第12話 テッサ
へそが見えている上着に、ショートパンツから覗くしなやかな生足が眩しい、いかにもシーフらしく身軽な恰好をした少女――テッサの灰色の瞳には困惑の色が浮かんでいた。
「あ、あれ……リオン……じゃない……? え、でも……え……?」
短く切り揃えられた美しい銀髪を指でもてあそびながら、テッサはスタスタとリオンのそばまで歩いて行くと、そのままリオンの顔をしげしげと覗き込んだ。
「人違い……? いや、でも……」
「いや、俺――」
「オホンッ」
「――ボクだよ、リオンだ」
クレアの咳払いで、まだ慣れない『ボク』と言い直したリオン。
そんなリオンを、まるで少年のようにほっそりした体つきではあるが、それでも美しくくびれた腰に手を当てながらテッサが凝視する。
そしてその視線は顔から首、そして胸へと落ちていく。
「――いやいや、そんなわけないっしょ。だってあなたどう見ても女の子じゃん。あ……もしかしてリオンの妹とか? よく似てるな~」
「いや、ギルドの受付のロザリーにも同じことを言われたんだけど、違うんだ。本当にリオンなんだ」
「…………?」
テッサは目の前の少女が何を言っているのか理解できないのか、わけが分からないと言った感じで首を傾げた。
「つい昨日会ったばっかりだろ? ボクだよ、テッサ」
「いや、ちょっと……何言ってるの……? リオンは確かに女顔だったけど、それでもれっきとした男で……」
テッサの視線は、まっ平なテッサのそれとはまるで違う豊かなリオンの胸から縫い留められたように動かない。
「それが、話すと長くなるんだけど……実はボク、女の子だったんだ」
「……………………は?」
「元々女の子だったのが、呪いによって男になっていたみたいで、それが昨日、呪いが解けて女の子に戻ったんだ。どうやらボクがスキルを覚えられなかったのもそれが原因で――」
「いやいやいや!! ちょ、ちょい待った……!!」
指で顔を押さえながらテッサが後ずさり、あまりの出来事に頭がパンクしそうになったのか床にしゃがみ込んだ。
「テッサ、どうした?」
「どうしたもこうしたも……リオンが……本当は女の子……? そんなの信じられるわけないでしょ……? いや、リオンが女の子だったらどれだけいいかって、思ってはいたけど……」
後半の呟きはとても小さく、リオンの耳には届かなかった。
「いや、正直ボクもまだ混乱してるんだけど……でもほら」
リオンは椅子から立ち上がりその場でくるりと回って見せると、スカートがふわりと可愛らしく舞う。
「ぐはっ……!」
「がふっ……!」
リオンからしたら全身を見せるために回って見せただけなのだが、その破壊力はすさまじく、それを見たクレアとコゼットが悶絶しながらテーブルに突っ伏した。
「この通り、女の子になっちゃって……」
自嘲気味に笑うリオンだが、そのどこからどう見ても完璧な美少女っぷりに、テッサもリオンから目が離せなくなっていた。
そして、その笑顔はまさしくリオンそのものだと、テッサ自身気付いてしまった。
「ほ……ホントにリオンなの……?」
「ああ、ほら、これ」
声が震えているテッサに、リオンが胸元から取り出して手渡したのは、認識票。
それは冒険者として身元を証明するもので、ランクと氏名が刻まれており、冒険者なら誰でも持っているもので当然ながら本人以外持っているはずがない。
「……!! こ、これ……!! 確かに、リオンの……じゃ、じゃあ……ホントに……?」
「ああ」
「ホントにホント?」
「ああ、そうだってば」
しつこいほどに繰り返すテッサの顔には、ハッキリと喜びが浮かんでいて――それはまるでずっと願っていた想いが遂にかなったとでもいうような表情だった。
「いやその、夜にでもみんなのとこに行こうと思っていたんだ。事情の説明もしないといけないしな」
みんな、と言うのは当然リオンが所属していたパーティーメンバーのことだ。パーティーは抜けたが冒険者は続けることになったわけで、これからも顔を合わせることもあるだろうからと考えたからである。
「説明……?」
「ああ、実は、さっき言った通りスキルを覚えられたんだ」
「スキル!? リオン、スキルを覚えられたの!?」
「ああ、どうもボクが覚えるはずだったスキルは『百合スキル』だったみたいで……それで、呪いで男になっていた状態ではいくらレベルを上げても覚えられなかったみたいなんだ」
「ゆり……スキル……って……あの?」
「そう。女の子同士にしか効かないっていう、アレだ……って、テッサ!? どうした!?」
やや照れながら頭をかいていたリオンのことを見つめるテッサの目には、大粒の涙が溢れ、それはポロポロと零れて床を濡らす。そして、
「リオン……!!」
「わっ!?」
抑えきれないと言った感じで、テッサはリオンに抱きついた。
「ど、どうし――」
「おめでとうっ……!!」
テッサはその細い両腕に力を込め、リオンを力いっぱい抱きしめている。
「リオン、ずっとずっとスキル、欲しがってたもんね……! 良かった……ホントに良かったよぉ……!」
「テッサ……」
自分のために涙を流してくれる少女に、リオンは思わず胸が熱くなった。
「ありがとな……」
「ううん……でも、良かった……これで冒険者、続けられるんでしょ?」
「え、ああ、そうだな。そのつもりで――」
新しくパーティーメンバーとなったクレアとコゼットを振り返るリオン。だが、次にテッサから出て来た言葉はその3人を驚愕させる。
「――じゃあさ! 戻っておいでよ! イザベラもマールも、リオンがスキルを覚えられたって言うんならもう反対もしないでしょ!」
「えっ」
「ちょ」
「ええっ!?」
目を丸くしているリオンの手をテッサはぎゅっと握り、手を引いて店の外へと連れ出そうとする。
「ほらほら、皆いつものとこにいるから、行こ? リオンっ!」
「ちょ、ちょっ!? ま、待ったテッサっ……!」
そのまま凄い勢いで連れて行かれたリオンをポカンと見送った2人は、慌てて会計を済ますとリオン達を追って店から出ていった。




