第十二話「新たな敵 その2」
再生する魔物たちをルーシェとの連携で倒しながらレアドの目の前まで辿り着いた俺は、拳をレアドへと向けて振りかぶった、が。
異常が、訪れた。
それは俺もルーシェも関係ない。まったく別の要因だった。
「アアアアアアアァァァァァァアアアア‼‼‼」
人のものとは思えない、咆哮のような何かが聞こえた。
体の芯まで震わすほどに大きく、低い音。
あまりの音量に俺は思わず顔を歪めて耳をふさいだ。
レアドも想定外だったらしく、テレポートをせずにその場にいたままだった。
音が聞こえたのは、レアドが破壊して入ってきた壁とは反対側。この研究所の構造的には奥側だ。
「なん――」
ドゴォォア‼ と、壁をぶち破って何かが侵入してきた。
俺とレアドとは反対側の壁。つまり、その異常にもっとも近いのはルーシェだ。
こいつを殴る前に、まずはルーシェの安全を確保しなければ。
「ルーシェ!」
走り出して、俺はようやくあの壁を破壊した正体を目撃した。
機械だ。魔物ではない。二足歩行で手が二本。人型なのだろうが、それにしては異形だ。胴体部分がラグビーボールを縦にしたような楕円形に膨らんでおり、頭部と呼べるものはどこにもなかったのだ。銀色の装甲で覆われたその機械は、断末魔のような音を出しながらこちら側へ走り始めた。
「ちょうどいい。奥の手を使おうと思っていたところなんだ」
ルーシェのもとへ走っていた俺の耳に、そんな声が届いた。その声はレアドのものだった。彼は不敵に笑みを浮かべて口を開く。
「【転送】」
一瞬のうちに、レアドが機械の背後に回った。当然、機械はレアドの瞬間移動に気づいていない。レアドは無防備な背中にそっと手を当てると、
「【従魔】」
おそらく、それがレアドの魔物を操るスキルなのだろう。しかし、機械に対して使っても効果があるのだろうか。いや、テレポートを使えるときに俺たちから逃げずに機械の後ろへ回ったということは、機械を操る術をもっているということなのだろう。
しかし、機械の動きは止まらなかった。
「アアアアアアアァァァァァァアアアア‼‼‼」
触れられたことでレアドの気配を感じ取った機械が、体を回転させ、その勢いを拳に乗せて裏拳をレアドへと打ち込んだ。
必死に腕で防御をしたが、レアドの体が浮き、そのまま魔晶石を並べる壁へと吹き飛ばされた。
せき込みながら立ち上がったレアドは、口の端から流れる血を拭きながら言う。
「まじ、か……⁉ じゃあ、あの機械の中身は……っ‼」
俺達には理解のできないことを呟きながら、余裕のなくなったレアドは機械を睨みつける。
「できればあんたを倒して魔王さんから褒美をもらいたいところだけど、ここは引くべきだな。――【転送】」
次の瞬間に、レアドの姿が俺の視界から消えた。ルーシェの近くへ走っていた俺は、レアドを止めることが出来なかった。
だが、状況が一変した今は仕方ないと割り切ろう。それよりも、まずはルーシェだ。
「ルーシェ、怪我はないか?」
「はい。幸い、私より先にあの魔王軍に攻撃がいきましたから」
「それなら、あの機械の正体は分かるか? なんか、レアドが意味ありげなことを言ってたんだけど」
鈍い音を放ちながら、機械は楕円形の胴体をこちらへと向けていた。
俺はルーシェの手を引いて安全な距離をとりながら返事を待つ。
「外側だけを見た限りではなんとも言えません、が。あの声のような音が鳴る機械は、私の知識にはありません。おそらく、そこから探るのがよいかと」
そんな考察をしながらも、機械から逃げつつ仕留め損ねていた魔物を撃つことを忘れないというなんとも器用なことをしているルーシェ。
とりあえずは、あれを倒すという方針でいいのだろう。
「じゃあ、とりあえずぶん殴ってみるか?」
「もしかすると、あの機械に『女神の心臓』が使われている可能性もあるかもしれません。出来れば慎重にお願いします」
そうだ。あのレアドの反応は異常だったし、中身がどうかとか言っていたはずだ。
なら、加減をしてあのラグビーボールのような装甲だけ割るつもりで。
