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第四話「古代の遺跡には夢と希望とその他色々が詰まってる」

 叡智の都『エルミエル』の中にあるエミラディオート一族の残した遺跡の入り口を塞ぐ岩を尊い犠牲(剣一本)によって粉砕した俺は、刀身のなくなった剣の柄を形見のように握りしめながら、先を歩くエストスとリヴィアの後ろをついて歩いていた。

 シアンは魔物の気配と空腹の予感を感じて出張中だった。いざとなれば魔道書の【地図マップ】ですぐ見つかるだろうし、今は放っておいても大丈夫だろう。


 遺跡の中は、同じエミラディオート一族が作ったからか、アストラル遺跡と作りは同じで、高い天井、石を敷き詰めて作った床、無駄に広い内部など、似ている特徴がいくつかあった。

 ただ、構造自体はアストラル遺跡とは違い、入り口の大きな一本道の横にいくつもの部屋がついている作りだった。

 上から見ればブドウにも見えるような作りだと思った。


 そして、今は入り口から続く大きな一本道をまっすぐ歩いているところなのだが、正面を向いて歩くエストスの横に、キョロキョロと周りを見回しながら辺りを物色し始めるエルフの少女が一人。


「あ、あの! この年季の入った小難しい言葉が羅列してある書物はなんでしょうか⁉︎」


「ああ。それは私の友人が人に見られたくないからと遺跡の中にまでわざわざ隠していた日記だね。まあ私は隠し場所を知っていたから都合が悪い時にすぐその友人を使うことができたのだけれど」


「じ、じゃあ! このいかにも古代兵器のような形をした石像は!」


「それは友人が趣味で作っていた彫刻の失敗作だね。恋人の像を作ろうとしたらこの世のものとは思えない何かが出来てしまったと泣きそうな顔をしていたよ」


「な、なら! このどこからどう見ても禁忌の魔術が封印されていそうな黒い煙の出る水晶は⁉︎」


「それは私の友人が『怪しそうな占い師ごっこをしたいからいかにもな水晶を作ってくれ』と言われて私が作ったものだね。さすがスキルで作ったものだから未だに煙も出ているみたいだけど」


「………………、」


 ついに、リヴィアが折れてしまった。

 遺跡に入った時のワクワクが溢れて止まらない少年漫画の主人公のような目から光が消え、珍しそうに見えるガラクタどもを見ることなく床のタイルを見つめてリヴィアは歩いていた。


「え、エストス! 昔の遺跡だからってワクワクしてたのに現実味のある物しか無くてリヴィアの心が折れかけてるぞ! もう勘弁してやってくれ!」


 さすがにリヴィアが可哀想になって俺がエストスにそう言うと、リヴィアは下を向いたまま薄らと笑い始めた。


「……はっはっは。無から有を生み出すのも、我が宿命の一つである。たとえ万象に特別な意味など無くとも、我の前では全てに意味があるのだっ……」


「ほら見ろ! いつもは元気にもっとまともなこと言ってるのに今は訳わからないことを元気無く言ってんぞ⁉︎」


 グスン、と鼻をすする音を遺跡に響かせながら、リヴィアは弱々しく俺を蹴る。


「あ、あんたに慰められるともっと泣きたくなるからもう黙ってなさいよバカ……」


「こんなにメンタルやられても俺には辛辣なのねこんちくしょう!」


 すると、俺たちのことなど気にせず歩いていたエストスが、少しだけ息を吐いてから肩をすくめた。


「まあ、本題はそこではないからね。ここまでは、個人的な倉庫みたいなものだ。私たちの一族は奥に重要なものを置きたがる性分でね」


 ズーン、という擬音が目に見えてきそうなほどガッカリしてるリヴィアが最後の砦を見つけたとばかりに顔を上げ、歩くペースを上げていた。

 そして、それから数分後、エストスが足を止めて壁を見た。


「確か、ここだったね」


 呟くと、右手をそっと壁に当てて口を開く。


「【神の真似事(リアナイテーション)】《組立ビルド》」


 手に触れたものを意のままに変形させるスキルによって、エストスの触れていた壁が人が一人通れるほどの大きさにくり抜かれ、壁だったはずの岩がサイコロぐらいの大きさにまで圧縮された。

