第六話「記憶喪失のルーシェ」
目指すはドーザの東側。探しているのは『女神の心臓』。隣にはクソ勇者と、いつでも炎を吐いてやるぞって顔で俺を見つめる龍人の少女、ラキノ。
昨日泊まった民家を出発してから、三〇分近く歩いただろうか。
被害は少なく、壊れていない警備ロボットも多い地域までやってきた。
それにしても、ここも人がいないというのも不思議な感覚だ。これぐらいなら避難する必要もない人だっているだろうけれど。
「魔王軍の侵攻の勢いが激しかった西側の人が流れるように東へとやってきて、こちら側はこちら側でパニックだったんだ」
機械技術の進歩によって急激な発展途上にあったドーザは、その拡大にインフラがついていっていなかったようで、町の半分では全ての町民を支えきれなかったらしい。
その混乱を目の当たりにしたアルベルが、数日間だが人々を避難させ、皆が落ち着いた頃に西側の復興を開始しようと考えたようだった。
「それは大変だったな。でも、避難に反対の人だっていたんじゃないのか?」
「勇者の肩書きというのは、こういったときに役に立つんだ。今まで積み上げてきた信頼があれば、人々の避難ぐらい簡単だ」
「はいはい。そーですかー」
適当な返事をしながら、俺は周囲を見回した。
朝よりも起動中の警備ロボが徘徊しているせいで、堂々と真ん中を歩くことができない。
敵として反応するのはラキノだけのようだが、だからといってラキノを置いていくこともできない。
「なあ、ラキノ。お前には翼あるんだからさ、ちょっと空飛んでロボたちを引きつけてくれよ」
「無理っすよ。私の翼はまだ空を飛べるほど成長してないっす」
きっぱりと言い切るラキノは、申し訳程度にパタパタと背中に生えた翼で地面の砂が舞う程度の風を起こしていた。
と、俺はまだ成長していないという言葉でラキノの年齢を知らないことを思い出した。
「そういえばラキノって何歳?」
「二十歳っす」
「えぇ⁉︎ ウッソ、二十歳⁉︎ そんな馬鹿な⁉︎」
「まあ、これでも半分はドラゴンっすから。寿命も長いってわけっすよ。逆に、百年ぽっちしか生きられないハヤトさんたちが可哀想っす。ぷぷっ」
小馬鹿にしたような笑いに若干のイラっとしたが、それよりも驚きの方が優っていた。
俺と同じくらいだったのか。シアンといいラキノといい、年齢の割に精神年齢が低いのはそれこそ寿命が俺よりもずっと長いからだろうか。
「お、あそこにも警備ロボがいるぞ」
ロボットを避けるために民家の間の細道を通っていたのだが、その道の先にノロノロと動く警備ロボが見えた。
発展途上なだけあって、綺麗に整った区画ではなく、建物をたくさん建てたその隙間としてできた細道のようで、整備されているわけでもまっすぐなわけでもないため、遠くがあまり見えないことが多い。
今回は運良く見つけられたが、色々と気をつけなければならない。
「よし、じゃあ一回横の道に入って様子を見よう」
葉っぱの脈のように枝分かれする道なので、身を隠すには好都合だ。
まずは、見つかったらマズいラキノを一番最初に横に誘導する。
「あっ」
道を曲がったラキノが、思わずといった感じでそんな声を出した。
なんだろうと思ってすぐに俺も後を追うと、そこには警備ロボと正面から向かい合うラキノ。
「俺たちが隠れようとするってことは、当然ロボットが潜んでる可能性もあるってわけだ……」
「そ、そんな冷静に分析してる場合じゃないっすよ! ど、どうするんすか⁉︎ ほら、私を見つめてピコピコ鳴ってるっす! もう数秒も経たないうちに他の機械を呼ばれちゃうっすよ⁉︎」
「とりあえずそれをぶっ壊せ! 間に合わなかったらすぐ近くの家に隠れるぞ!」
「んなこと言われたって私はそんな簡単にこいつを壊せるような力はないっすよぉ!」
涙目のラキノが俺の方へ振り返った瞬間、ビィィィイッ! と機械がけたたましい音を鳴らして小刻みに震え出した。
恐らく、周囲のロボットを呼ぶための警報音だと思うが、かなりマズい。
またロボットから逃げて身を潜めてまた立ち往生ってのはごめんだ。さっさと『女神の心臓』を見つけてクソ勇者とおさらばしたいのに。
「ラキノ、ちょっとどけ! この機械をぶっ壊して――」
ダンッ! という鈍い音が、俺が拳を機械へ向けた瞬間にそれを貫いた。
何かしらの攻撃があったのか、ドラム缶の形をした機械の中心に小さな穴が開いていた。
今のはアルベルなのか?
