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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

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12 立場逆転——禍眠の魔導書と、少女たちの因縁再び


朝露に濡れた草を踏みしめるたび、靴底にひやりとした冷気が染みこんでくる。


二つの背が木々の間を慎重に進んでいた。

折れた枝や獣の匂いに目と鼻を配り、地面に潜む罠の気配を確かめながら。


水魔法を発現してから数日。ミカサは再びジョシュアと森に足を踏み入れていた。

特訓のおかげで魔法の発動も日増しに滑らかになり、自分が魔法使いとして成長する実感が芽生え始めていた。


森は妙に静かで、靴音と風のざわめきだけが耳に残る。沈黙が長く続き、居心地の悪さに耐えきれず、ミカサは口を開いた。



「先日は一角ウサギが暴れて木々がなぎ倒されたし、数日前は巨大な赤牛が草原を掘り返したはずなのに……どうして元通りなんでしょうか?」



ジョシュアは歩調をゆるめ、隣で微笑んだ。



「精霊や小人族の仕業さ。彼らは夜ごと森を巡り、折れた枝を繋ぎ合わせ、土の傷を撫でて癒やす。森は彼らの家だから――決して荒れたままにはしないんだ」



なるほど――。そんな存在までいるのか。ミカサは改めて異世界を実感し、隣を歩くジョシュアを見上げる。

木漏れ日に映る横顔は、凛とした落ち着きを帯び、どこか優しい光を放っている。

思わず「……イケメン」と小さく呟きそうになるが、慌てて目線を落とした。


我に返るように、ジョシュアの仕事について思いを巡らせる。

幻想図書館の外勤員――最初はどんな仕事かピンとこなかったが、ここ数日の観察で、外で魔導書を発掘し、図書館に運び入れるのが仕事だとわかってきた。



骨董市場では泥まみれの古書を手に取り、「これ、魔導書だな」と見つける。

雑誌や新聞を縛ったゴミ置き場では、すすり泣く声を頼りに近づき、「これ、魔導書だな」と判別する。



――実は、行き当たりばったりなのでは……。



今日は森林の中、少し開けた場所だ。そのへんの岩をどけて「これ、魔導書だな」と見つけるんじゃないかと予想した。

鳥のさえずり、草木が風にそよぐ音……そして、どこからか聞こえる動物の寝息のような音。


ふと耳を澄ましていると、ジョシュアは無表情のまま、木の上を指さした。



「あれ、魔導書だな」



木の上では、白いフリルをつけた魔導書がいびきをかいて寝ていた。


ミカサはめちゃくちゃ呆れた。

呆れついでに、気持ちよそうに寝息をかく魔導書の上に、水球を作り出し、ドプンと飲み込んでみた。



「ボガッブァ?!」



一応、書物なんだけどね?と、ちょっと引き気味なジョシュアに向かって、ミカサは笑顔を返す。

そして水球を急回転させてみると、どこから息をしているのかわからないが、魔導書からブクブクと気泡が湧き出す。

水流に沿ってぐるぐる回転する魔導書――表紙を開き、何とか抜け出したようだ。



「苦しぃっちゅうねんっ、おのれらは拷問官ですかぁ?!」



ミカサは笑顔のまま気にせず、水球を二つ、三つと増やしていく。

フリルを激しく揺らし、魔導書は「うそですやんっ」と動揺した。

その間にジョシュアは懐から翼十字の装飾品のような魔導具を取り出し、魔導書に向けて何やら確認する仕草。どうやら、何かを探り当てた様子だ。



「なるほど。惰眠の魔導書だな?」



禍眠かみんの魔導書だよ!俺は厄災を眠らせ鎮めるの。ご利益すげぇんだからな!」



「何も鎮めてないなら、惰眠じゃないですか」



「グハッ!……何この子、おとなしそうに見えて、ツッコミめっちゃ鋭利なんですけどっ」



魔導書が軽快に言葉を返してくるが、ミカサは手早く魔導書を掴んで持参した鞄に固定。



「あえ?ちょ、ーー待ちな(はれぇぇ)」



ガチャン。鞄を閉じてスッキリした様子のミカサ。

ジョシュアは苦笑いしつつ、「お疲れさま」と労をねぎらった。


背後の茂みから動きがあったのは、その時だった。





石の礫が近くの木々を鋭く打ちつける!


