十六話 空き地の道場
空き地で剣を振り合う子供たちの姿に、ギデアは意外性から呆然としてしまった。しかし直ぐに我に返ると、子供たちの剣振りの邪魔にならない位置へと移動することにした。
ギデアが移動場所を見つけるために顔を巡らすと、数人の大人が集まっている場所を見つけた。大人たちの衣服もボロボロの継ぎ接ぎだらけなので、貧民街の住民とわかる。
その大人たちもギデアを目にしたようで、手振りで招いている。ギデアが其方へ移動すると、声をかけてきた。
「初めて見る顔だな。それに、外套はボロボロだが、その内側には良い物を着ている。さては貧民街の住人じゃないな?」
「それに分かるぞ。お前、かなりの使い手だな。この場所に何の用だ?」
徐々に警戒度を上げていく大人たちに、ギデアは争うつもりはないと身振りを返した。
「警戒する必要はない。俺は、路地で見かけた子供が貧民街に向かう様だったからな。勝手に後ろをついて、貧民街まで案内してもらった。この空き地を見つけたのも、たまたまだ」
「子供を追って貧民街にって、何の用でだ?」
「単なる散策だ。貧民街に行ったことがなかったからな。ちょっとした思いつきで、行ってみようと考えただけだ」
大人たちは疑念が晴れない顔をしているが、ギデアはこれ以上ギデア自身に対する質疑応答に付き合う気はなかった。
「それで、あれは道場なのか? なぜ子供しかいない?」
「その口振りだと、子供を狙って来たわけじゃないのは、本当みたいだな」
ギデアが危害を加える気がないとは分かったのか、大人たちは空き地道場について教えてくれた。
「あそこにいる子たちは、将来、迷宮挑戦者になりたいと思っているんだ。だから剣技を鍛えているんだ」
「挑戦者になるためか――それにしても、師範役がいるようには見えないが?」
「年上の子が、年下の子に教えるんだよ。たまに貧民街出身の挑戦者が顔を見せて、手ほどきなんかをしたりもする」
「……そんな教え方で、まともな剣技が培われるのか?」
「『まとも』である必要がどこにあるんだ。迷宮で生き残れて、迷宮で稼げる腕前が出来上がればいいんだ。お行儀のいい道場剣術なんて、あの子たちには必要ない」
大人の一人が見てみろと、ギデアに空き地道場へ視線を向けるように促す。
ギデアがその大人の視線の先へと目を向けると、大柄な子供が小さい子供を圧倒している場面だった。二人の子供の体格差は、頭二つ分の背丈と倍ほどの体重との差があるようだった。
明らかに小さい子供の方が不利だが、大きな子供の懐に入ることで攻撃を耐え、見えた隙へ反撃を繰り出しと、不利を打開しようと頑張っている。
大きな子供は、間近まで接近されて剣が振り難いのだろう、大きく後ろに跳んで距離を空ける。
ギデアが小さな子供の立場なら、逃すまいと最接近を選ぶところだ。それが剣術の理では正しいために。
しかし小さな子供は、その場で木剣の先を地面に着けるように下げた。攻撃のためとも防御のためとも思えない、意味の分からない行動だ。しかしその後の行動に、ギデアは目を見開くことになる。
「やあっ!」
子供特有の甲高い声と共に、小さな子供は木剣を振るった。その木剣の先には、地面から救い上げた土が載っている。剣が振るわれた勢いで、剣先の土が飛んだ。飛んだ土が向かった先は、大きな子供の顔面だ。
「うわっ!?」
土で目つぶしされて、大きな子供は構えを解いて顔を手で払い始める。
その明らかな隙を見逃さず、小さな子供は大きな子供に攻撃する。まず木剣で脛を打ち、次に腕、さらに腹を薙ぐ。攻撃を終えると、大きな子供の裏へと回り、後頭部に攻撃――する寸前で止めた。
見事な攻撃だったが、明らかに『まともな道場』なら反則な行為だ。
だから大きな子供が文句を言うかと思えば、悔しそうに唇を噛んだ後で再戦を申し込むだけだった。
「素直に負けを認めるなんて、意外だ」
これは子供の行為を賞賛しての言葉ではなく、ギデアの紛れもない本心からの言葉だった。
ギデアは剣術道場の師範代の息子だ。ギデアが子供の頃、道場に通う子供に力の差を見せつけ、さらなる奮起を促すことも役割の一つだった。
しかし打ち負かされた子供という存在は、かなり聞き分けが悪い。
もう一度と申し込む手合いは少数で、反則だズルだと喚く者が大半。中には復讐として、兄や親を持ち出してくる者すらいた。
そんな故郷の道場の子供と比べたら、空き地道場の子供たちは剣術自体は汚い技術に溢れているものの、性根は真っ直ぐなように見受けられた。
ギデアが感心から頷いていると、大人から忠告が入った。
「言っておくが、あの空き地の子供たちは、将来有望な者だけ集めてあるんだ。だから態度がまともなんだ。聞き分けのない我が侭放題のクソガキは、また別の空き地の道場に行かせている」
「なぜそんな方法を?」
「態度が悪い奴がいると、訓練の質が落ちるからだ。質が落ちれば腕前が思うように上がらず、挑戦者になった後で余計に苦労する。そんなことにならないよう、お互いに腕を高め合える子供たちと、互いを貶して腕を上げようとしなクソガキとを分けているんだ」
