後日談 デュワリエ公爵とミラベルの誕生日
デュワリエ公爵視点です。
デュワリエ公爵は眉間の皺を寄せ、暇さえあれば悩んでいた。
というのも、もうすぐミラベルが誕生日なのだという。
何を贈ろうか考えるものの、名案は浮かばない。
普通の女性であれば、首飾りや指輪を贈れば喜ぶのだろう。
相手は一筋縄ではいかない、ミラベルである。
彼女は高価な贈り物を嫌がる傾向にあるのだ。
デュワリエ公爵が贈った品物の中で、もっとも喜んだのはタンポポの花束。
それ以外の贈り物を受け取ったミラベルは、顔を引きつらせていた。
せっかくの誕生日である。
何か贈って、喜んでもらいたい。
そう思っているのに、どのような品物を贈ったらいいものか見当もつかなかった。
悩みに悩んだ挙げ句、デュワリエ公爵はミラベルの親友である妹フロランスを頼った。
「ミラベルへの誕生日プレゼントですか? 私は去年、紅茶と蜂蜜のセットを贈りましたが、喜んでいただけましたよ」
フロランスの言葉に、デュワリエ公爵は頭を抱え込む。
以前、デュワリエ公爵が紅茶を贈ったときには、あまり喜んでいなかったのだ。
もしかして、そこまで好かれていないのでは?
そんなことを考えてしまう。
どうしたら、フロランスのように好かれるのか。
これを妹に尋ねるのは、プライドが邪魔してできなかった。
せめて、贈り物が被らないように、今年は何を贈るのか聞いておく。
「今年は、絹の手袋にしました」
わかった――そんな言葉を返し、デュワリエ公爵はフロランスの私室から出て行った。
◇◇◇
贈り物が何も浮かばないまま、ミラベルの誕生日当日を迎えた。
眠らずに考えた結果、デュワリエ公爵はごくごくシンプルな贈り物を考えつく。
それは、一枚のカード。
表には〝なんでも言うことを聞く〟とだけ書いた。
欲しいものがあれば言うだろう。
もしも婚約破棄してくれと言われたときは――もちろん却下するが。
ミラベルに好かれていなくても、結婚を諦めるつもりは毛頭なかった。
そもそも、貴族の結婚に愛は伴わない。
だから、ミラベルには我慢をしてもらう予定だ。
その代わり、アメルン伯爵家については支援を惜しまないつもりだ。
それが、デュワリエ公爵にできる唯一のことだった。
今日はアメルン伯爵家でミラベルの誕生パーティーがある。
それに、お呼ばれしていたのだ。
ひとまず、家から持ってきた一輪の赤薔薇を持参し、ミラベルへ祝いの言葉を伝えに行った。
ミラベルはすでに、着飾った姿でデュワリエ公爵を待っていた。
なんとも愛らしい姿で、しばし見つめてしまう。
タンポポ色のドレスは、彼女によく似合っていた。
「あー、どうも。お久しぶりです」
今日もミラベルは、目が泳ぎ、気まずそうな様子で挨拶してくる。
まったく、好かれているようには見えなかった。
心の中でがっくりとうな垂れつつも、久しぶりの彼女である。デュワリエ公爵の胸は高揚していた。
「花を」
「わ、ありがとうございます」
珍しく、ミラベルは花束を受け取って笑顔を見せていた。
可愛い……と呟きそうになったが、口から出る寸前でごくりと呑み込んだ。
「今日は、珍しく嬉しそうですね」
「我が家には一輪挿しの花瓶しかないので、きれいに生けられることを考えたら、ついつい喜んでしまいました」
「ああ、そうだったのですね」
普段はもっと豪勢な花束を渡していた。困った表情を浮かべていたのは、美しく生けるための花瓶がなかったからなのだろう。
今度、花瓶を贈ろう。
そんなことを考えて、自分に待ったをかける。
なんでもかんでも贈ればいいという問題ではない。
もしかしたら、一緒に花瓶を作ろうと誘ったら、喜ぶかもしれない。
領地に、花瓶を作るための粘土を取りに行ってもいい。
そんなことを考えていたら、ミラベルと目が合う。
どくんと胸が跳ねたのと同時に、やや早口気味で言葉を返した。
「その、喜んでいただけて、嬉しいです」
ミラベルはにっこりと、朗らかな笑みを返してくれた。
これまで贈り物を渡したときに微妙な顔をしていたのは、彼女なりの事情があったのだろう。
ひとつひとつ、ゆっくり紐解いて知りたいとデュワリエ公爵は思った。
「贈り物は、これです」
「どうも……って、これ、なんですか?」
「あなたの願いを、叶えるカードです。ただし、婚約破棄以外で」
ミラベルは瞳を丸くし、驚いていたようだった。想定外の贈り物だったらしい。
「なんでも……願いを……?」
「ええ。欲しい品物があれば買いますし、要望があれば叶えます。要相談ですが」
「なるほど」
ミラベルはいったい何を望むのか。まったく想像できない。
腕を組み、ミラベルの返答を待つ。
「だったら、デュワリエ公爵が以前描かれた、私のスケッチをいただけますか?」
「――は?」
「すみません。以前〝エール〟の執務室を掃除したときに、うっかり見てしまって」
デュワリエ公爵は、顔がジワジワと熱くなっていくのを感じていた。
ミラベルを描いたスケッチは、単なる手遊びだった。
ぼんやりしている中で、自然と彼女を描いていたのだ。
それをまさか、ミラベルに見られていたとは。
「あの絵は、処分しました」
「えー、酷い!」
「ただの、らくがきでしたから」
紙とペンはあるか。そう質問すると、ミラベルはすぐに用意する。
「何を書くんですか?」
「あなたを」
「は!?」
デュワリエ公爵は窓台に腰かけ、ミラベルには隣に座るように命じた。
「いや、今はいいです。こ、今度でも――」
「美しく着飾っているのですから、今日以上に相応しい日はないでしょう」
そう言うと、ミラベルは素直に腰かけた。
少し身じろいだら、触れるほど近い距離に座っている。
そのような状態で、デュワリエ公爵はミラベルをスケッチした。
だんだんと、ミラベルの頬が赤く染まっていく。
「いや、デュワリエ公爵、恥ずかしいです」
「なぜ?」
「こんな至近距離で、見つめられるなんて、慣れないので」
照れるミラベルは、なんて可憐なことか。
そんな彼女を、スケッチできるなんて世界一幸せ者だと思ってしまう。
だが、ミラベルは羞恥に耐えきれなかったのか。顔を手で覆ってしまった。
「顔を、隠さないでください。よく見せて」
「い、嫌です~~!」
こうなったら最終手段である。
デュワリエ公爵はミラベルの両方の手首を掴んで、強制的に退かした。
顔を真っ赤にしたミラベルと、目が合う。
ぎゅっと目を閉じたので、デュワリエ公爵はそのままキスした。
小鳥が啄むような、一瞬の口づけである。
「な、ななななな、なにするんですかー!?」
「婚約者の前で目を閉じるのは、キスを懇願するものなのです」
「そんなの知りません~~!」
首筋まで真っ赤にするミラベルを見て、少々やりすぎてしまったと反省する。
「嫌、でしたか?」
「嫌ではありませんでしたけれど……。驚いただけです!」
顔を逸らし、そんなことを言うミラベルは世界一可愛かった。
嫌われていないとわかったので、ホッと胸をなで下ろす。
ミラベルの誕生日であったが、いろいろ貰ってしまった。
生涯をかけて返さなければと、心に誓うデュワリエ公爵であった。




