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第四話「犬猿の仲ってやつ」

 泣き叫ぶラキノを抱えて全速力で機械から逃げた俺たちは、その通りの近くにあった民家の中へ逃げ込み、機械の追跡が落ち着くまで少し家を借りようと、そこで一晩を過ごすことにした。

 幸いだったのは、町人が全員一時避難でいないため、ラキノのような明らかな魔族を連れ込んでも問題がないところだ。


「そういえばさ、ラキノって龍人ドラゴニュートなんだよな?」


「あ、はい。そうっすよ」


 暖炉でパチパチと燃える薪を囲むように座っている俺とラキノは、アルベルが朝食を準備している間、そんなことを話していた。

 アルベルが一人で朝食を作っている理由は簡単だ。俺もラキノも料理が出来ない。


 単なる消去法だった。最初はアルベルも文句を言っていたが、「確かにお前に自分の食事を任せるぐらいなら僕が作った方がいい」と捨て台詞を入って調理を始めていた。

 そしてこんな会話をするきっかけは、暖炉に火をつけようとしたときに、ラキノがふぅと口から火を出してくれたからだ。


「ラキノが口から火を出せるのって、龍の血を引いてるからってことか?」


「まあ、そうだと思うっす。私も生まれつき出来たことなのであんまり深く考えたことはないっすけど」


 ぼう、ぼう、と遊ぶように口からライターくらいの火を吐きながら、ラキノは言った。

 この際だからと、俺はちょっとした疑問を投げかけてみた。


「あのさ、魔族ってなんで魔族なんだ? 俺、そこらへん詳しくなくてさ」


「あ、それは簡単っすよ。ここっすよ」


 言いながら、ラキノは自分の胸の心臓に当たる位置を手でとんとんと軽く叩いた。


「心臓が何か違うのか?」


「違うっすよ。魔族ってのは、胸の中に心臓とは別に魔晶石が埋まってるんすよ」


「ま、魔晶石が? あれは強い魔物の中にあるんじゃないのか?」


「強い魔物だけじゃないっすよ。本当は全ての魔物の中にあるんすよ。弱い奴は魔晶石が小さいから死んだら体と一緒に消滅しちゃうだけで」


「へぇ〜、そうだったんだ。知らなかった」


 俺がうんうんと頷いていると、ラキノは「本当に何も知らないんすね〜」とケラケラと笑っていた。


「魔族や魔物との区別ってのは、それだけなんすよ。体の中に魔晶石があるか、ないか。私にはあるので、魔族なんすよ」


「ってか、そうなら、あの機械って魔晶石で動いてるんだろ? 結構魔族的には複雑なんじゃないのか?」


「確かに、魔族の中には人間たちが魔晶石を狙って魔族や魔物を攻撃するということを許せないって人もいるっすけど、私は別に気にしてないっすね。親や友達が殺されたってんなら別っすけど、私の身近な人はみんな元気っすから」


「そんなもんなのか」


「そんなもんっすよ。特に魔物なんて全くっす。ハヤトさんだって、動物の肉が店に並んでても可哀想だなんてあんまり思わないっすよね? そんな感覚っす」


「う〜ん。理解はしたけど不思議な感じだ」


 今まで気にしたことのなかった魔族の事情を知って、俺は体が浮くような感覚になった。もうこの世界に来て三ヶ月近くになるが、まだ現実離れしているように感じているのだろうか。


