55 闇ギルドの首魁、リハビリしてたら以前より強くなる
建物が軋みを上げてなだれ崩れる。
「なぁああおぉおやああ──」
斬撃を紙一重でかわした毒島が睨む鼻先に、
縞模様の髪を逆立て、妖艶な女の顔が舞い降りた。
白と黒の艷やかな髪が視界を遮る。
ついて飛び込んできた蹴り足を、顔を反らして避けた。
「ボロカスに敗けたと聞いてたのに、ずいぶん元気そうじゃない」
色香のある声とは裏腹に激情を灯した女の表情。
「良い声してるが、表情が台無しだぞ」
毒島はニヒルに顔をゆがめて、首を貫く手刀を弾く。
硬質な壁が裂け、床が割れ落ち、落ちながら殺し合う二人の男女。
その余波は凄まじい。剛腕が掴み、薙ぎ払った鉄材が轟音を立てて階下を破壊し貫通する。
遠くで叫ぶ阿鼻叫喚のことなど気にしない。
「煩いわね、あんたこそ、笑えるその坊主頭、服役でもしてきたのかしら?!」
縞模様の女が腕を振るうと、落下する壁や床が波打った。
異能力の波動が広がる予兆。それは、周囲の物質を渦巻き。
倒壊する瓦礫の群れがとぐろを巻いて毒島に襲いかかる。
「10年あれば髪型の一つも変わるだろ」
毒島の目が怪しく光った。呼吸の間もない至近距離──瓦礫の蛟が迫るが届かない。開けた大口は次の瞬間、粉じんへと砕け散り、視界が煙で覆われた。
「あんたのチートは変わんないね。
『改写』でなんでもかんでも変えちゃァ駄目でしょう!」
毒島の異能力により瓦礫は一瞬で微粒子へと変換した。
直後、美しい手が軽やかに舞う──むせる程の煙を切り裂いて、ギラリと烈迅が線を引く。
基地内だったそれが、輪切りにされ、次の瞬間には断ち割られる。
縞模様の女の異能力が手ぶらの毒島を容赦なく切り刻む。
だがそれは煙霧に紛れた残像だ。
悪寒は下から。毒島は縞模様の女の足首を掴むと、力任せに振り回して鋭く叩き落とした。
建物が大きく縦に落ち窪み、自壊の音を立てて崩れていく。
「なんでも渦に束ねやがって。お前の能力も大概だろう」
ドバァァアアアンッッッ!!!
基地の残骸が脈動し、破壊された鋼材の山が四方に伸びて迂回。
予測不能な軌道を描いて鋭く反転──その勢いは加速し続け、瞬く間に毒島を飲み込んだ。
「レディの足首を触るなんて、私が好きにも程があるでしょ。
乱暴は駄目。私、彼氏がいるもの」
ニイッと危険な目色に顔をゆがませて、縞模様の女が土砂で形成された玉座に座り、上昇と共に足を組み替える。
ゆっくりと地面を睥睨するが緊張は解いていない。
──この程度でくたばる奴じゃないけれど。
絶望を体現する闇ギルドのギルドマスター(ぶすじま)が、どこぞの街の図書館員なんかに敗北したと聞きつけ耳を疑った。
それなら快気祝いに殺してやろう。
そう思って顔を見に来たのだが。
「あんた、弱くなったのね」
その一言は軽率だったかもしれない。
小石が跳ねて地面が揺れた。局所的に大地が怒っている。
この威圧感は知っている。暴力の化身が、怒りをあらわに武具を顕現される余震。
──瀕死の身体で何ができるのよ。大盾でも呼び出した?
足元のはるか下から、ゾッと死の恐怖が立ち上がった。
全力で自らの体を弾き飛ばし、宙に回避する。
その真横を、大剣が目に見えぬ速さで空を突いた。
乱回転する紺碧の斬撃が翻る。
──不味い。あいつの大剣は容赦がない!
