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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
幕間

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54 闇ギルドの首魁、リハビリしながら殲滅する


 耳障りな警報と、風を切る破片の音が基地内を駆け巡った。


 つい数分前まで整然と並んでいた監視台は、外側から粉砕され、通信魔法具のアンテナが根元から損壊。



「なんだ今の爆発音は!? 訓練場から──」



 基地内を飛び交う通信と怒号は噛み合わず、混乱が波及する。軍事基地の内周に続くゲートの向こうでは、指揮所が総動員で叫び声を上げていた。



「外周セクター4・5・6……全て反応なしだと!?」



「落ち着け、監視塔のフィードが切られたのだ。

 広域映像に……なんだこれは──!」



 投影装置の先には、豪快に破壊された監視塔と、奇妙にねじ切れた通路が映し出される。



「通信を急げっ──ザザッ──制圧隊に告ぐ! 敵は二人いる! 繰り返す、敵は二人いる!」


 広域映像の一つが映す先、死角など気にせず駆け抜ける背中を捉えた。ぐるりと外周を潰して回る男だ。荒ぶる筋肉の巨鎧としか分からない。


 その目が監視の魔法具を射抜いた。跳躍し、腕を振り払う。ビシャリと飛び散る返り血が、監視の魔法具を曇らせた。



ーー



 監視魔法具を血塗れに(マーク)し、力強く蹴り砕いた男が静かに着地した。

短く息を整える背中は、すぐさま影を残して土煙に消える。

闇ギルドのギルドマスター、毒島(ぶすじま)だ。

山間に密かに築いた軍事基地に何故この男が暴走しているのか。毒島も答えあぐねるだろう。


 疾風を残して影が踊る。



 ──あのクソウル、何を狙ってる?



 狂笑を浮かべて基地の警備隊を擦り付けてきたかと思えば、不意打ちで襲ってくるわけでもない。外周に気配はなく、おそらくは基地内にいる。


 踏みしめる地面が薄くえぐれ、壁を蹴った反動だけで監視塔より高く浮かぶ巨躯。

引き締まった分厚い筋肉が朝日を雄大に照り返す。

見落としてはならない。翻った手から迎撃魔法具の残骸が閃光のように走った。


 潜伏し銃を構えていた兵士達の目鼻が撃ち抜かれる。別の兵が悲鳴を上げようとして口を開くより早く、無数の飛礫が連弩のごとく突き立つ。背後の建材が悲鳴を重ねて崩れ落ちた。


 驚愕に喉を鳴らしたのが命運の尽き。離れた格納庫から毒島を狙う部隊は宙に舞う姿を見失ったはずだ。なぜなら、かすめ取ったロープ材を自在に操り、音もなく背後を取られたから。


 強烈な蹴り足が指揮官の後頭を砕いた。前方に展開する制圧部隊は気づくのが半歩遅れて察知する。それでも一つのうねりとなって牙を剥いたのは称賛だ。



 ──よく訓練された、と褒めてやる。



 防御ラインを突破させまいとする気概を浴び、毒島の口角が僅かに上がった。

悲鳴を上げる暇は与えない。速やかに潰し、薙ぎ、壊す。

沈黙の中で、どさりと倒れる物音だけが反響した。


 最後に残った詰め所から漏れたのは、震えと畏怖だ。

 外周の警備兵はあらかた掃討された事に、駆けつけた制圧部隊が騒然とする。



「第一防衛ライン突破! 格納庫反応なし! 全員が沈黙!?」



「訓練場にいる部隊をまわ……通信がつながらない!」



「怪物めっ!司令室、ここはもう持たん!!

 防衛持続予測は10分!いや、ご──」



ーー



 混乱の連鎖はまだ序章にすぎなかった。

外周区画の詰め所の通信が途切れて数分もしないうち、基地中枢へ続く内壁が、爆音とともに内側へ膨らみ砕け散った。


 粉塵が逆流し、鉄骨がくぐもった悲鳴を上げて折れ曲がる。その穴から──黒い巨躯が、滑り込むように侵入し、壁を駆け抜け宙へ躍り出た。


 殺気を解き放った眼光が弧を描く──毒島だ。


 第二防衛ラインを素早く構築した指揮官をもってしても一言搾り出す暇もない。

 

 伸ばされた腕が、獣の前脚のような速度で彼の顔面を鷲掴み。



「あ──」



 呻き声すら立てえぬまま頭蓋を壁へ叩きつけられ沈黙した。


 周囲の緊張が爆発する。



「っ侵入者だ! 指揮を引き継ぐっ──A2ライン封鎖、移れ!」



 警報が千切れたように鳴り響く。

 センサー系統が一斉に赤を灯し、廊下のシャッターが重々しい響きを残して降りていく。

だが、そんなものは、意味をなさない。



「第二ライン崩壊! 蹴破ってきたぞ!? A2突破ッ!」



「かまわんっ、封鎖展開! ブラックアウトA3!」



 基地の照明が一斉に落ちた。赤い非常灯だけが廊下を染め、視界が暗転する。制圧部隊は迅速に暗視魔法で視界を確保──した途端、背筋が凍る。



 ──なにも、映らない。



 暗闇では機器よりも、軍人たちの呼吸がよく響く。

たった一呼吸の揺らぎが、毒島に位置を特定されたのだ。

作戦履行の思考の途切れ。その間合いは既に闇ギルドの首魁が支配した。



「っ、誘導ラインに入ってない!? 情報班は何を──」


「違う! そっちじゃない、そっちは──」


 情報戦により毒島を誘導する予定だった経路は、あっさり看破された。

全滅という置土産を残して。


 異常な嗅覚が、絶望と懇願の矛先に反応する。

守り抜くべき場所を、正確に踏み破ってくる。


 シャッター越しに鈍い衝撃が響き、次の瞬間には鋼板が破られた。破砕と共に絶望が辿り着く。


 後詰めの制圧部隊の一人が悲鳴を上げた。

瞬く間に壊滅する部隊。目の前で隊員達が右に左に弾け飛ぶ。もはや誰の動きにも目を配れない。暴威が空間を裂きながら押し寄せてくる。怒濤(どとう)の勢いで、真正面から。


 こんなものは想定していない。訓練の限界を超えている。

四重の警戒網は絶対だったはず……それが。



「封鎖Aライン、突破されるッ! 化物だ、止まらん!」



 黒い巨躯が、迷路のような基地内部を“迷わず”突き破った。

誘導経路から外れ、基地が秘匿する最奥の区画──そこへ向かって一直線に。


 中枢たる司令室への頑強な扉は目前。

毒島の獰猛な笑みが深まる。

次の瞬間、踏み込みが通路ごと爆ぜた。

逆流する膨大なエネルギーが背筋を駆け上がり、拳へと収束する。


 渾身の一撃が、音速を破る音を上げてぶ厚い扉を殴り飛ばした。



 ──な、に?!



 狙い澄ましたタイミングだ。


 爆発するほどの勢いで、豪快に天井が砕け散る。


 大量の残骸と共に、毒島目掛けて凶悪な斬撃が降り注いだ!


 三重の裂創が廊下もろとも司令室を絶ち割り、建物が軋みを上げてなだれ崩れる。



「なぁああおぉおやああ──」



 斬撃を紙一重でかわした毒島が睨む鼻先に、縞模様の髪を逆立て、妖艶な女の顔が舞い降りた。



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