十八話 模擬戦の続き
一対多の模擬戦は、まず五人の迷宮挑戦者たちの武器選びから始まった。
彼らの装備が整うまで、ギデアは手持ち無沙汰になるかと思いきや、好奇心が強い数人が近寄ってきて質問してきた。
「ねえ、ねえ、おっちゃん! 最後の斬り方、どうやったの!?」
「単純に、速く動いて、剣を振っただけだ。速く動く方法という意味なら、全力の走り込みを続けることと、体の動かし方を一から見直すことが重要だ」
「あのね、おじちゃん一人で、あの五人と戦うの? あの人たち、五人集まると、かなり強いんだよ。前に、ボクらが十人でかかったけど、返り討ちになっちゃったんだ」
「ふむっ。俺なら、この場にいるお前たちと一斉に戦っても、一撃も貰わずに勝てるな」
「えー! それは言い過ぎだよ! 絶対、一発ぐらいは当たるって!」
「俺は、俺が感じたままに言っている。嘘っぽいと、感想を持たれるが」
ギデアが暇つぶしに子供たちからの質疑に応答を繰り返していると、五人の挑戦者たちの準備が整ったようだった。
先ほどギデアが戦った男は、そのまま木剣を装備している。他の四人はというと、二人が大きな戸板――模擬用の大盾を装備し、一人が長い棒――模擬の槍を持ち、最後の一人は木剣と鍋蓋の盾という姿だ。
それらの装備を見て、ギデアは彼らの戦い方を看破した。
「二人の大盾持ちが防御を担い、その二人の間を通すように槍持ちが突く。他の二人は遊撃兼補助役といったところか」
ギデアの小さな呟きは、付近にいた子供たちの耳に入る。そして子供たちは、恐らくあの五人の戦い方を見たことがあるのだろう、ギデアの発言が当たっていることに驚きの目を向けている。
模擬戦の準備が整ったので、ギデアは手振りで子供たちを後ろに下がらせた。その後で、五人の挑戦者たちの前へと歩みを進ませる。
「さて。開始の合図はなくていいんだったな?」
ギデアが問いかける。その言葉が、五人の挑戦者たちに届いたことを見取って直ぐに、ギデアから攻撃を仕掛けた。
瞬く間に盾持ちの一人に接近すると、強く体当たりを行う。ギデアの体に着けた革鎧には、外套を来ているため外からは見えないが、肩当がついている。肩口を盾に押し付けるように体当たりしたとしても、体を痛める心配はしなくていい。
ギデアの体当たりを受けた、片方の盾持ち。彼は不意打ち気味に攻撃されたこともあり、仰け反るように後ろに後退する。
ギデアは、さらに攻撃しようと剣を振ろうとするが、それよりも槍持ちの救援が早かった。後退した盾持ちの体を掠めるような軌道で、ギデアへ突きを放ってきた。狙うは、ギデアの体の中心だ。
体の中心に来る突きは、他の場所を突かれるのに比べると、左右に払うのも避けるのも技術的に難しくなる。
ギデアの技量なら、もちろん槍を払いながら相手の懐へ踏み込むことは、難しくはない。
しかしこの場面では、その技量を披露することなく、ギデアは大人しく槍の間合いの外まで後退する。
この判断は、模擬槍の攻撃に臆したからではない。他の挑戦者たちが戦況を補おうと、密かに動き出したことが目に入ったからだ。
もし仮にギデアが槍持ちの懐に入り込んだら、二人の剣持ちが挟撃をしかけ、最後に残る盾持ちがギデアの後ろに回って後退を封じ、そうしてギデアを五人で囲んで叩く体制を作り上げただろう。
五人がかりの囲いの中に留まる選択も、ギデアにはあった。それでも勝てるという、ギデアの読みもあった。
しかしギデアは、後退することを選択した。
この選択は、より安全に勝つためでもあるし、周囲の子供たちを気にしてのことでもある。
