50 闇ギルドの首魁、リハビリしながらお宝を漁る
水と交易の街ノアが、大都市と言われる所以がある。
その一つが、街の外壁から連なるように伸びる防衛の古城群だ。
まるで都市に沿って龍骨のごとく伸びる要塞は、遠目でさえ難攻不落を匂わせる。
夜の闇に沈むはずのそれらは、今宵、街灯とランタンの残光を受けて、淡く主張していた。
古城のひとつに明かりが集まる。訪れる者たちは、どこか華美で、どこか怪しい。
森の香りを隠すようにローブをまとうエルフ族、酒気と油煙の匂いが漏れるドワーフ族。
奴隷を連れた商人、自重を知らないお忍びの貴族。そして、存在を隠しきれていない異世界転生者。
ホールへと案内するスタッフは一様に道化の礼服でもてなす。配られるのは、様々な仮面と番号札。身分を隠し、身元を問わないと保証して、誰も彼も来館の扉を潜るころには存在を忍ばない。
城の中枢をくりぬいたような歌劇観賞ホールに集まると、吹き抜けの天井から祝賀の吹奏が残響した。天井から柑橘色の光粒が降り注ぎ、厳かに幕開けを告げる。
金額がすべてを決めるオークションの始まりだ。
ハンマーの打音が合図となり、壇上の男に照明が集まる。
「さぁさ、お集りの諸君! 欲望を潜めず、渇望を潜めよ。
出し抜く為には、掘り出し物こそ冷静に……耳を、澄ませて、時を、読め」
腹の底に響くような我欲の拍手に包まれて、冷静さを装う獣の群れ。
一様に視線が熱い。闇の競売が、紙幣の躍動が、音を立て始まった。
熱気渦巻く競売が始まる中、貴婦人や豪商に混じり、小柄な影が揺れていた。
呼吸を隠して客の隙間を縫うように移動する。本人は隠密を装っているつもりであろうが、競売の値札が吊り上がるたびに肩がぴっと震え、誰より静かに騒々しい。
おかっぱに切れ長の瞳、装飾過多なドレスに包まれた華奢な体躯。
小鼻をひくひく動かし、掘り出し物の匂いをかぎ取っている姿は、なかなかに不審だ。
この少女が、つい数日前には幻想図書館を襲撃し、爆破事件を引き起こした主犯だったなどとは、誰も思うまい。
「さすがはあっし。完璧に溶け込んでるでやんすね……」
誰にも聞こえない声で自画自賛しながら、きょろきょろ左右を見渡して頷いている。
忍ばない忍とはよく言ったものだ。
その背後から、影がぬっと覆いかぶさった。
気配を完全に断ち、プロの諜報員の背後に容易く立つ。
筋肉で張り裂けそうなスーツを着込んだ強者の視線が頭上から落ちてきた。
「ぶ、ぶ、ぶ毒島の親ビン?!?!」
おかっぱの黒髪が飛び跳ねる。何とか小声に留めたが、心臓が飛びでるほどに驚いた。
「おう。なんだここは」
低いはずの声色が腹の底まで重く響く。このプレッシャーが尋常ではないのだ。
初対面の折りには土下座した。あ、これはヤバイ方の闇ギルドだなと。あの高揚を思い出す。
顔を上げた瞬間に視界を埋め尽くしたのは胸板だ。ぎっしり詰まった筋肉。反射で愛想笑いを作りながらも、喉は鳴る。
「うちらに黙って人身売買をしてるふてぇ輩がいると黒兵衛の旦那から伺い、様子を見に来たでやす」
「そうか。黒はどうしたいって言ってんだ?」
言葉に少しだけ温度が灯った。
いつも怒り顔をした闇ギルドのギルドマスター、今日は珍しく不機嫌ではないらしい。
忍ばない忍は、心中で安堵の息を吐くと、諜報員として意識を切り替えた。
「はっ。商品に紛れて、諜報員が混ざってるかもしれないので、目ぼしいやつだけ泳がして、後は処理するようにと」
毒島は競売の様子を眺めながら、会場を見渡し冷ややかな視線を二つ送った。
「そうか。……ああ。あいつと、あいつだな?」
「はいでやんす。 え、怖っ……なんでわかったでやすか?」
広さ数千席、種族も思惑も雑多な会場の中から見つけ出したというのか。
思わず失礼な口調になりそうなところを必死で引き戻す。
「どちらも顔見知りの狂人だ。……ここを潰すのは、奴らが去ってからにしろ」
「そ、そこまででやしたか。承知しました……ん?どちらへ?」
気づけば、毒島はすでに歩き出していた。大きな背中が気配なく人に埋もれていく。返事の代わりの手招きを急いで追う。
「せっかくだからな。交通費くらい貰うだろ。手伝え」
つまり、目ぼしいものは、あらかた頂いて帰るということだ。
「り、了解でやす」
ドレスの裾を片手でつまみ、引きずらないよう最大限に気を遣ってついていく。ヒールの靴先でぱたぱた絨毯を叩くが、誰も少女に気付かない。
気配のない二人の陰は、闇歌劇ホールの喧騒をするりと抜けて、古城の暗い通路へと入り込んだ。
ーー
冷えた空気が肌をなでる。遠くに聞こえる競売の加熱さとは対照に、暗い通路は、控えめな明かりが数メートルおきに揺れるだけ。
歩くたびに灯が細く震え、二つの影が壁を移動する。
「親ビン、そっちは行き止まりで──」
言い終える前に毒島は石壁の前で何かを察知。躊躇すら無い。
ごり、と指先で壁面の古い継ぎ目をなぞると――音もなく秘密への入り口が現れた。
隠し扉だ。どうやって見つけたんだと、忍ばない忍は、ぞくぞくする身体を抱きしめる。
「へぼい扉だな」
扉のドアノブが淡く光っている。開錠防止の魔法──だが、毒島が触れた瞬間には扉ごと消失した。
──なん、ですと?!
秘密の部屋の先にはどんな宝があるのだろう。しかし、どうやって入り込むか。あれこれ考えていた忍ばない忍は、部屋に入る主の姿をしばし呆然と見送った。
「おい。お前にも分けてやるから手伝え」
──さすが、親ビン!!
忍ばない忍が全速力で扉に向かってダイブした。
「うっひょォオオオ!!!」
まず目に飛び込んできたのは金銀財宝で、次に見渡した先も金銀財宝だ。
もはや、我慢ならぬと大声を出してしまう彼女は、忍ばない忍。
それを呆れ顔で見守る毒島も、自然な動作で宝物を懐に収めていく。
「おおお親ビン親ビン、より取り見取りが溢れてやす。あっしのの取り分はいかほどに」
「持てるだけやるから、静かに運べ」
「っす。自分、感動してます。 うひィ!」
返事はかしこまっているが、行動は賑やかだ。彼女は持ち前のチート能力を活用して、多数の分身体を作り足すと、バケツリレー形式で財宝を――その辺で見つけた――丁寧に折り畳まれた高級生地に包み始めた。
──ビリッ
「今のは何でもないでやんす」
手頃な高級生地など、消耗品だ。
次回、忍ばない忍が、さらに忍ばないせいで?!




