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「……恵都」
彼女の名前を呼んだのは私だ。
交通事故に遭って、自分が死ぬとわかったとき、何を一番後悔したかといえば、大切な友達を自分のせいで失ってしまったことだった。
恵都は大切な友達だったのに、信じてあげられず彼女を死に追いやってしまった。
あの時恵都は、絶望して屋上から身を投げ命を絶ってしまった。
あれから私はとても後悔し続けた。誤解だったとはいえ、自分も恵都の死に加担していたことは確かだ。それがずっと後味悪く、尾を引いていた。
自分の死を見つめたとき、自殺した恵都のことが思い出されてならなかった。せめて恵都が迎えに来てくれたらと願い、そして謝りたいとも思った。
だけど私の前に現れたのは白いスーツを着たわけのわからない案内人と呼ばれる男性だった。
「もう話すこともできないから、私が勝手に君を利用させてもらうね。これから面白いものを見てもらう。そして君も参加してもらうからね。最初に言っておくけど、これは君がとても後悔していることだ。私は今、君と君の友達を救えたらと思っている。でもそれは簡単なことじゃないのはわかっているよね」
私と私の友達を救う?
そんなことができるのならそうしてほしい。せめて恵都だけでも助けてほしい。
そう願えば、私は恵都が自分自身である事を知らずに、恵都自身の体の中に入って過去を変えようとするのをずっと見せられた。
時々、私の確認を取るように案内人はにたついて私に視線を送ってきた。私は固唾を飲んでただ恵都を見守っていた。
恵都を救うには恵都自身が自分で気がつかなければならない。それを願ったのは私だった。恵都を助けられるのは彼女自身しかありえない。彼女ならやり直せると私は信じた。
手に汗を握りながら、私は心の中で彼女に生きて欲しいと強く念じていた。私が犯した罪、後悔、それらと向き合い、ただただあの時何かが変わっていたらと願わずにはいられなかった。最後のバズルのピースを探してそれが恵都に当てはまればきっと助かる。たった一枚の小さな希望の欠片。
見事に恵都は見つけ、全ては上手くいったけど、結局我に変えれば私が見せられたものは『もしもの世界』であって、現状は何も変わってないことに気がついた。
私は魂となって今、虚しく宙に浮いていた。
でもそれは決して悪くはなかった……。そう思い込もうとしていたのだけど、もしもの世界であったとしても、恵都は自分の魂を自分で救ったことになるのだから。私はそれを知ることができただけでも救われたのかもしれない。
きっとそれが案内人の意図することなのだろう。
もう死んでいるのだから、魂が満足すれば成仏できるというものだ。きっと恵都もそうなっているのだろうと私は願っていた。目を閉じて穏やかに全てを受け入れようとした時、自分の名前を呼ばれた
「利香!」
声の方向を見ればそこに恵都がいる。
気がつけば私は高校生の姿となり、走り寄って来る恵都を力強く受け止めていた。そして全力で謝罪する。
「ああ恵都、本当にごめんね」
「ううん、そんなことはもういいの。また利香に会えたことが嬉しい」
私たちは暫く抱き合った。かけがえの無い友達との再会。これで悔いはない。
「ようやく二人の仲は元通りに戻りましたね」
白いスーツを着た案内人が祝福の拍手と共に再び現れた。
「案内人さん!」
私と恵都は驚いて同時に叫ぶ。
それが楽しいとばかりに案内人はにやりと笑った。
「さてと、ここからは二人の答え次第です。この後どうしたいですか?」
どうしたいといわれて、私たちは困惑した。
お互い言葉につまった。
よく考えれば今、自分たちは生きてない。
もしもの世界を見ただけで現実は恵都も自殺した事は変わってないのだろう。
あの世に行く前に恵都と和解できたとはいえ、現実が何も変わってないのなら私の後悔は実際にはそのままであり、それは恵都も同じことに思えた。
「私は……」
面白いほど恵都と息がぴったり合って二人してはもった。お互いの気持ちが手に取るように伝わってくる。そして私たちは一緒に叫んだ。
「生きたい!」
案内人はわかりきっていたかのように私たちに丸いものを一つずつ両手に乗せて差し出した。
それはラメが入ったようにキラキラとしたラムネだった。
「これは今までのものとは違う過去へ戻れる片道切符です。あなたたちが戻りたいと願ったところへと戻ります」
私も恵都もそれを手にし、お互い顔を見合わせた。
案内人に最後に礼を言う。
「お礼なんていいんですよ。私も楽しみましたから。利香さんがもしもの世界を願い、恵都さんが見事にそれをクリアしたからですよ。できない人たちもいてそのまま天に召されることもあるんですよ」
この人は何かのゲームでもするように色々と死んで後悔のある人を試しているように思えた。私たちは見事に合格したのだ。
「でもこれからは二人次第ですよ。この先の未来をどうするかはあなたたちがどうしたいかですからね」
案内人のウインクを合図に私たちは同時にラムネを口に放り込んだ。
確かにしゅわっとして体がすごい力で引っ張られた。
気を失うくらい訳がわからなくなっていたけど、視界が開けて正気に戻った時恵都が椅子から立ち上がっているのが目に入った。私が後ろを振り返りそれを見ていた。
恵都もその時戻ってきたばかりなのか困惑している様子だ。
私は瞬時に把握した。これは自己紹介の時だ。私はもう一度最初から恵都と友達になりたいと願ったのだ。
そうだ思い出した。あの時私が振り返り、彼女に言った言葉があった。
「落ち着いて。好きなものを言えばいいよ」
そして口パクで『ラムネ』と言ってみた。
恵都はすぐさま理解する。
「あっ、好きな食べ物はラムネです!」
堂々と言い切った恵都。おどおどしている彼女じゃなかった。そしてその後を続けた。
「私は精一杯、生きたいです! 宜しくお願いします」
その声は教室に広がり、皆を圧倒させた。
私たちだけがその言葉の意味の重みを知っている。
私にはとても胸に響き、涙がこぼれそうになっていた。
了