なにせ周囲を五人の男に囲まれてしまえば、男たちが壁になってしまい、子供たちはギデアが何をしているのか見れなくなってしまう。
そんな状況になったら、ギデアが模擬戦を引き受けた意味が損なわれてしまう。
少なくともギデアにとって、五人の挑戦者たちを打ち負かすよりも、子供たちに自身の剣技を披露することの方が比重が高く置かれている。
それは気分的なもので、どうしてそういう気分になっているのかを、ギデア自身は分析できていない。
「師範代の子供だった自分の癖が抜けていないのか。子供たちの参考になればいいと考えての事か。はたまた、別の意味があるのか」
ギデアは自分の気持ちへの理解を、一先ず棚上げすることにした。
いま気にするべきは、五人の挑戦者たちとどう戦うかだと、意識を切り替える。
さて五人の挑戦者たちは、ギデアの初っ端の攻撃を受け、より一層警戒する体制を構築していた。
二人の盾持ちが最前列で盾を構え合い、大盾の大きさを生かした威圧をギデアに与えている。
その二人の間から、槍の先が出ている。ギデアが接近しようという素振りを見せると、盾と盾の間から槍が飛び出してきて牽制してくる。
前列の三人の陰に隠れるように、剣持ち二人が位置している。なにかこそこそと動いているが、どうやら足元にある小石を拾っているようだ。
五人の挑戦者たちの体制を見取り、ギデアはどう戦うべきかを脳裏で描いていく。
「一当てして、練度具合を見ておくか」
ギデアは木剣を肩口まで持ち上げると、真っ直ぐに突っ込んだ。
素早く接近するギデアに対し、盾の間から槍が伸び出てくる。
ギデアは持ち上げていた木剣を思いっきり振り下ろし、伸びてきた槍に上から叩きつけた。
材質が木同士が打ち合ったとは思えない、重く大きな音が響く。同時に、槍持ちから苦悶の声が出た。
「ぐあっ」
槍に食らった打ち下ろしの衝撃が伝播し、槍持ちの腕を痺れさせたのだ。
ギデアは自身の足元まできた槍の先を踏み付けて体重をかける。槍持ちの痺れた腕では、槍にかかるギデアの体重を支え切れず、槍を手放すと思ったからだ。
しかしギデアの予想に反して、槍が地面に落ちることはなかった。
いやむしろ、ギデアの足を跳ね上げようとするかのような力が、槍から伝わってくる。
どういうことだろうという疑問を、ギデアが解消するより前に、ギデアの顔面に小石が飛んできた。それも一つや二つではなく、十個ほどまとめてだ。
流石に一気に十個集まって飛んで来る小石を、剣で全て撃ち落とすことは、ギデアでも不可能だ。
ギデアは剣振りで飛来してくる小石の半数を弾き飛ばしつつ、弾き切れない小石に関しては左へ一歩移動して回避した。
その移動の中で、ギデアは盾と盾の間の光景が一瞬だけ見えた。
槍を地面へ落とせなかった理由は、二人の大盾持ちが片手を盾から離し、その手で槍を支えていたからだった。
槍持ちの腕が痺れていても、他の健全な腕が二本もあったのでは、槍を踏みつけて手放させることはできないのは当然だった。
「その戦法、使い慣れているな」
戦法というものは、上手くいくように訓練はできても、下手を打った状況を想定して訓練することは難しいもの。
どうしても人というのは、作り出した戦法が万全なものであると思い込みたがり、その戦法が失敗する想定をしたがらないものだから。
しかし五人の挑戦者たちは、ギデアが起こした戦法の不和に対して、盾持ちが槍を支えて剣持ちが投石して牽制するという即興の援護を行った。
この間髪入れない立て直しは、以前に同じ失敗を経験したか、こういう失敗があるだろうと予想して、それを克服するべく訓練していない限りあり得ない動き。
