畏怖と暗闇と
先遣隊は王都への街道を、順調に走りぬけ王都の城壁に辿り着いた。
「団長から通達が来ていると思うが、王立戦術研究隊に王都警備の命令が下された。
後ほど本隊が通過予定だ。 よろしく頼む……」
白山が助手席から、城壁の北の城門警護の兵に短く告げると、真剣な表情を浮かべた兵長が、王国方式の敬礼を返してくれる。
答礼を返す白山と、後ろに乗り込んだ兵達を見て、城門の兵達はゴクリとつばを飲み、その姿を見送った。
城壁警護に携わっている彼らは、基地から程近い立地の所為で、訓練生達が苛烈な訓練を受けているのを知っている。
血と汗と泥と罵声に塗れ、これまで自分達が受けてきた騎士団の訓練が、遊びのように見えていた。
高機動車が通りすぎた後、一斉に城壁守護の兵達は、無意識に大きく息を吐きだしていた。
これまで何処か嘲笑するように見ていた訓練を思い返し、無意識に息を殺していたのだ。
それが車両に乗り完全武装したその姿は、未だ新兵だと言うのに、鋭い視線とその威容が、圧倒的な存在感を醸し出している。
「おっかねぇ…… あれが、あの研究隊かよ……」
誰かが声を上げる。
高機動車のテールライトが見えなくなるまで、兵達はその後姿を見送っていった……
白山は、部隊が展開予定となっている教会前広場手前で、素早く車両を降りる支度を整える。
「降車用意……!」
「降車!」
その言葉で、軽くスピードを落とした車両から、素早く降車する。
周囲はM2重機関銃に取りついているリック軍曹が、警戒してくれていた。
リオンと白山は、地面を蹴りすぐに建物の横へ張り付き、ライトの点滅で離脱をリック軍曹へ伝える。
それを受けてリック軍曹が山城一曹に降車を伝達すると、車両はその速度を上げ始めた。
殆ど止まらず、降車地点でのリスクを最低限に抑えた、見事な手際だった。
徐々に小さくなる高機動車の後ろ姿を一瞥し、白山とリオンは小さな路地から商業区に入ってゆく。
ここから南へ進路を取り、王都の南側に位置する住宅街まで不審な兆候を確認してゆく事になっている。
ストールで装備の輪郭をぼかし、暗闇に溶けこむように歩く白山とリオンは、十数メートル離れながらお互いをカバーした位置取りを保つ。
肉眼では確認できないIRビーコン(不可視赤外線)の点滅だけが、二人の位置を友軍にだけ、知らせてくれる。
程なくしてその場には、人のいた痕跡も、僅かに残る排気ガスの匂いも風に散らされ、静寂だけが周囲を支配していった……
********
白山達をデポした山城一曹達は、程なくして教会前広場に到達する。
当面はここが補給と交代に使用される前線基地になるのだ。
「リック軍曹、ドライバー交代だ。 俺はシエラ1を連れて、城壁に登る」
その言葉にグッと親指を立てたリック軍曹が、M2重機関銃の銃座から降りると、声を上げた。
「シエラ1と四名はここで降車しろ! 本隊の合流まで本部拠点の安全確保と荷物の警戒!」
その言葉に頷いた訓練生達が、機敏に行動を開始する。
後部ドアを開け、ステップを引き出すと四名が降車して周囲の警戒を開始し、その間に残りの訓練生が背嚢や荷物を投げ下ろしてゆく。
まばらではあるがまだ少し出歩いている市民達が、その様子をぎょっとした表情で眺めている。
王都では、白山達の部隊が行っている訓練について、その意味が判らず少なからず嘲笑の対象となっていた。
しかし、訓練時とはまるで別人のような整った装備とその動きに、広場を通りかかった人々は思わず立ち止まり、騒然とその光景を眺める。
その視線に気づいた訓練生が、銃を地面に向けてゆっくりとその人物に近寄ってゆく。
「恐れいりますが、王立戦術研究隊が王都の警備に就く事になりました。 この場所は危険ですので、退去して頂けますでしょうか?」
訓練生は口調こそ優しいが、その視線と厳しい訓練で培われた大きな体躯は、一般人に圧倒的な存在感を覚えさせる。
それに圧倒された市民はコクコクと頷くと、足早にその場を立ち去ってゆく。
荷物のドロップが終わり、運転席に収まったリック軍曹が、車両を発進させる。
山城一曹は、二名の選抜射手を引き連れ、南側に見える城壁へ向けて歩き出す。
先遣隊はそれぞれに課された任務を果たすべく、動き出した。
機敏に動く訓練生達は、市民たちの畏怖と期待を背中に受けながら、闇に染まる街の中に歩き出してゆく……
『HQ こちらモバイル1、レイブン展開 コントロールを預ける……』
『HQ 了解…… コントロール掌握』
上空に放たれたレイブン(小型飛行機型UAV)が、HQからの誘導電波でコントロールされ、王都周辺を旋回し始める。
高度を上げレイブンから送信される白黒の赤外線画像には、複数の光の点滅が映し出される。
