突入と血痕と
白山は無線連絡を受けてリオンにハンドシグナルを送ると、すぐに走り出す。
路地を抜け通りを曲がり、城壁が見える場所まで到達すると、目標の場所を探した。
レーザーイルミネーターが、城壁から照射され一点を指し示している。
程なく白山のストロボシグナルに気づいたのか、城壁から合図が送られた。
素早く応答のシグナルを送った白山は、そこからはゆっくりと目的地へ向けて移動を開始する。
『ホワイト1からHQ ゴーストの展開状況送れ……』
白山の問いかけに、ドリーから即座に返答が帰ってくる。
『ゴーストの先頭は現在北の城壁付近…… 展開完了まで五分……』
カチカチと応答のシグナルを返した白山に、新たな無線が飛び込んでくる。
『シエラ1から全部署 エクスレイ1(目標)が小屋に侵入…… ロストした』
その無線を聞きながら白山は、目的地の小屋に向け最新の注意を払って速度を上げる。
ここで不用意な音を立てたり接近を気づかれたら、ゴーストの展開が完了していない現状では、取り逃がす恐れや最悪、住民を人質にされる可能性がある。
静かな住宅地に、戦闘前の独特な雰囲気が漂う……
先程までは何も感じられなかった空気が、ピリピリと肌に刺さるように感じられ、五感が研ぎ澄まされてゆく。
『ホワイト1 ターゲットの小屋を目視 ゴーストの展開を待つ……』
『ゴーストよりホワイト1 現在、ゴースト2、3を先行して移動を実施中 展開まで三分』
河崎三曹の弾む声が聞こえてくる。
ゴースト2・3を先行させたと言う事は、恐らく背嚢を後続のゴースト1に託し、走って展開を急いでいる筈だ。
走りながら、無線に語りかけているのだろう。
『モバイル1からHQ 247 050 商業区との交差点に配置完了……』
戦場で、それも目前に敵がいると思われる状況で待つと言う事は、人間の忍耐力が限界まで試される。
暗がりに潜みながら、小屋の扉を目視している白山は微動だにせず、無線の声に耳を傾けていた。
次の瞬間、突然女性の悲鳴が目標の小屋に響き、白山はIRライトを入口へ照射し内部を確認する。
『ホワイト1からHQ ターゲットの小屋から悲鳴…… これよりアプローチを開始する。フォローを頼む……』
被害者が出てからでは遅い。そう考えた白山は、包囲が整っていないが、小屋へのエントリーを決断すると物陰からユラリと踊り出た。
『HQ了解 注意して行動せよ…… シエラ1 小屋の入口と東をカバーして、ホワイト1を支援……』
山城一曹からのカチカチという返答を聞き、白山は入口から死角になっている箇所を伝い、小屋に接近してゆく。
リオンも白山の後ろをピッタリと歩き、程なくして二人は小屋の入り口に張り付いた。
リオンが白山の背中からスタングレネードを取り出し、ゆっくりとピンを抜くと、白山に見えるように前に突き出した。
それを見た白山は、左手でリオンにスクイーズを送り、それで準備が整う。
白山が静かに戸口を押し開き、リオンは躊躇なくスタングレネードを放り込む。
レバーが外れたグレネードが、僅かな金属音と落下音を残して、室内に滑り込んだ。
一拍置いてドン! と、周囲を圧倒する音響と爆風が周囲に響く。
その爆発音が鳴る直前に動き出した白山達は、音が鳴り響いた直後に部屋の中に飛び込んだ。
もうもうと立ち込める煙と舞い上がった埃が、室内の視界を著しく悪化させている。
簡素な小屋の中は、居間と寝室だけの簡素な造りで、居間に飛び込んだ白山とリオンは、素早く互いのパイ(分担)をサーチする。
「クリア!」
煙と先程の轟音に負けない大声で、リオンがクリアリングを完了した報告を宣言する。
「クリア!」
白山も同じタイミングでクリアを宣言すると、すぐに寝室に向かい、同じようにスタングレネードを投擲した。
ドン! と小屋全体を揺るがすような大音響が鳴り響き、それと同時にリオンが先頭で寝室に飛び込んだ。
一瞬の間も置かず、リオンが発砲する。
パパッ!っと言うサプレッサーの装着されたMP7の、小さな射撃音が響くが、それと同時に何かが壊れる音が響いた。
リオンに続いて寝室に飛び込んだ白山は、何者かが外へと通じる跳ね上げ窓を破り、飛び出す足だけを視認していた。
『シエラ1 エクスレイが窓から逃走!』
白山が叫ぶのと同時に、屋外から木霊のように反響する大口径特有の、少し篭った銃声が複数発響く。
シエラ1が発砲したのだろう。
白山は、他に驚異がないかを優先し、室内を検索する。
「クリア!」
心なしか悔しそうな気持ちをにじませながらも、リオンがクリアを宣言する。
白山は、ベッドで丸くなっている家族に視線を向けると、ズタズタになっている毛布を剥ぎ取り、大声で威嚇した。
