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第十七話「爪先立ちの荒療治」

 魔力を圧縮した紫色の砲弾が二つ、夜の闇へと打ち上げられた。

 意図して撃たれたわけではない。

 強者同士の一瞬の攻防による結果だった。


「そんなもの躊躇いなく撃つなんて、上品な女性にあるまじき行為じゃない?」


「だったらそんな女性の腕を足で蹴り上げる君の方が、上品に欠けると私は思うけどね」


 黒い衣に身を包んだハイヒールのヴァンパイア、魔王軍幹部のマゼンタは滑らかな挙動でエストスから距離を取った。

 リリナがマゼンタに殺される瞬間にその間に割り込んだエストスは、迷いなくその手に持つ魔弾砲の引き金を引いた。

 しかし、マゼンタはこれを魔弾砲を持つエストスの腕ごと蹴り上げることで回避。

 だがその蹴り上げられた魔弾砲を弱く撃つことで無理やり体をマゼンタの下へと移動させ、さらにもう一発を撃ち込んだ。

 が、既にマゼンタは回避行動に移っており、そこにはいなかった。

 結果的に紫の魔弾が二つ、夜空へと打ち上げられた。

 不敵に笑うマゼンタと、表情を変えないエストス。

 隣に立つリリナは、あまりにも高度な掛け合いに動くことが出来なかった。隙があれば何か動こうと思ったが、割り込む瞬間を見つけられない。

 というより、まず最初の疑問は。


「てか、なんであんたがここにいるのって感じ……?」


「別に君を助けるために来たわけじゃない。君を助けることが出来たのは偶然だ。まあ、君たちがここに来ているだろうことは知っていたけどね」


 エストスの言葉に反応したのは、少し離れたところで殺気を放つマゼンタだった。


「リリナが漏らした情報は北方からの攻撃があるということだけ。それなのにこの場所まで分かるのは疑問が残るわ」


「……そもそもが不自然に感じたんだ。今更君たちがエルミエルを探索するということが」


 全ての根底から、エストスは話し始める。


「そこの娘はシアンを探しにきたのではなく、別の目的でエルミエルに来ている途中でシアンを見つけたように感じた。なら、本来の目的はエルミエル、強いてはエミラディオート一族だ」


「……私はなぜあなたがここにいるのかを訊いているのだけれど」


 苛立ちを露わにするマゼンタに対して、エストスは落ち着けと人差し指を唇に当てた。


「残念ながら、エルミエルには特別君たちが欲しがるような物はなかった。ならば次にエミラディオート一族の痕跡が残っている可能性がある場所はどこか。もちろん、それはエミラディオート一族と交流のあった種族がいる場所」


 不敵に、エストスは笑う。


「ここ、エルフの里だ」


「……だったら?」


「そこにある石碑を目指してきたのだろう?」


 エストスの指差した先にあるのは、得体の知れない文字の刻まれた、人の身長の半分以上はある大きさの石碑だった。

 古びているのに石に劣化している気配を感じない異様な石碑を見て、マゼンタは眉一つ動かさず、


「さあ。何のことかしら?」


「あれはエミラディオート一族にしか読めない字が彫られた石碑だ。君たちの目的である痕跡を探すのなら最も先に調べたいものだ。だから、北方であり、この場所だ」


 数秒間の沈黙の後、諦めたようにマゼンタは息を吐いた。


「……正解よ。魔王が昔にいたらしいエミラディオート一族の技術を使いたいから探してこいって言ったからエルフの里に何度も魔物を送って調査した。……結局、有象無象じゃこの里の誰かに全部倒されてリリナまで送り出したのだけれどね」


「ちょ、ちょっと待ってって感じ!」


 二人の会話の間に入り込んだのは抜けた腰がようやく直り、その場で立ち上がったリリナだった。


「エルミエルに関しては分かるけど、エミラディオート一族にしか読めない字とか、痕跡とか、なんで何百年も前に滅んだ一族に関してそんなにも詳しいって感じ! 一体あんたは何者なのって感じ!」