IRビーコンを鮮明に捉えたレイブンの画像によって、味方の位置が判明する。
『HQより、モバイル1、ホワイト1…… シエラ1 現在位置を特定した。各自、徴候があれば連絡を……』
ドリーの冷静な声が無線を通して響き、各コールサインから了解の応答がなされる。
白山は、夜道の中を自然な足取りでゆっくりと進みながら、その無線に耳を傾けていた。
白山の任務は、遊撃と突入になっている。
訓練生達の練度は日増しに高まってはいるが、教官連中や白山にはやはり遠く及ばない。
そんな訓練生達を、最終的な突入や犯人の拘束に投入するのは、やはり少々難しいと言えた。
その為、白山が最終的に拘束や、包囲下での行動を行う為に、遊撃部隊として、リオンとともに住宅地域に向けて移動をしている。
本来なら、発見次第その場に急行しても良いのだが、白山は訓練生達が任務を遂行しているのに、自分だけが待機するのは気が引けた。
そうした心情もあってウルフ准尉が難色を示すのを、やんわりと押し切ってこの場に赴いていたのだ。
商業区は一部の酒場や宿屋を除いて、夕暮れで店を閉めるため今は閑散としている。
やはり通り魔や放火の影響からか、夜の人通りが極端に減っていた。
普段なら仕事帰りの一杯で賑わう酒場も、まばらに客が居るだけだった……
商業区の大通りを横断し、南側にある住宅地域に向けてゆっくりと歩く白山は、周囲に目を向ける。
今の所、不審な人物や兆候は見られなかった。
横断した道路の先は何件かの商店が並び、その奥には小さな一軒家が並び始める。
路地には放火対策だろうか? 水を汲んだ桶が軒先に置かれ、鎧戸や扉は固く閉ざされていた……
そんな住人達の緊張感が漂う路地を、音を立てずに進んでゆく白山とリオンは、密集した路地を抜けると共用井戸のある少し広い場所に到達する。
放射状に伸びる明かりの届かない暗い路地が伸びており、白山はその暗がりに暗視装置のレンズを向けて、まだ見ぬ驚異を探して行った……
『HQより全コールサイン、HQを本隊が出発……』
カチカチと、プレストークスイッチで応答の連絡を返した白山は、腕時計に着けたコンパスで方角を確かめると、南に向けてゆっくりと進み出していった……
********
その男は、宿屋で少し遅い夕食を摂っていた。
夕暮れ前に床に入りたっぷりと睡眠をとった男は、今夜も与えられた命令をこなすために、夜の闇に繰り出すべく英気を養っていた。
与えられた命令とは、王都周辺で犯罪を起こし、治安を悪化させる事。
二日ばかり、仲間とともに放火と殺人を行った男達の所為で、すっかり王都の夜は火が消えたように何かに怯え始めている。
男はスープに浸したパンを咀嚼しながら、これからの事を考えていた。
王国の相手も馬鹿ではないだろう。もう数日もすれば、どこかの部隊が王都の周囲を固め、厳しく犯罪を取り締まる筈だ。
そうなって動きにくくなる前に、さっさと今日の仕事を終わらせたら、王都から周囲に散る。
今度は、王都に通じる街道沿いで山賊まがいの所業を行えば、警備の裏をつけるだろう。
そう考えほくそ笑んだ男は、夕食を平らげると、代金を机において席を立つ。
その様子を見ていた宿屋の店主が、心配そうに男に視線を向けてくる。
その目には、危ないからあまり出歩かない方が良いという意味が、ありありとこめられている。
その視線に何かを抱くジェスチャーを返した男に、店主が諦め顔でため息を吐いた。
夜に起き出して娼館に繰り出す泊まり客は少なくない。それを知っている店主は、黙って食器の片付けに戻る。
娼館も今は閑古鳥だろうし、客の行動にいちいち注文をつける筋合いもない。
宿代は前金で貰っている。
とりっぱぐれがない店主としては、それ以上追求も視線も向けることなく、仕事に戻っていった。
シンとした夜の闇に踊り出した男は、空を見上げその闇の匂いをかぐ……
その臭気にどこか違和感を感じた男は、その原因は何かと周囲を見渡した。
首を巡らすと、以前に見た鉄の勇者の乗り物である鉄の馬車が、大通りを西に走り去っている。
成程、鉄の勇者が夜の街を見守っていると喧伝すれば、一定の効果があると王国の連中は考えたのだろう。
あの奇妙な訓練をしている兵達でも、見回りぐらいは出来るかもしれない。
忍び笑いをこぼしながら歩く男は、ならばその裏をかき、勇者の評判も同時に貶めようと考えた。
これは楽しい夜になる。そう思ってニヤリと笑った男は、掻き消えるように夜の闇に溶け込んでいった……
闇の衣を纏った男は、警戒すべきなのは、あの鉄の馬車だけで十分だろうと考える。
以前に見た、勇者の鉄の杖が火を噴く瞬間は戦慄を覚えたが、それも見えていればこその話だ。
