十三話 牧歌的な景色
ギデアは宿で一夜を過ごすと、朝早くに宿を出ることにした。あまりにも朝早くなので朝食の用意はなかったので、昼間にいる人と別の店員に鍵を預けて外へ出ると、外街への道すがらに屋台で朝食を購入する。
掌ほどのパンに野菜と肉を挟んだものを食べながら、ギデアは大通りを歩いていく。
検問では、入る時に行ったような検査はなく、そのまま素通りで外街に出ることが出来た。
ギデアがこうして朝早くに宿を出たのには、ちゃんと理由がある。
それは、外街の最外縁部にあるという、農場と牧場を見に行くためだ。街の大きさと距離を考えると、この時間に出発しなければ、夕方までに帰ってくることが難しいと予想して。
朝早くだけあり、外街は寝静まっている。道の上に人影はなく、家屋の中で動く気配もない。
それでも、朝早くから活動せざるを得ない職種の人たちは、動き出している。
煙突から煙が出ている店舗からは、パンが焼かれる良い匂いが漂ってくる。あまり音を立てないように、青空市場の場所へ向かう馬車。教会の前では、神職者が門前の掃き清めを行っている。
朝から活動している人たちの様子を横目に見ながら、ギデアは外街の外縁部へ向けて歩き続ける。
多くの人たちが朝の日課に移り出した頃、ギデアは外街の最外縁部に到着した。
この場所には、ここまでの道程の風景とは違い、建物が疎らにしか存在していない。その代わりに、広大な畑と牧場が広がっている。
畑と牧場では働いている人たちが見え、既に忙しそうにしている。
緑が茂った畑では、人々が屈んで雑草取りと害虫駆除を手で行っている。土色が見える畑では、牛や馬などが農具を引いている姿がある。意外なことに、青果物が成っている場所には人が居なかった。先ほど朝市へ向かう馬車を見たので、この日の収穫は終えてしまったのかもしれない。
牧場には、牛、馬、鶏、豚、羊が飼われている姿があった。牛と馬は、どちらも農耕用らしく、大柄でどっしりとした肉付きをしていて、畑の中で活動中。豚と鶏は食肉用のようで、解体場らしき場所に、豚の頭や鶏の羽などの解体後の痕跡が見て取れた。羊は毛が伸びた個体を毛刈りしている最中のようだ。
さらに観察すると、農場と牧場が隣り合っているのには、ちゃんとした理由があることに気づかされる。
畑を耕すのに牛と馬を使うこともそうだが、農場から出る家畜の糞尿を土に混ぜて肥料を作ってもいる。畑で青果物を取られた後の植物や、脱穀された穀物の殻を家畜の餌に。
ギデアの目に見えた光景はその程度だが、きっとそれ以上に農場と牧場の結びつきは多いのだろう。
ギデアは剣術道場の師範代の子供だった。そのため、農場や牧場とは関係が薄く、その光景をまじまじと見たことがなかった。
そして改めて畑と家畜と共に暮らす人たちを見て、感じるところがあった。
「これが自然と共にする生活というものか。いや、畑も牧場も人の手で作られたものなのだから、自然とは言い難いのか?」
ギデアの考える自然とは、迷宮の十一層から二十層までのような、草花が茂る丘と木々が乱立する森だ。そのため『自然と共にする生活』というと、野草を摘み、獣を狩る、そんな原始的な生活のように思えてしまうのだ。しかし、そんな文明を捨て去った生活が人間の暮らしと言えるのかと考えると、それもまた違うような気がしてくる。
ギデアは、そんな自分の認識の浅さに気づきながらも、畑と農場の光景の中に足を踏み入れる。
遠くから眺めている際には気づかなかったが、畑と農場に沿う形で用水路が走っている。その水路から水を桶で組み上げて、畑の水やりや家畜の飲み水に利用している。
畑と農場での作業はきつい肉体労働だ。だからだろう、作業する人たちの多くは痩せ型で筋肉質になっている。それこそ、下手な兵士や迷宮挑戦者よりも肉体的素質に優れているように見える。
「畑の作物と家畜の肉で、食が豊かだからこそだろうな」
よく体を動かし、よく食べることで、肉体は培われる。
