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第十話「ラディアちゃんとの作戦会議」

「頼む……忘れてくれ……」


 顔をこれでもかと紅潮させるのは、筋肉で覆われた体を恥ずかしそうに丸めて店の隅で体育座りをする白髪の女剣士、ラディアだった。

 なんでも、店の店主であるグラントはもう年配なため、眠くなったらすぐに寝てしまい、朝まで起きることはないんだとか。

 そのため、早い時間にグラントが眠ってしまった時だけ、ラディアが店番をしているらしい。なんにでも真面目に取り組む彼女だからこその失態。

 俺はラディアの肩にポンと手を置いて、優しく言う。


「大丈夫だって。意外とそういうギャップって可愛らしいって言うじゃん?」


「そんなもの、私は求めていないぃ……!」


 まさかあんな格好いいラディアを慰めることになるとは。

 横で楽しそうにケタケタ笑っているレイミアを見ると、おそらくこのラディアの落ち込みまで含んで面白いものだったのだろう。

 あそこまでの巨躯がここまで小さく見えるなんてな。


「なんか、可愛いな。ラディアって」


「か、かわっ!? 可愛いだと……!? そ、そんな嘘になど騙されるか!」


 白髪な分、真っ赤になった顔が余計に際立っていた。

 体つきが女性らしくないだけで、顔は整っているし、料理も出来るってかなりレベル高いんじゃないか?


「嘘じゃねえって。そりゃあ、剣士としてのラディアだけを見てたらそうは思わないかもしれないけど、今のラディアは可愛いと思うぜ」


「な、なななぁあ……!?」


 ラディアが困惑に目を回している横で優雅に紅茶を飲むエストスは、穏やかな笑みでレミリアの方を向く。


「ちなみに、あの男はああやって人脈を増やしている。君も飲まれないように注意すべきだよ」


「あ~。なるほどねえ。じゃあ、あなたもハヤトに口説かれたの?」


「半分正解だ。まあ、そこのピンク色の少女は決定的だろうけどね」


「わ、私なのでございますか!?」


「おや? 普段からハヤトの買い出しについていくのはそれが理由だと思っていたが」


「………………‼︎」


 カァーっと、シヤクの顔がラディアに引けを取らないほどに真っ赤になった。

 天才二人が、ニヤニヤとその顔を覗き込む。


「おやおや〜? そんな不純な考えの子には魔法は教えられないにゃあ〜?」


「安心するといい。ここでこうやって話していても気づかないほどアホで鈍感な男だ。素直に洗いざらい言ってもいいのだよ?」


「そ、そんなこと言わないでくださいなのでございますぅうううう!!!」


 どんがらがっしゃーん! と恥ずかしいという感情によって身体能力が急上昇したシヤクの馬鹿力で芸術点すら加点されそうなちゃぶ台返しが繰り出された。

 半壊したテーブルがレイミアとエストスを襲うが、しかし。

 この二人がそれぞれ天才と言われていることを忘れてはならない。


「《ランメルト》」

「【神の真似事(リアナイテーション)】」


 片方は青い炎で、もう一方は触れることで、凶器と化したテーブルを防いだ。


「そこまでの魔法の省略化は初めて見たね」

「触れただけで物を崩すとか反則でしょ〜?」


 なになに。ラディアを慰めてるうちにすごい変な雰囲気になってるぞ?

 シヤクは泣きそうだし、あのロングヘアー二人組はニヤニヤしながら見つめあってるし。

 仲良くやってくれてるなら、まあいいのか……?


「と、とにかくっ! ダンジョンだ! ダンジョン攻略の話をするんだ!」


 可愛らしいエプロン姿のラディアが、バンバンとテーブルを叩いて俺たちの視線を集めた。

 ほぼ全員がエプロンの方を見ていることに気づいて、慌ててエプロンを投げ捨てると、ラディアは真っ赤な顔のまま腕組みをして投げ出すように座った。


「いいか? 明日、私たちはサイトウハヤトとともにダンジョンへ向かう。それは知っているな?」


「初耳だよ〜?」

「初耳だね」

「初耳なのでございます」


「……おい、サイトウハヤト」


「す、すまん! ってかこのくだり今朝にやったばっかりだからどんどん次に話を進めてくれ!」


「……仕方ないな」


 ここをため息ひとつで許してくれるラディアさん、マジ大人。尊敬します。

 仕切りなおすように、「では」とラディアは目配りをした。


「今回の私たちの目標は『王都郊外にあるダンジョン内の探索及び魔物の討伐を共に行う』だ。元々別で受けたクエストなのだが、その内容が私たちのものと似ていたため、共に行動をすることにした」


