意思と怒声と話し合い
「なるほどな…… 俺は、この話を引き受けようと思う。 お前らはどうだ?」
ウルフ准尉がニヤリと歪めた口を開き、召喚された面々を見やる。
有無を言わさぬその眼光は、古参の軍人ならではの、強固な意志を見せていた。
「癌でベッドに縛り付けられて、戦地に行けなかった。 あれは悔しくてな……」
左の手のひらに拳を叩きつける准尉の表情は、希望と後悔が入り混じり、その背後には決意のようなものが見える。
その決意に当てられたのか、河崎三曹が口を開く。
「俺もやります…… 強くなりたいって思って、中即に入ったんですが、何にも出来ずに終わっちまったんで」
河崎三曹は、中央アジアにPKFの後方支援で派遣された際に、IEDによる爆発で車列が路肩に転落。
当時の政府はPKFの黎明期で、ここで躓いては今後の派遣活動に支障をきたすとの判断から、この攻撃を交通事故として処理した。
厳重な箝口令が敷かれ、その事実は闇に葬られる。
当然不満は噴出したが、事件を逆手に取った防衛省は、交戦規則や関係法制を一気に推し進めて、自衛軍を戦える軍隊に引っ張り上げる。
白山は河崎三曹の言葉に頷いて、まだ返答をしていない男達に目を向ける。
「俺は保留だな。 話にはリアリティはあるが信じられん……」
慎重な性格の前川 一曹は、まっすぐに白山に視線を向けて、そう言った。
その言葉に、もとより強制するつもりのない白山は、頷くと横から声が上がる。
「ちなみに給料とか、その辺はどうなってるんだ?」
少し現実的な言葉を口にしたのは、リック軍曹だった。
その言葉に田中二曹もハッとしたように頷くと、白山の返答を待つ。
「この国は、銅・銀・金の通貨が流通している。この国での平均年収が、おおよそ金貨一枚と考えて欲しい。
下士官には年間、金貨三枚、幹部には四~五枚の支給を考えている」
懐から革袋を取り出し、各種の貨幣を見せた白山は、全員が興味深そうにそれを覗きこんでいる。
「まあ、対価が出てオフに酒が飲めれば、俺は構わないな……」
リック軍曹は、そう言うとグラスを傾ける仕草を見せて、ニヤリと笑う。
そのジェスチャーに、何人かが賛同して笑い声が漏れた。
「断った場合……俺たちは、どうなるんだ?」
田中二曹が真剣な顔を見せて、白山に尋ねる。
確かにそうだと、誰もが白山に視線を向けて返答を待っていた。
「その時は、ある程度の制限は付くが、この世界で暮らしてもらおうと思っている。
当面の生活に必要な住居と金は出すから、好きにしていい。
ただし、王国外への許可のない渡航や移住、軍事技術の移転につながる事は、避けてもらいたい」
その言葉に反応したのは、山城一曹だった……
「元の世界には、帰れないのか……?」
ラップトップのレポートに、結婚間近だったと記載されていた山城一曹は、何かを思い出すように、少し悲しそうな顔を浮かべ尋ねる。
その言葉に首を横に振った白山は、ゆっくりと山城一曹に言葉をかける。
「残念だが、皆の記憶にある通り、君達はあっちの世界だと、既に死んでいる。
それに、このラップトップにも、君達を送り返す能力は、ない……」
その言葉に既に割りきって達観している者や、何かを思い出すように天を仰ぐ者など、その反応は様々だった……
「なら、ここで仕事をするのも悪く無いか…… どうせ、それぐらいしか取り柄もないしな……」
自嘲気味に笑った山城一曹に、横からリック軍曹が労るように、彼の肩へ手を置いている。
この二人はいいコンビになりそうだった……
これで、全員の返答が決まった。
そう判断した白山は、時計に目を落としそろそろ訓練生が帰ってくる時間だと、当たりをつける。
「俺から言える事は、現状ではこれぐらいだ……
後は、実際にこの世界と国の現状、それから訓練生達を見て、最終判断を聞かせてもらえるか?」
そう言うと、白山は皆を外に連れ出し、訓練生の帰還を見るべく、本部の外に出る。
部屋の外に出た面々は、興味深そうに本部の中や周囲を見回しながら、白山の後について、外に出た。
ファームガーデンは、これまで王家に納める食料品を一手に生産していただけあって、広大な用地を誇る。
本部になっている三階建ての建物の正面は、木製の柵で作られた牧草地になっており、ここは格闘やランニングに使用されている。
本部を出て左手には、平屋建ての兵舎が二棟建てられており今は、行軍に出ているため、内部には誰もいない。
ざっと、施設内を紹介した白山は一周して、本部の入口で車座になった面々と共に意見を交わしてゆく。
「今のところは、これが訓練施設の概要だな。自分達の手で整備できる所は、今後も少しづつ手を入れていきたいと思っている」