この混乱した状況では、誰が味方なのか、誰が敵かは判らない。
まずは制圧してから選別を行う必要があるのだ……
「王立戦術研究隊だ! この家の住人か! 家族は何人だ!」
スタングレネードの轟音に怯えきっていた家主と思しき半裸の男は、か細い悲鳴を上げながら、必死に何かを訴えようと口を開くが、それが声にならない。
「家族は三人か? 首を振れ! 三人なのか?」
ベッドの大きさと家具類から当たりをつけた白山は、男に問いかけると、やっとの事で男が頷く。
その腕には防御創と思しき傷が刻まれており、何があったかを如実に訴えている。
白山は男の肩口から手を離すと、ベッドの後ろで子供を抱きかかえた女性に目を向けた。
その背中には、血が滲んでおり、傷を負っているのが見て取れる。
動くなとその背中に声をかけた白山は、無線に手をかける。
『HQ ポイントを制圧! ホステージ確保、負傷者二名 エクスレイは東へ逃走! 追跡を頼む!』
『モバイル1 ゴースト2と合流!』
『了解、モバイル1 現地点を維持しろ…… ゴースト2 ホワイト1と合流して現場の確保、負傷者の収容と救護を実施せよ……』
『シエラ1 エクスレイが北へ逃走! こちらの視界からはアウト HQ エクスレイの位置は判明しているか!』
誰もが無線に情況を送信し、情報を求め、無線交信が慌ただしくなってくる。
『全部署 HQが無線統制を実施する……交信中断……交信中断せよ!』
ドリーの声が混乱した無線の中で決然と響き、混乱を沈静化させた。
混乱は混乱を生み、やがて収集がつかなくなる。それを未然に防ぎ、指揮系統を復活させたドリーは、順番に命令を浸透させてゆく。
『前部署は命令を受領したら復唱せよ…… ゴースト2 ホワイト1と合流し現場を確保、シエラ1は、ゴースト2を誘導…… 受領確認せよ』
『ゴースト2 了解……』 『シエラ1 了……』
『モバイル1 現状を維持し大通り周辺を警戒継続……』
『モバイル1 了……』
『ゴースト3 南大通に展開し東城壁出口から南北を遮断……』
『ゴースト3 ……了……』
『ホワイト1 ゴースト2と合流後、エクスレイを追跡せよ』
『ホワイト1……了』
HQからの無線が、各コールサインを有機的に動かして行く。
並みの戦術オペレーターならば、この混乱を収集するのは、相当の時間を要するだろう。
王都の南側に、包囲網が着々と形成されつつある。
王都を環状に巡る道路の南側、そこを北側の限界線としてゴースト3とモバイル1が封鎖する。
そして起点となった現場に、ゴースト2を投入して西側からフタをする。
展開が完了していない現場でも、的確に部隊をコントロールして包囲網を形成していた。
白山は、住人のボディチェックを終え、問題がないと判断する。
突然暗殺者の侵入を受け必死で抵抗し、更に大音響を喰らい恐怖に怯える住人の傷を見ながら、リオンにハンドサインで室内のセカンドクリアリングを指示した。
「間もなく、応援の隊員が到着します。
傷の手当と保護をしますので、ここを動かないで下さい」
そう告げた白山は、暗視装置を頭上に跳ね上げ、可視光のライトを点灯させると安心させるように語りかける。
リオンはその間に、戸の隙間や納戸などに潜んでいる脅威が無いかを確認してゆく。
『ゴースト2 現場に到達……』
無線の響きに耳を傾けた白山は、戸口から聞こえてくる足音に声を張り上げる。
「内部はクリアだ! 中に入れ!」
その言葉に、田中二曹が反応し「入るぞ!」と声を上げてから、ドカドカと進入してきた。
可視光のライトで自己の存在を明確にして、誤射を避けている。
目線とライトの点灯で互いの存在を確認しあいながら、狭い屋内で合流する。
ようやく顔を合わせた白山と田中二曹が、手短に報告を交わす。
「ホステージ三名 四肢に切創 救護と保護を頼む。
現場を掌握したら、数名残して包囲線の形勢を……」
「了……」
弾む息を整えつつ、言葉短く答えた田中二曹がハイドレーション(背負式水筒)から一口水を吸い、部下に命令を下してゆく。
そこにセカンドクリアリングを終えたリオンが、白山の元にやって来た。
自分の撃ち漏らしからテロリストを逃した事に、責任を感じているのか少し表情が暗い。
「この家の住人が無事だったんだ。気に病むな…… それよりヤツを追うぞ」
白山はリオンに短くそう告げて、肩に手を置く。
一瞬だけ目を閉じて、意識を切り替えたリオンは表情引き締めると素早く頷いた。
「出るぞ!」
屋外に居る味方からの誤射を避けるために、大声で戸口で叫んだ白山は、一呼吸置いてから外に出る。
