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第五話「魔道書についてちゃんと見てもらう」

「それにしても、サイトウハヤトという名前は知っていたが、まさかまだ銀クイネの冒険者だったとはな」


 白髪の女剣士ラディアは、斜めに背負う大剣に当たらないように、青髪の少女レイミアを右肩にぶら下げて歩いていた。


「いやあ。ギルドで登録しないと冒険者として認められないって知らなくてさ。さっき初めてクイネをもらったんだ」


 返事はしているが、実は全然話が頭に入ってこない。

 というのも、俺はいまラディアの右隣にいるのだが、話している本人ではないレイミアと目が合っているのだ。

 端的に説明すると、俺の想像よりもラディアが大きかった(一七〇センチ以上ある俺よりも頭一つ大きいから少なくとも一八〇センチ後半は確実にある)ので、ちょうど肩に乗せて運ばれているレイミアの目線と同じくらいになるのだ。

 近くで見ると、このレイミアの力の抜けた表情がなんとも独特で、眠そうなジト目と、常に少しだけ開いている唇がこちらにまで脱力をさせてくる。

 寝起きの美少女だったらきっとこんな顔をするのではないだろうか。


「そうなのか。普通はそこまでの実力があればギルド側から何かあってもいいと思うけどな」


 女性にしては低い声で、ラディアは答えた。

 鼻が高く、立体感のあるはっきりとした顔立ちで、俺の知っている誰よりも凛々しい深緑の瞳はそれだけで歴戦の戦士に感じられた。

 さらに、鉄の防具の隙間から覗く強靭な肉体が、それだけでラディアの実力を物語っていた。

 そんなラディアからの問いかけに、シヤクがハキハキと答える。


「噂では、ハヤトさんが生活費のためにスタラトの町のクエストを根こそぎこなしてしまったから、他にもギルドでの報酬をあてにしてる人たちからあまり良いように思われていなかったらしいなのでございます!」


「え、うそ? マジで? 俺そんなこと聞いたことないよ」


「受付のお姉さんがハヤトさんの卑猥な視線が嫌すぎて酒場で夜な夜な愚痴をこぼしていたという証言まで聞いているのです!」


「本当に!? 本当にそんなに俺って残念な人間なの!? お願いだから嘘だと言って!」


 俺にとっては大問題なのだが、ラディアとレイミアには笑い話らしく、二人ともこっそりと笑っていた。


「やっぱり、君って面白いねー」


 妙にねっとりした声で、ぶかぶかのローブをラディアの右肩で揺らすレイミアは続ける。


「見れば君が強いってことは分かるんだけどさー。でも強く見えないっていうか、すっごい矛盾した雰囲気があるよねー」


「あー、それはあれだな。俺、つい最近まで一般人だったからだな。それなのに血の滲む努力も度重なる試練も何もなく、あっさりこんなぶっ飛んだ力を手に入れちまったから、弱そうなのに強く見えるんだと思う」