訓練生達の到着を待ちながら、いろいろな意見が交わされていゆく。
主に外周の警備状況や、周辺の地理など様々な意見を交わす。そこに、リオンとドリーがコーヒーを運んできてくれた。
「紹介しておこう。 作戦支援と俺の副官をしてもらっているドリス・アボット 元SOCOM指揮支援センターの所属だ。
こちらは、俺のバディを受け持っているリオンだ」
若い女性の登場で、幾らか雰囲気が柔らかくなり、リック軍曹が早速二人に接近している。
そんな中で、一人だけウルフ准尉だけが引きつったような顔を浮かべ、白山に声をかけてきた。
「おい、あのじゃじゃ馬が何でここに居るんだ!」
ドリーを視線で示してから、小声で聞いてくるウルフ准尉の声は、何処か狼狽えた様な雰囲気を持っている。
その意味がわからず、尋ねた白山に准尉がドリーの逸話を教えてくれた。
何でも、82空挺が作戦を行った特殊作戦の支援において、現場指揮のミスから死傷者が出た。
そこに統括指揮を担っていたドリーが、現場指揮官だった中隊長に殴り込みをかけて、どつきまわしたという事だった。
その話はいまだに部隊の中では伝説になっており、当時現場にいたウルフ准尉は、その顔をよく覚えていた……
「顔見知りで有能…… それ以外に他意はない」
その話を笑いを堪えながら聞いた白山は、やっとの事でそう答えると、たまらずに吹き出した。
階級的に言えば、訓練部隊を率いる事になるウルフ准尉は、ドリーの次のターゲットが自分ではないかと、考えている。
リック軍曹がリオンに話しかけているが、冷たい視線を向けるリオンには取り付く島もなく、敢え無く撃沈していた。
がっくりと肩を落とすリック軍曹を、誰かが からかって笑い声が起こる。
そんな会話をしているうちに、訓練生達が本部に通じている道を駆け上がってきた。
水と装具で二十キロ程になる背嚢を背負い、細い丸太を首から吊るし、手で保持した姿勢で門から本部までを駆け足で戻ってきたようだ。
その姿が見えた途端、先程までの笑い声が消えて、男達が訓練生たちを見定めるように、鋭い視線を走らせ始める。
「見た通り、訓練生は体力面ではかなり優秀だ……」
白山の説明を聞きながら、真剣な眼差しを訓練生に向けている面々は、行軍の速度やその体格、そして荷物の重量などを推測していた。
訓練生達は、息を切らせながら最後のゆるい上り坂を登り切ると、上がった息を整えるように、ゆっくりと歩き始める。
「訓練はどのくらい行っているんだ?」
山城一曹が、どこか懐かしそうな表情で、白山に尋ねてくる。
その問いかけに一冊のノートを取り出した白山は、それを投げ渡す。 空中で器用にそれをキャッチした山城一曹がページをめくる。
「今のところ基本教練と体力練成が中心か…… まあ、一人で教えてるなら、そんなもんだろうな……」
そう言いながら、田中 二曹に訓練課程を記したノートを渡した。
それを見た田中二曹は、訓練生の装備に目をつけて質問する。
「あの丸太は銃の代わりだな。 銃はまだ渡していないのか? 使う銃は、89式なのか?」
矢継ぎ早に質問を始めた田中二曹は、山城一曹と隊員の体力面について話し合っている。
何か限界まで追い込んで……とか、ガタガタにしてみるか…… など物騒な会話が聞こえてきた。
息を整えた訓練生達が整列し、白山の次の指示を待っていた。
そして白山の横で居並ぶ強面の面々に、一体何が始まるのかと、不安げな表情を浮かべている物も多い。
白山が、声を上げようとした時、ウルフ准尉が白山に目配せをすると、一歩前に進み出た。
「諸君、行軍訓練ご苦労だった!私は、明日からお前らの訓練を担当する事になった、ウルフ准尉だ!」
ビリビリと周囲を圧倒する、低く張りのある声は、訓練生達の背筋を一斉に伸ばすだけの迫力があった。
「いいか、俺はホワイト教官ほど甘くはないぞ! 今日より楽な日は、無いと思え!」
するとそれに便乗したのか、田中二曹が前に出て、訓練生の周囲を歩きはじめる。
「お前ら、返事はどうした!」
それにつられて、大声で返事をする訓練生達に、ウルフ准尉が声をかける。
「いいか、今日はゆっくりと最後の安息を味わえ!」
そう言うと、ウルフ准尉が白山に視線を送って頷いた。
それを見て、白山が声を上げる。
「よし、今日はこれにて解散とする。 各自ゆっくり休んでくれ!」
白山がそう言うと、全員が背筋を伸ばして敬礼を行う。
答礼を返した白山は、装備の手入れと解散を命じた。
すると、すかさずリック軍曹が忠告する。
「お前等、さっき兵舎の中を見たが、キチンと整頓しておけ!