 そして、壁のなくなったその場所には、いかにも裏道ですと言わんばかりの通路が隠れていた。


「おお、便利だな。エストスしか開けれないじゃん」


「そうだね。だからこの遺跡の入り口の岩も私のスキルでしか動かすことができなかったから入りたい人がいる度にあの岩を圧縮するのは少々面倒だったね」


「なるほどなるほど…………って、え? だったら俺の剣はなんで壊れたの?」


「では、行こうか」


「あれ? 答えてくれないの? ちょっとちょっと。刀身のない柄を握りしめてる俺に何か言うことないの?」


「さっさと進みなさいよ! 一人分しか幅がないんだから!」


 急かすように俺の背中をリヴィアが蹴るせいで話があやふやにされてしまった上に通路が細い一本道のせいでそれ以上訊くことができなくなってしまった。

 きっと、この通路を渡った先で訊けばいいだろうと言われると思うが、行き着いた先ではないそんなことを訊けるような状態ではなかったのだ。

 理由は、たった一つ。


 道を抜けた先にあった巨大な正方形の空間の壁には俺たちが圧倒されるほどに一面に絵が書かかれていたからだ。


 それはまるで、昔テレビで見た古代壁画のようだった。

 よく見てみると、絵巻物のように、絵の下に何か文字が書いてあるみたいだが、俺の見たことのない言葉で書いてあるため読めなかった。

 巨大な空間をクルリと回りながら見渡し、壁画が残っていることを確認すると、説明するようにエストスは言う。


「これは、私たちがこれだけは後世に伝えたいというものを壁画として残したものだ。ただ、知られると都合が悪くなる人もいたから私たちエミラディオート家でしか読めない文字で解説が書かれているんだけどね」


 そして、エストスは俺の方を向いて不敵な笑みを浮かべる。


「もちろん、私の作った魔道書の力ではあの文字を読むことは出来ないようにしてあるからね。君にも私たちの秘密は知ることはできないよ」


「え、じゃあエストスの恥ずかしい個人情報が書かれた日記があっても読めないってこと……?」


 俺が思いつきで言った言葉を聞いた瞬間に、エストスの動きがピタリと止まった。


「ハヤト。何故君は私の日記の存在を知っているんだい? あれは私の家族しかその存在を知らないはずなのに」


「はい? いやいや。とりあえず思ったから言ってみただけでそんな日記があるなんて知らない…………って、なんでお前が口を滑らせただけなのにそんな人を殺そうとするような目で魔弾砲構えるんだよ! てかここで打ったら確実に壁画が粉々になるんだぞ! それはわかってんのか!?」


 なんとかして俺が説得の言葉を紡ぐと、エストスのビンビンだった殺気を沈め、いつのまにか手に持っていた魔弾砲を再びスキルで解体してポッケに入れた。


「いつか、君を少年化させる技術を生み出して骨の髄まで可愛がってあげよう」


「なにそれ。それどんな脅迫なの。想像を絶しすぎてて怖いんだけど」


「……まあいい。いい加減本題に入ろう。確か、そう、あそこだ」


 落ち着きを取り戻したエストスが指差した方向にあったのは、薄緑の長髪と、尖った耳を持った、おそらくエルフであろう人々が、光り輝く誰かを中心にして輪を作っている絵だった。よく見るとエルフの人たちが作る輪の中には普通の人も混じっていて、種族間の隔たりなどあまり無いかのようだった。

 それを見たリヴィアは、興奮や高揚よりも先に、エルフの描かれた壁画を穴があくほどに見つめていた。


「あれは、エルフと……中心にいるのは、神……さま……?」


「半分正解だね。あれに描かれているのはエルフと私たち、そして中心にいるのは、女神リアナだ」


「女神、リアナ……?」


 どこかで聞き覚えがあるな、と思って記憶を思い返してみる。

 そういえば、魔道書を初めて開いたときに書いてあった文の最後に書かれた名前も女神リアナだったような……?

