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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

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11 閑話 異世界に来たからといって調子に乗ると後がなくなる


異世界に転移してからの数週間。空には二つの太陽が浮かび、魔力至上主義の学園の塔に淡い影を落としていた。

ここでは、力こそがすべてを決める――その空気は入学初日から肌に突き刺さった。


布木こぼれ(ふき こぼれ)は、初めて魔力の流れを指先に感じた瞬間、胸の奥がじんわり熱くなるのを覚えた。

手をかざすと、目に見えない淡い力が自然に指先に集まり、先ほど教師から手ほどきを受けた詠唱を口にする。



「水の寄る辺の形となせ、――アクア・ヴォルテ」

周囲の同級生が驚きの声をあげる。



「……あれ、布木じゃん。すっげぇ」



よくつるむ同級生の泡立のぼる(あわたち のぼる)が大きな声で叫ぶ。水の小渦が彼女の手のひらから弾け、天井近くまで舞い上がった。


わずかに歓声が上がる。後ろからささやく声に、布木は微かに口元を吊り上げた。

視線を巡らせると、教室の端から、そっとこちらを見つめるミカサと目が合った。


胸の奥に、ついこの間までの記憶がざわつく――


私の幼馴染。学級委員長としてクラスをまとめ、成績も人柄もすべてが自分より少し先を行く存在だったミカサ。

羨望と嫉妬が混じり、追いかけるしかないような、複雑な気持ちだった。

しかし、今や彼女は魔法を発現できず、落ちこぼれとして教室の端に立っている。



「見た? 私の魔法、キレッキレでしょ!」



布木は視線をそらし、泡立に向き直ると、ちょうど彼も魔法を詠唱したところだった。



「炎よ!震え懇願しろ、――フレイム・デインっっ」



泡立が突き上げた拳から、大きな火柱が立ち上がり、瞬く間に天井を焦がす。

彼の親友である、霧吹カケル(きりふき かける)が慌てて呪文を唱え、布木と共に消火活動をした。



「さすが、お水トリオね」



クラスから称賛の声が上がる。三人は自然に連携し、笑顔を浮かべながら互いに呼応する。

クラスごと異世界転移する前から、最強の三人組だった。


満足感を覚えた布木は、ついミカサに向かって自慢めいた言葉を口にしてしまう。



「……委員長ったら、緊急事態に俯いてばっかりね。まだ魔法で水も出せないの?」



口を開いた瞬間、布木は自分の言葉にハッとした。皮肉の響きが混じってしまったが、そんなつもりはなかった。優越感が、つい口から出てしまったのだ。


こうして、お水トリオとして増長の嵐の中に身を置く日々が始まった。

しかしその一方で、教室の隅ではミカサが魔法を発現できず、学園内では事実上の落ちこぼれとして目立たぬ存在になっていった。

布木は、どうしようもなく胸の奥がチクチクと痛むのを感じた。


学園での布木こぼれの才能は、入学から数か月のうちに際立っていた。

課題の発表や模擬戦闘、魔力制御のテスト――どの場面でも、布木は周囲の予想を軽々と超えてみせる。



「布木さん、すごい……一瞬であの魔力の流れを制御するなんて!」



クラスのどこからか、羨望の声がひそひそと飛び交う。

布木は軽く微笑み、胸の奥でくすぐったい誇らしさを噛みしめた。


隣にいる泡立のぼるは、相変わらずの派手さで火の魔法を放ち、周囲の目を引きつける。



「新しい技を開発中なんだ。詠唱部分をアレンジすると、たまに魔法が変わるんだよ。

 ほら、見てろよ! 炎のうねりを焦がせ、――バーン・レッジ!」



手を振り回すたびに、火炎がうねりを成して広がり、クラスメイトが歓声と悲鳴を交互にあげる。



「泡立、ちょっと待て。焦るな、周りが危ない」



霧吹カケルが眉をひそめつつも、布木の横で冷静を装い、バタついた仕草で風を操り、炎の拡散を抑えた。



「すまん、カケル!」



泡立が片手で謝罪し、冷たい視線を感じて布木を見ると、思わず背筋を伸ばす。

布木は自然とお水トリオの中心に立ち、二人を半ば従えるリーダーのような印象を周囲に与えた。