「そうなんだ~。じゃあ、シヤクの魔法特訓は実戦も兼ねて出来るね~。今日中に指定したページの内容を頭に入れておいてね~?」


「は、はい! 分かりましたなのでございますっ!」


「ちょっと待て。シヤクもダンジョンに行くのか? 強い魔物だっているんだろ?」


「それを守りながら魔物を倒すのが、君の仕事でしょ~?」


 超呑気に笑うレイミアの言葉と、シヤクからの熱い視線で俺は渋々頷いた。

 本心としてはシヤクのような戦いになれていない小さい子を連れていくのはやめておきたいのだが、そうもいかないようだ。

 まあ、あのバカ魔族二人組に比べたらよっぽど気が楽だが。


「それで、ダンジョンってどれくらいの規模なんだ?」


「あのダンジョンは洞窟に近い作りなのだが、異常なほど高低差が激しい。突然目の前が崖で、気づかぬうちに体、そして命を落とした冒険者もいると聞いたことがある」


「気をつけるべきは魔物だけじゃないってことか」


「さらに、あのダンジョンは下層へ行くほど魔物が強力になる。崖から落ちて無事だったとしても、そこにいる魔物からの総攻撃、ということもあるからな。移動に関しては戦闘以外は絶対に慎重に歩いていく。分かったか」


