食事と不安と静寂と
白山は、高機動車を運転しながら、後ろから聞こえてくる明るい声に少し戸惑っていた。
簡単な説明の後、早速王都に向けて移動を開始したのだが、観光気分の女性陣に不安を覚えていた。
このままでは王都で買い食いや、ショッピングが始まるのではないかと思うほど、彼女たちのテンションは高かった。
そんな女性陣をなだめながら、やっとの事で屋敷に着いた白山達一行は、フォウル達の出迎えを受け屋敷の中に入る。
白山は、どこか既視感を感じながらもフォウルの先導で屋敷内に入ってゆく。
ドリーが何事かを女性陣に話しており、時折チラチラと視線が白山に向けられていた。
その視線に何か寒気を覚えた白山は、敢えてそれを無視して先に食堂へ入っていった。
少し気温が上がってきた夕暮れ時、少し涼しい風が薄いカーテン越しに食堂に吹き込み非常に快適だった。
今日の前菜は瑞々しいサラダで、食前酒は井戸水で冷やされた白ワインで、さわやかな酸味が喉を滑る。
少し青みが残るトマトのような野菜を薄く切られたハムで巻き、香草のソースが掛けられている。
サッパリとしたソースと、白ワインの爽やかさが絶妙にマッチしていた。
それを口に運びながら、白山はテーブルを囲む女性達に声をかける。
「さて、先程も簡単に話したが改めて、自己紹介と行こう……
白山 浩介 日本の国防軍の二尉…… 米軍のスタイルで言えば中尉に相当する。
所属はSF<スペシャルフォース>
故あって、この世界に最初に召喚されて、君達を呼び出した張本人だ……」
白山がそこまで話すと、よそよそしい感じではあったが、全員が頷いてくれる。
ドリーが事前に召喚直後、現在の状況を全員に説明してくれていたおかげだろう。
彼女の説明の後、部屋に入った白山に、一応全員が部隊への参加の意思を示してくれたのは僥倖だった。
「私は、ポーラ・カービー・…… ポーラでいいわ。
一応、大佐って事になってるけど、私としては軍人というより、医師としての自覚が強いから階級は忘れて……」
そう言ったポーラは、白山にニッコリと微笑むと、ワインの入ったグラスを掲げてみせる。
それに合わせて軽くグラスを持ち上げた白山は、ポーラの言葉に頷いて口を開いた。
「突然のことで、混乱していると思うが出来る限りサポートする。だから力を貸してほしい……」
そう言った白山にポーラは軽く微笑むと、周囲を見回した。
「正直に言えば、まだ状況がよく飲み込めてないわ……
でも、刺された記憶も鮮明だし、今の現実感やさっき見た王都の風景は、紛れも無い本物よね。
何か、中東やアフリカで医療支援に行った時のような、生活に対するリアリティがあったわ……」
ワインを一口飲むと、ゆっくりとグラスを置きそう言ったポーラが、昔を思い出すようにグラスに視線を向けた。
「そうよね、市場で見たフルーツや野菜、それに今食べている食事も、似たような材料ではあるけど…… どこか違ってる。
あのお城だって、どう見ても本物だし、映画のセットや合成でもないし……」
そう口を開いたのは、エミリーだった。
酒に弱いのか、少し赤い頬をポーラに見せながら相槌を打つ。
「あっ、ごめんなさいね…… 私はエミリー、エミリー・ガストよ。 こっちがソフィー・バートン」
思い出したように白山に自己紹介をしてくれたエミリーは、同じ艦で仲が良かったソフィーを紹介してくれる。
紹介されたソフィーは、食欲が無いのかフォークでサラダを突いていたが、不安げに視線を白山に向け僅かに目線を合わせた。
それに気づいたエミリーが、隣に座るソフィーへ肘を繰り出し挨拶を促した。
「ソフィー……バートンよ。 ねえ、ここは本当に、地球じゃないの……?」
その問いかけに、「残念ながら……」と短く答えた白山は、少し罪悪感を覚えながらそれを否定した。
「それじゃ、ネットも携帯も存在しないってこと……?」
白山の一言でさらに気落ちした感じのソフィーは、少し泣きそうになりながら白山に訴えかける。
「友達にも会えないの……?」
ソフィーの問いかけに白山は、掛ける言葉がなく、ただ頷くしかなかった……
エミリーがそんなソフィーの肩を抱いて、励ましている。
チクリと痛む胸を誤魔化そうと、白ワインを一口飲んだ白山だったが、それにより途切れた会話で、食事の場が静まってしまった。
話題を変えようと残る一人に目を向けると、既に前菜の皿を平らげて腕組みをしたままテーブルの花を見つめている女性に目を向ける。
ちょうど対面に座っていた彼女は、花越しの白山の視線に気づくと口を開いた。
「ロシェル・ソブールよ…… よろしくね。
異世界なんて、ちょっとやそっとでは信じられないけど、この花や植物を見る限り、間違いなくここは地球ではないみたいね」
