酒と本音と魔法と魂
屋敷から基地に戻った白山は、ちょうど整備が終わり、宴席の準備をしている訓練生達を目にした。
一列に並べた炭と網に、普段は訓練生達に持ち上げられている丸太が、椅子代わりにその周囲に置かれていた。
白山はエールとワインをそれぞれ2樽ずつ用意していたが、教官達が自費で肉と酒を、もう一樽ずつを追加していた。
その様子に明日は使いものにならないかも知れないと、少し苦笑しながらも、準備作業を手伝った。
結果的には、少し不本意ではあったが、それでも任務を完遂した事で、何か自信のようなモノが訓練生達に見えた。
火が熾され、エールの入ったカップが順繰りに回されて、宴の準備が整う。
訓練生全員が火の周りに集まった訓練生全員が見守る中、ささやかな慰労会が始まった。
「訓練はまだ途中ではあったが、それでも教官の命令をよく聞き、無事にここに帰って来た事を誇りに思う」
ウルフ准尉がそう言って、白山に視線を向けてくる。
それを受けて白山は、おもむろに口を開く。
「皆、ご苦労だった……
今後も訓練に励み、何時でも実戦に出られるよう、準備を進めて欲しい」
そう言ってカップを掲げた白山に、皆が声を上げそれに倣った。
始まった宴は徐々に熱を帯び、騒ぎ出す者や話し込む者など、それぞれに宴を楽しんでいる。
風と炭から立ち上る煙に紛れて聞こえてくる会話には、後ろ向きな意見は少なく訓練が足りないとか、いや経験が……
など、自分達の訓練や経験不足を痛感している風だった。
それを肴にエールをチビチビと飲んでいた白山は、その光景に頼もしさを感じながらも、頭の中では別の事を考えていた。
ドリーを召喚した当初に言われた言葉が白山の胸に去来する……
『まぁ、今すぐってワケじゃないでしょうけど、今から考えておかないと、後々困るわよ……』
皇国での潜入作戦、そして今回の一件…… リオンには、助けられてばかりいる。
それがバディとしての使命感や連帯感ではなく、別の感情から来ている事も、白山は薄々気づいていた……
それに白山自身も、リオンを憎からず思っている。
最初は保護や同居からくる錯覚かと思っていたが、任務の最中に感情が揺り動かされるなど、これまでの自分では考えられない事態だった。
そして、それが今後の作戦に及ぼす影響についても、容易に想像がつく。
リオンは現場では、白山のかけがえのないバディではあるが、それが逆に弱点にもなり得る存在となっていた。
出来るなら、戦いの場からは遠ざけたい……
それが白山の偽らざる本音だったが、そんな事は本人が許さないだろう。
更に言えば、リオンの代わりを努められる人間がいない事も悩ましい……
訓練教官達は、新兵達の指導と指揮で手一杯だし、明日以降、医療関連の隊員や車両を召喚すれば、バディを召喚する余裕はないだろう。
訓練生達から選抜するにしても、それには長い時間を要する。
それに、政治上の駆け引きかも知れないが、曲がりなりにも白山は、グレース王女の婚約者候補として公に公表されてしまっている。
「何とも、ままならないな……」
と、星空を眺めながら誰に聞かせるでもなく、白山は独り言ちていた……
いきなり、バシンと背中を叩かれた白山は、驚いて横を見ると、そこにはドリーがニヤニヤした表情で立っていた。
「何を辛気臭い顔してるのよ! 酒が不味くなるわよ」
そう言って白山の隣に腰を落としたドリーは、持っていたエールの小樽から白山のカップになみなみとそれを注いだ。
それを啜りながら白山は、考えていた事をかい摘んでドリーに聞かせた。
白山にそれを考えさせたのは、他ならぬドリーの一言なのだ。
ならば、その思考の手助けをしてもらっても、バチは当たるまい……
白山はそんな事を考えながら、その心情の一端をドリーに語っていた。
ドリーは、そんな白山の様子に何かを感じたのか、真剣に話を聞いていたが、そのうちに深くため息をつく。
コップのエールを飲み干すと、呆れたように口を開いた。
「アンタねぇ…… 相手の意志も聞かず、ヤることもやらず、ウジウジ悩んでたって仕方無いじゃない!