やがて、布木の耳に、大都市ノアにミカサが移ったという噂が届いた。



「……ミカサが、交易都市ノアに?」



思わず小さく息を漏らす。幼馴染の身が少し心配で胸がざわついた。

何か、理由を付けて追いかけるか、それとも、ミカサとはここでお別れなのか。


志向を巡らす布木の隣で、泡立は少し首を傾げるように小声でつぶやいた。



「……そういや、なんで学園に残れなかったんだろうな?」



霧吹も眉をひそめ、布木をちらりと見ながら静かに言う。



「実力が足りなかったのか……ミカサちゃん本人の事情もあったのかもしれない」



三人は互いの表情を交わすだけで、言葉以上の意思を理解した。

布木は微かに唇を締め、心の中でそっと決める。



――確かめに行こう。たしか、期末試験には、フィールドワークがあったはずだ。



旅の支度を整え、三人は交易都市ノアへと足を踏み入れた。

街に到着すると、冒険者ギルドの活気が目に入り、布木の胸は高鳴る。

冒険者登録を済ませ、銅製のタグを肩掛けカバンに括りつけると、三人は力を示すべく、次々とクエストを達成していった。


結果はすぐに目に見えた。日に複数の依頼をこなし、先輩や同僚を追い抜き、あっという間にシルバーエッジへ昇格。

増長の気持ちは否応なく膨らみ、胸いっぱいの誇らしさが広がる。


しかし、その一方で――ミカサはまだブロンズメイトであることを、布木は風の噂で知った。



「ふん、まだまだ私たちのほうが上ね……」



心の中でそうつぶやきながらも、ミカサと再会できない焦燥と苛立ちが、日々の胸の奥でじわじわと積もっていった。


冒険者稼業にも慣れてきたある日、街の賑わいに心を弾ませた三人は、昇格祝いの小さな宴を開いた。


市街区の少し外れにある、落ち着いた雰囲気の酒場だ。

ギルドの喧騒とは違い、笑い声と食器のぶつかる音が柔らかく響く中、三人は小さな卓に腰を落ち着けた。


泡立は豪快に笑いながらグラスを掲げ、布木も霧吹もその笑いに合わせて陽気な声を上げる。


異世界の不思議な飲み物に気分がほぐれたころ、泡立が近くの酔客に絡まれた。

泡立はやんわりと断り、布木も霧吹もつい相槌を打つ。最初は軽い口論程度だったのだが、

やがて相手の手が出てしまい、抑えようとした霧吹に肘が突き刺さる。あっという間に場は騒然となり、机の上のグラスや皿が床に散乱した。

布木も霧吹も、無邪気な興奮に身を任せてしまった。


その時、酒場の扉が静かに開いた。

三人が顔を上げると、護衛を従えた赤髪の男が立っていた。


後ろで結ばれた髪、端正な顔立ち、そして冷徹な瞳。

二人の屈強な護衛が騒ぎを起こした客を力ずくで連れ出す。


壁の奥から、何かを殴りつける音が響いた。

空気が一瞬にして凍りつき、三人の心臓が同時に跳ね上がった。


布木は思わず息を飲む。浮かれた気持ちが、瞬く間に委縮へと変わる。

泡立は顔色を変え、霧吹も冷静さを装いながらも肩が小刻みに震えた。


異世界に来て魔法を覚え、隠しているがチート能力もある。

シルバーエッジに昇格した自分たちなら、多少の揉め事も笑って切り抜けられる――そう信じていた。

だが、赤髪の男の存在はその確信を根底から崩す。

放たれる威圧感に、三人は文字通り腰を抜かしそうになった。



「……ここまで派手にやらかすとは、なかなかやるじゃないか。」



赤髪の低い声が響くだけで、酒場の客は蜘蛛の子を散らすように姿を消した。

誰もがこの男を知っている。触れてはならない相手だと理解している。

それを知らなかったのは、三人だけだった。ただ視線を床に落とすしかなかった。



「未成年がこんなところにいていいのか、おい。布木こぼれ――」



ビクリと肩が跳ねる。怖くて相手の顔を見ることができない。



「――泡立のぼる、霧吹カケル」



両隣の二人も、愕然と目を上げる。



「数日前にシルバーエッジに昇格したようだな。おりこうじゃないか。早速、ノアの町に金をたんまり落としてくれるんだろう?」



泡立と霧吹は嫌な予感がして、必死に取り繕うと口を開きかける。

赤髪の男は、無表情のまま、2人の声を遮った。



「昇格祝いだ。ここの弁償代、スタッフへの慰謝料、近隣への安寧保証料、

