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第三話「魔王軍の下っ端(馬鹿)」

「魔王軍、だと……?」


 目の前にいる龍人ドラゴニュートの少女、ラキノを睨みつけながらアルベルは言った。

 明らかな表情の変化に気づいたラキノは、アワアワとした顔で俺を見て、


「えっ? えっ? わ、私、何か失礼をしたっすか!? 今にも殺してやるって顔してますけども!」


「え、えっと~……」


「僕の名前はアルベル=フォールアルド。お前たち魔王軍の天敵だ」


 俺の代わりに、アルベルがただそれだけ言った。

 その言葉を聞いて、ラキノは顔を真っ青にして、


「あ、アルベル=フォールアルドォォォォオオオオ!? そ、そんな! 私、あの勇者アルベルに助けを求めてたってことっすか!?」


「あまり動くな。綺麗に首を落とせないだろう」


「ひぇぇぇええええ!? ま、待ってくださいっす! 私、まだこんなところで死にたくないっす! 命だけは、命だけは勘弁してくださいっすぅぅうう‼」


 その場で見事な土下座を決めたラキノだが、アルベルは一切迷う素振りを見せずに剣を振ろうとする。

 あいつ、本気で殺すつもりじゃねぇか……!


「お、おい待て! この子に戦う意思は無い! 殺す必要はないだろ!」


「だからといって、魔王軍を逃がすつもりはない」


「このッ……!」


 この男に説得は無理だ。だから一度スタラトの町で戦ったわけだからな。

 なら、この状況でラキノを助けるためにできることはなんだ。


「あ、あのっ!」


 俺が思考を巡らせようとしたところで、ラキノが声を上げた。


「わ、私、魔王軍をやめるっす!」


「……なに?」


 アルベルの手が、剣を抜く途中で止まった。

 そうか。単純なことだ。アルベルの敵は魔王軍。なら、その魔王軍に所属していなければいいだけの話だ。

 しかし、そんな簡単に辞めるなんて言っていいのか。


「聞いてくださいっす! 私、魔王軍の人たちに置いていかれたんすよ!」


 殺されかけているという状況にもかかわらず、ラキノは手を止めたアルベルへグイグイと近づいて鼻息を荒らげる。


「私、魔王軍に入りたてほやほやだから、何も聞かされずにただこの町に用があるからって連れてこられたんすけど、私、途中でさっき追われていた機械と同じものに見つかって逃げたっす。それで、ビビッて隠れてやり過ごしていたってわけなんすけど、なんだか隠れた場所が良い感じに薄暗くて眠っちゃったんすよね~」


 照れ臭そうにえへへ、と頭を掻きながら、しかしアルベルの剣を見て我に返ったラキノはこほんと一つ咳ばらいをして続ける。


「そして、私が起きたときには町はもぬけの殻! 味方も敵もいないじゃあないっすか! びっくりしてみんなを探しても見つからないし、来た時に使った乗り物もなくなってたっす! 何があったかは分からないっすが、私は逃げ遅れてこの町に残されちまったってわけっす……」


 しょんぼりと肩を落としたラキノは、急に顔を上げてぐっと拳を握った。


「つまり! 私は既に魔王軍に捨てられたってわけっす! こんな薄情な軍団なんてこっちから願い下げっすよ! もう私はあなた方と魔王軍へと反旗を翻すつもりっす!」


「そ、そうなのか……」


 怒涛の勢いで語りつくしたラキノは、満足そうに「どうっすか! これでも私を斬るつもりっすか!」となぜかアルベルに対して堂々とした態度を取っていた。

 俺はもうため息を吐くことしかできないが、アルベルの方はどうなのだろうか。


「……一つ、質問をしよう」


「あ、はい。なにっすか?」


「お前は、誰かの命を奪ったことはあるか?」


「ないっすよ! まだ下っ端の新人なんで、雑用以外の仕事で外に出たのは今回が初めてっす!」


 ブンブンと顔の前で手を振って全力で否定するラキノ。

 どうやら、アルベルも調子が狂ってしまったようだ。


「……もしお前が裏切るようなら、僕はその場でお前を切る。覚えておけ」


「は、はいっすぅぅうう‼」


 ビシィ! とラキノは敬礼をした。

 とりあえずはラキノがアルベルに殺されることはないようで安心したが、依然としてアルベルの機嫌は悪いままだ。

 俺たちは歩き始めたが、案の定ラキノは俺を盾にするように俺の横を不安そうに歩いていた。


「あ、そうだ。こっちの勇者さんは名前分かったっすけど、兄さんはどなたっすか?」


「俺はサイトウハヤト。お前の元ボスに襲われてここに飛ばされてきたんだよ」


「え、魔王さんにっすか? そりゃあ大変っすね……って、サイトウハヤトォォォオオオ!?」


 なぜかアルベルの時と全く同じ反応をされて俺までびっくりしてしまった。

 見てみると、ラキノは少し怒ったように俺を上目遣いで睨みつけて、


「あ、あんたがシアンさんを篭絡したっていうサイトウハヤトさんっすか!?」


「おいちょっと待て魔王軍の中で在らぬ誤解が生じてるぞ」


 言いたいことはいろいろあるが、それよりもラキノが「シアンさん」というのは、どういう関係だからなのか。もし、下っ端と幹部の関係なら「シアン様」とか、もっと敬うような言い方になるはずだし。


