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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

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46 復旧の街で。あの日、金部はどこにいた?


 水の交易都市――大都市ノアの街並み。


 朝日が差し込み、静かな水面は宝石のように光を返す。


 市場区は今日も活気に満ち、果物の香りや商人たちの呼び声が混ざり合う。喧騒を抜けると、広場では復旧工事が進んでいた。

先日の爆破事件で周辺は大きく損傷したが、幸いにも負傷者は少なかったという。警邏隊の活躍と、街の人々の生きる強さを感じさせる光景だ。


 広場の奥に聳えるのは幻想図書館。


 重なり合う小塔が朝の光を遮り、地面にレースのような影を落とす。その中心、一番高い塔の先端から、虹色の輝きがふわりと降りそそぎ、人々の肩をやわらかく照らしていた。


 光のアーチをくぐり、外門を抜けた瞬間、世界が切り替わる。


 ひんやりとした空気と紙の匂い。無数の書棚が迷宮のように並び、視界の奥まで続いている。

まるで、巨大な駅のコンコースのように行き交う人々。

司書がてきぱきと案内し、本を抱えた街人や、異世界からの来訪者がそれぞれの目的地へと歩いていく。


 ページをめくる音や、静かに笑う声が混ざり、今日も図書館は変わらぬ営みを続けていた。


 にぎやかな区画から少し離れると、図書館内とは思えないほど落ち着いたカフェ施設が広がっていた。

木造の壁と天井梁がぬくもりを帯び、磨かれた木のカウンターには朝の光が柔らかく差し込む。ほのかなコーヒーの香りが漂い、読書の合間の休息にぴったりな空気が満ちていた。


 その一角のテーブルには、見慣れた顔ぶれが揃っている。

怪我もようやく落ち着き、痛む脇腹をさすりながら笑うジョシュア=モンテスト。

すでに全快し、朝から元気いっぱいの同僚セラ=アーカイブ。

椅子にだらしなく身体を預け、ニヤつく異世界転生冒険者・金部理人。

そして――湯気の立つ紅茶を静かに口へ運ぶ上級司書メモリウス。


 四人中三人が図書館員だ。ゆったりとくつろぎ、揃ってサボってるのはどうなんだろう。誰もが一度は思うが、誰も口にはしなかった。メモリウスが居合わせるのが悪いのだ。上司には誰も逆らえない法則。


 団欒の柔らかな空気を感じ取ったのか――

二階回廊の影から、ふわりと一冊の魔導書が滑るように降りてくる。

渦巻き模様の表紙。まるで匂いに釣られるように、テーブル上のケーキへ一直線。


 声もかけず、そのまま表紙がぱかりと開き――


 ――ぱくっ。



――ごん!!



『ごふぉお!!』



 頭上から特大のゲンコツが落ち、呑欲の魔導書は床にベチャリと叩きつけられた。



「あんたはまた、何勝手に食べちゃってんのよ」



 セラが腰に手を当て、呆れ顔で睨みつける。



『せ、セラ様は手癖が悪うございます。速いのです。

 この呑欲、美味そうなものを見たなら、とりあえず一口。

 これはもう習性なのです……!』



 表紙に残った拳の跡を震わせながら、呑欲の魔導書が抗議するようにバタバタと転がる。


 ジョシュアが苦笑しつつ、落ちた本を拾い上げてやる。



「……セラは、人のものを食べるなと言ってるんじゃないかな。

 欲しいなら、俺のを食べていいさ」



『ジョシュア様……なんとお優しい!

 どこぞの上司とは大違いにもぉおお?!』



 感激に震える呑欲の魔導書。しかし――



「……あら、じゃあ遠慮なく」



 セラがすっと手を伸ばし、ジョシュアの手元のチョコレートケーキを一口でぱくり。


 ジョシュアは予感が的中したのか肩をすくめて苦笑した。



「何よ。文句あるのかしら? 誰が悪いの?」



『……私です。ぐすっ』



 呑欲の魔導書がしおしおと泣き崩れ、テーブルの周囲に笑いが広がる。


 そのとき、ジョシュアの背後の書棚の陰から、ひょっこり別の表紙が顔を出した。ゲラゲラと笑うのは撃墜の魔導書だ。



『食い意地張るからそうなるんだよ。

 ちょっと前に“星降る瓦礫のフルコース”がどうとか、たらふく食べたって自慢してただろ?』



 呑欲の魔導書は「ぐぬぬ」と表紙を歪ませ、追いかけるように宙を飛びだす。

撃墜の魔導書は楽しげに逃げ回り、ふたりの魔導書の追いかけっこがカフェの空中でぐるぐると始まった。


 その滑稽な光景に、テーブルの三人は自然と笑いをこぼした。


 眺めていたジョシュアに向かって正面。金部理人が椅子にだらりと寄りかかったまま、我慢ができなくなって食い気味にしゃべりだす。



「聞いてくれよ、我が親友、ジョシュアくん」



 突然の疲れ切った声に、どうしたんだと注目が集まる。

改めて金部を見ると、今日も服はいつも以上にヨレヨレで、ズボンには砂埃がつきまとっていた。店内の照明が差すたび、彼のくたびれたシルエットが余計に哀愁を帯びて見えたのは錯覚だろうか。