 警邏隊へのトラブル回避料、そして俺たちへの便宜継続料。全て立て替えておいてやろう」



霧吹が悲鳴を上げるように口を開き、なんとか自分たちに払わせてもらえないかと交渉するが、

次の言葉で、沈黙させられた。



「闇ギルドが面倒を見ている店で騒いで、何もなかったじゃ、すまないんだよ」



握られた弱みが、布木たちの胸に冷たい現実として突き刺さった。


慢心と誇りが冷え固まるようだ。いつもなら意気揚々と振る舞える自分が、

今はただ恐怖に委縮していることを認めざるを得なかった。

三人は、互いに目を合わせ、これまでの自分たちの軽率さを噛みしめながら、静かに沈黙した。


こうして、三人の日常には、闇ギルドの監視のもとで働くという現実が静かに組み込まれた。

赤髪の男からの指示は、買い出しや情報収集など多岐にわたり、背後には常に緊張が付きまとった。


ある日の昼下がり、赤髪の男が現れ、いつも通りの冷静な足取りで三人の前に立った。無言の圧力を放ちながら、ゆっくりと口を開く。



「空から降ってきた水色の魔導書を、女子高生風の冒険者が手にしたらしい。奪え。」



短い言葉だったが、その背後に直視してはいけない重みを感じた。息を飲む三人。

布木の胸はざわめき、混ざり合う感情が一気に押し寄せる。

調査を進めた結果、手に入れた魔導書の持ち主が、間違いなくミカサであることが判明した。

瞬間、布木の目に熱が灯る。思わず小さく息を漏らす。



……闇ギルドが目を付ける危ない書物だなんて、ミカサ……あんた、何してんのよ!!



怒りと未練、そして焦りが入り混じり、布木の表情に色濃く表れた。泡立と霧吹も息を呑み、三人は作戦を練り、市場区で奪取を狙うことにした。


市場区に到着し、人々の喧騒の中で三人はミカサの足取りを追う。

徐々に距離を詰め、背後から接近する。

魔法で少し脅せばすぐに差し出すはずだ。

布木の胸は高鳴り、緊張と焦りで手が少し震えた。

しかし、追い詰めたその時、幻想図書館の外勤員が現れ、巧みな介入によって奪取は叶わなかった。

三人は片足を負傷し、計画は失敗に終わる。赤髪の男からの叱責は容赦なく、ついには闇ギルドの個室に連行された。


直感が告げる。絶対に逆らってはいけない——個室の奥に鎮座する毒島から、低く冷たい声で直接告げられた。



「奪え。失敗は許さん」



その言葉が、三人の耳に深く刻まれる。

私達には後がないかもしれない・・・・・・布木はその現実を痛感した。


治療院での処置を終え、足の負傷を完治した帰り道、

街角の酒場で耳にした噂は、布木の心をさらに揺さぶった。


ミカサはこの間の逃走の後、魔法を開花させ、修行に励み、着実に成長を遂げているというのだ。


心は驚きと嫉妬、焦り、そして自分たちの失敗、今の身分の落差に押し潰されそうになり、自然と拳に力がこもる。思わず足を止め、頭の中で何度も「どうして、あの子は……」と呟く。


布木は計画を練り直し、ミカサが修行している場を襲撃して魔導書を奪取することを決めた。

木々の間を抜け、足音を押さえつつ、胸の奥で幼馴染への複雑な想いがざわめく。

失敗できないという恐怖と、冷静な計算が交錯し、緊張感が体中に張り詰めていた。


視界の先には、静かに揺れる葉影。風にざわめく草の音さえ、布木には大きな脅威のように思えた。心臓の鼓動が耳にまで響く。目を閉じれば、あの時の市場区での失敗の光景がフラッシュバックする。


――しかし、後戻りはできない。


息を整え、布木はそっと目を開く。薄暗い森の奥で、ミカサが魔法を振るうその姿を思い浮かべるだけで、胸が熱くなる。手のひらに力を込め、布木は一歩を踏み出す。


木漏れ日の間に漂う静けさ。遠くで小鳥の声が響く。世界は静かに息をひそめ、これから訪れる激しい瞬間を待っているかのようだった。


第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!

閲覧いただけますと幸いです!

→ Pixivリンク

 https://www.pixiv.net/artworks/134540048

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