十九話 戦い終わって
一対多の模擬戦が終わった時、空き地道場では大拍手が巻き起こっていた。
拍手しているのは子供たちで、拍手が向かう先の大部分はギデアだ。
「すごい! さすが、先輩の先輩だよね!」
「あの人たちが偉大な先輩だって言ってたから、大先輩だ」
わいわいと感想を言い合う子供たちと比べて、五人がかりで負けた挑戦者たちの方は渋面に半笑いを混ぜたような顔つきになっている。
「強すぎだろ。こっちは五人で、しかも必殺の布陣だったってのに」
「最後の攻撃からして、それまで、ずーっと手加減されてたってことだしよぉ」
「なんだよ、あの剣撃は。気づいたときには、優しく喉を木剣で撫でられてたぞ」
「くそっ。【ホラ吹きのギデア】って仇名に騙された」
挑戦者たちが放った愚痴が、周囲の子供たちの耳に入った。
そして子供たちは、純粋な疑問からギデアに問いかける。
「ねえ、大先輩。大先輩は『ホラ吹き』って呼ばれているの?」
「本当なら、どうしてどうして?」
理由を問われて、ギデアはお決まりの返答をすることにした。
「俺は本当のことを言っているが、しかし聞いた人達が『嘘だ』と思ってしまうようだ。そこから『ホラ吹き』と呼ばれるようになった」
「本当のことって、どんなこと?」
「俺は単独行の挑戦者だ。そして三十層を越えて、三十一層に到達している」
ギデアの言葉を聞いて、子供たちは唖然とした表情になる。
「迷宮を単独行って、危険だからやっちゃダメって言われているよ。それなのに?」
「今まで、三十層までしか行けてないって聞いているよ。本当に?」
「俺は本当のことを言っている。だが俺が嘘を言っていると思うも思わないのも、お前たちの判断次第だ」
ギデアには、話を聞いた人に信じて欲しいという気持ちがない。
本当のことと思われても、嘘だと思われても、そのことがギデア自身に直接的な変化を与えるものではないからだ。
むしろ剣の腕前を鍛えるためには、本当の事だと思ってもらえるよう説得する時間の方が無駄と思っている節すらある。
言うなれば、自分は自分、他人は他人という意識が強いのだ。
そういう気質のギデアだからこそ、『ホラ吹き』と仇名されても、特に実害はないからと放置してきたわけだ。
ギデアにとって予想外だったのは、【ホラ吹きのギデア】という名前が、ボロボロの外套という特徴と合わせて、色々な方面で通っていることだった。
もっとも、通っていると知ったのは半引退した後で、現役の頃は全く認知していなかったので、剣の腕を上げることへの影響が全くなかったのも確かではあった。
ともあれ、空き地道場での模擬戦が終わった。
用事は済んだからとギデアが立ち去ろうとするが、戦った五人の挑戦者たちが待ったをかけた。
「変な言い掛かりをつけた詫びだ。食事をおごらせてくれ」
そう頼まれて、ギデアは拒否する理由がないからと受け入れることにした。
五人の挑戦者たちと向かった先は、貧民街にある料理屋。
外観も内装もボロボロではあるが、人が五十人ぐらい収まりそうな店内は掃除が行き届いていて、貧民街の中にあるにしては清潔感のある店だった。店の席は、昼時をやや越えたあたりだからか、半数ほどしか埋まっていない。
「貧民街の中じゃ、一番の店なんだぜ」
「出てくる食いもんも、量が多くて安全。ただし他の店よりも値は張るのが欠点だ」
「安くても、何の肉だか分からないもんを出す店は使いたくねえからな」
五人の挑戦者たちは、勝手知ったる馴染みの店とばかりに、空いている席に座る。ギデアも彼らの近くの空き椅子に座る。
「ギデアさん。注文はなににします?」
ギデアと一対一で戦った男が、そう問いかけてくる。
ギデアは黒板に書かれている品書きを見やり、視線を男の方へ戻した。
「驕ってくれるのだろう。なら、そちらの判断に委ねることにしよう」
「そういうことなら、任せてもらいましょう。おい、注文いいか!」
呼びかけに近寄ってきた店員に、五人の挑戦者たちは注文を告げていく。
ギデアはどんな料理を注文しているかには意識せず、その代わりに店員の姿形を見ていた。
この料理店の店員は、他の普通の場所なら女性が多いものだが、屈強な男性だ。それこそ挑戦者だと言って通じそうなほど、筋骨隆々としている。しかし挑戦者ではないことは、その手の平を見ればわかる。剣や槍などの武器を扱う者には必ずある、掌のタコがないからだ。
では無駄に筋肉だけ付けているだけかというと、それも違う。
手には、骨折した指を戻したと分かる痕があり、中手骨頭――手を握り込んだ際に盛り出てくる指の付け根部分は、普通の人より一回りは大きく盛り上がっている。
この手の形状は、人を殴り慣れた者に特有するものだ。
つまり、この店員は素手で相手を打倒することを得意としている、と見て取っていい。
