【六十三点】人の心の揺れ動き
「あー、やっと着いた」
「まだ空港ですよ、真琴」
場所は変わり、空港。
俊樹が暫く前に居た位置に、二人の男女が大き目のバッグを手に歩いていた。
渡辺・真琴。早乙女・美鈴。彼の大学における同級生である二名は、若干の疲れを滲ませながらも歩を進めた。
彼等が今此処に居るのは、無論のこと俊樹に会う為だ。一体何処で何をしているのかは定かではないが、十中八九ヴァーテックスと行動を共にしている筈。
そうなれば、必然的に生産装置の近くにも向かっているだろう。あるいは、もう直ぐそこにまで近付いている可能性は十分にあった。
今のところは中国国内に居る渡辺家の人間から連絡は無い。俊樹達がヴァーテックスの支部に居れば、連絡は入ることになっていた。
「連絡は依然無し。 ……目的地にまではまだ到達していない?」
「流石に倒されたとは思いたくないな。 その人物の実力はどうなんだ?」
「国外に派遣されるくらいだから低くはないと思います。 最後に模擬戦を行ったのが五年も前なので、間違いなく早乙女の中では高い実力を有しているのではないでしょうか」
「才能が無いから強くなるとは限らない、てのは有り得ないな。 俺達に才能の大小はあれど、零は存在しない」
家を出て、飛行機に乗って空港に到着するまで。
美鈴の携帯には一度も連絡は入って来なかった。無論、本家からも俊樹に関する連絡は入って来ていない。
それは良い知らせではないだろう。何せ、今何処に彼等が居るのか解らないのだから。目的から位置を限定することは出来るが、それだけだ。
後は現地入りした二人が直接探すことになり、掛かる時間と労力は膨大である。出来れば位置が解った上で来たかったが、無理を言っても仕様がない。
二人は空港を出て、先ずはと互いの考えを一致させる。
現状、一番可能性として高いのは中国支部。次いで直接生産装置の傍に向かうことで、後はホテルなどの宿泊施設で潜伏だ。
出来れば一発目で見つかってほしいものだと思いつつ、手にした携帯が突如鳴り出した美鈴は慌てて通話ボタンをタッチして耳に当てる。
『聞こえてる? 美鈴』
「咲さん!? どうかしたのですか」
通話相手は先程話題に出た咲だ。
彼女がこうして連絡を送って来たということは、即ち俊樹達を発見したことになる。
それを証明するように、咲は隠さずに先程の流れを説明した。
俊樹達は今現在中国支部を訪れ、支部長と共に早速生産装置に接触を行おうとしている。彼等、主に俊樹について何事かを隠しているようで、それは恐らく大英雄に関係する情報ではないか。
『私は傍に居ることを許可されなかったわ。 生産装置に近付けるのも、今では支部長とあの二人だけ。 もしも入ろうとすれば、身分関係無く捕縛されることになってる』
「我々の関与は認めないと……」
『そう。 俊樹君の頼みで支部長はそれを承諾した。 冷静に考えるなら今の生産装置を元に戻さなくてはならなくて、それが出来るのは彼だけ。 だから可能な限り彼の頼みを聞いたのだろうけど……それでもやっぱりね』
四家が挟める口は無い。
それは俊樹が嫌った結果であり、支部長は彼の願いを叶えた。これまで管理をしていた者達を蔑ろにしてでも、支部長は問題の収束を第一としたのだ。
組織の長としては当然。優先順位を間違えず、捨てるべきものと捨ててはいけないものとを確り見極めて支部長は判断を決めている。
だがそれはつまり――四家が居なくなっても別に構いはしないと言っている。
お前達はもう特権を喪失した。お前達は強いが、強いだけでは今の地位に据えることはもうしない。
いや、もうお前達は用済みなのだ。問題を起こさないのなら生かしても良いが、問題を起こすのであれば纏めて処分する。
四家の威光は未だ存在している。してはいるが、実際は崖際に追い込まれたに等しい。
後少し背を押せば落される状況で、これを絶望ではないと思える人間は皆無だ。