「そういえば、自己紹介がまだだったね」


 美しい挙動で軽い会釈をすると、エストスは笑顔で言う。


「私の名はエストス=エミラディオート。君たちの探す一族を率いる場所にいた人間だ」


「……信じ難いわね」


「信じなくていい。私は身内の残したものが荒らされるのが嫌でここに来ただけだ」


「そう。なら、あなたを殺してから好きなだけ荒らさせてもらうわ」


  「私のことを殺せるならね」


 そうエストスが言い切る直前から、戦闘は再び始まった。

 ハイヒールを履いているのに土の上で異常に速く移動するマゼンタは、蹴りを中心に攻撃を組み立てる。

 対してエストスはその動きを全て目で追い、最小限の動きで回避しながら空いた隙に魔弾砲を打ち込んでいく。

 しかしその弾道はマゼンタの蹴りによって方向を変えられ、周りの木々や空を撃ち抜く。

 距離を取ろうと下がるとピッタリと間合いを詰めて銃の有利な中距離を作らせない。

 と、そこでマゼンタの蹴りの軌道がエストスの胴体を捉えた。

 全てが見えているエストスは魔弾砲を撃って体制を変えて――


 ぐちゃりと、マゼンタの笑みが歪んだ。


「なん……ッ⁉︎」


 間に合ったはずの回避が間に合わず、エストスの脇腹に強烈な蹴りが突き刺さった。

 まるで赤子を弄ぶかのように軽々しくエストスは吹き飛ばされ、木へと叩きつけられる。


「あらあら、もう終わりかしら?」


 咳き込みながら立ち上がり、エストスは呼吸を整える。


「とても奇妙な体質をしているね。いや、それはスキルの力か……?」


「何のことかしら?」


「蹴りの瞬間『だけ』、ステータスが著しく上昇していた。何が条件かは分からないが、私が避けれなかったのはその時に蹴りが加速したからだ」


「随分といい目を持っているのね」


「もちろんだ。私はエストス=エミラディオートだからね」


 若干不愉快そうにマゼンタのこめかみの血管がピクリと脈打つが、エストスは気にせず銃口を向ける。


「あなたこそ奇妙ね。強いのか弱いのか分からない」


 間合いは、刹那のうちに詰まった。

 再び蹴りと銃を使った攻防が繰り広げられる。


「ね、ねぇ! そこの白衣の!」


 戦闘中のエストスに声をかけたのは横からそれを見続けるリリナだ。


「あーしも詳しいことはしないけど、マゼンタ様はスキルでステータスを上昇させるだけじゃなく、上昇の幅も調節できるっぽいって感じ! しかも、なんかしらの制限もあるって言ってたって感じ!」


