第十九話目だけれど、婚約破棄作戦を実行いたします!
「どうして早く返事を出さないの? 一刻も早く、婚約破棄をしなければいけないのに」
「えっと、そう、だよね。いや、ちょっとアナベルに聞きたいことがあって」
「何よ?」
「デュワリエ公爵から、妹を紹介したいっていう手紙が届いたの。その、会わないほうがいいわよね?」
「当たり前じゃない。本当に結婚するわけではないのだから、会う必要なんて欠片もないわ」
「だよね」
心苦しいが、お断りの手紙を出さないといけない。
はーー……と、特大のため息が出てしまう。どうして、アナベルではなく、私が婚約破棄をしなければならないのか。
「婚約破棄も、手紙でしたらダメ? っていうか、アメルン伯爵がお断りするのを待つのはダメなの?」
「ダメよ。お父様はきっと、婚約破棄するときは政敵としてお断りするはずよ。その事態は、避けなければならないの。お父様は、わかっていないのだわ。デュワリエ公爵家を敵に回すということが、どういう状態なのかと」
政敵になった状態で婚約破棄すると、デュワリエ公爵の心証を害してしまう。国王派ではありませんと、大々的に宣言するようなものだという。
迅速に、穏便に婚約破棄をしなければならないようだ。
「いやいや、穏便な婚約破棄って、どうするの?」
「そこがあなたの、腕前の見せ所でしょう?」
アナベルみたいな一流貴族令嬢だったら、穏便な婚約破棄とやらもできるだろう。
私みたいな三流貴族令嬢には、難しい任務である。
「妹と会う話は保留にして、直接お会いなさいな」
「そ、それがいいかもしれない」
手紙だと、トゲトゲしくなってしまいそうだから。
乗り気ではないが、話があると手紙に認めて会うこととなった。
◇◇◇
三日後、私はデュワリエ公爵をとある喫茶店に呼び出した。
大衆向けの、人の出入りが多い喫茶店である。
デュワリエ公爵御用達の“シュシュ・アンジュ”や、フロランスお気に入りの“ジョワイユーズ”なんて予約できるわけもなく。
デュワリエ公爵みたいな、美貌の貴公子が出入りすることなど、普段は絶対ないのだろう。女性だけでなく、男性からも熱い眼差しを受けていた。
これも、私の作戦である。こんな人の多い所に呼び出して、我慢ならない。結婚相手として相応しくない! みたいに、デュワリエ公爵のほうから婚約破棄をしてくれる流れにならないか期待しているのだ。
しかし、しかしだ。先ほどから、注目をこれでもかと浴びているのに、平然と紅茶を飲んでいた。
けれど、平気なわけがない。きっと、我慢をしているのだろう。一応、わざとらしく謝っておく。
「あの、ごめんなさい。このような、賑やかな場所に、呼び出してしまって」
「いいえ。あなたと会えるのならば、どこでもかまいません」
思いがけない甘い言葉に、顔がカーッと熱くなってしまった。
デュワリエ公爵は生真面目に、婚約者との付き合いをしているだけなのだろう。他意はない。
なんだろうか、この、攻撃しているのに、まったく利いていない感があるのは。
負けてはいけない。
次なる作戦は、決まっている。
まず、注文したケーキを平らげ、店員を呼んでさらに三つのケーキを注文した。
社交界では、もりもり食べることは上品ではないと囁かれている。
ケーキを追加で三つも頼んでいたので、デュワリエ公爵は切れ長の目を見開き、瞳をまんまるにして驚いていた。
「ごめんなさい。わたくし、ケーキは四切れも食べられますの」
胸を張って、主張する。大食いの婚約者なんて、お断りだろう。
ケーキが運ばれてくる。一度に三つも食べるなんて、夢みたい。甘いものは大好物なので、ペロリと食べてしまった。
「驚きました。まさか、本当に食べるなんて」
「まだ、二切れは食べられそうですが、止めておきますわ」
四切れ食べきった時点で、かなりはしたないだろう。ちらりと、デュワリエ公爵を見る。
「健康的で、いいかと」
「は!?」
思わず素に戻り、聞き返してしまった。四切れもケーキを食べる女の、どこが健康的なのか。
「私の病弱な妹は、ケーキを半切れしか食べられません。その様子を見ていたので、あなたの食べっぷりに頼もしさを感じてしまいました」
「あら…………そう」
失敗した。大食いケーキ作戦が失敗するなんて。かなり自信があったが、まさか評価されてしまうとは思いもせず。
ケーキを余裕で四切れも食べたからか、「あの女、何者なんだ?」という視線が突き刺さる。群衆その一でいたいのに、自分から目立つ行動をしてしまった。
「出ましょう」
「え、ええ」
デュワリエ公爵が用意していた馬車に乗り込む。これ以上、お店で注目を浴びるのはいたたまれなかったので助かった。
窓の外を眺めていたら、アメルン伯爵邸へ続く道のりを通過してしまった。
「あの、わたくしの家は、さっきの通りを曲がったところだったのですが?」
「なぜ、もう帰ろうとしているのです?」
「いえ、だって、目的は済ませたので」
「ケーキを四切れ、食べたことですか?」
「……」
返す言葉がなく、探していたら笑われてしまった。
「お、お腹が、空いていましたの。普段は、こんなに食べるわけではありませんわ!」
「アナベル嬢、どうしてあなたは、そんなにお腹が空いていたのですか?」
「そういう日も、あるでしょう?」
「そう、でしょうか?」
「ええ!」
ケーキを四切れも食べたことが、今更面白くなったのか。
今日も、デュワリエ公爵は“暴風雪閣下”ではなく、“小春日和閣下”だ。
こんな朗らかに笑う人だなんて、知らなかった。
もう、『お前、おもしれー女』作戦は終わっているというのに。
デュワリエ公爵の笑顔に見とれているうちに、馬車が停まる。
「どちらに行かれますの?」
「我が家です」
私はとんでもない場所に、誘われていた。