そういう事情がくみ取れたからこそ、ギデアは『使い慣れている』と評価したわけだった。
では、どれほど使い慣れているのか、ギデアは確かめに入ることにした。
盾持ち一人に集中して攻撃したら、どう動くのか。
盾持ち二人の間を抜くように投石し、槍持ちを狙った場合の対処法は。
最前の三人を無視して、後ろにいる二人の剣持ちを狙うよう動いたら、どうするのか。
あえて隙を見せて攻撃を誘ったら、どのような攻撃をしてくるのか。
ギデアは次から次に五人の挑戦者に反応を迫り、各種状況の対応力を見取っていく。
ギデアが嬉々と状況を動かしていく中、五人の挑戦者たちの表情は悲痛なものになっていた。
特に、ギデアの攻撃に一番晒されている盾持ち二人。その口からは愚痴が止まらない。
「誰だよ。この人を【ホラ吹きのギデア】なんて、聞いただけじゃ勘違するような仇名を与えたヤツは」
「ホラじゃなくて、本当に実力者じゃねえかよ。仇名付けたヤツ、見つけて文句言ってやる」
「模擬戦だから遊んでくれているようだけど、本気出されたらおれ達なんて瞬殺だぞ、絶対」
「こっちから吹っ掛けといてなんだけど、いますぐに降参してぇ……」
盾持ち二人の手に伝わってくる衝撃は、木剣で殴られているにしては、あまりにも重々しい。
特に真正面から受け止めてしまったときは、盾の柄を握る手が痺れてしまうほど。
槍を打ち据えて槍持ちの手を痺れさせた一件を鑑みるに、ギデアが盾持ちの握力を衝撃で消費させようと狙っていても不思議ではない。
盾持ち二人は、徐々に削られていく体力と握力に、段々と焦ってくる。
「おい。槍を突いて牽制しろって。このまま殴られ続けたら、おれ達もヤバイ」
「ま、待ってくれ。下手に突き出して打ち払われたら、今度こそ手から槍が落ちる。ちゃんと狙わないといけないんだ」
「相手の隙を狙うほどの余裕はないぞ」
「分かってる――ああもう、長期戦はこちらが有利になるんじゃないのかよ」
五人の挑戦者たちの当初の目論見は、こうだ。
ギデアが一人に対して五人で相手するのだから、ギデアの方が体力消費が激しいはず。それならギデアの体力を削りに削り、疲労困憊したところを叩けば実力差を覆すことが出来る。
あまり戦いが長引くと、観戦している子供たちを飽きさせてしまうかもしれないが、負けるよりは良い。
そう判断しての、長期戦の選択だった。
しかし蓋を開けてみれば、ギデアはかなり攻撃しているのに疲れを見せる様子がない。それどころか、攻撃を受けて止めている盾持ち二人の体力の消耗が激しい。
このままの状況が時間と共に推移すれば、遠くない未来に、盾持ちが疲労から盾を落としてしまう状況が訪れることは間違いない。
つまり長期戦を選択し続けることは、ギデアに有利な状況を呼び込むことに繋がりこそすれ、五人の挑戦者たちが思い描いていた勝ち筋を得ることには繋がらないも同然だった。
ここは転換が必要だと、盾持ち二人と槍持ちの意見は一致し、後方の剣持ち二人へ合図を送る。
剣持ち二人も、このままではジリ貧という意見は同じだったようで、直ぐに状況を打開するべく動き出す。
ギデアは、五人の挑戦者たちの動きが変わったことを感じ取っていた。
盾持ちたちは、今までは攻撃を逸らすように盾を動かしていたのに、あえて受け止めるような動きになる。それこそ、存分に打ってこいと言っているかのように。
槍の動きも変わっている。今まではギデアの行動を阻害するように突き出してきたが、槍先すらも完全に盾の裏に隠れてしまい、突いてくる気がなくなったかのよう。
