第十七話目だけれど、心配事が山積みです
悲観的になる家族を前に、私も自棄っぱちになる。
「わ、わかったわよ、デュワリエ公爵にも、本当のことを告げて、ごめんなさいって謝ったらいいんでしょう?」
そう叫ぶと、泣いている振りをしていた父の動きがピタリと止まった。立ち上がって私のほうへとやってくると、ガシリと肩を掴まれた。
「お父様、何?」
「ミラベル、それは、止めたほうがいい」
「どうして?」
「世の中には、正直に告げないほうがいい嘘もあるからだ」
母と兄も、同じ考えのようだ。神妙な表情で頷いている。
「もしも、アナベルの誘導で今回の計画が実施されたとなれば、デュワリエ公爵はアメルン伯爵家の本家を罰するだろう」
その一言で、父が顔面蒼白になりながらも忠告した理由を察する。
「アメルン伯爵は、デュワリエ公爵家にアナベルを嫁がせる気はない。その話は聞いていたか?」
「え、ええ。アナベルが、話していたわ。なんでも、公爵家に嫁げるほどの持参金を用意できないとかで」
「それもあるが、どうやら別の家の者と結婚して、社交界での立ち位置を変えようとしているらしい」
「それで、アナベルはどなたと結婚するの?」
「フライターク侯爵家の、現当主だ」
アナベルの結婚相手を聞いて、驚いてしまう。貴族名鑑を頭の中に叩き込んでいるため、すぐにピンときたのだ。
フライターク侯爵といえば悪辣な政治をし、貴族以外の者達を人とは思わない思想を持っていることで有名な人だ。年も三十八歳と、親と子ほども離れている。アナベルが、そんな人と結婚するなんて。
「でも、どうして伯父様は、デュワリエ公爵ではなく、フライターク侯爵を結婚相手として選んだの?」
「おそらく、第二王子派のフライターク侯爵が結婚を機に仕事面で優遇するとか、提案したのだろう。一方で、デュワリエ公爵は身内を贔屓するような人物ではないからな。その分、国王陛下からの信頼は厚い人物ではある」
「そう……」
確かに、デュワリエ公爵は変わっているが、自分の正義感のもとに動いているような頑固さはビシバシと伝わっていた。
フライターク侯爵については、噂でしか聞いたことがないのでよくわからない。
現在、国王派と第二王子派で、王宮内がよくない雰囲気らしい。
どちらにつくか宣言するのは、大変危険だと。
「とにかくだ。ミラベルの仕事は、穏便にデュワリエ公爵と婚約破棄すること」
「え、ええ。でも、そうなったら、アナベルはフライターク侯爵と、結婚、するのでしょう?」
父は渋面を浮かべ、押し黙る。アメルン伯爵家と、フライターク侯爵家の結婚には、賛成できないのだろう。結婚は貴族の義務だ。贅沢な暮らしが与えられるほど、結婚の責任感は重たくなる。わかっていたけれど、いざ直面すると、理解しがたい感情が心の中から溢れてきた。
「アナベルを、呼んでくる」
「ああ」
アナベルを交え、今後について話し合う。
フライターク侯爵の名前を出すと、アナベルは表情を歪め、唇を噛みしめながら俯く。ひとりで抱え込み、辛い思いをしていたのだろう。私達はアナベルの仲間だ。そう言うと、アナベルは瞳を潤ませていた。
驚いたことにアナベルは殊勝な様子で謝罪していた。身代わりについては自分が言い出したことなので、私に責任はないとも。うっかり、泣きそうになる。
アナベルが私の振りをするという話も、あっさり受け入れた。
「ミラベルみたいに、愛らしく振る舞えないとは思うけれど」
いつ、私が愛らしく振る舞ったというのだ。今日のアナベルは、なんだか猫を被っているように感じた。
「別に、ミラベルと同じように振る舞わなくてもいい。アナベルも、娘みたいなものだから」
父の言葉に、アナベルの瞳はウルウル潤んでいるように見えた。
◇◇◇
夜――アナベルが帰りがけに押しつけたデュワリエ公爵からの手紙を渋々読む。
そこには、驚くべき内容が書き綴られていた。
なんでも、妹に紹介したいと。最近は具合がいいらしく、起き上がって散歩に出かけるまで快方に向かっているらしい。
非常にめでたいが、これから婚約破棄するというのに、会ってもいいのだろうか。
頭を抱え込んでしまう。
しかしまあ、私と会うことで妹さんも気分転換になるのかもしれない。
どうするかは、一度アナベルに聞いたほうがいいだろう。返事は保留だ。
手紙を書き終えたら、すぐに布団へ潜り込む。明日は、親友フロランスと久しぶりに会うのだ。
彼女もデュワリエ公爵の妹同様病弱で、あまり会えない。
父からもらった“エール”のパンフレットを持って行って、新作について話さなければ。
今日一日、いろいろあったものだから、すぐに瞼が重くなる。
明日は楽しい一日でありますようにと、願いを胸に就寝した。




