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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
幕間

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49 闇ギルドの首魁、リハビリ中につき



『 リハビリ体操 (絶対安静、健康第一!      )

  足つぼ筋トレ (叫ばない・壊さない・威圧しない )

  ゆっくり深呼吸(溢れ出る殺気を鎮めてください  )

   ※尚、ストレス発散を目的とした叫びは1日3回まで 』



「……なんだ、これは?」



 闇医者が経営する治療院を退院した闇ギルドのギルドマスターである毒島が、

帰還したアジトで手渡れたのは数枚のメニュー表だった。


 微妙な視線を返すと、そこには無表情で恥じらいながらも期待に満ちた眼差し。

黒肌を隠すように深くローブを纏った金髪の部下――レヴィが固唾を飲んで見つめていた。


 ここは闇ギルド。交易都市ノアの地下に広がる闇社会。その地下世界アンダーグラウンドを牛耳る総本山だ。



「……お節介な女だな」



 さすがに目の前で捨てるわけにも行かず、

紙面とレヴィの顔を睨んむように交互に視線を彷徨わせる。



「っ……!」



 これだけで、レヴィはクールな表情を貼りつけたまま、喜色だけを満面に浮かべるという高度な離れ業を披露する。

目がうるさくてかなわない。


 何故こんなものを用意したのか。それは先日の騒動の帰結に由来する。

大都市ノアを崩す都市掌握計画。

計画の綻びか、幻想図書館の勢力の介入を許し、毒島ぶすじまが敗北した。

瀕死の重傷を負いながらも、都市の警邏隊から何とか脱出。

まだ数日しか経っていないが、異常な回復力により

早くも死の淵から再起し、闇社会の日常に戻ろうとしていた。

そこに待ったをかけたのが、レヴィを始めとする幹部達だ。


 ギルドの指揮と実務は、腹心の部下と参謀に委ねられた。つまり毒島は暇だった。そこへ、レヴィが余計な気を回してリハビリメニューを作ってきた――ただ、それだけのことだ。



 ――健康食、筋トレ、ストレッチ……どれも脆弱な体を

   基準にした産物。これだから異世界転生者は

   軟弱な奴らが多いとすら思える。



「異世界転生したてじゃないんだ。

 こんなものでリハビリになるか」



 メニューを放り出した。



「マスターも異世界転生ですよね?!