「よし、任せろ!」
あのレアドへの攻撃を見る限り、打撃系しかしてこないとヤマを張って、俺は機械の手足のみに集中して距離を詰める。
ブンッ! という風の切る音が聞こえ、俺は屈むようにして機械の右フックを避け懐へ入った。
続いて、俺は拳を握りしめて機械の胴体へ壊し切らないような力のパンチを打った。
「アアアアアアアァァァァァァアアアア‼‼‼」
楕円形の装甲に亀裂が走る音と同時に、再び断末魔のような低い声が轟いた。
どうやら力加減は上手くいったらしい。手足には損傷はなく、胴体の表面のみが割れていく。そして、
「な……ッ⁉︎」
「これは……」
俺の動揺はもちろん、ルーシェも変わらず無表情ではあるが驚いているというのは見るだけでわかった。
俺は唾をゴクリと飲み込み、正面の機械を見つめる。
「人が……乗ってるのか……?」
思わず声に出したが、その言葉が本当に正しく今の状態を表せている自信がなかった。
俺は改めてその機械を見る。
楕円形の装甲の内側は、コックピットと呼ぶにはあまりにも小さかった。例えるなら、パワードスーツのようなものを着ているように、隙間なく体が機械に埋まっていた。たが、埋まっているといっても手は肘から先、足は膝から先のみ埋まっており、あとは装甲のない今は無防備に露出しているだけだった。
それに、乗っている人間も異常だ。
生きているように見えないのだ。まるで、悪魔に取り憑かれてしまったかのように。
意識を失っているのだろうが、機械によって強引に体のみを覚醒させられ、身体中の血管が浮かび上がり、口元からは唾液が垂れ落ち続けていた。
それに、機械に飲み込まれているのはどう見ても還暦を超えた老夫だった。
「いえ、あれはおそらく魔晶石ではなく人間を動力として機械が動いているのだと推測されます」
「嘘だろ⁉︎ どうして人が動力になるんだよ! 魔晶石ならたくさんあるんだろ⁉︎」
「はい。基本的に機械の運用には魔晶石を使うのが普通です。しかし、人間を動力とする場合、機械の作動にもっとも重要な処理能力全般を人の頭で行うことが出来ます。ゆえに、細かなチェックやテストの過程を大幅に省くことができます」
老夫に憑りついた機械がまた動き出したのを見た俺は、ルーシャと逃げながら会話を続ける。機械の動きが速くないのは僥倖か。
「だからって、どうしてあんな無残な姿になるような真似を……‼」
「肉体にかかる負担、暴走のリスク。他にも様々な要素は考えられます。しかし、それでもあのように身を犠牲にする理由を考えるのです」
「理由……?」
走りながら後ろに銃口を向けて魔晶石を並べる棚を打って倒すことで機械の足止めを図りながら、ルーシェは落ち着いた声で、
「はい。まずはあの機械に乗っているのが誰なのかです」
「そんなこと分かるのか? ただのじいさんってことしか分からないだろ?」
「いえ。今のドーザの環境をお忘れですか? 魔王軍からの避難と、それに伴うパニックによって、町の人は全員ドーザにいないはずなのです。それなのに、たった一人でこの場所にい続けようとした人がいるとするなら。そしてその人が、年老いた男性であるのなら」
そこまで言われて、俺は初めて気がついた。
そうだ。そもそもここはどこだ。研究所だ。誰の? アルベルやルーシェ曰く、ミドロルと言う名の博士の研究所。そして、博士は六〇を超える男性だと。
なら。答えは。
「あの暴走した機械に乗ってるのが博士って人なのか!? でもなんでだよ。余計あの機械の危険性は分かっていたはずだろ!?」
「はい。ですからこう考えるのです」
淡々と、簡潔に。後ろから聞こえる研究所の壊れる音や機械の鳴らす禍々しい叫びなど聞こえていないのかのような表情で。
ルーシェは言った。
「そのリスクが分かっていてもなお、機械を使って守りたいものがあったのだと」
「それじゃあ、あの博士が暴走した理由ってのは……‼」
「まだ推測ですが、魔王軍から『女神の心臓』を守るため、というのが考えられる限り最も可能性が高いです」