「へー、そーなんだー」


 何も答えないラディアとへらへらと笑うレイミア。

 本当に底が知れない二人だ。仲良くできるのかな。

 それにしても、ここまで適格に俺の強さについて言い当てられるということは、レイミアもエストスみたいな優秀な頭を持っているのだろうか。

 まあ、シヤクによると天才魔法使いらしいから、当たり前なのか。


「この店だ」


 それだけ言って、古びた隠れ家的な店の扉を開けると、ラディアはぐいぐいと進んでいく。


「お、これはまた懐かしい二人が来たな」


「お久しぶりです。グラントさん。空いてますか?」


「そこの奥の席を使うといい。ゆっくりしていきな」


「ありがとうございます」


 見た目としてはかなり歳を重ねているのだろうが、グラントと呼ばれた老人は、中老には似合わない筋骨隆々なせいでしゃんしゃんとして見えた。

 ガラガラと木製の椅子を引くと、先に干された布団のようになっているレイミアを椅子に乗せ、続いてラディアが座る。


「改めて、自己紹介をしよう。私はラディア=ミエナリア。横にいるレイミアと共に冒険者をしている」


 ラディアの横で「よろしくね〜」とヘラヘラと手を振るレイミアを一瞥してから、俺も自己紹介をする。


「俺はサイトウハヤト。んで、こっちがシヤク=ベリエンタール」


 俺が横に座るシヤクに視線を送ると、緊張しているのか軽く体を震わせながら、


「し、シヤク=ベリエンタールなのでございます! よろしくお願いいたしますなのでございますなのです!」


 もう語尾どころか言葉としてもぐちゃぐちゃになっているシヤクへ、ラディアは冷静に答える。


「レイミアほどではないが、力は抜くといい。別に私たちは貴族ではないのだからな」


「は、はい!」


 ピン、とシヤクが背筋を伸ばすと、この酒場の主人であるグラントが料理を運んでくる。

 分厚いステーキだ。美味しそう。

 遠慮はするなという顔でラディアが見てくるので、さっそく一口。

 うん、超うまい。


「それにしても、お前がサイトウハヤトか。思っていた人物像とは全く違ったな」


「ん? そうなの?」


「スタラトの町の兵士を片っ端から素手で倒していったって聞いてたからねー。そりゃムキムキマッチョだと思うよねー」


 気の抜けたレイミアの言葉だが、たしかにその通りだ。

 パンチで門を壊したときも、クリファとか引いてたしな。シアンとかエストスと一緒にいたせいで感覚が麻痺してる気がする。


「ねえねえ? その腰の四角いやつなに?」


 俺の腰についているエストス印の魔道書ホルダーを見て、レイミアが興味を示したようだ。

 どうなんだろう。これって、他の人にも言っていいやつなのかな。


「ああ。これは俺の命並みに大事な物が入ってるんだ」


「へえー? 見ていい?」


 誤魔化してみたけど、レイミアって天才魔法使いなんだっけか。エストスにはわからないこととかも分かるかもしれない。

 悪い奴等じゃなさそうだし、飯をご馳走になっちゃったし、まあいいか。

 俺は鉄製の魔道書ホルダーから魔道書を取り出し、レイミアに渡す。


「…………へぇ」


「大事にしてくれよ。それなくなったら俺多分即死するから」


 冗談抜きで死んでしまうのでヒヤヒヤしながら俺は魔道書を眺めるレイミアを見つめる。彼女は途端にジト目だった目を大きく開き、力の抜けた体を勢いよく起こした。


「……凄いね、これ」


「珍しいな。お前がそんなに見入るなんて」


「だってこれ、明らかに『人が書いた本』じゃないよ。しかも、文字もこの世界に存在しない文字だ」


 ペラペラとページをめくっていくレイミア。

 進むたびにその顔が好奇心で満ちていくのがわかった。


「素材も単なる紙じゃない。数百年前にあった貴重な素材、多分アルブレドの樹木かな。それに莫大な量と質の魔力が練りこまれて作られてる」


「え? なに、そんなところまで分かるの?」


 本当に凄いんだな、この子。

 レイミアはまだまだ止まらずにどんどんとページを進めていく。


「これは……? 文字が分からない。なんて書いてあるの?」


「えっと、『光系魔法、《リュミエール》』って書いてあるけど」


「リュミエール? 魔法、なの? それにしては解説をしている文字数ではない。というよりも、詠唱すら書かれていない……? それなのにこの魂にまで影響しそうなほどの魔力の流れは、もしかして本人に干渉して魔法をスキルとして変換してるの? いや、でもそんなことがもし出来たら……」


「あ、あの~……」


 なんだか勝手に話が進んでしまっているが、俺の頭では理解が追い付かないので話を止めてもらう。


「どうなのかな、俺の魔道書」


 問いかけてみると、レイミアは魔道書をそっと閉じて俺の前へ戻す。

 真剣そのものになった顔のまま、レイミアは俺の眼をまっすぐ見て、


「これ、どうやって手に入れたの?」


 そういえば、この魔道書は誰からもらったと言えばいいのだろうか。

 造ったのはエストスだが、気が付いたら持ってこの世界にいたわけだし。

 そもそもエストスが造ったものだとこのスワレアラ国内で軽はずみに言うのも良いか分からないし。

 うーん。どう言うべきか。


「うーん。これはもらいものなんだけど、造った本人の名前を出していいのか分からないんだよな。今は一緒に王都に来てるから、今日帰ったら訊いてみるよ」


「……そう」


「そんなに凄いのか? 専門家から見えても」


「この本は、あまり簡単に他の人に見せない方がいい。分かる人が見れば余計に狙われて敵が増えると思う」


「そ、そこまで……?」


「これは、魔法という概念を壊してもおかしくないほどの発明だよ。もしこれが大量に生産できるなら、世界のパワーバランスが一気に傾くぐらいの」


「そんなにヤバいもんを持ってたのか俺……」


 この魔道書の重要性もそうだが、それ以前に。


「魔法、ねぇ」


 俺はこの世界においての魔法という概念がわからないからなんとも言えないけれど、魔法を本に触れるだけで習得できるってのはやぱり凄いよな。

 そう思うと、魔法についても知っておきたいな。

 レイミアの真剣な言葉たちを聞いて言葉を失っているラディアとシヤクは気にせず、俺はさっそく話を切り替える。


「俺、魔法について完全に無知だからさ、できれば魔法について教えてほしいんだけど」


 俺の言葉にピクッといち早く反応したのはシヤクだった。


「わ、私も魔法について知りたいなのでございます!!」


 前々から魔法に興味があると言っていた上に、ギルドで有名な魔法使いに出会ったので、この機会を常に伺っていたのだろう。

 機を逃すまいと声を震わせながらも必死に声を上げたシヤクを見て、レイミアはラディアへと視線を送る。


「私は構わん。今日は特に予定はないからな」


「じゃあ、教えてあげようかな。でも、条件を聞いて」


「おう。なんだ?」


「この魔道書について他の人に何も言わないこと。そしてこの魔道書をもう少し調べさせてほしい。それが条件」


 少しきな臭さは感じるが、今までの感じからしてこの魔道書に何かされるということはなさそうだ。

 それに、誰にも言わないというのも構わないし、天才魔法使いから魔法を教われるなら悪い条件じゃないか。


「よし、分かった。じゃあ魔法の指導頼むぜ、先生」


「あ、あともう一つ」


「ん? なんだ?」


「これから魔法学校行こうと思うんだけど、真面目に話して疲れたからそこまでおんぶ」


 ちょっと面倒くさいけどそれを言ったら台無しになりそうなので、食事を終えた後、レイミアを背負って俺は歩き出した。


「なあ、ラディア。急だしデリカシーないってのは分かるんだけど、歳を聞いてもいい?」

「なんだそれくらい。別に減るものでもない。21だ」

「じゃあ、レイミアは?」

「同い年だ。それも私たちがこうして共に行動するきっかけの一つだな」

「うっそ。あれで二十歳超えてんの? 明らかに十四くらいじゃない?」

「あれだけ寝転がってても魔法学校時代は三日ほど寝ないで本を読んでいた時期もよくあったからな。あれでは伸びるものも伸びないだろう」

「そんなに勉強を……。浪人してた自分が恥ずかしくなってくるぜ」

「浪人? 冒険者にもならずに無職でいた時期のことを言って――」

「や、やめてくださいラディアさんそれ以上は言わないでぇえ!!!」

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