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第十二話「薄紅は奈落へ。そして白はその淵に」

「本当にごめんなさいなのでございます、ハヤトさん」


「いいよいいよ。俺が悪いってのは間違ってないし」


 俺の愚策とそれを面白がって実行したレイミア。

 俺に責任はもちろんあるが、横で歩くレイミアが全く反省していないのはこれ如何に。


「いやぁ~。面白かったね~。それに、あれだけの規模の氷魔法を使える人はこの国にも数少ないと思うよ~」


「あ、ありがとうなのでございます!」


 とまあ、このように懐柔されているためなぜか俺だけが悪かったみたいな雰囲気になっている。

 まあ痛いだけで怪我はしていないし、シアンと一緒にいるとこういった流れには慣れているのでもう忘れよう。


「それでさ、『災い』ってやつについてなんだけど」


 大体の鉱石採集所の魔物を討伐し終えた俺たちは、残り少なくなった採集所へ向かいながら、今朝クリファに忠告された『災い』という存在についての話をしていた。

 その者の実力に関係なく憑りつき、対象を病のように内から殺すという冒険者に災いを振りまく存在。その正体が何かも分からないために『災い』と冒険者たちが呼ぶ得体の知れない存在。

 当然、冒険者である二人はその話は知っているようだった。


「ギルドの中ではよく聞く話だな。だがまあ、子どもがダンジョンに近づかないようにするための作り話とか、上層にいた冒険者が深層で魔物にやられたものの悲鳴を聞いて想像しただけとか、噂の域を出ないものばかりだ」


「まあ、実際に遭遇して生き残ってる人がいないんだから、確かめようがないよね~」


「なるほどなあ。でも、これから深層にも行くんだろ? なら出来るだけ知っておいた方がいいと思ってさ」


「確かにそうだな。用心するに越したことはない。私はギルドの噂しか知らぬが、お前はどうだレイミア」


「うーん。病のように内から殺すっていうのを聞くと、魔物よりは呪いの一種って考えるのが自然だと思うんだよね~」


 呪いと言われると俺の中ではゲームの状態異常の一種としてしか知らないが、この世界にははっきりとした現象なのだろうか。


「呪いについて無知な俺に説明プリーズ」


 シヤクのおかげで質問に答えるような思考になっているのか、すぐにレイミアは答えてくれた。


「回復魔法の真逆だね~。あれは魔力を人体に流して生命力を回復させるけど、呪いは人に害するような魔力を人体に流して病気などを起こすものっていうのかな~」


「確かに、回復魔法の本を読んでいたらそのような解説もあったなのでございます。詠唱を間違えて回復魔法を使うと、それが呪いになってしまうこともあると」


「なるほどなぁ」


 確かに、クリファの言っていたことを考えるとそれが一番しっくりくるな。

 ダンジョンの中を歩きながら、俺はうんうんと頷く。


「でも、呪いって魔法なんだろ? 一人でに魔法が人を襲うってのはあり得るのか?」


「考えられるのは、深層で死んだ人たちの魔力がたくさん集まって自立した魔力が有害化してしまったか、とかかな~」


「え? そんなことあるの?」


 それってもう半分くらい幽霊とか怨念とか、ホラーって分類されるんじゃないか?

 あまりホラーが得意ではない俺は一気にビビり始めているが、横にシヤクもいることだし表情だけには出ないようにしなければ。


「死んだ人の魔力だけが残るって事例はいくつか確認されてるからね~。このダンジョンで死んだ人はたいていが深層だろうし、可能性はあるね~」


 もしこの『災い』という存在が自立した魔力だとするなら、遭遇したときの対処法を知っておかないとな。万一のこともあるだろうし。


「もしその『災い』ってのが出てきたら、どうすればいい?」


「一番は近づかないことだね~。私みたいに魔法に詳しければいいけど、知識がないとただ呪いに食いつぶされるだけだろうし~」


「で、でもっ。本には呪いは回復魔法で相殺できるとあったなのでございます! それで対抗することはできるなのでございますか?」


「お、ちゃんと勉強してるみたいだね~。確かに、呪いは回復魔法で癒すことはできるけど、話をきいた限りだと、『災い』を消せる規模の回復魔法は《クラーレ・タメント》ぐらいじゃないのかな~?」