ギデアは、剣術家の端くれとしての性質から、この店員とどう戦うべきかを考えてしまう。
剣を使うのなら負けることはない。空手同士で戦う場合は、筋力差を考えるのなら、殴り合いを避けて、投げや組み打ちで勝負する方が安全だろう。
ギデアの考えていることが、店員に伝わりでもしたのか、店員は注文を聞きながらギデアの動きに注意を払っている雰囲気になっている。もしギデアが殴りかかろうとしてきても、直ぐに対応できるような気の配り方だ。
もちろんギデアは、戦いを想定することはしても、実際に戦いたいわけではない。脳内で勝ち筋を作り終えたら、それだけで満足し、店員から興味を離した。
店員は注文を受けり終えると、安堵した表情でギデアたちから離れていった。
そんな店員の様子を見て、同卓する挑戦者の一人がギデアに耳打ちしてきた。
「なあ、ギデアさん。あの店員、なかなかヤリそうでしょう?」
『ヤリそう』が『強そう』という意味だと気づいてから、ギデアは素直に頷いた。
「そうだな。一対一かつ素手同士なら、お前たちは負けるんじゃないか?」
「そんなことねえ――と言いたいが、あの人と喧嘩する気はねえな」
「この店が安全なのは、あの店員のお陰なのが大きいからな」
店員に向けるにしては変な感想に、ギデアは興味を持った。
「安全に寄与しているということは、あの店員は用心棒なのか?」
「いや、普通に店員だよ。店のオヤジさんに、料理を教わりながら働いているって聞いてる」
「ただ、もの凄く強い。貧民街の料理屋だと、酔っ払いが暴れたり、チンピラが難癖付けに来たりするけど、そういった問題全てを、あの太い剛腕で跳ね除けるんだ」
「実際に目にすると驚くぜ。殴られて人が空中を滑空するんだ。しかも手加減が絶妙で、殴り飛ばされても大怪我したヤツが居ないって噂があるぐらいだぜ」
ギデアが、どこにでも達人というものはいるものなのだなと感心した。
すると当の店員が料理をもってやってきた。机の上に並べられた料理は、パンや煮込みなどの事前に作り置きができるもの。店員は「作るのに時間がかかる料理は後だ」と言い残して、去っていった。
五人の挑戦者たちが早速料理に手を付けるのを見てから、ギデアも料理を食べていく。
料理の味は、美味くはあるが、極上ではない感じ――普通の美味さと言い換えられる程度だ。
ギデアがそう味の評価を下していると、五人の挑戦者たちが手を伸ばし出す。何をしているのかと見ると、机の上に何種類かの調味料が置かれていて、それぞれが何らかの調味料を手に取り、煮込み料理に振りかけた。
「それぞれ違う調味料のようだが、なにをかけているんだ?」
「これは塩だな。塩気の強い方が好きなんでね」
「乾燥させた数種類の香草を砕いたヤツだ。匂いが一気に華やぐんだぜ」
「こっちは辛子だ。辛くすると、ぐっと味が引き締まる」
「この煮切り酢を入れると、さっぱりと食べられるのさ」
「それでこれは、塩と香草と辛子を混ぜ入れた総合調味料。この店を利用する客の大半は、これをかけているよ」
ギデアは、客の大半が使うという、総合調味料を煮込みにかけてみることにした。
試しに少しだけかけ、かけた部分だけを口に入れてみると、味の印象が変わった。
美味くはあるが凡庸に感じられた煮込みが、塩と辛子で味が引き締まり、少しあった臭みが香草の匂いが覆い隠される。
「なるほど。客が調味料を入れることを考えてのことか」
ある人物にとって満点の味が、全ての人にとって満点とはならないのが、料理の味というもの。
そこであえて凡庸な味の料理を出すことで、客が各自で好みの味を加えて満点の料理になるよう調節させる。
これはこれで上手な料理戦略と言える。
ギデアが『貧民街の料理屋であろうと侮れない』と評価していると、煮込みとパンを口にしていた挑戦者の一人が質問をしてきた。
「なあ、ギデアさん。どうして、不名誉な仇名をそのままにしてんだ? アンタほど戦いが上手けりゃ、実際に見せるだけで、別の仇名が直ぐに付けられるだろうによ」
どうしてと問われても、ギデアの答えは決まっている。
「訂正する必要があるのか? 俺は俺だ。誰からどんな名前で呼ばれようと、俺自身が変わるわけではない」
ギデアのきっぱりとした返答に、五人の挑戦者たちは半笑いになる。
「【ホラ吹きのギデア】なんて呼ばれて、気分悪くならねえの?」
「ならない。他者と間違えられて呼ばれるならいざ知らず、俺自身への呼ばれ方で腹を立てる意味がわからん」
「いやだってよ。悪い仇名を付けられると、他の挑戦者に侮られるだろ?」
「お前たちがしてきたようにか?」
「うぐっ。いや、まぁ、そんな感じだ」
ギデアは少し考えて、呼び方に関して自分の感じていることを言語化していく。