一番動きが変わったのは、後方に控えていた剣持ちの二人。彼らは前衛三人の横を、左右に分かれる形で回り込んできて、ギデアに斬りかかってきた。
「うわああああああああああああ!」
まず木剣の他に鍋蓋も装備している男が、ギデアに特攻を仕掛けてくる。鍋蓋を掲げての突っ込みなので、ギデアの攻撃を鍋蓋で受け止めてから、反撃で攻撃しようという意思が見られた。
ギデアが対応しようと意識を向けると、最初の模擬戦でギデアと戦ったあの挑戦者が、鍋蓋の男と調子を合わせて攻撃しようとしてきていた。
防御力は、鍋蓋がない分、戦った男の方が弱い。そちらから叩くべきか。
そう迷いかけたが、ギデアは鍋蓋の方へと斬り込むことにした。
「ふっ!」
「――ぎあッ!?」
ギデアが一撃を振るい、鍋蓋が受け止める。しかし剣撃の衝撃で、鍋蓋の男の体勢が大きく崩れた。
鍋蓋の男の体勢が整うまでの時間を生かし、ギデアは戦った男ともう一度剣を合わせに行く。
剣持二人での挟撃が失敗に終わったと悟ったのか、男は防御に徹する構えを作る。時間さえ稼げば、状況が良くなると信じているように。
確かに、鍋蓋の男が体勢を整え終えたら、再び二対一の状況を作ることができるだろう。
しかしそのことは、ギデアとて承知している。だから、そんな時間を作る暇もなく、目の前の男を打ち倒してしまう積りでいる。
「三手だ」
ギデアは宣言し、剣を三回振るった。
一回目。対する男の腹を狙った一撃。大慌てで移動された剣に寄って防がれる。
二回目。今度は顔面を狙っての攻撃。これもまた防がれる。ギデアは剣と剣が当たった瞬間に、剣で剣を巻き取る動きを起こし、男の手から剣を弾き上げてしまった。
三回目。無手となった男の首筋への攻撃。寸止めはしたが、明らかな決着打。これで、この模擬戦の中において、この男の死は確定だ。
ギデアは一人脱落させ、さて次に移ろうとして、自分の剣が動かなくなっていることに気付く。
怪しげな術を食らったわけではない。
単純に、ギデアが喉元に突きつけた剣を、相対していた男が両手で掴み持っているのだ。
「死体に剣が食い込むことは、よくあることでしょう」
役割が死体に変わったはずの男の言葉に、ギデアは面食らう。そして思い出す。模擬戦とはいえ、ここはお綺麗な道場ではなく、空き地にある実践的な道場であること。そして空き地道場では、目つぶしなどの、普通の道場では卑怯とされる戦い方も容認されることを。
男の行いは確かにズルくはある。しかし、ギデアは感心していた。
きっと、この模擬戦と同じ状況が迷宮で起こった場合、この冒険者たちは同じことをするだろうと思ったのだ。
仮に一人が命を落さなければいけなくなったとき、その一人が命懸けで魔物の動きを封じるのだろうと。
その見事な覚悟の決まり方に、ギデアは感心したのだ。
だが、剣一本を封じただけで、ギデアに勝った気になるのは、正直早計であった。
それはギデアの木剣を握る男もそうだが、絶好の機会だと判断して一斉に突っ込んでくる盾持ち二人と槍持ちもそうだった。
「ようやく、そちらから攻撃を仕掛けてきたな」
ギデアは呟きつつ、剣を手放した。そして無手の状態で移動しながら、右手を斜め上へと掲げる。すると、先ほど男の手から弾き飛ばした木剣が、狙いすましたかのようにギデアの空手に収まった。
ここで漸く、ここまでの状況がギデアの思い通りだったのだと、五人の挑戦者全員が理解させられた。
そして理解させられた瞬間には、次から次へとギデアの剣技の餌食となってしまったのだった。