 俺が眉間にしわを寄せていると、それを察してくれたエストスが説明してくれた。


「私が小さかった頃、私たちの町へ女神が来たことがあってね。これはその時の絵なんだ。ちなみに、その時に頼まれて女神の魔力を織り込んで作ったのが、その魔道書だよ」


「ほう。そうなんだ。ちなみに、その女神さまはどんな人?」


「女神らしくない、としか言えないね。実際に会った人しか分からない性格だよ、あの女神は」


「なんか嫌な予感したからそれ以上は掘り下げないで置くよ。それで、女神さまが来た絵がどうだっていうんだ?」


 俺が無理矢理話題を変えると、エストスは絵の下に書かれた文字を見ながら言う。


「元々、エミラディオート一族とエルフは仲が良くてね。この絵に描かれているように、女神が来た時にはエルフの人々もいたんだ」


 壁画の文字を指でなぞりながら、エストスは続ける。


「そして、当時から多くのエルフたちはスワレアラ国に奴隷として捕まってね。それを聞いた女神リアナはその場にいた二人に力を与えた」


「もしかして、その一人って……?」


 エストスは、静かに頷いた。


「ああ。実はこの力も君と同じで貰い物なんだ。こんなたいそうなスキルを持っているのにステータスが一般人なのはそもそも私が元一般人だったからだね」


「そうだったのか。まあ、力の使い方に関してもかなりこだわってたしな」


 意外な事実に俺が素直に驚いている横で、エルフの少女は俺よりも驚嘆に身を震わせていた。


「女神からもらった力……? エルフとエミラディオート一族とのつながり……? 長老様からも教えてもらえなかったことがこんなに知れるなんて……」


「リヴィア=ハーフェン、で合っているよね?」


「ひゃ、ひゃい!」


 急にエストスに名前を呼ばれて跳ね上がったリヴィアに、笑顔でエストスは言う。


「君に伝えたかったことはこの先なんだ。女神から力をもらったのは、二人と言ったね。実は、私ではないもう一人は、エルフだったんだよ」


「そ、それが一体……?」


「そのエルフがもらった力と、君の力がとてもよく似ているんだ。一度見たことがあるけど、風のように速く、雷のように強い力だった」


「風……! 雷……!」


「きっと、その力が受け継がれて、今の君に受け継がれているかもしれないね」


「私に……神の力が…………っ!?」


 リヴィアの興奮が最高潮になっているのは、色白の肌が真っ赤に染まっていることからもよく分かったが、少し経つとその紅潮が引いていき、リヴィアは静かに肩を落とした。


「……とても、とても光栄に思いましたが、きっとその力は、お姉ちゃんの物だと思います」


「お姉ちゃん? どうして急にお姉ちゃんなんだ?」


「私のお姉ちゃんは、エルフの中で一番強い。今まで魔物が襲ってきても、エルフの里が無事なのは全部お姉ちゃんが倒しているから。でも、私は速いだけ。私が一体魔物を倒す間に、お姉ちゃんは三〇体ぐらい余裕で倒しちゃう。だからその力はお姉ちゃんが受け継いだんだと思います……」


