カミングアウト
「うっわ!だっせー!」
「うるせー!」
腹を抱えて笑いこけるハルを前に、レオがぶちぎれる。
それを横目に、リオと梨月はクスクス笑う。
「レー君は、昔から素直だったのね」
「そうそう、梨月の一番が誰かってことに、しばらく悩んでたよね」
「…ホントにアホだな」
大人三人に呆れられる中、レオはそっぽを向いてしまう。
「で?!結局、母さんの一番って、誰?!」
「「「「「………」」」」」
ハルの満面の笑みに、レオも振り向く。
「……あれ?」
さすがに、おかしな空気を感じ取ったのか、ハルは首をかしげる。
「…お前、話の流れから普通わかるだろ」
イクトの冷静で呆れたようないい方に、ハルが食いつく。
「はぁ?!じゃあ、お前はわかるのかよ、バカイクト!」
「あのなぁ、そんなのいちいち聞かなくても…」
はぁ、と重い溜息をつきながら、イクトは視線をリオに送る。
それを受け取ったリオは、小さく笑みを浮かべながら、そっと口元に人差し指を添えた。
「やっぱり…な。それは、いいとして、一つ気になることがあるんだけど」
イクトがそういいながら、陸斗へと視線を移す。
「ん?」
「なんかさ、話聞いてて、すごい違和感…みたいなの感じたんだけど…」
リオとレオとハルがキョトンとする中、イクトは続ける。
「…あのさ、父さん、やけに冷静すぎないか?母さんが危ない目にあってるかもしれないのに、もう少し、焦ったりとかあっても…」
「「…確かに…」」
レオとハルが声をそろえる。
リオはクスクス笑いながら、陸斗の説明を待った。
「あぁ、リオがどういう状況に置かれてるか、知ってたからな。状況っていうか、対応の仕方を見てたから、大丈夫だと思ってな。見つけ出すまでは、すごい焦ったけどな」
苦笑しながら、陸斗は話す。
「え、俺、そんなん聞いてないんだけど?!」
レオが陸斗に突っかかるのを、リオは面白そうに眺めながら、陸斗の話を引き継ぐ。
「ふふっ。私も、陸斗が見つけてくれたってこと、付き合ってから聞いたんだけどね。あの時、お家まで連れていかれて、お茶をいただいて。それで、『妹が迷惑かけて悪いな』って。それから、花咲ヶ丘に移動した後も、少し妹さんの話したり」
「「………は?」」
「はぁ」
レオとハルの素っ頓狂な声と間抜け顔に、イクトの溜息が洩れる。
「ようするに、リオは丁寧な待遇を受けつつ、ャローの愚痴にずっと付き合ってやってたんだよ。それ見て、とりあえず安心して、俺の存在に気付かれないように、リオを開放することに、集中できたってわけ」
「なんかね、レオに負けたことは確かに根に持ってたらしいんだけど、妹さんがレオに振られたことは、むしろ『ざまーみろ』って感じだったんだって。家では相当、妹さんの我儘放題に、お兄さんも我慢してたみたいよ?」
「「………」」
「…アホくさ」
呆然とするレオとハルに、呆れ顔のイクト。
梨月は困り顔でみんなを見ていた。
リオに怪我がなかったというだけで、それで十分なのだが、あの当時は本当に心配で不安だった。
そのことも思い出しつつ、リオの状況判断能力や陸斗の頭の回転の速さは、今でも健在だと感じている。
「なんだよ、結局さぁ、父さんがアホだったってことじゃん!」
「なにおぅ?!俺のどこがアホだってんだ!」
「だって、そうだろ!どんだけ素直じゃないんだよ!」
相変わらず大笑いのハルと、恥ずかしさで頬を染めつつ食ってかかるレオ。
軽く取っ組み合いのような状況の二人。
そんなうるさい二人はさておき、山倉家の三人と梨月は静かに会話を続けた。
「でも、ホント、レオって梨月には一生敵わないよね」
「そうだな。まぁ、確実に無理だろうな」
「ふふっ」
微笑む梨月に、イクトは少し考えてから、言葉をかける。
「………あの、もしかして…なんですけど」
「どうしたの?イクト君」
「……まさか…とは思うんですけど、けっこう…割と、計算…してやってたりしました?」
イクトの問いに、リオは目を輝かせて小さく拍手し、陸斗はニヤリと笑って見せ、そして梨月はというと、レオに視線を向けて一言囁く。
「秘密」
「………」
知らない方がいい真実が存在することを、イクトは悟ったのだった。
「そうそう、明日の入学式、イクト達参加するのよね?」
「ん?あぁ、代表として座ってるだけだけどな。一応午前中で終わるよ」
「そっか、じゃあお昼用意して待ってるね」
「あぁ」
リオの笑顔に、イクトも笑みで返すのだった。
これまで、両親たちの話を聞きながら、イクトはふと思う。
自分にも、いつか誰かと出会う日が来るのだろうか。
大切だと思える誰か。
架音学園高等部での生活は残り一年。
両親の想い出がつまったこの学園で、自分も運命的な出会いをするのだろうか。
『始まってみないことには、何ともいえないな』
イクトは静かに紅茶を飲む。
新たに始まるイクトとハルの学園生活。
そこで、二人を待つ出会いがあることを、この時は知る由もないのだった。