「侮られることが悪いことという意識がない。むしろ、こちらの実力を低く誤認してくれていた方が、戦いになったとき有利に働く。人は弱いと思っている相手には油断する。油断があれば、それを突くことができる。油断を突ければ、戦いに勝てる。単純な理屈だ」
逆にと、ギデアは言葉を継いだ。
「油断なく戦う相手は、仮に実力が劣る相手であっても難儀する。そのため、侮ることを知らない人物は、それだけで一種の強者足りえる。呼び名一つで、そういった相手の数を減らせるのならば、偉大な名声よりも侮られる仇名の方が有用ではないか?」
ギデアの持論に、挑戦者たちは納得できないようだった。
「人から侮られたら、ムカつくだろ。そんな気持ちにならないよう、悪い仇名は訂正するべきじゃねえか?」
「変なことを言ってくるだけの輩は無視すればいい。言葉など、所詮は音だ。気にしなければ、気にならない」
「悪い仇名を真に受けて、ちょっかいかけてくるヤツが出てくるだろ」
「実害ある行動を向けられたら、叩き潰せばいい。それだけの力が、俺にはある」
ギデアの強者の傲慢さと受け取られかねない言葉の連続に、疑問をぶつけていた挑戦者はお手上げになった。自分たちと違う理屈で生きているのだと理解したからだ。
「名誉や名声は、ギデアさんには価値がねえんだな」
「名誉や名声などは形がないものだ。形のないものの価値をどう証明する。そもそも、形のないものを自分のものだと証明できまい」
「いやいや。そんなことねえだろ。実際、すげえ挑戦者は、名誉と名声で、尊敬を集めてるだろ」
「その『すげえ挑戦者』の偽物が現れ、名誉と名声を騙って良い目を見る。こういった事例は、数多くあるが?」
名誉と名声に形がないからこそ、偽物が騙ることができる。そんな他者が勝手に借りることができてしまう物を、自分のものだと証明することが出来るのだろうか、そして価値が本当にあるのだろうか。いや、証明も価値もありはしない。
これが、ギデアの主張だ。
そう言われてしまうと、挑戦者たちの方にも迷いがでてくる。
その迷いを増長させるように、ギデアは言葉を続ける。
「迷宮挑戦者がやるべきことは、迷宮に挑み、魔物を倒すことだ。【魔晶石】と【顕落物】を集めて金に換えることもあるだろう。より強い魔物を求めて、先へ先へと進むこともあるだろう。しかしそれは、名誉や名声を求めてやっていることか? お前たちはどうして挑戦者になろうとした? その原点は何だ?」
ギデアの問いかけに、五人の挑戦者が理由を口にし始める。
「おれ達は貧民街の出だ。貧民街じゃ、腹いっぱい飯を食えている人なんて一握り。良い店で働いているヤツか、犯罪組織の一員か、さもなきゃ挑戦者かだ。まともに計算もできないおれなんかじゃ、犯罪者か挑戦者かだ。なら挑戦者になるしか、飯を食える道はなかった」
「オレは力自慢だった。行ける道は、荷運びか、挑戦者か。金持ちに顎で使われるのはゴメンだから、挑戦者になると決めた」
「金稼ぎのためさ。金がありゃ、なんだってできる。貧民街のガキが大金を手にするには、挑戦者で成功するしかなかったね」
「子供の時に見た、挑戦者の先輩がカッコよかったからかな。ああなりたいと思って、目指した」
これで理由を言っていないのは、ギデアと一対一をした男だけになった。
「別に挑戦者になりたかったわけじゃなかったかな。空き地の道場に通っていたのも、単純に他の人より強くなりたかったからだし。でも少し強くなったらなったで、さらに強くなりたいって欲が出てくる。さらに強く、もっと強くなりたいと思うのなら、迷宮に行くしかない。魔物と戦う経験は、一気に実力を引き上げてくれるし」
唯一ギデアを侮らなかった男は、実はギデアと似た気質だったようだ。ギデアもまた、剣技向上を目的として迷宮へ入った口なのだから。
ギデアは彼らの原点を聞いて、問いかける。
「いま語ってくれた理由が本当なら、名誉や名声などは付属物でしかないだろ。その付属物に、血眼になる必要がどこにある?」
「そう言われちまうと、不思議だな。腹いっぱい飯をくえりゃ満足だったはずなのにな」
「昔に見たカッコいい先輩たちは、手柄を自慢するような人たちじゃなかった。でも強かった。だから憧れた」
ギデアの意見に賛同するようになった者が出た一方で、否定的なままの者もいる。
「いや、オレは原点を思い出したからこそ、名誉が欲しい。この腕力が、どんなことを成してきたかの証明が欲しい」
「名誉と名声を持っている人物には金が集まりやすいから、是非とも欲しいね」
残る一人は、その両者とは毛色が違う意見だった。
「強くなった証としての名誉や名声はあってもいいけど、名誉と名声のために強くなる気はないかな」
自分自身は名誉や名声に価値は見出していないが、他の人が価値があるというのだから持っていても良い。とそんな感じの意見だった。