 え、異世界の常識は非常識って、どういう意味ですかそれー!?」



 床に落ちたメニュー表を大事に拾い上げ、とにかく今晩の献立は……などと呟く部下をその場に残し、気配を消して後にする。



「あ、ちょっと――マスターっ?!」



 遠くで跳ねる慌てた声も、するりと耳を抜けていった。


 毒島は、屋外に出ると、体の随所に至る筋肉の縮動を確認し、万全とは言わずともある程度の体力を取り戻したと判断する。

脱力からの跳躍――軽く数メートルを垂直に飛び上がり、手頃な障害物を指でつまむと、振り子のように数十メートル先まで移動した。


 音もなく着地し、ゴキリと首を鳴らす。そこは、闇ギルドの中でも高層階に位置する毒島の執務室、そのテラスだ。

室内で警護をしていた部下が迅速に窓を空けて、主人を迎え入れる。

その巨躯を起こして、警備員に視線で労をねぎらうと、毒島は柔らかい絨毯を踏みしめデスクへと向かった。


 大都市への揺さぶりの成果は、ここ数日で大小様々な問題を引き起こしたようだ。

なかでも、新たな同盟相手――アイゼンヒュート家が、警邏隊を動かしてゼムント家への資産押収が始まった報告書を眺めてニヤリと笑う。


 中には民衆を洗脳する扇動家の伯爵令嬢などという珍妙な報告もあるが、後回しだ。


 デスクに溜まった書類の中から、ふざけた内容を見つけ手に取った。闇ギルドを語って暴れる輩がいるらしい。体を動かすにちょうど良さそうな――サンドバッグ。



「――ちょっと潰してくる」



 一瞬、獰猛な殺気が鼻腔を突き刺し、警備員がふらついた。

短く刈り揃えた側頭のレザーカットが沈み、

鍛え抜かれた巨躯は、影だけを残して姿を消した。


 近所に出かけるような軽い口調で、適性組織を捻り潰す。

いつぞや毒島を指して「うちの親ビン超怖いでやんす」と評した部下の嘆きは正しいのだろう。


 毒島が次に現れたのは、地下とは思えぬ、ネオンが夜景のようにきらめく歓楽街、その皮をかぶった酷薄な金融街だ。

街は整備が行き届き、ゴミ一つ落ちていない。異彩の高級感が漂い、従業員、通行人の動作一つまでが計算されている。



「お帰りなさいませ」



 客引きの男は落ち着いたスーツ姿で、女も清楚な装いを崩さない。

どちらも、一切の不快感を排した独特の空気を纏っていた。

ここでは客でさえ正装して身をかしこむ。



「(っ……! ギルドマスターのお通りだ。頭を下げろ)」



 その空気を裂くように、毒島が歩を進める。

視界に入る者はすでに頭を下げ、道を開ける。畏怖が、地下の街全体に静かに波打つ。



「……なんだ、今日はいつにもまして静かだな」



「ハハ、兄貴と分かった途端、闇ギルドが慌てて頭を下げてますよ」



 動かない者は新参者。知らぬことは罪。待つのは容赦のない制裁だ。

判断を誤った二人組は音もなく路地裏へ攫われた。

毒島は知らぬ素振りで通り過ぎる。


 そして足を止めたのは、ひときわ絢爛な建物──闇ギルド『集金屋』の館だった。


 一歩足を踏み入れれば驚きとともに見上げてしまうだろう。まるで五つ星の高級ホテルを思わせる吹き抜けのホールが来観客を出迎える。


 シャンデリア代わりに吊るされたのは極薄に削られた魔導クリスタル燈。

ネオンとは異なる白金の輝きが、磨き抜かれた大理石に降り積もるように反射し、床は光そのものを閉じ込めた水面のようだ。

壁には金糸で施された美しい景色が施され見るものを圧倒する。天井は地下世界でもなかなか採掘されない天然の魔導宝石による星図のような輝き。ここは夜ではなく、雲海に広がる天上だ。


 その光の海に不釣り合いな足音を立てて、贅を凝らした支配人が奥から転がり出た。


「ようこそお越しをォオオオ……闇より出でし地下王国の絶対君主!

 紺碧の覇気を纏いしアンダーグラウンドの帝王!

 覇道の頂点たる、毒島さァまァあああああ!!

 本日はッ、どのようなご用向き──ハゥッ!

 も、申し訳ございませんんん!

 ……えぇ、えぇ、実はですねぇ、えぇ、はい、なんと申しましょうかぁ──ハゥッ!

 殿下をお探しですかなッ?! ほ、本当にあいにくッ、席を外しておられましてぇええ!!」



 毒島は、微動だにせず無言。

声なき圧力は巨壁のように迫り、支配人の顔からぶわりと汗が噴き上がる。



「も、申し訳ございませぇんっ! た、ただちにィお探しをっ! 即ッ! 音速にてッ! いな、否ッ!

 光速を伴ってッ――ひィいい!」



 支配人は慌てふためきながらも、妙に芝居がかった仕草で両手を広げ――それがまた毒島には癪に障る。

探られては困る懐でもあるのかと、疑わしい。



「……いやァあ、それにしても!

 今日の地下の空もォォお美しゅうございましてなァ!

 大空洞の天井に揺蕩う黒曜石めいた晶石の輝き……

 あれはまさに闇夜の帳、星海と見紛う幻想の光。

 思い馳せるならばレヴィ様のォォ──褐色の肌のつやめきィ!

 しずくのような瞳に影を落とす神秘の黄金髪ッ!

 いやはや、あの麗しき御姿はッ」



 卑屈に垂れる目尻の瞳孔が、危険な色に濁り染まった。



かぐわしいッ、よいなぐさめには勿体もったいな――」



「──おい」



 一言だ。たったそれだけで、空気は氷点まで落ちた。


 真っ青に顔を強張らせた支配人がよたよたと後退し──逃げるでもなく、自ら膝を折った。



「ご、ご、ご無礼をぉおおお……っ!!」



「ほう。お前」



 見上げれば、万人を恐怖に沈める眼光。口元は笑っているのに、絶望を振りまく。



「謝罪には、誠意を見せないとな。

 お前の誠意は、──いくらなんだ?」



「い、いかほどでもぉおおおっ!!」



 許しを乞う声は震え、周りで直立不動に事態を見守る部下達は、遠い目をして一様に思った。



 ──今すぐ、こいつを追放したい!!



