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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

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43 夢を見た。過去を超えるために。

自分の知らない、かつての相棒の記憶。

自分の知らない、虐殺劇。

真相を知ったグラヴェルは、心臓を殴られたように硬直し、

喝采の禁書から放たれる嗤い声と拍手の奔流に飲み込まれた―――。



 ―――夢を見た。懐かしい夢だ。



 仲間とともに、かつて伝説を築いた。

優しく頬を撫でる風に乗せて……すぐそこで、誰かが歌っている。



 『在りし日は 瓦礫の下に


  遠い日は 燃え盛る』



 その旋律は、戦場の焦げた風の匂いまで連れてくる。



 ―――在りし日はもう、聞き飽きたって言ってだぞ。



 仲間の一人が笑って歌詞をなじる。

 だがそこに侮蔑の感情はなく、待ってましたと言わんばかりの懐かしい温かさ。



 『少年は 死の谷を歩き続けた


  復讐に 身を焦がし 幾夜が過ぎた』



 空気を取り込みたくて、肺が悲鳴を挙げる。

そうだ、ここは死地だった。

ぼんやりと視界がひらけ、空から灰とともに降りてくるのは。 



 『鼻頭に 散り着く雪華を眺め 身を起こし


  睥睨するは 骸と化した賛美の悪魔』



 思い出す。これは、俺たちが偉業を成し遂げた、勝利のときだ。



 『苦悶の異様に突き立つは 焦がしきらめく炎の快剣


  瞬く間に 炭の骸は 灰に塵に


  瞬く間に 灰の骸は 風へ 空へ』



 今は亡き盟友の歌声に、下手クソだと、力ない声でやじが飛ぶ。

 満身創痍で大の字でへばる強面を見て、ニヤリと笑いたくなった。

悪態をつきながら気持ちよく笑う元戦友――毒島直弥ぶすじまなおやの姿。

やかましいと、楽器にたれ、痛がっているのはお笑い草だ。


 胸の奥が熱くなった。

感情がこみ上げて、空を見上げて息を大きく吸い込んだ。


 焼け野原には似つかわしくない雪がハラハラと舞っていた。


 疲労と痛みをかき分け、視線を落とす。そこには、こと尽きた賛美の悪魔の巨大な半身。

下賜された宝剣を突き立て討伐したのだ。



 ――――フッ



 鼻頭に雪華を受け目を覚ます。現実が静かに流れ込む。


 薄っすらまぶたを持ち上げると、炎に包まれた緩衝地帯の岩山の中、自分の周りだけ雪原が広がっていた。



「……………………。…………っへ」



 グラヴェルは微笑した。


 周りに目を向けると喝采の禁書の姿がない。思い切り吹き飛ばされたのだ。見失っているのかもしれない。

耳の奥で残る旋律が、痛ましい現実を覚醒させる。


 吟遊詩人のうたは綺麗事だ。

実際の戦場は泥臭く、禍つ森の勇者の物語は、まだ終わっていない。



「……実際にはな、あの時、数百人が死んだ。

 泥と涙と、蹂躙と惨状で、ぐちゃぐちゃになった中で、あいつらと、ようやく勝利をつかんだ」



 誰に聞かせるでもなく、自然と言葉がこぼれ落ちた。



 「だが、賛美の悪魔が死んだあとも、魔導書がまだ残ってやがったとは」



 ――あのうたを嘘だとは言わせねぇ。

  だから、ここは。ようやく追いついたと言ってやる。

  滅ぼし損ねた、喝采の禁書。



「お前の賛美に酔った馬鹿は、あの日、俺が灰にしてやった」



 血が沸き立ち、瞳に力が宿る。



 ――そろそろか?



 自身の負った代償と、喝采の禁書が貪った贄の大きさを測り始める。勝算を見極めろ。奴を葬るコツは、称賛に抗うことだ。


 散りつく雪の欠片に、情けない姿は見せられない。

グラヴェルの眼光にもはや迷いはなく、仁王立ちにして、炎剣をおごそかかに構えた。



「今日、お前を、塵にしてやる」



 高熱に濡れた刃が激しく炎を纏う――刹那。

殺気だけを残し、影が弾け飛ぶ。爆発的な初速から繰り出された一撃が、喝采の禁書のいる方角もろとも、辺り一面を微塵に消し飛ばした!


 グラヴェルの姿を見失っていた喝采の禁書が、あらぬ方向からの破壊を受け、おぞましい悲鳴を打ち上げる。


 取り繕うような美声はもはや無くし、夜気をさらう煙の向こうを振り返り固まる。不屈に立ち上がる灰色の剣鬼。賛辞並ばぬ恐ろしい姿にブルリと震えた。


 ここは死地。緩衝地帯が、悲鳴を上げて落ち込んだ。



次回――極限の死地から脱出できたのか、ジョシュア達はどうなったのか

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