そういうのは、ヤることやってから悩みなさいよ」
その一言で、盛大にエールを吹き出した白山は、気管に酒精が入り咽てしまう。
それを可笑しそうに眺めながらドリーは、小さく言った。
「リオンちゃんの意思、聞いてからもう一遍悩んでみなさい……」
そう言うと小さく笑って、ドリーは去っていった……
ようやく呼吸が落ち着いた白山は、コップのエールを煽り、夜空を見上げると小さくため息を吐き出していた……
********
翌朝、起きだした白山にサラトナからの呼び出しが届き、高機動車を駆り、王城に出頭していた。
宰相執務室には、サラトナと見た事のある顔が同席している。
そこには、以前白山を偽勇者と罵った宮廷魔術師のフロンツが、難しい顔をして座っていた。
応接室に案内された白山が黙礼をしてから着席すると、徐ろにサラトナが語りかけてくる。
「王都の警備任務、ご苦労だったな……
あの夜以降、早々に被害が収まった。やはり、貴殿に任せたのは正解だったようだ」
そう言ったサラトナは、透明のビニール袋に入れられた焦げた羊皮紙を、引き出しから取り出した。
「あの放火の仕掛けについて、幾つか判った事がある……」
そう言ったサラトナは、チラリとフロンツに視線を向けるとそれを引き継ぎ、宮廷魔術師が口を開く。
「この魔法陣は、シープリット王国……いや、今は皇国でしたか。
シープリットの秘術である、法術起動式が描かれております……」
「法術、起動式……?」
白山が怪訝そうに聞き返すと、フロンツはゆっくりと語りだした。
「はい、古来より受け継がれてきた魔法の力は、徐々に失われてしまったのです……」
古来より魔法が盛んだったシープリットでは、これまで人の手によって使用されていた魔法の理を、魔法陣に刻む事で代用とした。
しかし、先代鉄の勇者と共に戦ったシープリット王は、この魔法陣が悪用されせっかくの平和が乱される事を嫌い、それを封印したと言う。
それ以降、魔法の恩恵や伝承は徐々に散逸し、現在ではほぼ名誉役職となっている宮廷魔術師や、一部の奇術師……
そうした人々が、細々と生き残っているだけだと言う事だった……
指先に小さな炎を灯し、悲しそうに言ったフロンツは、指先の炎を消し去ると口調を変え、白山に向き直る。
「恐らく、前王が健在だった時までは秘術として封印されていたのでしょう。
それが王が変わり、表に出てくるようになった。 おそらくはそういう事です……」
その説明に白山は深くため息をつき、テーブルに置かれた羊皮紙に目を向けた。
「それでこの魔方陣から、火が出たと……」
その説明に、フロンツがゆっくりと頷き話の続きを語り始めた。
「昔見たシープリットの魔法陣は、もっと精緻な物だったと記憶しております。
この魔法陣はいささか稚拙で、簡素になっておりますな……
これだと、簡単な魔法が出せる程度でしょう」
そう言ったフロンツの説明に、白山はもっとも基本的な魔法について尋ねた。
物理や科学を無視した魔法という存在に、興味が無いといえば嘘になる。
だが、それよりも原理や仕組みが判らなければ、対策の立てようがない。
フロンツの説明は、それほど難しくはなかった。
魔法とは、単純に空気中に漂う 『魔素』と呼ばれる物を物質化する術だという。
魔素とは何かと問えば、人間の魂や万物の根源だと言う答えが返ってきた。
分子・原子や、タンパク質はどうなっていると白山は考えたが、真剣に説明してくれるフロンツに、それを口にするのは憚られた。
魔素は万物の根源であり、どのような自然現象にも関わってくると、フロンツが説明してくれる。
そこまで聞いた白山は、これ以上の会話は理解の範疇を超えると判断して、話題を変えた。
「成程、では逆にこの魔法陣は簡単に作成出来る物なのですか……?」
その質問を聞いたフロンツは、ゆっくりと首を横に振った。
「いや、仕組みや回路自体はそれほど難しくありません。
ですが、回路の描写に非常に精度を要求されます。
手で書くとなれば、こんな簡単な代物でも、ゆうに五日は必要でしょう……」
それを聞いた白山は、だとすれば皇国が、これを兵器化するには、相応の時間が必要だと考えていた。
そうでなければ、先日の侵攻ですでに使用されている筈だと、分析する。
「では、詳しい事や法術起動式の分析については、私の副官にご教授頂けますでしょうか……?」
白山の問に、フロンツは目を輝かせて即座に返答してくれた。
何でも形骸化した儀式の準備以外に、それほど仕事のないフロンツは、久しぶりに実のある仕事だと意気込んでいた。