明日の朝、同様に散らかっていたら、ペナルティを課す! 以上、解散!」
何も言わずに、教官として連携を見せる面々に、内心ニヤリとしながら、白山は本部に向けて踵を返す。
そして、全員が本部の中に入った所で、互いが顔を見合わせて、そして破顔する。
「おい、あいつらのビビった顔、見たか?」
山城一曹が笑いを堪えながら、田中二曹の腕をヒジで小突いた。
「ウルフ准尉が、今日より楽な日は……って言った時のあいつらの絶望的な顔が……」
そんな笑い顔を浮かべながらも、それを思い出す表情には、何処か訓練生達を慮る様な優しさを浮かべている。
今の厳しさは、巡り巡って彼らを生かす事に繋がる。それが判っているからの怒声だった。
「おい、あんまり訓練生を、ビビらせるなよ……」
前川一曹も薄く笑いながらも、周囲をたしなめるように口を開いた。
それに反応したのは、ウルフ准尉だった。
「マエカワ……軍曹だったな。 お前さんはどうするんだ? この仕事受けるのか?」
それを聞いた白山も思わず、前川一曹に視線を向ける。
小さくため息をついた前川一曹が周囲を見回してから、口を開く。
「まあ、まだ半信半疑ですが、仕事としては、やり甲斐がありそうですからね……」
その言葉に、深く頷いたウルフ准尉がガッチリと前川一曹と握手を交わす。
「よし、それじゃミーティングで詳しい内容を決めるとしよう。
夕方からは、少し王都を見てから、ウチで飯でもどうだ……?」
白山の提案に、全員が賛成する。
特に……と言うか、やはりと言うべきか、リック軍曹がその提案にニッコリと笑って、口を開いた。
「よし、それならさっさとミーティングを終わらせて、王都観光と洒落込もう!」
その言葉に、誰もが笑いながらリック軍曹に背中を押されながら、室内へと入っていった……
******
早速、今後の訓練についてのミーティングが始まった。
ドリーは、書記役としてノートパソコンをテーブルの傍らに置き、居並ぶ面々から少し離れた位置で、長い足を組んでいた。
リオンはお茶とコーヒーの準備をした後、屋敷に今夜は宿泊人数が増える事を伝えるため、早々に部屋を後にしていた。
ミーティングの最初の議題は、役割分担だった。
誰がどんな分野や、何を教える主任教官として動くか? それぞれの担当を割り振ってゆく。
おおよその訓練内容は、事前に白山が考えてあり、その点についてはスムーズに話が進行していった。
問題になったのは、射場の整備や医療関係の支援体制だった。
ほぼ全員が、医療関係の基礎的な知識はあるが、専門ではない。どちらかと言えば壊すほうが得意なメンバーなのだ。
これについては、必要な人員を今後白山が検討する事として、酸素ボンベや医療キットを多めに召喚することで落ち着いた。
射場の整備については、基礎射撃には問題がないが、近接射撃などには対応していないのがネックだった。
そこで後日、業者を使って全周に射撃可能な、キルハウスを設営する事で決着する。
装備品や武器弾薬の選定などは、既に白山が終えて、倉庫と武器庫そして、仮の弾薬庫にしておいた地下に保存してある。
そのリストを眺めて、自衛官組が声を上げた。
「M4は、日米共同訓練で撃っただけだなんだよな。分結(分解結合)だとか、諸元がいまいち判らん……」
そうした異論を聞き、白山とウルフ准尉とリック軍曹達、M4の運用経験がある人間が、自衛官組に事前教育を行うことで決着する。
そんな会話の流れから、白山はふと思い出し議題が一区切りした所で、全員に武器と装備を支給する事にした。
「この世界の治安は、中東並みだと考えてくれ。
それから、まだ国内の勢力が安定していないのは、さっきのブリーフィングの通りだ。
最低限、自衛用の火器だけは手元に置いて、環境に慣れるまではグループで行動して欲しい……」
そう言って、武器庫からM4とGLOCK17を取り出すと、各人に配り始める。
やはり軍人としては、武器がないと締まらない。
各人が受け取った銃を確認していると、ウルフ准尉が、ふと奥の銃架に置いてある銃に目をつけた。
「俺は、こっちにしてもいいか?」
SCAR-H を手に取り、ニヤリと笑った。
分隊の火力支援と遠距離精密火力の提供を考えて、少数だけ召喚していたSCAR-Hを目ざとく見つける。
7.62mmのバトルライフルを持つ准尉は、嬉しそうにそのバランスや細部を点検していた……
その様子を見て少し笑った白山は、自衛官組に目線を向ける。
目新しいM4を手にした彼らは、リック軍曹から色々と教わりながら、手に馴染ませようとあちこち触っていた。
「装備を部屋に置いたら武器と弾薬持って、舎前に来てくれ。
武器のゼロ取ったら、王都見物と夕飯にしよう……」
全員が頷くのを見て、ようやく部隊が動き出したな……と、白山は少しだけ安堵していた…………
ご意見、ご感想お待ちしておりますm(__)m
FN SCAR
http://ja.wikipedia.org/wiki/FN_SCAR
GLOCK17
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF17




