開いた……
「作戦能力認定演習の結果は、部隊としての作戦能力に問題無いと判断し、実戦配備を許可する!」
その一声で、隊員達から一層大きな歓声が上がり、学生隊長を経験した隊員の中には、へたり込んでしまう者もいた。
式の途中ではあるが、だれも彼等の歓声や抱擁を留める無粋な真似はしなかった。
むしろ、教官達もその輪に加わり隊員達と抱き合い、握手を交わして喜び合っている。
本来であれば作戦能力認定演習の結果は、慎重に分析され明日以降発表の予定だったが、最後の離脱の時点で、教官達の満場一致で決まっていた。
その為この段階での発表と相成ったのだった。
ひとしきり喜びを分かち合った後、ウルフ准尉が隊員達に声をかけて、装具や武器の格納と風呂に入るように促していた。
怪我や体調不良者には、メディカルチームの面々が、風呂あがりの隊員達に手当てを施してゆく。
そこへ荷車と馬車を連ねてフォウルが調理長達と共にやって来る。
慰労と記念の宴を開くための準備に訪れた彼等は、テキパキと準備を進め隊員達が戻ってくる頃には、すっかり準備が整っていた。
隊員達の疲労を考慮して、食事を中心に組まれたメニューは、乾杯の合図とともに、飢えた彼等の胃袋に消え、控えめに配られたワインとエールが消費されてゆく。
そして、日暮れから少し経った頃、早々に彼等の体調を考慮して解散となる。
ベッドに潜り込んだ彼等は、久しぶりのベッドの感触と蓄積した疲労で、あっという間に夢の世界の住人になっていった……
班付きを担当していた河崎三曹が兵舎の見回りを終えて、教官室に戻ってくると、そこには教官達が揃っていた。
白山に呼び出された教官達は、教官室に集合していたのだった。
「皆、疲れている所を悪いな……」
そう言った白山は、バッグの中から一本の酒瓶を取り出した。
そこには、この世界にあるはずのない銘柄だったスコッチが姿を現す。
それを見た教官達は、驚いて酒瓶と白山の顔を交互に見比べた。
クリーム色のラベルと未開封のそのボトルは、現代の技術で作られた艶やかな緑の肌をしており、琥珀色の液体をその中に湛えていた。
このスコッチは、白山が教官達を召喚する以前にドリーの私物を召喚した時だった。
フロリダ州タンパにあった、ドリーの私物を倉庫から召喚する際に、範囲指定に引っかかって召喚されていた。
何故そこに、スコッチが保管されていたのかは判らないが、ハードリカーの少ないこの世界においては、まさに天の恵みだった。
箱ごと召喚されたこのスコッチを、二本は私物として接収した白山は、残りを何か祝い事があれば開封しようと考えていたのだった。
封を開けると芳醇なバニラにも似た香りが立ち上り、白山は目を細める。
人数分のグラスにスコッチを注いだ白山は、グラスを回して全員に手渡してゆく。
全員に行き渡ったのを見ると琥珀色の液体を掲げ、教官達に対するささやかな慰労をこめて小さく乾杯をした。
カチンとグラスが打ち合わされて、刺激と同時にまろやかな味が嚥下に滑り落ちてゆく。
熱を伴いながら、オークにも似た余韻が鼻孔から通り抜けていった。
全員が、久しく口にしていなかった懐かしい味を味わって、ため息をこぼす。
その顔にはどこか、満足げな表情が浮かんでいる。
それは、無事に訓練を終えた事に対する満足感なのか、懐かしい味を口にした現代に対する懐古なのかは判らない。
だが誰もが笑いあい、スコッチを味わっている。
そこに言葉は不要だった……
一杯目を飲み干してから、徐ろにおかわりを注ぎながら、ウルフ准尉が口を開く。
「まずは、無事に訓練が終えられた事を祝おう。
それと、明日の会議は午後からでいい…… よな?」
面々に視線を向けてから、ボトルに視線を落とした准尉の仕草で面々が笑い声を上げて賛同する。
彼等の笑い声は、これから始まるであろう部隊の過酷な任務を、暫し忘れるように明るく室内に響いていった…………
ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m
次話 23日0600予定




