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 薄暗い部屋。恵都が机に座ってじっとしている。

 私が回りこんで様子を探れば、スマホの待ち受けをじっと見ていた。

 それぞれパステルカラーのマカロンを持ち、頬寄せ合って楽しそうに笑っている四人の姿。恵都の大好きな友達……のはずだった。

 自分じゃないと言っても信じてもらえず、簡単に壊れてしまった友情。

 恵都が気の毒すぎる。

 恵都を慰めたくて何度も恵都の周りをグルグルし、そして体の中を行ったり来たりと通り抜ける。恵都の感情はその都度私に強く流れ込んでくる。

「なぜ、こんなことにならないと行けないの?」

 恵都は悲しみと苛立ちと悔しさの交じり合った怒りで、突然スマホを机に叩き付けた。一度じゃなく何度も。スマホに八つ当たりだ。

 スマホにひびが入っていた理由はこれだった。

 恵都の目から溢れる涙。大声で泣き叫びたいのを無理に我慢してぐっと歯を食いしばり、体をこわばらせる。

 恵都、恵都!

 私が呼んでもその声は届かない。

 でも私は彼女と重なる。彼女の悲しみを感じながら、ことの発端を考えていた。

 なぜ恵都が貶められなければならなかったのか。それは恵都には防ぎようのない人の悪意に巻き込まれてしまった。恵都は悪くない。でも無防備すぎた。見るものによっては嫉妬をしてしまうのかもしれない。

 自分も信じられないけど、犯人は絵梨だ。唯一いい気味だと心の中で笑っていた彼女。そこまで恵都を嫌っていた理由はなんだったのか。

 まず、第一に絵梨が紗江と友達になったのは本人にも恵都にも運が悪かった。紗江は事あることに恵都の悪口を吹き込んだ可能性がある。

 人からネガティブな情報を予め刷り込まれてしまった。それと同時に恵都に興味を持って観察してしまう。恵都はクラスでも目立つグループに所属し楽しそうにやっている。

 それなのに自分のグループは楽しくない。

 まだこの時はそんなに恵都に対して嫉妬をしてなかった。だけど、飛鳥先輩とのやり取りを見て、一気に火がついた。

 絵梨が飛鳥先輩と話した時、同じクラブの部員なのに相手は自分のことを知らなかった。それどころか、恵都を好みだといってマネージャーにつれて来いとリクエストする。

 飛鳥先輩に憧れていた絵梨にはショックな話だ。そこで、遠足のバスの中で恵都の気持ちを探りにきた。根掘り葉掘りぶつかった時の事を訊いたものの、清美と由美里が恵都は悪くないと庇いだす。それも気に入らなかっただろう。どうして恵都ばかりが好かれるのだろうと納得できない。

 この時、私が中に入っていたから飛鳥先輩のことなど全然知らなかった。それもあって恵都は彼に対して興味がないと思われただろうけど、絵梨は確かこう言ったはずだ。

『恵都みたいなタイプは飛鳥先輩の趣味じゃなさそうだけど』

 でも実際はそうじゃなかった。飛鳥先輩は好意を抱いていた。なぜ嘘をついたのか。廊下での出来事を浮遊して見てた時は違和感を抱いたけど、今ならはっきりとわかる。

 絵梨は恵都に敵意を持っていた。

 恵都に悩みを聞いてもらい、紗江の話題を出すことで親近感を持たせて近づく。自分を拒めないようにもっていき、そして恵都を出汁にしてグループに入り込む。

 グループでは恵都が好かれてかわいがられているのが気に入らない。それが悪意になって絵梨から意地悪をされてしまった。

 恵都もまさか身近にいる絵梨がそんなことを企んでいたなんて微塵も思わなかっただろう。それよりも人助けをしたと思っていたに違いない。

 なんで恵都ばかりがこんな仕打ちを受けないといけないのだろう。

 恵都ももっと強かにならないと。いつも受身で、人の言うことを疑うことなく聞いて、文句も言わず、抗うことをしない。

 恵都が変わらなければ、私がいくら中に入って過去を変えたところで何も変えられない。

 私はどうすればよかったのだろう。

 私も悔しくて、恵都の中で一緒に泣いていた。

 その時、小さないくつもの泡がパチパチとはじけだした。梱包のプチプチをつぶしているようなはじけ具合だった。

 それが無数に連続して弾けると、私はまた教室の中で浮いていた。


 教室は騒がしく、何かの準備をしている様子だ。板を組み立てたり、色を塗ったり、誰もが忙しく手を動かしていた。

「これであさっての文化祭に間に合うのかな」

「適当でいいんじゃねぇ? お化け屋敷だから、暗くしとけばそれだけで雰囲気でるし」

 誰かが話しながら作業していた。みんなで文化祭の出し物の準備をしている様子だ。

 黒板を見て日付を確認したとき私は身が縮まった。十一月一日。恵都が屋上から飛び降りる日だ。時計を見れば三時四十四分となっていた。確か、案内人が言っていた飛び降り時刻は三時五十九分だ。あと十五分しかない。