「おい、出来たぞ」


 後ろから、むすっとした不機嫌そうなアルベルの声が聞こえた。

 やはり悪い人間ではないからか、ちゃんと三人分の簡易な食事が用意されていた。


「お、ご苦労ご苦労。今度金払うわ」


「別に君から金を取るほど僕まだ落ちぶれていない。というより渡すな。僕のプライドに傷がつく」


「つくづくお前って俺のこと嫌いなのな⁉︎」


 よくこの男と一日も過ごせたものだと我ながら感心していた。

 一々クソ勇者の嫌味に返事をしていては日が暮れてしまう。俺は深呼吸をしてからアルベルの作った朝食を自分の近くへ引き寄せる。

 どうやら、野菜か何かを煮込んで作ったスープのようだ。見た目は悪くないが、さて、味はいかほどか。


「お、私の分まで申し訳ないっすね〜」


 ニコニコしながら、ラキノがスープを口に運んだ。口の中で転がすように味わってから、それをごくりと飲み込んで、


「美味いっすぅぅう‼︎」


 体を飛び上がらせたラキノは、目を輝かせてバンバンと机を叩いた。


「ゆ、勇者さん! あんた、こんな美味いもん作れたんすか⁉︎」


「あり合わせで作ったものだ。別に料理が得意なわけではない。あと、僕の名前は勇者でなくアルベルだ」


「す、すげぇっすよアルベルさん! 私、モーレツに感動してるっす!」


 こんな素朴な野菜スープでそこまでの感動ができるのか。これは少し楽しみになってきたな。

 さっそく、俺もスープをスプーンですくって口の中へ――


「マッッッズゥゥゥ‼︎‼︎⁇⁇」


 あまりに想像からかけ離れた不味さのせいで、霧吹きのように俺はスープを前方にぶちまけてしまった。


「あの、ハヤトさん。あんたが吐き出したやつ、全部私にかかったんすけど……」


「あ、ああ。すまん。ついうっかりな」


 近くにあったタオルを使って自分の顔を拭くラキノ。ものすごく申し訳ないが、それよりもこのスープだ。


「おい、クソ勇者。このドブ溜まりみたいな味のスープはなんだ。殺す気か?」


「文句を言うな。三人とも同じ味付けだ」


「嘘を言うんじゃあねぇよ! おい、ラキノ! お前のスープ一口もらうぞ!」


 スカした顔で自分の分のスープを飲むアルベルを横目に、俺はラキノの前にあるスープをスプーンですくって口の中へ――


「マッッッズゥゥゥ‼︎‼︎⁇⁇」


 ビチャビチャ! とラキノの顔に再び俺が吐き出したスープがクリーンヒットした。


「ハヤトさん! 完全にわざとっすよね⁉︎ これはもう故意的な攻撃と受け取っていいんよね⁉︎」


「ち、違う! そんなつもりじゃなかったんだ!」


「じゃあ、どうやって償うつもりっすか……?」


「あ、俺の分のスープ、全部あげるよ」


「マジっすか⁉︎ まったく、ハヤトさんはドジな男っすね〜」


 ラキノが馬鹿で助かった……。

 幸せそうにドブ溜まりスープ(仮名)を飲むラキノの怒りが収まったのを確認して、俺はクソ勇者を睨みつける。


「おい、クソ勇者」


「僕の手持ちで作れるものはこれくらいだ。料理が苦手だからと僕に任せたのはお前だろう。そんなに文句があるなら自分で作ったらどうだ」


「くっ、いちいち正論で返しやがってこんちくしょう……!」


 どうしよう。ぐうの音も出ない!

 だが、だからといって俺が自分で料理を作ってもまともな物ができる保障はない。なら、町人たちが避難から戻ってくるまでの間、ずっとこいつの料理を食べる? それは無理だ。舌がぶっ壊れる。


「大体、守るだのなんだの言っておいて、自分の食事すらも準備できないなんて情けないな。君に救われた人たちが可哀想だ」


「おい、それは俺が料理できないこととは関係ねぇだろ」


「ふん。僕は僕が思ったことを言っただけだ」


 もうダメだ。こいつはやっていけない。

 今、俺はそう確信した。

 何より、腹が立って仕方がない。


「そうかそうか、言ってればいいさ。まあ、お前はそんな情けない男にも負けるクソ勇者なんだからな。好きなだけ言わせてやるよ」


「貴様は僕のプライドを傷つける才能だけは天下一品のようだな……!」


 ガタ、と今まで冷静だったアルベルが立ち上がって俺を睨みつけた。剣にはまだ手をかけてはいないが、あと数秒もあれば剣を抜くだろう。


「あ、あの〜。なんだかやべぇ雰囲気っすけど、仲良くしたほうがいいっすよ……?」


「「うるさい。ちょっと黙ってろ」」


「ひぃぃぃいいい‼︎ も、申し訳ないっすぅ‼︎」


 逃げるように部屋の隅へと走るラキノは、心配そうに俺たちを見つめるが、ふと、何かの音を聞いて窓の外を覗き込んだ。


「ど、ドルアーグさん……⁉︎」


 突然、アワアワと震えだしたラキノ。だが、俺もアルベルもそんなラキノには目もくれず、ぶつかる視線で火花を散らしていた。

 それでも緊急事態なのか、ラキノは勇気を出して声あげる。


「お、お二人とも! 聞いてくださいっす! 今、外には私の元上司、魔王軍のドルアーグさんが――」


「まずはこのクソ勇者をぶん殴ってからだ‼︎」

「まずはこの馬鹿野朗を叩き切ってからだ‼︎」


「ひぃぃぃいいいいいッッッ‼︎」


 ラキノは、どうしたものかと馬鹿二人と外とを首を振る扇風機のように視線を左右に何度も揺らしていた。


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