そこまで話したロシェルは、全員に薄いカーテン越しに見える夕暮れの空を見るように促した。
そこには、この世界で『母の月』と呼ばれている日没と夕暮れ時に大きく見える月が、その雄大な姿を表していた……
エミリーとソフィーなどは、思わず立ち上がり窓際まで行って、その存在を確かめていた。
「CGなんかじゃない……」 「綺麗……」 など、異世界の現実に改めて直面し、実感を改にしていたようだ。
「それで、私達を呼んだ…… いえ、蘇らせた目的は、医療チームの結成だったわね……」
メインディッシュの大きな鱒の香草焼きが、特大の皿に盛られて出てきた。
フォウルがそれをナイフとフォークで切り分けて、濃厚な黄色いソースをかけて鮮やかに各々の皿を仕上げてゆく。
魚が取り分けられる様子を横目に見つつ、ポーラが白山に問いかけてきた。
その質問に頷いた白山は、先日の初めての実戦、そしてこの世界の医療水準について全員に聞かせていった。
この国…… いや、この世界の医療水準や教会と医療の関わりはお世辞にも発展しているとは言い難い。
民間療法や生薬の利用が一般的で、教会が医療を牛耳っている関係からか、外科的手法はほぼ発展してない。
その為、今の所は隊員達の医療ケアと、緊急時の治療をメインに考えている事を白山は説明する。
「まるで、一八世紀以前のヨーロッパみたいね。 それで医療チームが必要だったと……
でも、それだと、後々、教会がネックになってくるわね」
メインディッシュを食べながら、ロシェルが口を開く。
「ポーラは、医療支援に行った事があるなら、聞いた事が無いかしら?
土着の宗教やシャーマンによる外科医療の忌避とか……」
そんな話をしながらロシェルは、医療を部隊内だけで秘匿すると教会と衝突する可能性を、危惧しているようだった。
その言葉にポーラも同意する。
「間違いないわね……
このままいったら、遅かれ早かれ教会から何かしらの横槍が入って、治療に支障が出るわ」
そう言ったポーラは、善意でアフリカでワクチン接種に赴いた際に、他のチームが部族の祈祷師に妨害を受けた事例を紹介してくれる。
それを聞いた白山は、思いもよらなかった問題に頭を悩ませた。そして、分野外の問題に関する解決策が思い浮かばなかった。
「それならどうするべきだと思う……?
相手は、曲がりなりにも国家宗教組織だ。 国内の貴族を半分以上敵に回している現状、教会まで敵に回せないぞ」
そう言った白山に、ポーラが意外な方向に話を振った。
「ソフィー、貴方はどう思う……?」
柔らかくそう尋ねたポーラは、不安そうな顔を向けてきた白山に、軽くウィンクを送る。
その意図を分かりかねていた白山がソフィーを見ると、先程までの不安そうな顔から一転して、ソフィーが真剣そうな顔で考え込んでいた。
その表情を見て、ポーラが自分の得意な分野で、ソフィーの不安を打ち消そうとしている事が解った。
「それなら、上手い形で教会を巻き込んでいかないとダメですよね。 例えば栄養剤の乳幼児への摂取や、衛生指導を肩代わりしてもらうとか」
その答えに満足したのか、ポーラは優しく微笑むとそれに同意する。
「それなら、ミス・ドリスだったかしら……? 彼女から意見を聞いて、貴方がこの問題へのプランを考えてくれる?」
「はい!」と、反射的に返事をしてしまったソフィーは、いつの間にかポーラのペースに乗せられていた事に気づいてハッとしていた。
そのやりとりを黙って見ていた白山は、教官連中がウルフ准尉の指揮で纏まっていった様に、この医療チームもポーラが上手く牽引していると安心した。
教会の話題が落ち着いた頃を見計らい、白山がゆっくりと声をかけた。
「それから、おおよその必要と思われる機材リストは作ったが、失念している物や抜けている物があったらその理由も添えて教えてくれ。
すべて希望通りにはいかないと思うが、出来る限り善処する」
白山がフォウルに手渡して配られた資料には、医療訓練を受けた病院や衛生隊の装備を思い出して、書いた装備や資機材が書かれていた。
皆が平らげた肉料理のメインディッシュをメイドが下げつつ、フォウル資料を配ってゆく。
そしてデザートと白山にはコーヒー、他の出席者にはミントティーが供された。
今日のデザートは、小さくてカラフルなケーキが三つ並んだ皿と、別にフルーツが盛り合わせられていた。
多少行儀は悪いが、全員が書類をめくりながらチラチラとデザートを気にしている。
エミリーなどは、書類を手にしているが、目はデザートに完全に向いていた。
ここまで聞き役に徹していたドリーが、わざとらしく咳払いをして、白山の視線を自分に向けさせた。
