51 闇ギルドの首魁、リハビリしながら火種を抱える
「ぬ? 勇者の盾? 嘘クセェでやす。いらねっ」
──ガシャン
「ぬ? きわどい水着? ハレンチすぎやす!」
──ごそごそ
「ぬ? 魅力100倍の指南書? ハンッ!
このチャーミングな、あっしには、こんなもの──」
──ごそごそ
視界の端で、うず高く生まれた宝物がまたたく間に減っていく。
忍ばない忍が生み出した分身体が次々に財宝を持ち出していくのだ。
わらわらと湧き出る分身体を特に気にする様子もなく、毒島は、部屋の中から隠し部屋を次々と発見し、開錠していく。
隠し部屋の中には、眠らされた猛獣たちの檻から、不気味な宝物倉庫、すすり泣く声など様々だ。
途中、拘束されていた奴隷たちも解放し、好きにしろと言わんばかりに放置したまま。解放された者たちは困惑した。
檻から出ようとしない者もいた。何しろ毒島は闇ギルドのギルドマスターである。その強面と威圧感は、並大抵の心胆では視界に入れる事もできない。
だが、毒島の無言の手招きで、一人、また一人と檻から出て。次に彼らに待っていたのは財宝の荷物持ち。
「こ、これを……持てば……宜しいでしょうか?」
「おう。気が利くな。あとで少し分けてやる」
「え、ですが……我々は今しがたまで……奴隷で……」
「たった今から労働者だ。給料は現物支給だがな」
会話が成立してない。だが、奴隷たちは静かに従った。
異様な雰囲気を醸し出す、誰が見ても”強者”とわかる背中。
逃げるよりも、この男と居た方が安全だ。そう直感が告げた。
奴隷たちが毒島へ向ける視線に恐れるだけでない、畏怖が宿る。
忍ばない忍は、その様子を目に収めて、おかっぱ頭に視線を隠した。
──ズルかっこいいのは、ずるいでやんす
「……ん? まだ部屋があるのか?」
毒島が床に手を当て、何かを探る。そして当然というように、扉を引き当て、押し下げた。
半地下の、狭い一室が視界の先に現れる。
毒島の片眉だけが上がる。忍ばない忍が顔を近づける。
二人はニヤリと笑みを交換し、肩を揺らした。とても悪い笑顔だ。
毒島は、特大のお宝を期待して、部屋の中を覗き込んだ。
そして、顔をしかめた。
その表情を見て、忍ばない忍びも訝しむ。
毒島の肩越しに覗き込むと、そこには膝を抱えてうずくまる小柄な影。
背骨が浮き出た丸まった背中。布切れ同然の白いドレス。その肩先が震えた。顔が持ち上がり、はらりと薄黄色の長髪が垂れ落ちる。
目を細める毒島の瞳に、黄色い虚ろな瞳が入った。
「魔導国の子供でやすね」
薄黄色の綺麗な長髪をぞんざいに括った、白い肌の少女だった。髪紐は粗末で、束ねた位置も歪んでいる。だが容姿は、暗がりでも月光のように淡く光り、場違いなほど美しい。
そして、右の額から突き出た捻れた角。片方は折られ、もう片方だけ残っている。折れた角の断面は鈍く赤黒く、乾き始めた血が城の冷気で固まっていた。
折られてからまだそれほど時間が経っていない。
歪なのはそれだけではない。少女は角を失った痛みも見せず、心身ともに痩せ細っていた。
……やっかいな火種を。
魔導国とは未だ緊張が続いている。闇ギルドはそれを利用し、大都市ノアへ揺さぶりをかけるが、これは計画にないモノだ。
「こいつは俺がつれていく」
「うぇっ……おお親ビン?!?!」
毒島は返事も待たず、飢えてガリガリの少女を有無を言わさず抱きかかえた。重さはほとんど感じない。その軽さは彼女の命と同じ。角の折れた少女はされるがままだ。
怯えも抵抗もない。視線は虚空に溶けたまま。
毒島は小さく息を吐き、ぼそりと漏らす。
「……まぁ、食えば幾分もどるだろ」
その声音には熱はない。舌打ちの中に温度が溢れた。
隆起した腕の中で、角の折れた少女の瞼がわずかに揺れた。
毒島はムスッと顔を背けると、歩き始める。
「飯食って帰る。後は任せた」
ひらりと身体を揺らし、次の瞬間には掻き消えた。
靴音さえ残さずに。
冷えた地下階段に、ひとり取り残された少女の影だけがちんまり揺れた。
毒島が去った瞬間の風圧で、おかっぱがふわりと浮いて、……状況を整理するのに数秒の沈黙。
「え、ロリコンでやんしたか?
ロリコンな癖でもありやしたか?!」
分身体が失笑し、肩をポンと叩いて財宝収集を再開する。
……いやでも、と顎に手を当てて考える。
此処におかっぱのチャーミングな部下が居るのに、置いていかれた事実が飲み込めない。
「ハッ……!」
何かに気づいたように肩が跳ね上がる。
「ガーン! 顔面偏差値っすか! 顔面偏差値でやんすか?!?!」
古城の暗がりで、悲しき妄想を叫んだ直後、ドレスの裾をくるりと返して背中の布地に手を突っ込んだ。
取り出されたのは──紙くずだ。何か書かれている。
「……ん?」
『この会場に闇ギルドを語るアホがいるらしい。
どいつが闇ギルドを語るやつかわからん。
全員潰して、奪えるだけ奪ってこい』
「——どぅううえええええええ!!!???」
階段を伝って歓声じみた驚愕が反復する。
「……いつの間に差し込まれたでやすか」
紙を丁寧に畳んで懐に大事にしまう。
耳がうっすろと色づいていた。
顔をブンブンと振って、切り替える。
命令は無茶苦茶だが、好き放題できる最高の免罪符でもあった。
「手柄を立てて、褒めてもらうとしやしょうか」
その後、忍ばない忍が、警備員にみつかり、壮絶な乱闘騒ぎの末、解放された者たちと商品を根こそぎ持ち去ったのは──別の話だ。
次回――闇ギルドのギルドマスターだってリハビリしながら後悔する?
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