「あのバカ、ベラベラと……ッ‼︎」


「なるほど、参考になるな」


 眼鏡を外しているエストスはさらに目を見開く。その双眸にいくつかの歯車のような模様が浮かび上がり、ぐるぐると回っていく。

 ピントのようなものを合わせたのか、回る模様が動きを止めると、エストスは静かに口を開く。


「数倍にも上がるステータス。加速する蹴り。土に適さないハイヒール」


「気味が悪いッ‼︎」


 マゼンタはハイヒールのヒールが根元まで土に埋まるほどに左足を踏み込み、右足を振る。

 回避をしようと魔弾砲を握る指に力を入れた瞬間、エストスは焦りを見せた。


「ステータスが下がった……⁉︎」


「なんのことかしらッ‼︎」


 タイミングのズレた回避によってエストスの隙とマゼンタの追撃が一致し、埋まったヒールを土から抜いて高速の蹴りがエストスを襲う。

 鈍い音が響いたと思ったら、今度は乾いた枝の折れる音が聞こえた。


 再び吹き飛ばされるエストス。

 木にぶつかり倒れる彼女の口からは、朱色の液体が溢れていた。


「あなた。戦うのは上手なのに体はそこらの雑魚と同じぐらい柔らかいわね。あれぐらいの蹴りで骨が折れる音が聞こえたのは久しぶりよ」


「……あいにく私は元一般人だ。後付けの力しかない私の体はずっとか弱い女のままだよ」


 脇腹を腕で押さえながらふらつきながらもエストスは体を起こす。


「なんとなく、君のからくりが見えてきたよ。確信まではいかないけどね」


「あら、分かったからどうだっていうのかしら」


「こうするんだよ」


 エストスはしゃがみこみ、地面にそっと手を触れて、


「【神の真似事(リアナイテーション)】《組立ビルド》」


 生き物のように、大地がうねり始めた。地面が波のように動き、マゼンタの足を包み込む。

 そして土はマゼンタの足をくるぶし辺りまで埋め、ハイヒールごと地に飲まれた。


「これは……‼︎」


「スキルによってステータスをあげているのは分かった。今までの状況から考えると、これが君がやられて一番嫌なことだと思うのだけれど、どうかな」


「あなたのこと、嫌いだわ」


「……正解みたいだね」


 地面から手を離すと、エストスは口を開く。


「おそらく、『足が地面に接している部分が少ないほどステータスを強化するスキル』だろう? だからこんな土の上でハイヒールを履いているんだ。常に一定のステータス上昇をするためにね」


 マゼンタへの距離を縮めながら、エストスは続ける。


「そして加速する蹴りのからくりは単純だ。足を片方あげれば地面に接する部分は一気に半減される。だから蹴る瞬間にステータスが上がった。逆にヒールを土に埋めたときは足が全て地面についていたから蹴りが遅くなった。単純だがかなりの器用さだね」


「恥ずかしいからベラベラと喋らないでもらえるかしら」


「これだけ考えたんだ。答え合わせぐらいさせてもらえないと割に合わない」


 蹴りが届かない位置で、さらに弾を必中できるような距離で、エストスは引き金を引いて――


「残念だったわね」


 魔弾砲の発射音に重なって、マゼンタの声が聞こえた。

 蹴り上げるように地面から両足を引き抜くと、マゼンタはその勢いを使って逆立ちの体勢となった。


「私の【爪先立ちの荒療治ハイヒール・ハイヒール】は、指先一つが地面に触れているだけでも機能するのよ」


 逆立ちの姿勢のまま指を地面へとつけると、竜巻のように回転し、その勢いを足に乗せて魔弾砲へとぶつける。

 相殺とまではいかないが、マゼンタの蹴りはその弾道を変え、周囲の木々をなぎ倒した。


「これだけのやりとりでここまで私のスキルを見抜いたのはあなたが初めてよ。素晴らしい。だけどね」


 指先のみ地面につけたマゼンタは、今度は右足のつま先だけを地へつけて、一直線にエストスの元へ。


「だからって、私が負けることはないのよ」


「それくらいなら私の目があれば避けれ――」


 言葉の途中で、エストスは慌てて振り返る。

 自分の後方にいるのは、この戦いの傍観者。そして、シアンを逃がそうとしただけでなく能力についての情報まで漏らした裏切り者。

 エストスの横を抜けて、マゼンタはリリナの首を狙った蹴りを放つ。


「――‼︎」


 咄嗟にリリナは目をつぶった。

 グシャ、という耳に粘りつくような嫌な音が、リリナの鼓膜を撫でた。

 しかし、それだけだった。

 死は、訪れなかった。


「なん、で……?」


 リリナは恐る恐る目を開く。

 自分はまだ世界の中にいた。傷もない。

 どうしてか、そう考えるが目の前に映る景色に違和感があった。

 そこにいたのは、おかしな方向に曲がった左腕を押さえ、左半身を血で染めたマゼンタだった。



~Index~

【マゼンタ】

【HP】3000

【MP】1000

【力】 250

【防御】240

【魔力】200

【敏捷】250

【器用】200

【スキル】【爪先立ちの荒療治ハイヒール・ハイヒール

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