美鈴は改めて実感した。四家は本当に、頂点から落とされかけているのだと。
これまでのような生活は望めない。望んだところで、俊樹達が必ず否を突き付ける。
生きる価値無し。その判決が下される瞬間が確かに近付いていた。
「では、我々はこのまま見守るのですか」
『……いいえ。 もう私達が操作することは出来ないけれど、能力は残されているわ。 他に私達の味方をしてくれる者達を集め、俊樹君が隠している秘密を暴くつもり』
「咲さん――」
『危険は承知よ。 でも、彼がこのまま何もしないとも限らないでしょう? もしかすれば、彼によって生産装置に別の異常が発生しないとも限らない』
咲の語る内容は全て憶測だ。だが、絶対に無いとは言い切れない。
俊樹自身も含め、現状の人類はやはり装置の全容を知らされていなかった。怜もルリも、そして中国支部のAIも一度も内容を伝えないままだ。
教えるつもりがないのは彼女達の態度で解っていた。故に、人類がその全容を理解するのは百年以上も先の話になるだろう。
その間に俊樹が世界に不利益を与えないと誰が断じられる。人は容易に考えを翻す生き物で、特に彼は精神的に特に鍛錬を積んだ訳でもない。
その状態であの炎の万能感に酔い痴れなかったのは驚嘆だが、それでも人には必ず隙がある。
「死にますよ、間違いなく。 彼は特に私達に対して優しくはないですから」
『早乙女の本家は味方になる道を選んだのよね。 でも、私は彼に対して味方をしようとは思わない。 ――いえ、この言い方は少し違うわね』
四家は味方になるだとか、敵になるだとかを散々に表明していた。
だが、彼を直に見て咲は本家の人間の考え方が解らなくなった。なにせ、彼は本当に誰かに助けてもらわなければ生きることは出来ないのかと思ったからだ。
確かに彼は積極的に会話に参加しなかった。それは知識不足も影響しているだろうし、本人が前に出たがらなかったのもある。
まだ彼は追い詰められてはいない。追い詰められる要素が現状存在しない。
咲は今回の扱いを納得を覚えていなかった。されど、それでこんな愚行をしようとまでは流石にしない。
彼女が今回探ろうとしたのは、一重に本気になった彼を見たかったから。
逃げを選ばず、退くことを選ばず、戦いを是としたその時。
日本での戦闘映像はまったくと記録されていなかった。施設は殆ど全壊状態であり、監視カメラが拾えた情報も極僅か。
機密の関係で生産装置の置かれた部屋にはカメラなどは存在せず、結果的に彼が全力を出している瞬間を観測することはなかった。
『私達は彼の本気をまだ見ていないわ。 知っている人間は皆死んでいて、だから一度確かめたいの。 私達は一体何に勝負を挑んでいるのかを』
咲は敢えて言った、何にと。
彼女達が知っているのは森での出来事。当然そこでも非現実的な光景を見たが、だが当主が死ぬ程の激戦とはいかなかった。
隠された何か。もしかすれば、我々が相対している存在は人ではないかもしれない。
悪魔か、神か、それらとも違う何かか。
唯一解るとするならば――人の想像力など大してあてには出来ないことだけだ。
「私達も向かいます。 それまでどうか御武運を」
『なるべく急いでね』
通話が切れた。携帯を懐に仕舞った美鈴は、既に鋭い眼光を飛ばす真琴と顔を合わせる。
「急ぐのか」
「はい。 場所は中国支部の隣、生産装置施設です。 戦闘が予想されますので、心の準備はしておいてください」
「元よりその覚悟だ。 あいつの近くじゃ必ず戦いがあるだろうからな」
誰かは死ぬ。誰かは生きる。
世とはそうして回り巡る。勝者と敗者は常に存在し、二つを交互に繰り返しながら人は成長していくのだ。
そんな世界にもし、絶対強者が居るのだとしたら。諦めることなき不滅が更なる炎の翼を広げた時、彼女達は知ることになる。
現世が如何に脆い世界かを。人がどれだけ力を付けても人でしかないのだと。




