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閑話8 運営さんは苦心する

 静かな室内に、カタカタとキーボードを叩く音だけが響く。

 窓のない事務所の中は、空調が効いていて季節を感じるものは一切ない。

 それでも一日の、朝、昼、夜の区分けだけは存在する。主に、出社する時間と、昼食の時間と、夜勤の一人だけが残っている時間だ。


「班長~」


 聞こえてきた部下の声に、面倒だと思う気持ちが隠せない。未解決のトラブルにユーザーの圧力が強くなっている。そんな時に追加のトラブルなんていらない。だが、部下の声はトラブルの追加を示している。

 面倒だが聞かないわけにもいかない。


「どうした」

「開発チームのやつら、おかしいっすよ」


 今更だろう、とは思いつつも聞いて見ると、開発チーム全員がログイン状態で、用事がまったく終わらなかったそうだ。


「またか」


 何度苦情を入れても、まったく改善されないのだ。

 それでいて向こうの班長は要求ばかりを重ねてくる。要求する前に自分の仕事をしろと言いたい。


「ずっとっすよ。ずっと」


 部下が言うには、朝一で行っても昼休み直前に行っても、そして今、昼休みが明けたばかりの時間に行っても全員がログインしていて用事がまったく終わらなかったそうだ。


「なんなんだそれは」


 朝一でも昼前でも昼明けでも? 開発チームが検証や調査でログインするのは分かるが、全員は止めてくれと何度も言っている。それなのに、全員で昼前でも昼明けでも?


「開発チームのやつら、昼休みを取ってないのか?」

「ぜったい取ってないっすね。ずっとログインしっぱなしっす」


 勘弁しろよと思う。

 確かに今は問題が多い。問題ばかりだと言っても良い。

 プレイヤーがゲーム内で不意に昏倒するという現象。これが一番危険な問題だ。一刻も早く解決しなければならない。そしてそれ以外にも、再び開発チームのメンバーがまた街の中で戦闘行為に及んだとか、NPCに話し掛けてクエストが進まないとか、数え上げればきりがない。


 ゲームの中だけでもそんな有り様なのに、昼休み返上なんて労基問題だ。

 問題を増やしてどうする。


「……総務と社長だな」


 既にゲーム内での昏倒については炎上と言っていい程に問題が大きくなっている。

 問い合わせも大量に来ているし、危険を避けたいユーザーのログイン率も大きく下がっている。これ以上他の問題を抱えていられない。

 どうせ労基問題になったら対応の中心は総務だ。監督署の対応も、超過勤務で体調を崩した社員への補償も。ならば今から丸投げしてもいいだろう。


 大急ぎでメールを打つ。

 ターンと勢いをつけて送信した後は、端末に手を伸ばす。

 メールを読むまでのタイムラグを減らすために、通話での念押しをするためだ。

 全部伝えた。もう俺は知らん。そっちでなんとかしてくれ。そんな言葉を今にも敗れそうなオブラートにくるんで伝える。


 受話器を置いて大きく溜息をつくと、つられたように部下も溜息をこぼした。


「今日はもう帰っていいっすか」

「ダメに決まってんだろうが」


 俺が帰りたいわ。


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