焦燥を噛み締め抑えつけ、舞い踊るように土流を巻き上げ天に伸ばす。
無惨だ。逆巻く土流は弾け飛ぶように切り刻まれた。
自ら巻き上げた土砂のカーテンに、見境のない狂刃を見失う。
素早く見渡すが影すら捉えないまま。
空気を斬り裂き、近づく刃音が鼓膜を震わせる。
「──馬鹿が」
薄皮一枚、首横で。ビリビリと震える大剣の刃が力任せに止められた。
禍々しい気配を纏わせたその柄を握りしめる大きな手。
ギリギリと締まる剛腕が背後に伸びる。
ゴキリと首を鳴らす音がした。
「瀕死と聞いていたけれど、まるでゾンビのようなしぶとさね」
視線を背後に送ると、無傷の強面が不敵な笑みを乗せて見下ろしていた。
「リハビリには物足りん。が、身体がほぐれてきたところだ」
毒島から感じる威圧感の質が変わった。
重傷から数日で、本領を取り戻し始めた事にゾッとする。
荒ぶる刃がゆっくりと首から離れた。
毒島は静かに眼下を見やる。
そこには凄惨に破壊し尽くされた軍事基地の跡。
息を潜める気配すらない。地表は大穴がいくつも広がり、数十メートルもの瓦礫の渦が、のたうち回った蛇のように地に沈んでいる。
地形の変わりように苦い顔からため息が出る。
「……再開の挨拶にしては物騒すぎるだろ」
毒島が剣を収めた。それが心を乱した。
ぐにゃりと複雑な思いが腹の底を駆け巡る。
淡く弾み、どす黒く沈む。
「……煩いっ。私とエリゼは見捨てたくせに。 あの小娘は守るのか?!」
「……なにを言っている?」
交差する瞳の色が複雑に絡んだ。
ウル──ウルヘルミナ。かつての冒険仲間。
毒島が切り捨てた過去であり、その目を向けられるはずの男は、遠の昔に死んでいる。
一瞬の静寂を風がさらった。
荒ぶる大剣が強引に地面に突き刺される。
無言のままに泰然と立つ姿に瞳が揺れる。
嗤って罵ってやるつもりだった。
「大虐殺の戦争屋め!
お前も、あいつらとやってる事は変わらんだろ!」
吐き捨てるように叫び、縞模様の女──ウルヘルミナは踵を返した。
砕けた瓦礫を蹴散らし、林の奥へと溶けるように消えていく。
毒島は追わなかった。
空の手に力を込めることもなく、ただ、去っていく背中を無言で見送る。
その横を一陣の風が吹き抜けた。
土埃と焦げた鉄の匂いをさらい、戦いの残滓だけを地に落としていく。
気配の揺らぎに目を向けると、林の影から、二つの人影が現れた。
「……っ」
待機を命じていたレヴィと、その手を握る、角の折れた少女。
レヴィは一歩踏み出したところで足を止め、眼前の光景に息を呑んだ。
つい先程まで山間に構えた真新しい軍事基地だったものは、もはや廃材の山だ。
壁は砕け散り、地形は歪み、原形を留めるものは何一つ残っていない。
「……これは……」
美しい顔の頬が、引きつったまま動かない。
言葉が、追いつかなかった。
毒島は視線だけで二人を様子を確認する。外傷はない。
その瞬間だった。
「……っ!」
少女が、ためらいもなく駆け寄り、毒島の胴にひしっとしがみついた。
小さな腕が、失うことを拒むように強く回される。
耳を澄まさねば聞こえないほどの舌打ち一つ。
毒島は少女を突き放しはしなかったが、腕を返すこともしない。
雄々しい目の輝きで、震える瞳に静かに諭す。
「縋るな」
低く、硬い声。
だが、頭に手を置かれたような、奇妙な感覚。
「依存するな」
冷たい言葉だった。
拒絶にも聞こえるし、突き放しにも聞こえる。
しかし、熱を灯した重い感情だった。
少女は、怯えなかった。
言葉の意味は分からずとも、その声に込められた“何か”を感じ取るように、ぎゅっと唇を噛みしめる。
そして、ゆっくりと腕をほどいた。
一歩、下がり。
それでも視線だけは、毒島から離さない。
毒島は、その様子を見て何も言わなかった。
ただ、わずかに──ほんのわずかに、頬を緩めた。
瓦礫の山に、再び風が吹く。
戦場の匂いはまだ消えない。
だが、その中に、確かに「感情」が芽生え始めていた。
次回――破壊され尽くした野営に、謎の来訪者が現れる。敵か味方か、視線を凝らせ――
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