闇に溶け込み、音を立てずに仕事をこなせば恐れる事はない。
念には念を入れて、今日で王都の中での仕事を切り上げ、街を離れれば安全だろうと考えた男は、いつの間にか現れた部下にそう指示を飛ばす。
二名の部下は、僅かに頷くと再び何処かへと消えてゆく……
さて、火を点けるのが先か、何処かの家を皆殺しにするのが先かと思案する男は、懐の竹筒を弄った。
そこには着火用の魔法陣が収められており、その感触を確かめた男は、勇者の気を惹くのは、ある程度仕事をしてからだと考えた。
人目につかないように何人かを殺し、それから逃走がてら火を点ければいいだろう。
そう思った男は、得物を物色すべく周囲に視線を走らせる。
不意に、男の聴覚が何かの音を捉えてた。
何かの羽音にも似たそれは、ひどく男の神経を逆なでする音だった……
油断なく、物陰が作り出すひときわ暗い闇に身を潜めた男は、周囲を見回す。
しかしその音の正体は見当たらなかった。
思い過ごしか…… 男はそう判断すると再び路地を進んでゆく。
男は念の為にその地域をやり過ごすと、部下に割り振っていた方向とは別の方角に向けて足を進めていった。
万が一にも、我々の存在が王国に露呈しては不味い……
男は、少し離れた城壁沿いのうらぶれた一角に目をつける。
そこは、王都でも貧困層が暮らす一角で、戸口や家の構えも粗末な場所だった。
ここならば、良いだろうと考えた男は押し入る先の家を品定めすべく、視線を走らせる。
程なくして男は他の家から少し離れた粗末な家……いや、小屋と言ったほうが適切なそれに目をつけた。
ゆっくりと胸元から解錠道具を取り出した男は、その戸口に近づいていった……
『HQより、シエラ1 250 046 付近にて、不審な動きをする人物を発見…… 確認願う……』
『シエラ1……了 ポイントを復唱する 250 046 これより移動する……』
『HQ了解…… ホワイト1 モバイル1、現場に向かえ モバイル1は、ヘッドライトを消しステルスで250 049へ移動』
ドリーの優れた誘導能力と作戦の組み立ては、流れるような滑らかさで、白山達を現場へと導いてゆく。
山城一曹達は、姿勢を低くしながら目的地であるポイントまで移動して行った。
長い待機と監視が続くと考えていた山城一曹は、早速の動きに少し興奮を覚えつつもそれを押え込み、現場へと急いだ。
走ったおかげで弾む息を殺しながら、ゆっくりと暗視装置で目標を探す。
しかし、密集している住宅街のどこが目的の場所なのかは、判らず周囲に視線を走らせる。
『HQよりシエラ1 誘導する……イルミネーターを北に照射せよ』
天の助けのごとく、ドリーの指示が耳に届く。
山城一曹は素早く背中に回していた銃を、構えるとおおよその方向に向けて、PEQ15 IRイルミネーターを照射した。
『シエラ1、照射を確認した…… ゆっくり右に銃を振れ…… 長細い建物の先…… 今、レーザーが触れた……』
暗視装置とPEQ15から放たれる不可視レーザーを辿りながら、山城一曹はその周辺を探して、程なくその男を発見する。
右目に取り付けた暗視装置には、ハッキリと男の輪郭や街並みが映っているが、左目には漆黒の闇と周囲に揺れるぼんやりとしたランプの光しか見えなかった。
そんな現代兵器のアドバンテージと少しの畏怖を感じながら、自分が引率している訓練生達に、目標を指示する。
『シエラ1 ホワイト1が間もなく現場に到達する…… 照射を維持して現場に誘導せよ……』
無線から聞こえるドリーの指示に、カチカチと応答を返しながら、照射を維持しつつ、視線を巡らせると、そこには少し遠方からこちらに近づいてくるフラッシュの点滅が見える。
白山がこちらに接近してきているのだ……
目標への照射を部下に任せ、短いシグナルをPEQ15で白山の方面に送る。
すぐに応答の照射が返ってきた……
『シエラ1からHQ…… ホワイト1は目標を確認……』
短く無線に告げた山城一曹は、再び視線を目標へと向けた。
さてこれが当たりなのか外れなのかは、直に判るだろう。
訓練生達に、絶対に引き金に指をかけるなと指示して、安全装置のかかり具合を確認させた山城一曹は、闇の中で動くその男にじっと視線を向けていた…………
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AN/PEQ15については、下記をご参照下さい。
http://tnvc.com/shop/atpial-anpeq-15-advanced-target-pointerilluminator-aiming-laser/