その基本原則に則れば、農場と牧場での作業は、自然と強い肉体を作りあげる格好の労働環境なのかもしれない。
ギデアが剣術の論理で見ても、農具の扱いは武器の扱いに通じるし、水や農作物などの重たいものを運ぶことで体幹が養われるし、家畜の様子や機嫌を察知することは戦う相手の意図を見抜くことと同じこと。家畜を解体することで、生き物を殺す忌避感も薄れる。
これほど、戦うための肉体と技術の向上に適した職種は、他だと限られるだろうことは間違いなかった。
「唯一の欠点は、戦う意欲が培われないことだな」
農場でも牧場でも、その作業の主たる部分は『育む』こと。収穫や解体とで最終的に命を刈り取ることになるとはいえ、雑草や虫をとったり、病気や怪我を防いだりと、より良く育てることに心血を注いでいる。
こうした環境では、相手を殺してでも自分は生き延びるという意欲を抱きにくい。
そして、その生き延びるという強い意欲を持つことこそが、戦いを生業にする者に必須の条件でもある。
そう考えると、農場と牧場の作業は戦う肉体を作るには適しているが、戦うための意識を培い難いということになる。
「何事も全ての方向へ上手くいく、ということはないものだな」
ギデアが一人で勝手に納得していると、畑で作業を終えたらしき男性が近寄ってきた。
「おい、アンタ。畑か農場かに用か? 何か買いに来たとかか?」
問いかけに、ギデアは違うと身振りした。
「外街の外に畑と牧場があると聞いて、その景色を見に来たんだ」
「ここを見に? 珍しい光景でもないと思うが?」
「俺が生きてきた中には、農場を観察する機会はなかった。だからこそ、興味を引かれた」
「なるほど。そういう人もいるんだな。それでどうよ、ここを観察してみて」
ギデアが剣術の目で見た評価を伝えると、男性は呆気に取られた後で笑い出した。
「はっはっは! 農作業と剣振りを繋げて考えるなんて、アンタは変わりもんだな」
「そんなに変なことか?」
「そうとも。農作業は農作業。剣振りは剣振り。別のものだ。農具の振り方は剣に似てるなんぞ、言われたのは初めてだ」
大笑いする男性の声に釣られたのか、農作業を終えた人達がパラパラと集まってきた。
そして男性が笑いながらギデアの発言を紹介すると、その人たちも笑いだす。
「あれまあ。戦うのに適した肉体だって。これはちょっと、戦い方を教えて貰おうかなね」
「あんたに、それが必要かね。聞いたよ、他の娘にちょっかいかけようとした旦那さんを、その手で殴って気絶させたってさ」
「牛や馬が作業を嫌がったら、どうしても力比べ根比べになる。そうなった日は、筋肉痛になるもんだ」
「下手に宥めすかすと、調子に乗ってもっと働かなくなるからな。どっちが主人かを教える意味でも、引けないもな」
集まった人たちは、ギデアを切っ掛けにして、それぞれが会話の花を咲かせ出す。
そうした会話の奔流は、会話中の一人の腹が鳴ったことで止まることになる。
「もう、こんな時間か。食事の用意をしないとな」
「解体して出た骨と肉の切れ端も、良く煮込まれている頃だろう。よしっ。剪定した野菜を持ってくるとするよ」
それぞれが食事の用意に動き出す中、最初に声をかけてきた男性がギデアに向き直る。
「黒外套のアンタ。良い笑い話をくれた礼だ。飯、食って来なよ」
「いいのか?」
「畑と牧場で出た余り物を入れたごった煮は、どうしても大量になる。アンタの分ぐらい、余裕である。それこそ毎食残りが出て、豚に食わせるしかないぐらいにな」
「そういうことなら、遠慮なく招きに応じることにする」
「おう。遠慮なく食べてくれ。そんで気が向いたら、なにか買っていってくれると、もっと助かる」
ギデアに食事を振舞うのも、農場と牧場の味を知ってもらうためという側面もあるのだろう。
ギデアは、気に入ったら買うことを約束して、農場の作業員の食事に同席することにしたのだった。




