十四話 牧場のごった煮
ギデアは作業員たちから食事に誘われ、牧場へとついていく。
牧場にある解体場の近くまでいくと、その近くに大きな竈があり、もうもうと湯気を立てている大きな釜があった。
血の臭いが残る解体場の近くで料理している光景に、ギデアは違和感を覚えずにはいられなかった。
そんなギデアの気持ちが伝わりでもしたのか、ここまで案内してくれた男性作業員が誤魔化し笑いを浮かべる。
「失念していたが、街の人は血の臭いはダメなのだよな」
「俺は迷宮挑戦者だ。血の臭いには慣れている。だが疑問はある。どうして解体場の隣に竈を作ったんだ?」
「アンタ、挑戦者だったのか。それなら、気にしなくてもいいな」
男性は表情を安堵したものに変えた後で、ギデアの疑問の答え出す。
「あの釜は、もともとは料理用ではなく、解体に必要な湯を沸かすために作ったもんなのさ」
「解体に湯が必要なのか?」
「湯は、家畜の体表を洗うのと、解体用の刃物を拭うときや、作業終わりに自分たちの手や体を清めるのに使うのさ。湯で体表を洗えば、汚れだけじゃなく虫も落ちる。解体で刃物や手についた油も、水より湯の方が落ちやすいんでね」
そして、解体作業のための竈と釜だったが、その役割だけに留めて置くのは勿体なかったのだと、男性は語った。
「たっぷりと湯を沸かすため、薪は多く使う。そうなると、作業が終わっても、湯の残りや薪の燃え残りがでる。これを捨てては勿体ない。だから自然と、解体で出た骨や内臓や端肉を釜に入れて煮るようになった。肉を煮るのなら野菜も必要だろうと、畑から剪定したものを持ってくるようになった。そうして、こんな風に皆で集まって食べるようになったというわけだ」
「解体して出たものを別の場所に運ぶのが億劫だった、って理由もあるけどね!」
釜の中をかき回している女性が、にこやかな顔で補足説明を入れた。
ギデアは疑問が解消され、何事にも歴史があるものだと感じ入る。
こうした質疑応答の間に、竈の周りに集まった人たちには器が配られていた。木の幹の輪切りを削って作る、木製の器だった。
ギデアも器を受け取ると、料理が完成したようだ。
「さあさ、今日は豚だよ。頭と背骨、端肉と内臓。それに葉物野菜だ」
ギデアにごった煮の中身を教えるような声と共に、木の器に料理が注がれていく。
ギデアが器で受け取ってみると、白濁した液と肉の切れ端にぶつ切りの内臓、少し色が黄色い葉野菜があった。
豚の頭や背骨が入っているということだが、手にある器の中にも、確認した釜の中にも、それらしい部位は見えてこない。
どういうことだろうとギデアが疑問を告げると、釜をかき回している女性が笑顔で理由を語る。
「そりゃ、白濁した液で見えてないだけさ。釜の底には、骨がゴロゴロしているよ。だからこそ、かき回し続けないと、底が焦げちまうのさ」
女性が手にある大きな木の玉杓子で釜の底を浚って引き上げると、豚の頭らしき骨や背骨らしきものが出てきた。豚の頭は真っ四つに叩き割っられていて、背骨も節ごとに切り分けて入れてあるようだ。
「器に骨が入らないよう、よそってくれたということか?」
「骨は食うところが少ないからね。器に入れちまうと、食べガラが邪魔になるだろ。だから、最初の一杯には骨を入れないようにしているのさ」
「最初ってことは、二杯目以降は骨を入れるわけか?」
「一杯目は肉と野菜で空腹を落ち着かせ、二杯目は骨をしゃぶって味わい、三杯目で好きなように満腹まで食べる。これが、ここでの流儀ってもんさ」
女性は、これで問答は終わり、さっさと食べろと、身振りで告げてくる。
ギデアは食事の席に不躾だったと反省しながら、よそられたごった煮を匙を使って食べることにした。
汁は、コッテリとした豚の味わいで、とろみがついていた。豚臭くはあるが、採れたての野菜と煮たことで臭いが緩和されているようで、野趣の範囲に落ち着いている。
葉野菜はくったりとしているが、茎の部分には歯ごたえが残っていて、噛めば少しの青臭さすら感じるほど。
煮込まれた端肉は、出汁ガラになってしまっているようで、噛むと少しの肉の味と共にボロボロと崩れていってしまう。
内臓肉は逆で、内臓肉特有の濃厚な味わいが減少したことで、食べやすい味わいになっている。肺らしき肉の場合は、煮込まれると汁を肉の内に抱える性質があるようで、噛むとジワリと内臓肉と汁が混在となった味が舌に広がる。