 恵都はどこにいる? 全体を見回したけど見つからない。まさかすでに屋上にいるのでは。マッハで壁と床をすり抜けて屋上に飛んだ。

 ハラハラしながら辺りを見回したけど、恵都が居る様子はなかった。一瞬ほっとするも、時間は刻々と迫っている。再び教室に戻り、急いで英一朗の元に行く。

 英一朗、お願い、恵都を探して。

 彼の中に入ったり、出たり、顔の前で何度も呼びかけたり、私は念を送り続けた。

 英一朗は私に気づくことなく、黙々と大きな紙に色を塗っていた。

 絵梨は利香たちと一緒にいた。新聞紙を丸めて服に詰め込み大きな案山子(かかし)を作っている。

「うわ、手が真っ黒になっちゃう」

 絵梨が汚れた手を利香に向けた。

「やめてよ。さっさと作ろうよ」

 利香はあまり乗り気じゃなさそうだった。

 由美里も清美もどこか浮かない顔をして作業を進めている。楽しくなさそうだ。

「おーい、お化け役って誰がするの?」

「矢野にさせればいいんじゃない?」

 男子たちが勝手に言うと、利香ははっとして振り向いた。

 男子たちは好き勝手に恵都をネタに笑い出した。

 それを横目に利香が由美里と清美に声を掛けた。

「ねえ、私たち恵都を無視してるけど、これでいいのかな?」

「いいこともないけどさ、やっぱり許せないじゃん……」

 由美里が口を尖らせて言いにくそうに言った。

「でもさ、先週の体育の授業で、恵都が私たちに突然自分が何をしたのかって突っかかってきたじゃない。あれから気になっちゃって」

 利香は作業する手を止めていた。

 先週の体育の授業といえば、私が初めてタイムリープしたときのことだ。何も知らなかったから強気で食って掛かったんだった。あれがここにきて効いていた?

「確かに私も気になった。みんなはバスケの試合中、恵都を露骨に邪魔者扱いして、それで恵都は抵抗したのかな?」

 清美が言った。

「本当にあれ、恵都がやったんだろうか」

 利香は今になって疑問を抱く。もっと早く気づけっていいたい。本当の犯人はあんたの隣にいるでしょ。

 私が言ってもこの声は届かないのが虚しい。

 絵梨を思いっきり睨んでも全然伝わらない。

「あっ、あれ見て」

 絵梨が黒板を指差した。

 そこには髪の長い不気味な幽霊の絵がかかれ、矢印で矢野恵都と名前が書かれていた。

「罪滅ぼしに本当に死んでさ、それで本物の幽霊になってお化け屋敷に参加してくれたら、最高なんじゃねぇ?」

「そしたら、罪も許されるってもんだ」

 そのうちふざけて『死ね』という文字が書かれた。

 その時、恵都が紙の束を沢山抱えて教室に入ってきた。黒板に書かれている絵と文字を見て、目を見開いた。

 みんなが恵都を見ていた。誰も庇ってくれる人がいない。

 持っていた紙の束が恵都の手から零れ落ち、床にぶちまけてしまう。

「ちょっと、絵の具ついちゃうじゃない」

「何やってんのよ。自分の分担もきっちりできないの?」

 側にいた女子たちが男子の意地悪に便乗して恵都に冷たく当たった。

「ご、ごめんなさい」

 恵都は床に落ちた紙を拾い、それを黒板の前の教卓に置いた。

 教室が静まり返り、恵都は黒板に描かれた絵と文字と共にみんなに見られていた。

 時計を見れば三時五十分を過ぎている。

 恵都の瞳の光が消えていた。絶望しきったその瞳で黒板に振り返り、そこで自分の名前と『死』の漢字を見てしまう。

 ずっと耐えてきたものがプツンときれたようなそんな音が私には聞こえた。

 ダメだ。恵都は死を意識している。

 みんな、どうしてそこまで追い詰める? 実際、虐めている奴のほとんどは面白半分で便乗しているだけだろう。

 恵都は震える足で静かに教室から出て行く。それをクラスはじっと見ていた。

 その後、廊下に出たとたん冷たい視線から逃げるように走っていってしまった。

 利香は由美里と清美を交互に見つめ、罪悪感に苛まれている。だったら、声を掛けてあげてよ。

 絵梨は少しやりすぎた感を持ちつつ、もうどうしようもないと最後まで素知らぬ顔をして割り切っていた。

 紗江は目をそらし、自分の作業を黙々としている。自分も恵都と同じ立場で虐められる側に近く、危ういことを知っているからだ。

 英一朗は奥歯をかみ締め、そして立ち上がる。

 黒板の前に来て、イレイザーをもって落書きを消した。


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