それを聞いた王家の祭事を取り仕切る宰相であるサラトナが、わざとらしい咳払いをして注意した。
その咳払いに、また謹慎させられては堪らないとばかりに、フロンツは老人とは思えぬ俊敏さで席を立つ。
退出間際にフロンツが「明日、お伺いさせて頂く」と、白山に言い残して宰相執務室をさっさと退出してしまった……
呆気にとられながら、その後姿を見送った白山は、チラリとサラトナに目を向ける。
同じように呆れた表情を浮かべつつ、白山の視線に気づいたサラトナが溜息をこぼしてから茶を啜った。
「やれやれ、あの御仁にも困ったものだ……」
そう言って白山に向き直ったサラトナは、老獪な宰相の顔を取り戻すと、周囲に人払いを命じる。
人払いの意味とサラトナの表情を見て、白山も意識を引き締める。
「リタの件だが、何やら奇妙な様相を呈してきた」
静かな執務室にサラトナの声が小さく響く。
その雰囲気に喉の渇きを覚えた白山は、少しだけ茶で喉を湿らせると、口を開く。
「妙な様相とは……?」
白山は、鋭い視線を宰相に向けながら問いかける。
なれた様子で白山の視線を受け止めつつ、サラトナが続きを語り始める。
「ザトレフが旗頭となり、諸行軍に触れを出している……それも、隠しもせずにだ。
名目は国内の治安回復だというから、失笑モノだがな……」
そこまで聞いた白山は、顔をしかめた。
「王都の騒ぎと連動している……」
白山のつぶやきを聞いたサラトナが、僅かに頷いた。
「しかし、意味が無い事は判る筈だ……
戦時配置が解除されて、親衛騎士団と第一軍団が戻れば、治安は回復し無意味だという事が」
「それに、我々が王都での皇国の間者を封じ込めた……」
顎に手を置いたサラトナが、考え込むように視線を落としながらゆっくりと口を開く。
「万一 ……何かあった場合、再び卿の軍に動いて貰う事になるだろう……」
その言葉に頷いた白山は、今後のスケジュールについて頭の中で計算する。
今後の訓練について、修正の必要があるかどうかについて検討していた。
「ここ数日は、王都警備で余裕がありませんでしたが……
次回お邪魔する時には、リタの様子についてもう少し詳しい情報が入るかと」
白山は、ドリーが昨日バードアイを南に飛ばす申請を出していた事を思い起こし、サラトナにそう告げた。
それを聞いたサラトナは頷くと、王家としても何か判れば、すぐに報せると言ってくれた。
はまらないピースに少し釈然としない感情を抱きながら、白山は宰相執務室を後にする。
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白山が基地に戻り昼食を終えると、教官達との会議を行うために教官室を訪れる。
教官室に入ると、昨日の酒が残っているのか、教官達はやや疲れたような顔を見せていた。
白山は苦笑しながら自ら湯を沸かして、濃い目のコーヒーを淹れる。
ちょうどそこへ、香りに釣られたのかドリーがやって来て、会議の面々は揃った。
コーヒーでやや精気を取り戻したのか、ややマシな顔つき担った面々へ、白山が会議の開催を告げる。
まず議題になったのは、先日も話していた車両と医療関係の不足について話し合う。
この点を解消しなければならないのは、白山としても十分に承知していたが問題は召喚だった。
車両を呼び出した後の燃料や、訓練に使用される弾薬、その他物資の事も考えなければならないのだ。
白山は、先日点検したラップトップの魂の数を確認する。
すでに159(24,768)まで目減りした魂の数は、厳しい現実を突きつけていた。
これまでの訓練で消費した魂の数は、初期投資分を除けば、おおよそ18柱になる。
ここに万一の備蓄として必要な弾薬や、装備品のストックが掛かるのだ。
このペースで行けば、およそ五回の訓練で底をつく計算になる。
もし、人員を増やし、それに車両が加われば、その消費ペースは更に増えてしまうだろう……
その現実を突きつけられると、教官連中も押し黙ってしまった。
それでも医療の手と、移動の足が足りないことは明白だった。
代替案として馬車や馬の使用も真面目に検討されたが、どうしても運用面で躓いてしまう。
馬を使用した作戦行動のノウハウを、誰も持っていないのだ……
冒頭から行き詰まった会議に風穴を開けたのは、他ならぬドリーだった……
「仕方ないわね…… なら制限解除しか、今の所、方法はないかな……」
白山も知らないその言葉に、全員の視線がドリーに集中していった…………
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