番外編 酔っ払ったデュワリエ公爵
ミラベルとデュワリエ公爵の新婚生活の一幕です。
作中に名前がでてくるシャルル殿下は、王太子のことです。
この世でもっとも禁欲的な者は誰か?
そう問いかけられたら、私は迷わず夫だと答えるだろう。
夫は真面目を擬人化したような人物で、夜遊びはしないし、酒も飲まないし、欲しいものは何もないという。
そんな夫が、唯一の友人かもしれないシャルル殿下に呼ばれてでかけていった。
なんでも、嬉しい報告があるので、酒を飲もうと誘われたらしい。
あろうことか、夫は憂鬱そうにしていた。なんでも、私と過ごしたかったらしい。
いや、私とは毎晩一緒にいるではないか。そう指摘しても、私と共にする晩は毎日新鮮なのだとか。私がそんなに、夫を楽しませていたなんて……。
光栄な話であるが、シャルル殿下の呼び出しはすっぽかさないでほしい。
夫は私を胸に抱きしめ、一生の別れのように惜しんでいた。
王族からの呼び出しであっても、これである。
さっさと行ってくれと追い出す。
今宵は、義妹であるフロランスと久しぶりにパジャマパーティーでもしようか。
なんて考えていたが、フロランスより「お兄様の帰りを待っていたほうがいいです」と諭されてしまった。兄想いな妹である。
三時間後――夫が戻ってきた。様子が、明らかにおかしい。
「ミラベル、帰りましたよー!」
顔を真っ赤にし、満面の笑みで抱きついてきた。
こんなキラキラな笑みなど、初めて見た。
あまり夫を知らない人間ならば、本人だとは思わないだろう。まるで別人のようだ。
なんていうか、お酒くさい。
夫はわかりやすいくらい、酒に酔っていたようだ。
「はあ、ミラベル、可愛い。世界一、可愛い。よしよし、よしよしよし」
夫は私を抱きしめたまま、背中や頭を撫で始めた。まるで、猫かわいがりである。
普段であれば、こんな言動や行動なんてしない。
ちょっと……いや、かなり面白い。
「ミラベルは可愛い。可愛すぎる。それが、私の悩みなんです。世界中の皆が、同じように悩んでいることを思うと、胸が、痛い!」
「大丈夫ですよ。そう思っているのは、旦那様だけですから」
「ううう、うううううう」
今度は涙を流し始めた。「ミラベルが可愛くて、涙がでてきました!」などと、発言している。
フロランスは夫が酔うとこのようになるとわかっていて、パジャマパーティーを断ったのかもしれない。
可愛いミラベルが、寝かせてあげますからねと言うと、大人しく布団に潜り込む。
お腹をぽんぽん叩いていると、すやっと眠った。
扱いやすい酔っ払いであった。
夫の寝かしつけに成功したあと、フロランスがやってくる。
「あの、ミラベル。お兄様、大丈夫でしたか?」
「ええ。言動はかなり面白かったけれど、なんとか眠ったわ」
「お、面白い、ですか?」
「ええ。私が可愛い過ぎて辛い! とか言っていたの」
「まあ! だったらよかったです」
なんでも、夫は酔っ払うとかなりネガティブになってしまうらしい。これまでは、「生きる価値なんてない」とか言っていたようだ。
それが、私が可愛い過ぎて辛い! になっていたので、フロランスは安心したようだ。
翌朝――夫は昨晩の奇行をすべて記憶していた。
「ミラベル……その、申し訳ありませんでした」
「面白かったので、いいですよ」
そう答えると、夫は私を抱きしめる。
耳元で、最高の妻だと囁いていた。
こんな感じで、デュワリエ公爵家は今日も平和である。