振り返ってアルベルを見るが、彼も不思議そうに首を振った。
「今の攻撃は私です」
音源は頭上。民家の屋根の上からだった。
見上げると、そこにいたのはボロボロになった白いワンピースを着て、手に小型の拳銃のようなものを持った女性。
人形のような整った顔で、それこそ人形のような無表情をしたその女性は、淡々と言う。
「先ほどの警告音で、機械たちが集まっています。身を隠すのならば早くこちらへ」
上から見下ろしているために顔の横に垂れた長い黒髪をかき上げながら、女性はそう催促した。
得体の知れない人の言葉を鵜呑みにするのは少し躊躇われるが、だからといってここで立っていても何も変わらない。
俺はアルベルとアイコンタクトをしたのち、半泣きのラキノを担いで屋根の上まで飛び上がった。
「あの類の警備ロボは上方を警戒しません。正面から見上げられると気づかれますが、それ以外なら屋根の上を走るだけで容易に逃げられます」
言いながら、女性は手招きをして誘導するように走り出した。
見たところ、ボロボロの白いワンピースしか着ていないようで、靴すらも履いていない。
しかし、そんなことお構いなしというように屋根を踏みつけて先頭を走っていく。
走りながら、俺は問いかけた。
「なあ、なんであんたはそんなにあの機械に詳しいんだ?」
その問いかけに対して、彼女は間を空けずにこう言った。
「さあ、なぜなのでしょう?」
「……え?」
あまりにも簡単にそんな答えが返ってきたので、俺は思わず声を漏らしてしまった。
担いでいるラキノも不思議そうな顔をしていた。
「詳しいことは後で話します。とりあえずは身を隠しましょう。あの警告音は一体だけなら他の機械は誤作動と処理してそれ以上は追ってきません。一〇分もすればまた外へ出れるでしょう」
それから、数分もしないうちに俺たちはこの女性に連れられて一つの民家に入った。
どこも不思議なところはない、一般的な家具が適度に空間を埋める部屋。おそらく彼女の家ではなく、避難の際に空いていただけなのだろう。
座ってくれ、という仕草を無言で見せるので、俺たちは並んで腰を下ろす。
「あの。まずはありがとう。助けてくれて」
「いえ、構いません。私も訊きたいことがありましたから」
「訊きたいこと?」
「はい。それは――」
「ちょっと待ってくれないか?」
遮るように、アルベルが言った。
文句を言おうとした俺を手で制すると、少し低めの声で言う。
「あの機械に追われているということは、この町で敵と判断されるような存在ということだ。普通の人ならば、助けるなんてしないはず。君は一体何者なんだ」
「なるほど。まずはそれを説明するべきでしたか」
アルベルから放たれる突き刺すような敵意を受けても、一切表情を変えずに女性は言う。
「私は記憶がないのです」
その場の空気が変わった感覚があった。
その言葉が持つ意味をうまく飲み込めなかった俺は、無意識に声を出していた。
「記憶がない……?」
「はい。正確には昨日より前の記憶がありません」
「ちょ、ちょっと待てよ。記憶喪失なら、どうしてあんなに機械たちに詳しかったんだ?」
「さあ、なぜなのでしょう?」
「どういう……」
「あの機械たちの知識はあるのですが、その知識をどこで得たのかが分からないのです」
記憶を失ったからって、歩き方とか言葉とか、知識に関しては欠落することなく、その人が誰で、どんなことをしたのかなどの記憶だけが抜け落ちているってことか。
それなら、機械に詳しい人だったのだろうか。
「先ほどの、青い服のあなたの質問にお答えします」
視線をアルベルへと移すと、女性は無表情のまま、
「私が何者か。それは分かりません。なにせ記憶がありませんから。私はこの町でなにかしらの理由で気を失っていたらしく、この近くで倒れていたようです。そして目を覚ましたのが昨日、というわけです」
「それで、どうして俺たちを助けたんだ?」