「美味い。しかしこの臭いは、人によって好みが分かれそうではある」
「ウチらの中にも、豚の煮込みは臭いがダメだって人もいるぐらいさ。まあ、牛でも鶏でも同じようなことを言う人は出てくるもんだから、世話無い話だよ」
一杯目を食べ終えて、二杯目。
節で切り分けられた背骨が二個。それと豚の皮らしき部位がよそられる。
ギデアは周囲を確認し、倣った食べ方で挑むことにする。
背骨の周囲に張り付く肉を歯でこそぎ取りながら食べ、背骨中央にある髄を啜り取る。肉は一杯目の端肉のように直ぐ崩れる口当たりだが、骨の出汁が移っているようで、味わいは段違いに良い。骨髄はつるりとした舌触りながら、噛めばねっとりとした脂と旨味がでてくる。
豚皮らしき部分は、匙で掬うとぷるぷると震える。味自体は、汁の塩味があるだけだが、肉とは違う食感で面白い。
二杯目で出た食べガラを、他の人たちがやるように、竈の火の中へ投げ入れる。骨を焼いたものを砕くと、良い肥料になるらしい。
では三杯目というところで、注文を聞かれた。
「どんなところを、よそうかね?」
「そうだな。肉と内臓肉が多くお願いしたい」
「おや、骨は要らないのかい?」
「骨のところも美味しいが、内臓肉の方が好みの味だ」
「そうかい。まあ、内臓は残りがちだから、食べてくれるとありがたいよ」
「不人気、なのか?」
「不人気ってほどじゃないけどね。牛でも豚でも鳥でも羊でも、解体で必ず出る部位で、味わいにもそんなに差がないからね。食べ飽きてしまってんのさ」
「解体して出るのは骨も同じだと思うが、骨は人気なのか?」
「肉もそうだけど、骨も家畜の種類ごとに味が変わよ。それこそ、熱心な愛好家がでるほどにね」
女性の説明の後で、作業員たちから「豚骨が好きだ!」「牛骨の濃厚さが最高だろ!」「鶏骨のさっぱり具合がわからんとはな」「羊の独特の臭いが病みつきに……」とかの、声が上がる。
どうやら、それぞれに一家言あるようだ。
ギデアは三杯目を受け取りながら、そういった家畜の違いの味が確認できる料理屋を探してみようと心に決める。
そうして楽しい食事を食べ進めていて、ふとした際に、使われていない肉が調理台に残っていることに気付く。
その肉は、表面がざらざらしていて、上腕ほどの長さがある。一見するとデカい蛭のような見た目だが、調理台にあるということは、どこかの豚の部位で間違いないはずだ。
「なあ、あの肉は食べないのか?」
ギデアが指し示して質問すると、釜をかき回している女性は嫌そうな表情になる。
「ああ。アレは食べないよ。というか、誰も食べたがらないね」
「食べたがらない? 内臓も骨も食べる連中なのにか? 何の肉だ?」
女性は口を開けて、自身の真っ赤な舌を伸ばして見せてきた。
「コレだよ、コレ。あれは豚の舌さ」
「舌!? 豚の舌は、あんなに大きいのか?」
「舌ってのは、こうして口の中に見えているだけじゃないんだよ。喉の奥まで通じててね、どんな生き物でも舌は意外と大きいんだよ」
なるほどと頷いた後で、ギデアは首を傾げる。
「しかし、どうして舌を食べないんだ? 毒でもあるのか?」
「毒はないよ。けど食べないのさ。皮がざらざらしてて食べても美味しくないだろうし、その皮を剥いだってね。動物の舌を口の中に入れる気にはならないね」
言葉を濁す女性の変わりのように、別の作業員から「動物と接吻する趣味はないぜ!」と声が上がった。
その言葉を聞いて、ギデアは『動物の舌を食べる』ということが『自分の舌と動物の舌とを絡ませる』ことになるのだと、ようやく気づいた。
「動物との接吻か。そう考えてしまうと、食欲が失せるな」
「そうだろうともさ。でもまあ、食べない人も居ないではないんだよねぇ」
「ここの人たちは、誰も動物の舌は食べないのではなかったか?」
「ウチらじゃじゃいよ。他のところの人さ」
「売る先があるということか?」
「ウチらが売るんじゃなく、あの子たちが盗んでいくんだよ。畑の野菜とかと一緒にね」
「盗人か――いやまて、あの子ってことは、盗人は子供か?」
「貧民街の子供だよ。いくら気持ち悪い動物の舌だって、あの子らにしてみれば貴重な肉だ。そんな肉が捨ててあるなら、拾わない理由がないんだろうね」
牧場の作業員ですら忌避する動物の舌を食べるとは、貧民街の子供というのは、ずいぶんと逞しい存在らしい。
ギデアは、いまの話と以前に訪れた青空市場で遭遇した件も合わせて、貧民街の子供の事が気になり始めていた。