「ビジネスのランチミーティングじゃないんだから、ひとまずデザートを味わってから話をしたらどうかしら……?」
白山がふと、視線を上げるとドリーの言葉に女性達全員が頷いている。
甘いものを前にした女性に、仕事の話はマズイか……
ドリーの言葉でそう思った白山は、ひとまずデザートを皆に勧め、フォウルに食後に何か焼き菓子を出せるかと聞いていた。
するとフォウルは、小さな声で「すでにご用意しております……」と、返答を返してくれ、相変わらずの有能ぶりを示してくれる。
それに安心した白山は、早々にケーキを口に入れると、コーヒーを楽しんだ。
周囲に視線を移すと、先程までの少し真剣な表情から、女性らしい顔になっている医療チームの面々を見て、少し苦笑していた……
********
医療チームの面々は、フォウルの案内で客間へと入っていった。
彼女たちは今後、診療の体制が整うまでの間は、白山の屋敷に寝泊まりする事になった。
これは、万一基地で寝泊まりした際に間違いが起こると不味い事や、専門の宿泊施設や診療設備が整うまでは、動きがとれない為だった。
また、この世界特有の風土病や感染症などについても、臨床研究を行う必要もある。
白山は、ポーラとソフィーを呼び出すと一緒に来て欲しいと頼み、突き当りの部屋の扉をノックする。
「はい……」
聞き慣れた声に、白山がどこか懐かしいような安心する声が響く。
扉を開けて中に入った白山に、リオンはいつもと変わらぬ笑顔を見せてくれるが、その後ろに続く二人を見て悲しそうな顔を浮かべた。
「リオン、彼女たちは医者だ。 召喚でこっちに来た、ポーラとソフィーだ。
少し傷を見せてもらえるか……?」
そう言った白山に、リオンは少しだけ緊張をほぐすと、首に負担がかからない程度に頷いてくれた。
「リオンさんね…… 私はポーラ Mrホワイトから紹介されたように医者よ。こちらのソフィーもそう。
少し、傷を見せて貰うわね」
すっかり、医師の顔と口調になったポーラは、そう言うとグローブをはめた手で、ゆっくりと傷口のガーゼを剥がしてゆく。
創傷の湿潤と保護に浸かっていたラッピング材も剥がして、傷口を観察したポーラは頷くとソフィーに指示して、ガーゼを巻き直させた。
そして、ベッドサイドにある薬を見ると、それを手にとってその内容を確かめると、視線を白山に向けた。
「この薬は、貴方が……?」
少しだけ厳しい口調でそう言ったポーラに、白山は頷いた。
「薬が強すぎるわ。このタイプの医療キットなら、もう少し弱い物もあったでしょう? 鎮痛剤も、もう必要ないわ」
少したしなめるような口調に、白山は神妙な顔つきで頷いた。
それを見たポーラは、少しため息をつくと、リオンと白山に語りかけた。
「とりあえずは、処置が良かったのね。 この程度の熱傷ならそれほど痕も残らないわ。
明日には鎮痛剤も切れるでしょうから、少し動きなさい。
抗生物質は、新しい物を出すわ」
そう言うと医療キットの中から普段あまり使わない薬を出しそれをリオンのベッドサイドに置いた。
「一日二回、朝晩ね」
ガーゼを巻き直されたリオンに微笑みながらポーラは、リオンの手を握ってそう言った。
「仕事に復帰したいのですが、問題ありませんか……?」
リオンがそういった言葉に、チラリと白山を見たポーラに白山は僅かに頷いた。
「ええ、問題ないわ。ただし、急激な運動や汚れるような事はまだ避けること。
デスクワーク程度ならいいでしょう」
それを聞いたリオンは、パッと明るくなりポーラに頭を下げる。
それに満足したのかポーラはリオンの肩に手を置くと、「無理はしちゃダメよ」と言い残して、ソフィーと部屋を去っていった……
残された白山とリオンは、パタンとドアが閉まる音を聞くと、それが合図であったように視線を合わせる。
気恥ずかしそうに視線を逸らした白山だったが、少し話をしようと先ほどまでポーラが座っていたベッドサイドの椅子へ向かう。
腰掛けようとした白山の腕へ、不意にリオンが手を伸ばして、白山をベッドに引っ張る。
バランスを崩した白山はそのまま前のめりに、ベッドに倒れ込んでしまった……
上体をベッドの上に起こしていたリオンの体勢のせいで、シーツ越しにリオンのしなやかな脚が白山の頬に感じられる。
慌てて身を起こそうとするが、リオンはそんな白山の上に覆いかぶさるようにして、その動きを留めさせた。
白山の腕にはリオンの柔らかい胸が当たり、後頭部に、少し熱い吐息がかかる……
リオンは無言だった……
そして白山も、どうするべきか逡巡し言葉を失ってしまう。
静かな時間だけが、体を寄せ合う二人の間をゆっくりと流れていった…………
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