音に気を取られたその隙をつくように、正面と左右から、低い姿勢で複数の影が接近してきた。


正面から迫る影が、低い姿勢のまま長柄の武器を横合いに振り抜く――魔導書を縛った鞄ごと、ジョシュアを豪快に吹き飛ばした。


大きく後退するジョシュアの足が着く前に、二つ目の影が素早く詠唱を放つ。



「風よ巻き付け――ワインド・バイっ!?」



詠唱が終わる前、ジョシュアから放り出された四角い模型が光を放ち、瞬時に巨大化。迫る風の蔦を妨害する。


ドズンッと地を揺らして落下した四角い建造物が視界を遮り、それを踏み越えて、三つ目の影が宙に躍り出た。


逆光を利用した計画的な行動。何者かは判別できない。突き出された両手には、すでに詠唱を終えた魔法が込められていた。


間髪を入れず、無数の炎の弾丸がジョシュアめがけて降り注ぐ。


ジョシュアは余裕の表情で火炎の群れを振り払い――しかし、短い悲鳴。


視線だけをそらして確認すると、ミカサが後生大事に背負っていた背嚢が、長柄の武器に巻き取られ奪われていた。



「獲った!」



小さな影が成功の歓喜をあげ、すかさず後退する。

風魔法を唱えた影が追随し、慌てたミカサの反撃を妨げた。


そして、ジョシュアの介入を防ぐかのように火炎弾を放つ影が、後退した二つの影を守るように正面に立つ。


ようやく姿を確認できたその正体は、先日の市場区で、ミカサから水色の魔導書を奪おうとし、警邏隊に引き渡した学生風の冒険者たちだった。


火炎弾と風魔法の余波で舞い散った葉や土埃が、風に流されゆっくりと落ち着いていく。


ミカサは息を整えながら立ち上がり、肩にかけていた背嚢を確認しようとするが、手は空振りする。



「水色の魔導書はもらったわ」



後ろに立つ一人、ウェーブのかかった黒髪を揺らしながら、強気な表情の少女が背嚢から魔導書を取り出す。確信に満ちた笑みを浮かべている。


ミカサは顔をしかめながら黒髪の少女を見据えた。



布木ふきさん……それを返してくれないかしら」



少女は肩をすくめ、微かに嘲るような笑みを浮かべる。すると別の声が割り込んだ。



「ごめんね、ミカサちゃん。今回は俺たちも必死なんだ。失敗したらどうなるか……頼む」



火炎弾を撃ち込んだ長身の少年は膝に手をつき、荒い息を整えながらこちらを見上げる。火で焦げた装具と、奪いとった魔導書の様子を目にし、申し訳なさそうに視線を落とした。



「……いったい、何があったのよ」



魔導書を抱きしめていた絶望の少女の面影はもうない。

魔法を身に着け、少しずつ強さを手に入れたミカサは、

先日の様子から変わってしまった三人の表情に衝撃を受け、言葉をためらった。

判断に迷ったのか、ミカサはジョシュアと三人の顔を交互に見つめ、何かを口にしようとするが、言葉は出なかった。


ジョシュアは冷静にその様子を見守る。しかし彼の視線は、黒髪の少女が嬉々として持ち上げる魔導書に向けられていた。


風魔法を操る霧吹(きりふき)と名乗る少年は、ミカサから布木さんと呼ばれた黒髪の少女をたしなめつつ、ジョシュアを説得したほうが早いと判断したのか、自分たちの顛末をかいつまんで話し始めた。しかし、話の途中で突然、悲鳴が響いた。


黒髪の少女が、水色の魔導書を抱えうずくまる。

水色の魔導書からはどす黒い煙が立ち上り、少女の顔には苦痛の色が浮かんでいた。



「不木さんっ、大丈夫?!」



霧吹少年が急いで駆け寄り、様子をうかがう。次の瞬間、魔導書がはじかれるように宙に舞い上がり、猛烈な勢いでミカサに飛び込んだ。


直撃したミカサは苦悶の声を上げ、状況はさらに悪化する。どす黒い煙が次々とミカサに突き刺さり、体内で何かが暴れまわるようにがくがくと体を揺らす。言葉にならない叫びが地面に叩きつけられた。


鋭利な形状に変化した黒煙は止まらず、周囲へ無差別に襲いかかる。ひらりと避けるジョシュア——先ほどまで立っていた場所には、亀裂と墨のような跡が生じていた。


学生たちは回避できず、体のあちこちに墨を塗られたような裂傷を負い、倒れ込む。

その直後、手をたたくような、拍手のような異音が周囲に響き渡った。


これ以上、様子を見るのは危険と判断したジョシュアは、一瞬でミカサに接近する。

水色の魔導書を取り上げると、力いっぱい地面に叩きつけた。


暴れ狂う黒煙が瞬時に凝縮し、牙をむいてジョシュアに襲いかかる――語るを禁ず――ジョシュアのつぶやきに、黒煙がびくりと跳ねる――記述を禁ず――黒煙が魔導書から切り取られたかのように宙に舞った。



「――沈黙しろ」



そして、空気に溶ける様に黒煙が霧散した。

水色の魔導書が力を無くしたかのように、地面に落下。

土煙とともにパラパラとページが風にめくれるが、何も起きない。


静けさを取り戻した草木の揺れる音に交じり、小さな嗚咽が混じった。



「・・・大丈夫か?」



気遣うように、ゆっくりと揺れる小さな肩に近寄る。

自分の弱さに涙がにじむミカサ。少しは自信を取り戻した――そう思った矢先だった。

魔導書に飲まれるとは、このことか。

手元に落ちた水色の魔導書が、急に怖くなった。


一朝一夕で強くなれるものではない、とジョシュアは静かに諭し、慰める。

どうやらミカサから離れようとしない水色の魔導書に、彼の頭は少し悩ましい様子だ。


その時、背後から軽い落下音がした。

二人の視線が、自然と音の方へと吸い寄せられる。

そこにあったのは、群青色の魔導書。


ジョシュアはそっと手に取り、表紙をめくった。

中身は、まっさらな白紙だった。



――空から群青の魔導書が、ミカサのもとへと降りてきた。



ジョシュアは、予期せぬ出来事の連続にどう対処するか、考えをめぐらせる。

一方、ミカサの胸には、魔導書が増えたことへの驚きと、目の前で次々に起こる出来事に、自分が何か大きな事件に巻き込まれたのではないか、小さな不安がちらついた。


風のざわめきと、残る戦闘の余韻に混じって、空気が少しずつ落ち着きを取り戻していく。


ミカサは嗚咽を飲み込み、手元の水色の魔導書と、新たに降ってきた群青の魔導書を見比べた。

二冊の魔導書の重みが、これから訪れる不安のぶんだけ胸にずっしりと響いた。


●禍眠の魔導書が登場する異世界スローライフ系ざまぁ

短編はこちら→

https://book1.adouzi.eu.org/n1261la/


●第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!

閲覧いただけますと幸いです!

→ Pixivリンク

 https://www.pixiv.net/artworks/134540048

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