 俯くリヴィアの頭に、エストスはポンと手を置いた。


「そんなことはない。私の眼を甘く見ないでくれ。君ならいつか、神にも匹敵する速さを手に入れることが出来る。だから、胸を張るといい」


「え、エストス様……!」


 涙目になっているリヴィアの目尻を指でなぞって涙を拭いたエストスは、振り返り、壁画に背を向ける。


「さて、それではここを出るとしようか。どうやら客も来ているみたいだからね」


「え? 客? ほかにも誰か呼んだのか?」


「遺跡の入り口付近に魔物の気配がする。中へ入ってくる様子はないけれど、早く行くべきなのは間違いないね」


 着ている白衣の襟を直すと、エストスは元の一本道へ帰るために歩き出そうとするが、その背中に、リヴィアが声をかける。


「そ、それなら私が……」


「いや、ここは私とハヤトに任せるといい。こんな遺跡の中では君の機動力と相性が悪いからね。森の中での戦闘があればその時に任せるよ」


「は、はい……」


 そして、リヴィアを最後尾にして遺跡の入り口へとやってきた。

 そこにいたのは、大量の魔物……だけではなかった。


「おー! やっぱり強い連中だと魔物いるだけで来てくれるから楽すぎるって感じよね! 嬉しさマックスって感じ?」


 真っ黒なビキニにも見えるきわどい服を着たボンキュッボンな女性が、四足歩行の魔物を椅子にするように座り、足を組んで俺たちを待ち構えていた。

 肌の色は一般的な黄色人よりほんの少し黒いほどで、髪の毛は赤色ロングなのだが、くせ毛なのか、内に巻かれていて、清楚というイメージよりはギャルというイメージだった。

 そして魔物に座る彼女は、組んでいる足をほどき、トン、と地に足をつける。

 その一挙一動が艶めかしく、妖しい。まさに全てが妖艶な彼女は、俺たちへと近づきながらまるで町で友達にあったかのように手を振ってくる。


「おっすおっすー! ねね、ここらでシアンっていうちっちゃい子見なかった? えっとね、大体あーしの胸が頭に乗るくらいだからこれくらいの身長なんだけど。あー、でっかい耳とモフモフ尻尾も追加って感じで!」


 魔物の群れを率いる彼女にどんな返事をしたらいいのか分からない俺は、必死に声を絞り出す。


「君、は……?」


「あー、そーだね。あーしのこと何も知らないのにシーちゃんのこと訊いても意味わからなすぎるって感じだよね」


 黒くて露出度マックスの衣装に身を包んだ彼女は、納得納得と何度も頷いてから、ピンと伸ばした人差し指を自分の胸元に突き付け、彼女はいやらしく口を開いた。


「あーし、リリナって名前で、種族はサキュバスって感じ? てか魔王軍とかいうのに属してるからあんまり言いすぎるのは良くないって感じなんだけど、まー、いっか!」


 恐怖を感じてしまうほど無邪気に、リリナは笑顔で言った。


「エストス。この遺跡にはなんであんなどうしようもないものしかないんだ?」

「別にどうしようもないというわけではないよ。遺跡にあるものは他と隔離しなければいけないものだからここにあるんだ」

「じゃあ、この日記は? そんなに見られたくないものだったのか?」

「ああ。それは一定回数誤読するとその誤読した内容のズレが大きいほどダメージを負う暗号で書かれた日記でね。思いつきで友人が作ったのだけれど、私以外に解読できなくて怪我人が多く出たから遺跡にしまったんだ」

「……じゃあ、この失敗作の彫刻は?」

「それは友人が恋人をかたどったゴーレムを作ろうとしてかなり穏やかではないゴーレムが完成しそうになって途中で開発をやめた失敗作だからここにあるんだ。古代兵器ではないけれど、一歩間違えればそうなっていたかもね」

「…………煙の出る水晶」

「それは怪しそうな水晶を作るために魔弾砲の技術を応用して作った水晶だよ。その煙は実は魔力でね。水晶の中で無限増長する魔力を水晶の素材と合わせることで魔力の性質を変化させて黒い煙が出るようにしたんだ。ただ水晶にしてしまったから万一割れた際は大規模な爆発が起きてしまった危険だからね。この遺跡に入れたんだ」

「さっさとそれをリヴィアに言ってやればあんな悲しそうな顔をせずにすんだものを……」

「それだと彼女の場合好奇心で触ってしまって大事故になる可能性があるからね」

「え? 俺はいいの?」

「だって君は何があっても基本死なないし、どんな敵でも基本負けないだろう?」

「そうだけどさあ、ちょっとは心配したりしてくれないわけ?」

「君があと十歳若ければ、命にかけてでも守ってあげたのだけれど」

「よし決めた! 意地でも俺を可愛い少年にする薬作ってやるからな! 覚えてろよ!」

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