後日談だけれど、公爵様から意外な贈り物をいただきました!
誘拐事件から数日――私は“エール”の仕事に復帰した。
皆がいる前で、デュワリエ公爵が何か言うかとヒヤヒヤしていたが、いつも通りのビジネスライクな様子だったので安堵する。
私の復帰を、みんなが喜んでくれた。
カナンさんなんか、熱い抱擁を交わしてくれる。
「いやー、よかった。木から落ちて、異常なしだったけれど念のため数日休むって聞いたときは心配していたけれど!」
我が耳を疑う。
なんと私は、木から落ちて無傷だったけれど、念のため数日静養していることになっていたらしい。
「連絡が届いたときは、驚いた。でも、木から落ちて無傷だったって、ミラさんらしいなーって思いながら聞いていたよ」
そのデタラメな説明で納得されてしまう、私の印象っていったい……。
正確に言えば、木から落ちて静養していたわけではなく、頭のネジがぶっ飛んだお貴族様に誘拐され、湖に沈まされていたのだが。
思い出しただけでも、ガクブルしてしまう。
「ミラさんがいなかったからか、工房長は一日たりともここにやってこなくてね! 工房長って、もしかしてミラさんに気があるんじゃないの?」
「あー……どうでしょう?」
「え、あるの!?」
「気持ちは、本人にしかわからないので」
「そうだよね。まあ、今日からまた工房長のことを頼むよ」
「了解です」
気配を無にして、デュワリエ公爵の雑用係を頑張りたいと思う。
今は会議の時間なので、その間に掃除を済ませよう。
以前までは数時間部屋を開けただけで散らかっていたが、今は整理整頓されている。
デュワリエ公爵の机に、不要な書類入れを作ってから、床に紙を捨てることはなくなったのだ。
鼻歌を歌いつつ、掃除道具を持ってデュワリエ公爵の執務部屋まで行く。本人はいないので、勝手に扉に入った。
すると、デュワリエ公爵が執務椅子に鎮座していたので、悲鳴を上げてしまった。
「ひええええっ!!」
朝一番に、ジロリと睨まれてしまった。
「婚約者を見て、あげる声ではないですね」
「ど、どうも」
「こちらに」
「へ?」
「こちらに来てください」
いやだ……と思ったが、言うことを聞かないと、後が怖い。
コクリと頷き、しずしずと接近する。
「な、なんでございましょうか?」
「別に、構えないでください。職場では、親密な態度を取ることはありませんので」
その一言を聞いて、やっと安心する。
一メートル半ほど距離を取っていたが、少しだけ接近した。
「これを、あなたに差し上げようと思いまして」
差し出されたそれは、タンポポの花束だった。
あまりにも、麗しいデュワリエ公爵と不釣り合いの花である。
薔薇とか、百合だったら似合うのに、タンポポって。
思いがけないものを差し出してきたので、「ブッフオ!!」と噴きだし笑いをしてしまった。
「何が面白いというのですか?」
「いや、だって、公爵様がタンポポを持っているとか、意外すぎて」
「嬉しくないのですか?」
「いや、ものすごく、嬉しいです! ありがとうございます!」
可愛らしいタンポポを受け取る。
見つめていると、気持ちはほっこりした。
「でも、なんでタンポポなんですか?」
「アナベル・ド・モンテスパンに、ミラベル嬢が何を喜ぶのか聞いたところ、その辺に生えている野花であれば、喜ぶと話していたので」
「アナベル……!」
誰が、その辺の野花だったら喜ぶ、だ!
まあ、実際喜んでしまったワケですが。
「どうして、アナベルにそんな質問を?」
「あなたは何を贈っても、引きつった顔を見せるばかりで、喜ばないので。何を贈ったらいいのか、質問したわけです」
「あー、なるほど」
デュワリエ公爵の贈り物は、高価なドレスだったり、豪奢な花束だったり。受け取ったあと、「ええ~……」となるものばかりだった。
その辺に生えている野花であれば、いくらでも受け取る。
「えへへ、タンポポ、嬉しいです」
「そんなもので喜ぶとは、想像もしていませんでした」
「そんなものではないですよ。とっても素敵な贈り物です。ありがとうございます」
家に帰ったら、花瓶に入れて飾ろう。
朝から、ルンルン気分になった。
「そういえば、このタンポポ、従者さんが摘んできてくれたのですか?」
「そんなわけないでしょう。私が、公爵家の庭を探しまくって、やっとの思いで見つけたタンポポです」
「そ、そうだったのですね」
公爵家では、タンポポは雑草と見なされ、庭師が引き抜いてしまうらしい。
「あなたが嫁いできたら、庭一面をタンポポ畑にさせます」
「やめてくだされ……!」
思わず、妙ちきりんな言葉で止めてしまった。
それにしても、デュワリエ公爵直々にタンポポ摘みをしてくれたなんて。
「デュワリエ公爵のタンポポ摘みの現場を、見てみたいです」
「でしたら、我が家に遊びにきてください。三時間くらいかかると思いますが、あなたのためにタンポポを探し、摘んでみせましょう」
「三時間はちょっと、付き合いきれないかな……」
再び、ジロリと睨まれてしまう。
笑顔でタンポポのお礼を言って、執務室から退散した。
背後から、「まだ話は終わっていません!! 掃除だってまだでしょう!?」という叫びが耳に届いたが、聞かなかった振りをして全力で逃げた。
今日も、“エール”の工房は、平和である。
◇◇◇お知らせ◇◇◇
『身代わり伯爵令嬢だけれど、婚約者代理はご勘弁!』の書籍化が決定しました!
応援してくださった、読者様のおかげです。ありがとうございました。
レーベル、発売日などは近くなったらお知らせします。
書き下ろしたっぷりでお届けできたらなと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。