「ラキノ。お前はシアンと知り合いなのか?」


「知り合いも何も! シアンさんは私を魔王軍に誘ってくれた恩人っす!」


「え、シアンが? それっていつのこと?」


「えっと、シアンさんが魔王城を飛び出す三日前っすね」


 確か、俺とシアンが出会ったのは二ヵ月半前くらいだ。ということは、ラキノはその時に魔王軍に入って雑用係として仕事をして、つい一昨日に初仕事でドーザに来たら途中でうっかりして居眠りしちゃってここにおいていかれたってことか。


「お前、実はすっごい馬鹿なんじゃないか?」


「今の問答の中でどうやってそんな結論にたどり着いたっすか!?」


「あ、あと。家出したシアンを半殺しにしたのがこいつで、それを何も知らずに助けて仲良くなったのが俺ね」


 俺に指を差されても無視するアルベルだったが、対してラキノは目を輝かせて、


「なんとっ! シアンさんを助けてくれたっすか! 何も知らずに失礼したっす! それに比べて、やっぱり勇者ってのは信用ならねぇやつっすね!」


「……やっぱりお前馬鹿だろ?」


「なっ!? そ、そんなことないっす! 私は馬鹿じゃないっすよ!」


 さっきから俺を褒めたりけなしたり、かなり言ってることがめちゃくちゃなのは気づいてないのか。少し意地悪な言葉を言ってみるか。


「あのさ、勇者が信用ならねぇっていうけど、魔王軍に反旗を翻すっす! とか言うなら、もう勇者を敵に回さないほうがいいんじゃないか?」


「あ、それもそうっすね! やっぱり仲良くしましょう、勇者さん!」


「よし、断言してやろう。お前は馬鹿だ」


「あーもう分かったっす! 馬鹿でいいっすよ、もう!」


 そんなこんなで、退屈せずに一〇分ほど歩いたところで視界に移る景色が少しずつ変化してきた。

 一言でいうなら、壊れていない。

 アルベルの言う通り、俺が最初に見た場所が最も被害が酷いようで、まだ外観がそのまま残っている民家などが多くあった。

 だがまあ、警備ロボは相変わらず機能していないみたいだ。そもそも無事だった機械を俺たちがついさっき大量に壊してしまったからというのは口にする気はないが。


「あのさ、こっち側ってまだ動ける警備ロボが残ってたりするんだよな?」


「そうっすよ! 私、ここらへんを歩いていたら機械に見つかって追い回されたっすから!」


「……ラキノ、それはもう少し早く言ってもらったほうがよかったかもな」


 ちょうど道の角を曲がったときに俺たちの前にいたのは、明らかにラキノを地の果てまで追いかけそうな機械たちだった。

 ちょうど正面に出てきてしまったため、機械からピピッ、とラキノをロックオンするような音が聞こえた。

 どうする。これはまた機械を壊すべきか。

 一歩前に出ようとしたところで、アルベルが俺を手で制して、


「いや、待て。ここは逃げて身を潜めることでやり過ごそう。ここで応戦してまた新しい機械が現れてもやっかいだ。何より、これより以上町のものを壊してしまったら町の人たちに謝っても謝りきれない」


「それもそうだな。よし、ラキノ。走れるか?」


「え? いやぁ、ちょっとさっき追われたときの疲れが残ってて――」


「よっしゃ。じゃあ担ぐぞ〜」


 俺はラキノの腹部に手を回して、米俵を担ぐ農民のようにラキノを持ち上げた。


「わ、わわっ⁉︎ ハヤトさん、これは明らかにレディーを運ぶ持ち方じゃないっすよ⁉︎」


「まぁまぁ。すぐだから安心しろって」


 アルベルとアイコンタクトをして、肩の腕で文句を言うラキノを無視したまま、俺たちは地面を蹴った。相手がアルベルなので、手を抜かなくても同じスピードで走ってくれるだろう。

 そう思って、そこそこ強く走り出した。


「は、速い! こんなスピードじゃあ怖すぎるっすよハヤトさぁぁぁぁあああん‼︎」


 機械から逃げて民家の中に隠れるまで、ラキノはそんな感じで泣き叫んでいた。

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