 レイミアは知識の乏しい俺の理解を超える会話をし始めたので顔で何がなんだかわかりませんアピールをしてみる。

 ちゃんと気づいてくれたようで、レイミアは付け加えるように、


「《クラーレ・タメント》は、回復魔法の中でも最も強力で、最も繊細なものとされる魔法だよ~。私でも成功確率が五分五分のかなり難易度の高いものだね~」


「そ、そんなにヤバイやつなのか?」


「だって、生きている人間で練習したら一瞬で生命力が飽和しちゃって逆に殺しちゃうレベルの回復魔法だからね~。私もちゃんと使ったのは一度だけだよ~」


「そもそも練習する機会がないから、レイミアも上達してないってことか」


「そうだね~。まあ、あの魔法が無くても回復魔法はたくさんあるから、習得する必要がなくて廃れ始めてる魔法なんだよね~」


 レイミアのへらへらとした笑いの横で、どことなくシヤクが寂しそうな顔をしていることに俺は気づいた。

 そっと視線を下げてシヤクと目を合わせると、俺は問いかける。


「どうした? なんかあったか?」


「い、いえ……なんだか、こんなにも凄い魔法が廃れてしまうのは勿体ないな、と思っただけなのでございます……」


 俯くシヤクの横顔を見て、レイミアは嬉しそうに、


「確かに、シヤクちゃんは回復魔法が好きそうだし、話してる感じだと私が言った以上に昨日は文献を読んでるみたいだからね~。好きで学んでる人には辛いよね~」


「そうなんだ……ってか、シヤク。お前もしかしてあの本全部読んだのか?」


 昨日は魔法学校から持ち出した本だけじゃなくて、俺が魔王と話してるときに行っていた本屋でも何冊か買ってたんだぞ。あれだけの量を一日で読めるわけがない。

 そう思ったのだが、シヤクの知的好奇心は俺の想像のはるか上だった。


「はい……。楽しくて昨夜は一睡もせずに全て読み切ってしまったなのでございます……」


「おお~。私の学生時代を思い出すね~」


「確かに、お前も一時期狂ったように本を読み漁っていた時期があったな」


 なに? この世界の人たちって徹夜で本読むのとか日常なの?

 この人たちがずれてるだけだよな。きっと。


「へ、変なのでございましょうか、ハヤトさん……?」


 しまった。顔に出てしまった。

 若干引いたのは事実だが、シヤクの努力は本物だ。

 それに関しては俺には出来ない立派な才能だし、賞賛すべきだ。

 俺はシヤクの頭に手を乗せ、優しく撫でる。


「そんなことないよ。凄いぞシヤク。俺じゃ絶対できないことだ」


「えへへ……」


 顔を薄紅色に染めるシヤクは、視線を落として穏やかに笑った。

 ダンジョンの中にいるとは思えないほどに平和な雰囲気に、思わず俺の表情も緩む。

 レイミアも、心なしか楽しそうな顔をしていた。

 だからラディアも……


「……どうした? ラディア」


「どうした、とは?」


 なんとなく、俺はラディアの表情に違和感を覚えたのだ。

 笑っていないのは別に構わない。俺たち三人が緩んでしまっているときに一人で警戒を怠ることなく、奇襲に備えてくれると感じるからだ。

 ただ、今のラディアにはそういった緊張感は感じなかった。

 まるで、もっと大事なことがあってそちらに気をとられているようにも――


「危ないなのでございます! ハヤトさんっ!」


「おおお!? あっぶねぇ! なんだこの崖!?」


 シヤクの一言で我に返った俺は、慌てて後ろへと下がった。

 勢いよく後ろへ退いたので尻もちをついてしまったが、それも仕方ない。

 目の前にあったのは、昨日ラディアから説明を受けたように極端な高低差を作り上げている断崖絶壁。

 思い切って覗き込んでみる。

 底は、見えなかった。

 近くにあった石を落としてみた。

 落ちる音は、聞こえなかった。


「うひゃあ……。落ちたら一溜まりもないなこれ」


「ちなみに、このダンジョンの死因ナンバーワンはこういった崖からの落下死だよ~。深層の『災い』はこうして生まれたのかもね~」


「お、おい! 怖いこと言うなって! お前もなんか言ってやれよ、ラディア」


「ああ、そうだな。落ちたらきっと、ハヤトのような人間も無事ではあるまい」


「そういうこと訊いてんじゃないんだよラディアさん!? なあ、シヤク」


「は、はい……」


 崖が怖いのか、そわそわとするシヤク。

 まあ、これを怖がらない命知らずがいたらこのダンジョンからは生きて帰ってこられないだろう。

 ただ、それでも怖いもの見たさなのか、シヤクはすり足で崖の淵へと近づいて、


「ほ、本当に底が見えないなのでございます。これじゃあハヤトさんも――」



 それは、唐突だった。



「……すまない」


 そんな声が、横から聞こえた。

 問題は、そこではない。

 ピンク色の少女が、俺の前にいるのだ。

 崖の淵にいるはずの、俺の前に。


「ぇ……」


 それはこれ以上ないほど単純な動きだった。

 薄紅色をした少女が、崖から突き落とされたのだ。

 悲しそうな表情をした、白髪の剣士の手によって。

 思考よりも先に、体が動いた。


「――シヤクッ‼ 手をッ‼」


 慌てて、俺は手を伸ばす。

 しかし少女のその小さな手は、俺の指先にすら触れることなく、重力に引きずられていく。

 深い闇に、シヤクが飲まれてしまう。

 突き落としたラディアを今すぐぶんなぐってやりたい。

 でも、その前に。

 シヤクを、救わなくては。


「ハヤト……さん……ッ!」


 闇へと落ちていくシヤクのその声を聞いて、俺はすぐに体に力を入れた。


「大丈夫だ。俺が、守ってやる……ッ‼」


 シヤクを追いかけるように、俺は底なしの闇に向かって飛び降りた。


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