『ホワイト1 ゴースト2と合流 追跡に移る 情報送れ……』
白山は、再び可視光のライトを消灯して、暗視装置を押し下げ、ピントを調整しつつ無線に問いかける。
『HQからホワイト1 ゴースト3の展開は完了 レイブンではエクスレイの姿は確認できない 地上からの追跡に期待する』
カチカチと応答を送った白山は、リオンに方向を示して追跡に移る。
突然の大音響や兵の慌ただしい動きに近隣の住人達が起き出してきて不安そうに周囲を伺っている。
その様子を見ながら、小屋の裏手に回った白山は、エクスレイの痕跡を探し始めていた……
********
迂闊だった……
何処で自分の動きが露見したのか。
傷ついた肩を押さえながら、男は一人毒づいていた。
物陰に潜み手早く止血を行い、出血による痕跡を消そうと試みる男は、何故自分の動きが露見したのか釈然としなかった。
尾行には当然のごとく注意を払っているし、周囲にもそうした気配はなかったのだ。
それなのに、あの小屋に忍び込んで家族を始末しようとした瞬間に、すべての予定も手順も狂ってしまった。
子供の小用に起きだした母親の叫びで、起きた父親にささやかな抵抗を受けていたが、それでもすぐに始末出来る筈だったのだ。
しかし、突然の轟音で見当識が失われてしまった。
本能が窓に向けて体を飛び退かせ、それによって身を救ったが、それも長くは続かない。
頭を振って視界と聴覚を取り戻そうとしていた時、肩に焼けるような痛みが走る。
耳鳴りが治まらない耳に僅かに聞こえた、一拍後の銃声によって、男は自分が攻撃されている事実を知る。
定まらない足取りで住宅街の奥に走り、戸口や壁にぶつかりながらも、必死に逃げ出した男は家と家の狭い隙間に体を押し込んだ。
そこに板切れで蓋をして、仮の逃げ場所をこしらえた男は、痛む肩と呼吸を落ち着けて、闇に溶け込もうと力を抜いた。
男は、体の苦痛を切り離して思考をまとめようと、ゆっくりと考え始める。
自分を攻撃したのは、誰だ……? 一体、何で攻撃されたのだ?
……考えられる答えは一つしかなかった。
『鉄の勇者が作った兵達か……』
声に出さず、その答えに行き着いた男は、あの兵達は姿や能力を偽るために、あのような訓練をしていたのかと考えた。
奴等が強大な牙を隠し持って居るとすれば、この事実を本国へ報せ、急ぎ王都を離れなければならない……
血止めを終えた男は、この状況から逃れる術を考え始める。
包囲される前に、早急にこの場を離れる必要がある。
『焦るな……考えろ……』
脈打つように熱と痛みを覚える肩を無視し、必死に頭の中を整えてゆく。
肩を抑えた拍子に、懐に入れた竹筒に腕が触れる。
それを取り出した男は、痛みとも笑みとも取れる凄絶な表情を浮かべ、嗤った……
********
白山は、時折探索用の青色フィルターを掛けたライトで、血痕を辿ってゆく。
濡れたように黒く光る痕跡は、フラフラとした足取りで路地を北へ向けて移動している。
『ホワイト1からHQ エクスレイの痕跡を発見、現在位置から北に向かっている』
無線へ手短にそう伝えると、暗視装置の電源を入れ早足で路地に進み入る。
白山の斜め後方に密着したリオンが、同じように銃口を突き出し、狭小地で火力を増大すべくスタンバイしていた。
不意に血痕が途切れ、痕跡が途切れる。
リオンが白山の腕をスクイーズする。視線を向けた白山にリオンが家と家の隙間を指さした。
そこには、木切れで偽装された人一人がやっと入り込める隙間があった……
再びブルーのライトで痕跡を探すと、果たしてそこには繊維や糸くずと共に再び血痕が残されていた。
『どこへ向かった……?』
ライトの明滅と照射の位置や視線の高さを変えて、逃亡者が残した僅かな痕跡を探してゆく……
すると、僅かだが体重を載せた足跡の痕跡が、石畳の上に溜まった土の上に残されている。
その痕跡は数件の家を迂回して、西に折れている。
その徴候を手短に無線に報告すると、白山は慎重に進み始める。
遭遇が近い……
白山が一軒の住宅を通り過ぎようとした時、不意に壁面が光る。
正面に視線を向けていた白山は、その発見に僅かだが反応が遅れてしまう。
次の瞬間、白山は前方に押し出される力を感じ、それに任せ前方に転がった。
白山とリオンが通過したその場所に、一瞬にして炎が上がり、周囲が煌々と照らされる。
前方に転がった白山はそのまま受け身を取り、すぐに立ち上がると情況を確認した。
炎の直ぐ側で、横に倒れているリオンの小さな影が、白山の視界に飛び込んでいた…………
ご意見、ご感想お待ちしておりますm(_ _)m