この町を発展させた張本人が、あの暴走した機械だっていうのかよ。
俺は振り返って機械と、その中に呑まれる博士を見た。
見るも無残。正常な人の姿ではなかった。でも、そうまでして守りたいものがあったんだろう。きっと、『女神の心臓』だけじゃない。この町を魔王軍から守りたかったんだろう。
放っておくわけには、いかない。
「ルーシェ。助けるぞ、あの博士を」
だが、俺の横を走るルーシェからの返事はこうだった。
「出来ません」
「なん……ッ!? どうしてだよ!」
「ハヤトさんの助けたい、という気持ちは分かります。ですが、あそこまで機械に体を侵食されているうえに、機械に動力として使われているために命もわずかでしょう。助けることで私たちが得られるメリットとデメリットが釣り合いません」
普通に考えれば、きっと正しい判断なのだろう。
でも、俺はそれを見捨てる理由にしないって決めてるんだ。
「そんなの関係ない! 俺は目の前で苦しんでいる誰かを見捨てないって決めたんだよ!」
「非合理的です。あの機械を破壊するなら賛成ですが、あの老人を助けることには反対です」
「違う! 機械も壊す。あの博士って人も助ける。俺は全部を救うんだ!」
「いいえ。あの人はもうすでに機械の一部も同然です。選ぶならどちらか一方です」
「知るかよ! あの人がまだ生きてるじゃねえか!」
「機械に命はありません」
あの博士って人が機械と一体化してしまっている以上、助けることは不可能。
あの人はもう人間ではない。機械だから、命がない。
だったら、どうした。
「知らねぇよ。こちとら魔族に王女まで片っ端から関わってんだ。今更機械ごときで止まってたまるかよ!」
「ですが――」
「なら、今は逃げる! んで、『女神の心臓』を探しながらあの人を助ける方法を探す! それならいいだろ!?」
「それならば賛成です。どちらにせよ、あの機械を排除する方法を探さなければなりませんから」
よし。これでとりあえずルーシェは手伝ってくれる。
博士と機械が一体化しているとルーシェが判断した以上、あの機械から博士を切り離して助けることの難易度は知識がない俺でもよく分かる。
だったらまずは、落ち着いて作戦を練れるようにあの機械から逃げなければならない。
「ルーシェ! この研究所の構造は分かるか?」
「中の作りは分かりません。知識があるのはその周辺です」
「それで、構わない! この下には何がある!?」
「この下でしたら、おそらく研究所と大まかな作りは変わらないはずですので、火災時に使うために町の周辺から集められた消火用の砂漠の砂を貯蔵する空間になっているかと」
「完璧な回答ありがとよ! 落ちるんじゃねぇぞ、ルーシェ‼」
後ろから鈍い足音を鳴らしながらこちらへ走ってくる機械の方を向くと、俺は拳を強く握って下へと振り下ろした。
鉄だろうがコンクリだろうが、俺の打撃には関係ない。
地震のような揺れの直後に、床が一気に崩れ落ちていく。逃げ回ってはいたものの、ここが魔晶石の管理場だ。床とともに部屋にあった魔晶石たちが棚ごと下へ落ちていく。
先に距離を取って落下から免れたルーシェに続くように、俺もすぐに移動して機械の様子を見る。
「アアアアアアアァァァァァァアアアア‼‼‼」
その機械の重量では、落ちていく床から逃げていくことは出来ないようだった。
まるでアリジゴクの巣に飲み込まれるかのように、博士を餌とする機械が下の階層へと落ちていく。
下が砂なら、落下で死ぬこともないだろうし、身動きが取りにくいから時間稼ぎにもなるはずだ。必ず助けるから、今は待っていてくれよ。
崩れる床の淵でその姿を見届けた俺は、踵を返して歩き始める。
「行こう。必ず博士って人を助けよう」
「……、」
ルーシェはすぐに返事をしなかった。
少し考えるように時間をおいて、崩れた床を一瞥したルーシェは、人形のように表情を変えないまま口を開いた。
「機械に、命はありません」
ただルーシェはそう言って、俺の横を歩き始めた。