 メモリウスはそんな金部の姿をちらりと見て、静かな笑顔のままカップを置く。視線は金部のズボンの埃に向いていた。おそらくは、あとでソファを掃除しないとでも思ってるのだろう。

心の声が聞こえてきそうな目の光。嫌な上司の視線である。



「いつにも増してくたびれてるな。お前はこんな騒動の中、どこにいたんだ」



 ジョシュアが困ったように眉を寄せ。その問いに、金部は待ってましたとばかりに、大げさに両手を広げて歓迎した。

身振りに合わせて、ヨレた袖口が情けなくヒラヒラ揺れる。



「やめなさいよ、埃っぽい」



「セラの嬢ちゃんは冷たいねぇ、あ、嘘です。ごめ、ごふぉおっ!!すみません。

 うう……聞いて驚けよ。俺さぁ、俺ってばさぁ、拘置所で軟禁されてたんだぜ。ヤコートン隊長に捕まってよ!」



 メモリウスの目がわずかに丸くなり、セラはケーキを口に運びながら半眼になった。



「……また何かやらかしたのか?」



 セラの隣でジョシュアが呆れた声を上げるも、口元は悪戯っ子のようにニヤリと笑顔。



「いやいや、ちがうんだって!

 今回も俺は被害者! ただ見守ってただけなんだよ!」



 金部は胸に手を当て、必死に訴えるように続けた。



「ほら、いたじゃん。ミカサの嬢ちゃんとケンカしてた三人組」



 たしか、今回の騒動のきっかけとなったミカサと揉めていた学生たちだ。

 布木ふきこぼれ、霧吹きりふきカケル、泡立あわたちのぼる。シルバーエッジ級の冒険者であり、ミカサの学友達。

 



「あいつらが『闇ギルドに決着つけてくる!』なんて鼻息荒くしてよ。

 理由を聞いたら、闇ギルドに弱みを握られてるんだとよ。

 お兄さんは心配になって、影から見守ってやってたわけ!」



 ゆるくパーマのかかった金髪が、困ったもんだぜと言わんばかりに揺れ、コバルトブルーのサングラスがキラリと反射した。



「気づかれないように後ろから尾行してたその時だ。

 柱の陰に隠れて事態を見守る俺。

 そしたらよ……背後から肩をポン、ときた。

 振り向いたら、あの怪しいおっさんの顔!

 ――出た、ヤコートン!

 びっくりして思わず殴っちまったんだよ!!」



 金部は額をペチンと叩き、たはー!とため息混じりに天井を仰いだ。


 なんとなく、ジョシュアは次の瞬間には金部の両腕に手錠が掛けられるのを想像した。



「そしたら、あれよあれよという間にガチャリと手錠。

 俺がどれほど潔白を訴えても、聞きゃしねぇの!

 ちょっと強く殴りすぎたからって、この清廉で善良な金部さんのどこが怪しいんだよって話だ」



 鼻息荒く憤慨する金部。だが、返ってくるのは容赦ないコメントばかりだったのは仕方ない。



「黒服に謎の黒い棒を所持。怪しさ満載でしょう」



 メモリウスが優雅に紅茶を啜り、残念な視線を向ける。



「基本的に笑顔が胡散臭いんだよな。髭も不潔だ」



 ジョシュアが苦笑い。うぉおい酷くねぇ?!というツッコミは華麗に聞き流した。



「あとサングラス。存在。空気感。」



 セラが金部の分のケーキまでさりげなく奪って口に運ぶ。



「ぜんぶじゃん!!」



 金部がテーブルに突っ伏すと、周囲から控えめに「静かにお願いします」と注意の声が飛んできた。


 金部は悔し紛れに、図書館員二人と上級司書に視線を向け、ニヤリと笑う。悪いことを思いついた顔だ。



「ったくよぉ……俺をだらしないって言うのはどうなんだよ。

 ここに、おサボさりしてる図書館員が三人もいますよー!」



 少しだけ響く声で楽しげにボヤいた直後、セラが無言で金部をはたき、椅子の脚が折れて彼は派手な音とともに床へ転がり落ちた。



「……静かにしてください」



 メモリウスがそっと追加で注意する。椅子と、セラと、金部にだ。



「「「……すみません」」」



ジョシュアまで巻き込まられたように、三人が一斉にしゅんと頭を垂れた。そこへ。



「情けない声ですね……」



 ふいに、二階から降り注ぐように、元気な声が響いた。



次回――久々にあのキャラが登場です。

スピンオフに少し絡む 舞台裏お楽しみに!

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