 秒で決まった慰謝料は、店の金庫から悲鳴を絞り出し終結する。


 毒島は中身も確認せずに巨額の札束を袋に納め、踵を返した。

その歩みは静かに空気を揺らし、背中は地鳴りのように雄弁だった。

嵐のように横暴な男である。


 建物を出るたところで、再び監視の目は毒島の影を見失う。

気配の消し方が尋常ではなく。また、移動が早すぎるのだ。


 最後に毒島が立ち寄ったのは、幹部たちの集う会議場だった。

黒々とした岩に囲われたで洋館は、歓楽街の絢爛とは正反対の沈黙を纏い、ただそこにある力を誇示している。

時折、死の香りが漂うためか、誰しもが近寄りがたい。


 会議場の通路は広く、だが足音は吸われるように音を立てない。

安全な場所ではないからだ。

足音を立てるのは、不都合な来客か、庇護に置かれたものくらいだろう。


 毒島は無遠慮なほど自然に、執務室の扉を押し開けた。


 室内は驚くほど質素だった。

執務デスク、壁沿いの書棚、中央に向かい合う二つのソファと低いテーブル──しかし一品ごとの存在感は別格。どれも“目立たせない高級品”だけで揃えられている。


 視線を少し落とすと、ソファに沈み込むように、黒髪・黒目の大男が背を丸めて本をま読みふけっていた。

ページをめくる姿は威圧的な大幹部というより、

邸宅に棲む、不労所得で生きる隠者のそれだ。


 意外に思うかもしれないが、この室内に入った習慣。

既に両者がお互いを試し、情報を交わした。


 毒島は正面のソファに腰を落とすと、低いテーブルにドサリと袋いっぱいの札束を置いた。

支配人の魂と金庫から引きはがした“お小遣い”である。



「……」



 書本から目を離さないものの、ゆっくりと眼鏡を押し上げる黒髪の大男。頬には一筋の汗が伝った。



「――くろ



「……おはようございます。ボス」



 気まずい空気に耐えきれず、読書をやめると本を小脇に置く。

いつから読んでたのかというほど、うず高く積まれた本が雪崩を起こした。



「仕事が順調のようだな。埃っぽいぞ、掃除しろ。」



 毒島の視線の先にあるのは、黒い男の足元に寄せ集められた、密輸事業の交易品。表社会では出回らない使役獣の拘束具だ。



「近々ご入用になるかもしれません。

 似ていますが、こちらは使役獣達が使う、武装の魔法具です。

 掃除は週に一度、部下がしていますので」



 ゴトリ、と黒い男はその一つをテーブルに置き、毒島へ献上した。



「使役獣が自らの魔力を媒介に鎧や武器として使用するそうですが、こちらは、遺跡からの出土品。

 桁違いの魔力が必要なようでして、並の使役獣では起動もできません。

 そんなに埃っぽいですかね? まぁ、角を丸く掃除する、おおらかな奴なんです」



「……適材を配置しろ。そいつ、サボってるだろ。

 ……まぁ、これは貰ってやる。」



 黒い男は無表情のままに、「はい」と短くつぶやき、

用事は終わったとでも言いたげに、読書を再開した。



 ――有能なやつだ。俺が、次に何をするのか検討をつけてやがる。


 そして、的確だ。毒島は心の内で付け足す。

輪環状の魔法具を手のひらで転がすと、鼻で笑い懐に収めた。



「都市掌握の第二手を誘発させるぞ」



 闇の支配者の下知。その絶妙な示唆に、ギルドの参謀は不敵に頷いた。

言い得て妙。次の作戦は、さらにその先を見据えるならば、闇ギルドの関与を匂わせずに遂行する必要がある。

黒と呼ばれた闇ギルドの参謀――黒兵衛は、

いつの間にか退出した闇ギルドのボスの背中を見届けて。


 ……一つ、気になった。


 ……目の前の大金はなんだろう。


 まさか、つい先ほど金融街からカツアゲした札束だとは思うまい。



「これ、手を付けていい金ですよね? ……駄目な金ですかね?」



 薄明かりに照らされた室内で。



「誰か、ドッキリだったら、そろそろ言ってください――」



 情けない声が落ちた。


次回——第一部でお騒がせした、忍ばないあの子が登場!とんでもないところで……


★評価して応援いただけますと幸いですっ



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