「それは分かったけどさ。深くに強い魔物がいるってんなら、別にダンジョンに入らない限りは安全なんじゃないのか?」


 俺が問いかけると、代わりにレイミアが答えてくれた。


「今まではそうだったんだけどね~。最近、なぜか上層にも深層でしか見られない魔物が多くいるらしいんだよね~」


「しかも、問題視すべきはその場所だ。ダンジョン内で発掘できる鉱石が多い場所に限って強い魔物がやたらと多く、資源の回収が著しく減ったんだ」


「だからその鉱石を掘れる場所にいる魔物をどうにかしたくて、俺たちが呼ばれたってことか」


 そして、本来ならば国の兵士たちが派遣されるはずだが、ちょうどクリファが王になったタイミングだったから兵士を回す余裕がなくなった、か。

 異世界のくせに、現実ってのは大変なんだな。

 俺がうんうんと勝手に納得していると、ラディアが話をまとめる。


「よって、明日は上層にいる魔物の掃討を目標にしようと思う。シヤクもついてくるそうだしな。上層の弱い魔物なら練習相手にもなるだろう」


「強い魔物は私とハヤトとラディアでやっつければいいしね~」


 白金の冒険者である二人がいてくれるのは本当に心強い。

 出来ることなら、ラディアに剣を教わろうかな。前にエルフの里に行ったときは素人すぎて剣が一振りで壊れたし。

 と、俺はここでレイミアの言った言葉に違和感を覚えた。


「あれ、そういえばエストスもダンジョンに行くんだよな?」


「ん? 私は行かないよ」


「だよなだよな。やっぱりエストスがいてくれればさらに安心……って、ええ!? 行かないの!? ここまで来て」


 例のごとく自前のティーカップで紅茶を飲むエストスは、表情を変えずに口を開く。


「少しやることがあってね。明日、いや三日間ほどはそちらに手を貸せそうにない。三日後からは合流できるはずだ。すまないね」


 想像以上にもっともな理由で断られてしまったので、言う言葉を失った俺はシヤクがもってきてくれた飲み物に手をつけた。

 とりあえずは、これ以上話すことはないだろう。

 なら、今日は色々あったし、一旦城に戻って寝るか。


「じゃあ。今日のうちに話しておくことはもうないみたいだし、俺たちはこれで帰るよ」


「あれ~? ラディアが作ったご飯は食べていかないの~?」


「あ、それは食べる。やっぱまだ帰らない」


「帰ってもいいのだぞサイトウハヤト!?」


 また恥ずかしそうにツッコミをラディアが入れるが、気にせず俺はラディアの作った料理に手をつける。

 とてつもない美味さだった。泣くかと思った。

 素直に「めっちゃ美味しい」とラディアに言うと、頬を赤くして「なら、よかった」というものだからこの女剣士の力は底知れない。

 黙々と俺がラディアの手料理(もちろん代金は全て俺が出してる)をみんなで食べていると、店の入り口がゆっくりと開いた。

 入ってきたのは、俺の見たことのない高そうな服を着た男。


「おお! これはこれは。ラディアにレイミアではないか」


「……ミルウルさん」


 呟いたのは、ラディアだった。

 ミルウルと呼ばれた恰幅のいい中年の男は、明らかに金持ちですと言わんばかりの顔でこちらへと歩いてくる。


「少しグラントに話があるのだが、いるか?」


「今日はもう寝てしまったので、もし用があるのなら明日の方がいいと思います」


「ふむ、そうか。できれば今日中に話しておきたかったが、あの男の睡眠の深さはここらでも有名だからな。ならば、起きたときにグラントに私が訪ねてきたことを伝えてはくれぬか」


「はい。わかりました」


 ラディアが首を縦に振ると、ミルウルは踵を返そうとしたが、俺の顔を見た瞬間にピタリとその動きが止まった。


「む? あなたはもしやサイトウハヤトさんでは?」


 なんだ。今日はやたらこういったやり取りが多いな。

 隠す理由も特にない俺が頷くと、ミルウルは感嘆の声を上げた。


「おお、あなたが! この二人とはどういう関係で?」


「明日、郊外のダンジョンへ一緒に行くつもりなんですけど……」


「なんと! それは素晴らしい! 実は、あのダンジョンの鉱石は私の大事な収入源の一つでして。最近は魔物たちのせいで困っていたのです」


 目を輝かせるミルウルだが、この人が何者なのかが分からないためにどういう反応をしたらいいのかと俺が戸惑っていると、ラディアが俺に説明をしてくれた。


「この人は私の生まれた郊外の辺りからここらにかけての土地を所有している領主のミルウルさんだ」


「どうも。ミルウル=デラエラ=ボルダーグと申します。お見知りおきを」


「あ、どうも」


 領主とかよく分からないが、偉い人らしいのでとりあえずペコペコしておいた。

 体型からして裕福なのは分かるが、特別悪意を感じることはない。

 資源不足で困ってるみたいだし、それならあの反応も当たり前か。


「それでは、私はこれで」


 そういって店を出ようと振り返り、最後にラディアへ視線を移して、


「頼むぞ。……ラディア」


「はい。お任せを」


 ラディアが頭を下げると、今度こそミルウルは店から出ていった。

 そしてそれを見送ると、ふう、とラディアが息を吐いた。


「すまないな。あの人は私の住んでいる地域の土地も所有している貴族でな。小さなころから世話になっているゆえに頭が上がらないんだ」


「そうなんだ。よく分からないけど大変だなぁ」


 それから数分のうちに食事を済ませた俺たちは、荷物をまとめて帰りの支度を整えた。

 明日の集合場所は、今朝、俺たちがラディアたちと出会ったギルドの酒場だ。

 こっちとしても大金が待っているので、今日はゆっくりと休むか。


「それじゃあ。今日はありがとな」


「うん~。ばいば~い」


 無邪気に笑うレイミアに手を振って、俺たちは店の扉を開ける。

 深々と頭を下げるシヤクにもう行こうと一言声をかけた。


「料理、美味しかったよ。また作ってくれよな」


「そ、それはもういいだろ! さっさと行け!」


 顔を赤に染めるラディアに押されて、俺たちは店の外に出た。

 外はすっかり夕方になっていた。今日はいろいろなことがあったし、これ以上の寄り道はシヤクの破裂しそうなバッグが限界だろうから一直線に帰って――


「あれ? エストスは?」


「つい数秒前に『おや、あそこに可愛い少年が』って言って歩いていったなのでございますよ?」


「ちくしょうさっさと帰るって言ってんだろこのショタコン野郎がぁああああ!!!」


 結局、城の部屋に戻ったのは太陽の完全に沈んだ夜であったのは、言うまでもない。


〜Index〜

【ラディア=ミエナリア】

【HP】7500

【MP】0

【力】 720

【防御】780

【魔力】0

【敏捷】700

【器用】500

【スキル】無

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