「私が何者か分からない以上、機械に狙われたからといってあなた方が私の敵とは限らないからです。それに、尋ねたいこともあったので」
尋ねたいこと? なにも、どうみてもこの町の住人ではない俺たちを助けてまで訊きたいことなどあるのだろうか。
アルベルやラキノも怪訝な顔をしていた。
そんな俺たち三人を見ながら、一つ呼吸を置いて女性は言う。
「私は『女神の心臓』というものを探しています」
「な、に……⁉︎」
アルベルの警戒心がさらに増したのが一目でわかった。
当然だろう。この町で『女神の心臓』を狙っている存在は、魔王軍しかいないからだ。
でも、この人が魔王軍には見えない。
「ラキノ、この人は魔王軍か?」
「いいや、私はこんな人知らないっす。私は出発前に少なくとも一回は全員と顔を合わせてるので、魔王軍としてここに来ていればすぐに分かるっす。だから、この人は魔王軍の関係者ではないはずっす」
「だってよ、クソ勇者」
こうやって言ってやらないと、この正義馬鹿はすぐ剣を抜こうとするからいけない。
俺の言葉を聞いて、とりあえずは落ち着いたアルベルは一度座りなおしてから、
「……それで、どうして君は『女神の心臓』を探しているんだ」
「それも分かりません。ただ、『女神の心臓』を見つけ、誰から守るという意思のようなものだけはなぜかあるのです。自分でも浮いたような感覚があるのが分かります」
「じゃあ、その銃は?」
俺が指差したのは、機械から守ってくれたときに使っていた銃だ。
エストスの魔弾砲よりも一回り小さく、本当に現代のドラマで見るような形だ。
この世界の人は銃のような武器を使う人がいないので、かなり違和感を覚えた。
女性は自分の持つ銃を観察するように見つめてから、
「これは『魔弾銃』と呼ばれる飛び道具で、欠片ほどの魔晶石を詰めた弾丸を引き金を引くことで発射し、攻撃するものです。ですが、これもこういった知識だけで何故持っているかはわかりません。目が覚めたときには持っていました」
「う~ん。話を聞く限りはただの一般人って感じはないな」
「私もその結論に行きつき、明らかに一般人ではないあなた方との接触を思いついたのです」
「そんで、『女神の心臓』の在りかを尋ねたかったと」
「はい。その通りです」
「それは残念だが、俺たちも『女神の心臓』を探してたところなんだ。場所は分からない」
俺がそう素直に告げても、彼女は顔色一つ変えずに「そうですか」とだけ言った。
あまりに淡白な受け答えに少し戸惑いを覚えるが、この人が敵ではないということはもうわかっているんだ。
ならば。
「一緒に『女神の心臓』を探さないか? 俺たちはこの町の知識を多く持っているわけじゃないからな。記憶がなくても知識があれば手掛かりにもなるかもしれないし、探していく中で記憶を取り戻すかもしれない」
「はい。私もあなた方との同行を提案しようとしていたところです」
「よし、なら決まりだな。お前たちもいいか?」
「君に勝手に決められるのは少々癪だが、彼女の同行に異論はない」
「私も大丈夫っすよ!」
全員の賛成を持って、この人は俺たちとともに行動することになった。
ドーザという町を知っているのはアルベルだけだし、そのアルベルも特別詳しいわけじゃあない。『女神の心臓』を見つければ魔道書の欠陥が治るかもしれないようだし、時間も一ヶ月近くある。
想像以上に順調なので、少し頬を緩ませた俺は、思い出したように顔を上げて、
「そういえば、名前を聞いてなかった。名前は憶えてる?」
「ええ。それは覚えています。ルーシェ。私の名前はルーシェ=アルフィリアです」
何か大切なものを抱きしめるかのように両手を胸の前で寄せたルーシャは、無表情だがどこか笑っているようにも見えた。
~Index~
【ルーシェ=アルフィリア】
【HP】ERROR
【MP】ERROR
【力】 ERROR
【防御】ERROR
【魔力】ERROR
【敏捷】ERROR
【器用】ERROR
【スキル】ERROR