「ふむっ。理には適っているな」
やる気のある子供が腕前を磨き、そうではない子供の腕前は腐る。その環境を整えるためとおもえば、区別することは正しいように思える。
大人の説明は続く。
「さらに言えば、挑戦者になって活動を長く続けるのは、この空き地道場の子供たちだけだ。もう一方の道場の子供は、戦うことを諦めて戦いと関係ない道に行くか、挑戦者になっても直ぐに諦めて貧民街に戻ってくる。そして戻ってきた奴らは、元挑戦者という肩書だけを頼りに働き口を探し、そして暴力組織の手駒に堕ちる」
「その手の組織が、貧民街にはあるのか?」
「そりゃあるさ。迷宮街は、各地から人々が迷宮を目指して集ってくる。しかし人の流れが多いということは、ならず者が入り込んでくることにも通じている。そして、ならず者は自分たちの良いように世間を使おうとする。そのための手駒を手に入れるには、貧民街なんて世間を恨む奴らが多い場所はうってつけってわけだ」
「詳しいな。もしや関係者か?」
「貧民街の住民は、大なり小なり、犯罪組織と関わってる。大は、その組織の構成員。小は、後ろ盾。って形でな」
「じゃあ、この空き地道場も?」
「組織の目は、もう一方の道場に向いてるよ。こっちの道場の子供に目を付けたところで、挑戦者になられてしまうからな。逆に、挑戦者から落ちこぼれることが確定の子供に目を付けた方が、将来の構成員を集める役に立つ」
「寄り分けているのは、組織主体でってことか」
「事情はどうあれ、真っ当に暮らせる道を子供に与えることができるからな。道場に関してだけは、貧民街の住人は諸手を上げて歓迎している。自分たちの子供を、望んで連れてくるほどにな」
どうやら、この大人は自身の息子ないし娘を道場に連れてきて、その姿をここから観戦しているらしい。
もしかしたら、先ほどの小さな子供と大きな子供のどちらかが、この大人の子供なのかもしれない。
そんな予想をギデアがしていると、疑問に答えた借りを返せとばかりに、質問を向けられた。
「それで、お前の目から見て、ここの子供の腕前はどうだ。迷宮で通じそうか?」
「その問いかけは、俺が挑戦者だと見抜いてのことか?」
「お前は貧民街の外の人に間違いない。しかし剣呑な雰囲気がまとわりついている。この雰囲気は、挑戦者特有のもの。強者に敏感じゃなきゃ生き残れない貧民街の住人に、それが分からないはずがないだろ」
「そういうことなら。そうだな――」
ギデアは道場にいる年上の子供たちの動きをざっと確認して、評価を下sた。
「――単独では無理だろう。しかし装備を整え、仲間と集えば、現段階でも四層までなら、年長の者なら通じるだろう」
「本当にか?」
「嘘は言わん。だが、挑戦者になる者の大半は、四層までなら当たり前に魔物と戦える。資質を問われるのは五層からだ。そう考えると、もう少し腕前を上げる必要がある」
「なんだそりゃ。でも、各地から魔物をぶっ殺して金を得ようって連中が集まると考えれば、その連中と遜色なく戦えるってのは大したもんだといえるな」
そんな会話をしていると、空き地の子供たちの動きに変化があった。まず何かを見つけたらしき子供が剣を振る手を止め、その子供の行動が伝播したかのように、次々と子供たちが剣を持つ手を止める。
なにを見つけたのか、ギデアが視線を巡らせて確認する。
子供たちが見つめる先には、五人の鎧兜と武器を装備した男性たちの姿があった。
この道場の特性と、彼らの姿形と立ち振る舞いを見れば、ギデアは彼らが何者かを悟ることができた。
「この道場出身の、迷宮挑戦者たちか」
「あいつらは、迷宮のかなり良い場所まで行けるようになった連中だよ。金に余裕があるらしくて、ちょくちょく顔を出してくれて、子供たちに迷宮での体験を聞かせてくれたり、戦いの手ほどきをしてくれる」
挑戦者たちが空き地に入ると、子供たちがワッと声を上げて近寄っていく。かなりの人気者のようだ。
ギデアは、自分が【ホラ吹きのギデア】だと多数の挑戦者に蔑まれている自覚がある。ギデアは、その仇名で呼ばれること自体は気にしてはいないのだが、あの挑戦者たちがその仇名を口にしたら拙い状況になりそうだという予感があった。
立ち去るべきだろうと、ここまで会話に付き合ってくれた貧民街の住人に別れの言葉を告げることにした。
「貴重な話を聞かせて貰った。それじゃあ、見るものは見た。別のところにいくことにする」
「ん、そうかい。機会があったら、また来てくれ。なんなら、子供たちの指導をしてくれてもいいぞ」
「悪いが、教えるのには向いていない。挑戦者の中でも、俺の戦い方は異質だからな」
別れの言葉を終えて立ち去ろうとするも、少しだけ遅かった。
空き地にいた挑戦者たちが、子供の親に挨拶しようと顔を向けて、ギデアの姿を見つけてしまっていたのだ。そして彼らの五人中四人が、良い事を思いついたと言わんばかりの歪んだ笑顔を浮かべていた。
ギデアは、厄介事を避けきれな勝ったようだと悟り、気落ちするのだった。




